うめ屋


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by netzeth
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drunken woman

 基本的に男という生き物には逆らえない女が存在する。特に婆ちゃん、お袋、姉貴、恋人――などなど。近しい女性からは奴隷のような扱いを受けても、口答えなどもってのほか。絶対服従である。おそらくガキの頃から鉄拳制裁を受け続けたせいで、遺伝子が反抗を拒否しているのだろう。他の男は知らないが、少なくとも俺はそうである。
 だが。
 婆ちゃんでもお袋でも姉貴でもまして恋人でもないが、逆らえない女性というのが俺には存在する。
「ハボック少尉、聞いているの? もっとお酒をついで」
「いやあ……ホークアイ中尉。そろそろこの辺で止めておいた方が……」
「何よ? 上官に逆らう気なの?」
「……いーえ。あんたが上官でなくとも逆らいません」
 ……酔っぱらったホークアイ中尉である。
 
 俺は両手を上げて全面降伏の意を相手――しこたま酔った金髪美女に伝えた。子犬に銃で躾事件以来、この美しい上司に逆うのは仲間内では御法度になった。だが、意見ぐらいは言わねばまずいだろうと俺は彼女を帰らせる方策を考える。何しろ、明らかに中尉の酒量は彼女の限界値を越えていた。ここは、部下として上司のためにも止めねばなるまい。

「俺は別にイイんすよ? ここで朝まで中尉に付き合うのもやぶさかじゃあありません。けど、ハヤテ号はどうするんすか? まだ子犬でしょ。きっと寂しがってますよ?」
「大丈夫よ。あの子は曹長に預けて来たから」 
 彼女が可愛がる家族の話を出せば、この酔っぱらいも観念するだろう。と思った俺の浅知恵はあっさりと潰された。目を座らせた中尉はふふふっと艶やかに笑いながら、空になったグラスを持ち上げ振って見せる。前屈みになったせいで開いた胸元から谷間が覗いた。ほんのりと桃色に色づいたそれに俺の目は釘付けになる。
「分かった? 分かったのならつぎなさい。上官命令」
「はい……」
 中尉の色香に撃沈された俺は、大人しく彼女に酒を献上した。あああっ、しっかりしろ、俺。
 ぐいぐいと上機嫌に酒をあおる中尉を眺めながら、気合いを入れる。ここで俺のすべきことは、自分に厳しい中尉が何故今日はこんなにも乱れているのか、を突き止め彼女を無事に帰宅させることだというのに。
 だいたい中尉が飲みに行こうと誘って来た時からなーんかおかしいと思っていたのだ。いつもは俺と二人っきりじゃなくて、もっと大勢仲間を連れ立って出かけるし、そもそも中尉の方から誘ってくるなんてありえない話で。軽い食事程度ならともかく、こんな無茶な飲みかたをするのも変だ。
 絶対に何かあったな。
 俺の勘が告げていた。そして、その原因となる人物も容易に想像がついて。俺は先ほどから一体あの人が何をやらかしたのかと聞き出そうとしている訳なのである。彼女の口から悩みを聞いてやれれば、納得して帰ってくれるだろう。
 だが、流石中尉。これほど酔っていても理性が強くてなかなか口を割らない。先ほどから酒ばかり要求して、俺を焦らせるばかりである。

