うめ屋


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噂の真実

 東方司令部において、とある噂が立った。それは司令官とその副官がただならぬ仲だというものだ。二人は熱く愛し合い日々逢い引きを繰り返しているという――。



「で、どうなんスか?」
 その日、ロイの執務室に部下がやって来てそんなことを尋ねてきた。その瞳は好奇心を隠せておらず、無駄にキラキラと輝いている。まったく命知らずな男だとロイは呆れた。
「嘆かわしいわ、ハボック少尉。そんな噂話に踊らされるなんて」
 ふうっと悲しげにため息をついたのは、傍らに控えていたロイの副官だった。彼女――リザは、眉を寄せ哀れみの視線をハボックに向ける。
「その頭には脳味噌の代わりに綿かそばがらか発砲ビーズでも入っているのかしら?」
「どれでも寝心地は良さそうだな」
「俺の頭は枕っスか!」
 ひどい……とハボックが情けない顔をする。副官の毒舌にこの面の皮の厚い部下も、弱腰になったようだ。
「流石中尉。君の言葉はいつも素晴らしい切れ味だね」
「恐れ入ります」
 ロイが誉めれば丁寧な物腰でリザが一礼する。そんな二人の様子を眺めていたハボックが、疑わしそうに言ったのはその時だった。
「ほら、怪しさ大爆発じゃあないッスか」
「何だと? どういう意味だ?」
 眉を上げたロイに、ハボックがしたり顔で説明してくる。
「だって、二人ともツーカーでしょ。言わずとも分かる男女の仲……なんて、夫婦みたいなもんじゃないッスか。それに二人とも美男美女だし妙齢だしいつも一緒にいるし!……そりゃあ、噂の一つも出るってもんだし、俺だって疑いたくなりますよ」
「ほほう、なるほど……お前の目にも私たちがそういう仲に見えているのだな?」
 ロイはニヤリと面白げに笑う。そして、傍らに立つリザを見上げた。
「……という訳だそうだよ、中尉。客観的に見ても私たちは美男美女のお似合いカップルだそうだ。だから観念して、いい加減私とのデートに応じたまえよ?」
「冗談はお顔だけにして下さい」
 リザはロイの口説き文句とも取れる言葉にも動じず、冷たく言い捨てる。副官のツレない態度に、ロイはヒドイなあ……とぼやいた。
「この顔、結構女性にモテるのだよ?」
「そのしまりの無いお顔がですか? よほど市井の女性は見る目が無いのですね。いいですか大佐。貴方には覇気というものが感じられません。とくにデスクワーク中は。男性のお顔には内面がにじみ出るもの。……そのようなだらしのないさぼり癖のある男性のお顔など私は好きではありませんね。どうです? 副官に好かれたかったら、こちらの書類に励んでみては?」
「あーあーあー聞こえないなあ?」
「た、い、さ?」
 話の流れが都合悪くなった途端聞こえないフリをし出した上官に、堪忍袋の緒が切れたリザが銃を抜きはなった。彼女は迷わずそれをロイのこめかみに突きつける。
 カチリっという安全装置を外す音が部屋内に冷たく響いた。 
「私の指がうっかり滑らないうちに、ペンをお持ちになって手を動かされた方が利口というものですよ?」 
「嫌だ…この書類面倒なん」
「あっ、手がうっかり!」
「やります。やらせて下さい」
 即答である。
 そろそろうっかり射殺されそうな気配を感じ取り、ロイが居住まいを正す。その前にリザが恭しくどんっと書類の束をおいた。泣く泣くペンを取り、デスクワークを始めたロイとそれを監視するリザ。  
 恋人同士の甘い雰囲気などどこにもない。あえて、そこに愛を見いだすとしても、それは、男女の仲――というよりは、手のかかる教え子とスパルタ教師…いや、怠惰な飼い犬と厳しい飼い主……と言ったところだろうか。
 そんな調子の二人を見て、ハボックはああ……と納得の声を上げた。
「そうだよなあ……そもそも中尉、大佐を三日ぐらい寝させないで書類やらせたり、平気で銃を突きつけたり時には発砲したりするもんなあ……」 
 好きな男にそんなことさせないだろう、普通。
 二人の仲はこの二人の光景が全てを物語っている。
「噂は所詮、噂ってことッスね…」
「そうよ。上司としては尊敬しているけれど、異性としては全く好みじゃないわ。もっと真面目で誠実な人がいいわね」
「言うね。私だってもっとかわいげのある女性の方がいいよ」
 仕事をしながらもそんな反論をしてくる二人。ハボックにはどちらの言葉にも嘘は見えなかった。 
「あら、かわいげが無くて申し訳ありませんね」
「誠実じゃなくてすまんな」
 お互いに少し険悪な雰囲気になるロイとリザ。だが、仕事は継続しているのだから流石である。 
「じゃ、じゃあ俺はこれで……」 
 失礼しましたー!
 ハボックは自分に火の粉が降りかかる前にと、ロイの執務室から退散していった。



