うめ屋


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by netzeth
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未来のはなし

 デスクワーク嫌いの上司が珍しいことに大人しく机に座っている。彼は真剣な顔で悩みながら一枚の紙切れとにらめっこしていた。
 そんなに処理に困る書類があっただろうか、とリザは彼の手元をのぞき込む。目に飛び込んできたのはアンケート、という文字。
 なんだ真面目に仕事をしていた訳ではなかったのか。と脱力すれば、
「これも立派な仕事だぞ」
 後ろに立つリザを仰ぎ見ながら、ロイが言ってきた。
「……人の心を勝手に読まないで下さい、大佐」
 以心伝心。ツウと言えばカア。理想的な上司部下の関係を築いている自分達だが、それも時に考え物だとリザはため息をついた。
「でも、当たっていたろう? 君は私が仕事をしていた訳じゃないと知って、がっかりしたんだ」
「正直に申し上げますならばその通りです。せっかく珍しいこともあるものだ、明日は嵐かしらと思っておりましたのに。でも良かったです。明日はハヤテ号とドッグランにでも行こうと思っていましたので」
 澄まし顔で言ってやれば、途端にロイは情けない顔をした。
「……私が真面目に仕事するのはそんなに大事件かね」
「ええ、まあ。ご自分の日頃の勤務態度というものを胸に手を当ててよーく思い出して頂ければお分かりになると思いますよ」
「やれやれ。君は相変わらず辛口だね、ホークアイ中尉」
「私は事実をありのまま申し上げているだけですよ、大佐」
「あーもう、降参だ。君には一生口で勝てる気がしないよ」
 両手を上げて降参のポーズをとるロイに、思わずくすりと笑みを漏らす。次いで、リザの興味は彼の手元のアンケート用紙に向いた。ロイが手を上げたことでそれが丸見えになってしまったからだ。
 どうやらそれは、軍の広報から回されてきたものらしい。アンケートと言っても、好きな食べ物やよく行くスポットなどを訊く他愛の無いものばかり。
(一体大佐はこのアンケートの何にあんなに真剣になっていたのかしら?)
 仕事とうそぶくからには、何事も全力をもって取り組む――その姿勢は評価しよう。彼は対外的なパフォーマンスは得意な男だ。このくらいの質問軽く答えて自分の印象操作など造作もなく行うはず。
 それが気になって、リザはちらりとアンケート用紙に視線を走らせた。どの設問も答えが埋められていたが、最後の項だけが空欄になっていた。
 その設問にはこう書かれている。

 ――貴方は老後をどのように過ごしたいと考えていますか?

 本当に他愛もないごく一般的な質問だ。普通の者ならば、田舎で暮らす趣味に生きる旅行をする……いくらでも答えなど出てくる。
 しかし、リザはそうは思わなかった。これは、ロイにとっては重すぎる問いかけだ。
 リザは表情をこわばらせる。そんな彼女の緊張をほぐすようにロイは照れたように笑って言った。
「ああ、それな。……思わず悩んでしまったよ。私に老後があるものかな、と。そんなもの適当に想像して書けばいいのにな」
 笑い事ではない。少なくともリザは笑うことが出来なかった。
 ロイが背負うものを思えば、笑い飛ばすことなど到底出来はしない。そして、同時に許せなかった。ロイが自分の未来を想像出来ない――あるものとして想定していないなどと。
 自分の幸せを疎かにしている――それはリザ自身にも返ってくる言葉であるが――他ならぬロイが。
 カッと胃の辺りが熱くなり、ドクドクと心臓が早くなる。
「貸して下さい」
「ちゅ、中尉?」
 気が付くとリザはロイからペンを奪い取り、机の紙切れの上で走らせていた。
「私が答えて差し上げます。いいですか。貴方は大総統を任期満了まで勤め上げた後、空気が美味しく景観の良い田舎に移り住むんです。湖や森があって釣りやハンティングが楽しめます。近くには牧場や畑があって、毎日卵や野菜、牛乳が届けられるんです。貴方の日課は朝の散歩を終えてそれらの新鮮な食材で作った朝食を取った後、錬金術書を読むこと。テラスのロッキングチェアーに揺られながら、シン産のお茶を飲むんです。庭にはミモザやリンゴの木があって、花が咲いた実が生ったと四季を楽しむ。そして、夜は机に向かって錬金術の論文を書いたり旧友からの手紙の返事をしたためたりするんです。時には電話もいいでしょう。そして貴方を慕う多くの人たちが、貴方に会いに来ます。静かに過ごしたいのに賑やかで困ると貴方は嬉しい悲鳴を上げます。……そういう暮らしをするんです! 貴方の老後は! 時々近所を徘徊して、子供達にまーたマスタングのおじいちゃんボケちゃって。あれでも昔は偉い軍人さんだったらしいよ、え~信じられない、こんなにはげてるのに~とか言われちゃったりするんです! それから……」
「ま、待て。分かった。分かったから」
「……本当にお分かり頂けました?」
「本当だ。それから、私が禿げるとは限らないだろう」
 そこは譲れない所らしい。
「君の意見を大いに尊重しよう。前向きに検討してみるよ……実に素晴らしい老後のプランだと思う。だが、一つ足り部分もある」
「足りない?」
 この完璧なマスタングおじいちゃん引退後の姿に何が足りないと言うのか。リザが怪訝な顔でロイを見ると、彼はまたどこか照れたように笑った。
「ああ。ちゃんと付け足しておいてくれ。……その全ての生活は…美しい妻と共に送るものとする、と」
 あっ、とリザは言葉を失った。それにロイは片目をつぶってみせる。
「やれやれ…勝手に私を孤独にしないでくれたまえよ? ホークアイ中尉。出来れば妻は金髪で鳶色の瞳をした元部下がいいな」
「……それは書きませんよ」   
 見られたくなくて、赤くなり始めた頬を隠しながら返事をする。
「いいさ。私と君だけが知っていれば十分だ」
 からかうように言われて、少しだけ悔しくなったリザだったけれど。
 これでロイが未来を想像出来る――何十年後かの己の姿を見いだせるというのならば、何ということはない。 
「だから、よーく覚えておいてくれたまえ? 君はずっと私と一緒にいる運命だということを」
 それはもう、ほとんど愛の告白――プロポーズと同義だ。
(私の方こそ貴方に一生かなう気がしないですよ、大佐)
 どこまでもうわてな上司にリザの方こそ心中で降参する。それから、さてどうやってこの赤くなった顔を覚まそうかと考えるのであった。



END
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by netzeth | 2015-09-25 00:15 | Comments(0)