「……この顔は嫌い?」 
 部下の気配が完全に消えたタイミングを見計らって、ロイはリザに声をかける。トーンを落としたひどく甘い声だ。がらりと先ほどとは顔つきも纏う空気も変わっている。
「……大佐、お仕事を。手が止まってますが」
 リザは問いかけに答えない。笑ってもう一度ロイは同じ言葉を投げかけた。
「この顔は嫌い?」
「……大佐、何度も言わせないで下さいお仕事を……あ…」
 最後まで言わせずロイは立ち上がると、ぎゅっとリザを後ろから抱きしめた。いい匂いがするうなじに顔を埋めて、すうと息を吸い込む。それからもう一度。
「この顔は……嫌い?」
「……答えなんて分かっているくせに。白々しい」
 観念したように本音を漏らした女に、ロイは殊更弱々しい声で答えた。
「うん。だが、君の毒舌は傷つくんだ。何しろ切れ味抜群だから。だから、すぐに慰めてもらわないと」  
「それで、こんな甘えたなんですか?……もう、私たちの目的のために誰にも絶対に悟られてはならないと二人で決めたではないですか」
 それなのにこんな場所でこんなこと。馬鹿ですか。
 リザの苦言は耳に痛いが、ロイは負けじと言い返す。
「分かっているよ。だから、誰の目があるか分からない外では会っていないだろう。君の部屋に行くのだって我慢している。……でも、ここなら、誰にも秘密で君と二人っきりで会える。少しくらい甘えたっていいだろう? 君に好みじゃない、なんて言われて悲しいんだ」
 直属の部下にも秘密な二人の関係。今まで細心の注意を払って隠してきた。その抑圧を唯一解放出来るのが、この執務室なのだ。
 ここならば、二人きりで居ても誰にも不審に思われない。
 噂などいくらでも立てばいい。真実を言い当てていたとしても、それは所詮噂。荒唐無稽な馬鹿な噂が派手に立てば立つほど、人の目は曇り、真実は煙に巻かれるのだ。こんなこと本当にある訳がない。ゴシップを楽しみたいだけのただの噂だと。
「……貴方だって、もっとかわいげのある女がいいと言いました。お互いさまです」
 平気な顔をしていたリザも、ロイの言いぐさが案外刺さっていたらしい。少しむくれた様子の彼女をロイは愛しく思う。いつでも冷静沈着なの彼女の感情を揺らせるのは自分だけなのだ。
「ああ、すまん。あいつが私たちのことを疑っていたようだから、つい思ってもいないことを言ってしまった。……君はとっても可愛いよ」
「本当ですか?」
「……ああ。君と二人きりの時、私は君に嘘は言わない」
 誓って。と付け加えればそっとロイの手にリザの手が添えられた。こてんと彼女が体重をロイに預けてくる。リザが身を任せる男は、彼だけなのだ。
「……貴方のお顔、好きですよ。深い黒の瞳も髪も、他の誰よりも、私が一番好きです」
「うん」
 本当は声を大きくして言いたいんです。貴方を慕う女性たち全員に聞かせたいんです。そう告げるリザの嫉妬心はロイには心地よいものだった。しかし、彼女はすぐに恥入ったように顔を伏せてしまう。
「ずうずうしいことを申しました……お許し下さい」
「何がずうずうしいものか」
「……私は貴方の中心でなくても、お心の片隅にでも居場所があればそれで良いのです」
「もっと欲張らんか」
 私の全ては君にぞっこんだよ。
 嘘は言わないと告げたその口で、リザの耳に囁く。一瞬目を見開いて嬉しげに身体を震わせると、リザは声を絞り出すように言った。
「いつか……私たちの願いが叶うその時が来たら……」
「ああ、そうだな」
 ささやかなスキンシップ。もっと熱く交わりたい衝動に駆られたがロイは堪えた。これだけで今は満足しなければならない。
 そのうち、ハボック達信頼する部下にもリザとのことを告げよう、そうすればもう少し二人の時間を取れるだろうか。
 長い長い夢への道程でそれくらいの休息は許されるだろう、と腕の中の温もりを抱きしめてロイは思うのだった。



END
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by netzeth | 2015-09-16 00:45 | Comments(0)