「ねえ、少尉。男の人ってどんな女性が好きなのかしら?」
 おまけに、時折こんな質問を投げかけて俺をからかってくるのだから、困りものだ。男に女性の好みを聞く――なんて、気がありますって言っているようなものですよ、中尉。
 しかし、俺は勘違いしなかった。この人が見ているのはただ一人の男だと知っているから。
「……そーですね。やっぱり気が利いて優しい女とかじゃないッスか」
「そんな綺麗事はいらないのよ、少尉。もっと本音で語ってちょうだい」
 答えがお気に召さなかったようで、トロンとした瞳で俺を睨みつける中尉。目元が赤くなっていて色っぽい。あああっ本当にもうっ! 相手が俺じゃなかったら絶対勘違いされてますからね!
「綺麗事って……俺は本気で…」
「嘘。少尉の好みは胸の大きな女性でしょう?」
「うっ……まあ、外見で言えばそうッスけど、あくまで中身で俺は語ろうかと……」
「そう。じゃあ中身も当てて見せましょうか? そうね……いや~ん、こわーい! ふええ~ん、悲しいっ…私そんなこと出来なーい! って、ホラー映画見て抱きついて来たりお涙頂戴話で素直に泣いたり虫を怖がったり、お料理を失敗しちゃったりするドジっ子で、自分を頼ってくれる守って上げたい儚げなそれこそ虫よりも世の中にとって無益な可愛い女の子じゃない?」
「……中尉…そういう子に何か恨みが?」
 まあ、確かに俺は守って上げたくなるような可愛い女の子が好きだけど! ジャムの瓶とか開けられなくて俺を頼ってくれて良いところを見せられる子がいいけど! 
「別に。それよりも、少尉の好み、当たってたかしら?」
「ま、まあ……そうッスね」
 俺は曖昧に頷いたが、心では別のことを思っていた。
 ――いくら俺の好みを聞いた所で意味ないですよ、中尉。と。
 だって、彼女が聞きたいのはきっと俺の好みじゃない。
「やっぱりね。……やっぱり男の人はそういう子がいいわよね」
「さあ、どうでしょうね? 男ってだけで一括りにして考えるのは早合点だと思いますけど。……それよりも何かあったんスか?」
「何もないわ」
「嘘言わんで下さい。……俺をここまで付き合わせて女の好みとか白状させたんですから、中尉だって本音を語って下さいよ」
 ずばり切り込めば、中尉は俺の顔をじーっと見つめてきた。中尉は壮絶に美人な上無表情なので、妙に迫力がある。何だか変な性癖に目覚めそうだ。
「ほら、ここだけの酒の上での話ってことにしときますから」
「……実はね」
 更に促せばようやく中尉は固い口を開いてくれた。
「あの人が出かけてしまったの。デートに」
 もちろんあの人がどの人なのかは、俺は先刻承知だ。その人がデートに出かけるのはいつものことじゃないか、とも思ったが俺は口は挟まず黙って話の続きを聞いた。
「……今夜、は、一緒に食事に行く約束をしていたの。ずっと前にした約束だし、具体的に計画を立てていた訳でもない、ただの口約束だから、忘れられていても仕方がなかったかもしれない。でも……」
「中尉は覚えていた? んで、楽しみにしていた?」
「……分かっているの。私はあの人にとってそんなわがまま言える女じゃないってことは。約束を反故にされたくらいで、あの人に不満を覚えるなんて、なんて女々しいのかしら、私……」
「おわっ、中尉!?」
 最後は自分に言い聞かせるように呟くと、ホークアイ中尉はがくんっとその場に突っ伏してしまった。慌てて確認すれば安らかな寝息が聞こえてきて、俺は胸を撫で降ろす。どうやら酒量が許容範囲を超え意識がフェードアウトしたらしい。悩みを告白して気が緩んだのだろうか。

「勘弁して下さいよ、中尉……」
 大佐絡みの悩みを聞くのは大歓迎だし、むしろ力になりたいとは思うが。こんな風に潰れてしまわれては、非情に困るのだ。何故なら中尉は魅力的な女だし、ボインだし。そんな女が酔って無防備に寝顔をさらしていたら、この俺だってムラムラっと来てしまうかもしれない。
 いや、例えムラムラを我慢して紳士的に中尉を扱ったとしても。二人きりで酒を飲んだあげく抱き上げて送り届けた……などと万が一にもあの人に知られたら……明日は俺でバーベキュパーティーになるかもしれない。
 中尉は勘違いしている。大佐を誤解している。
 あの人の独占欲はハンパじゃないし、中尉が思う以上に彼女を大事にしている。中尉が他の男と話しているだけで苛ついているっていうのに、他の女なんて目に入るものか。
「俺、まだ炭にはなりたく無いッスよ……」
 出来れば土葬で安らかに眠りたい――などと自分の葬られ方なんて考えていたらば。
「そうか。じゃあ跡形も無く消してやってもいいが?」
 なんて不吉な声が聞こえてきて、瞬間俺は五体投地していた。
「すすすすすみませんっ、でも触れてません、口説いてもいませんっ、ただ悩みを聞いていただけでっ!」
「……分かったから、立て。視線が痛い」
 俺の全力の誠意が伝わったらしく、大佐が呆れ声で言った。燃やす前から全面降伏されて戦意が殺がれたようだ。とりあえず命が助かって、俺はほっとした。一つしかない命、こんなことで落としたくない。
「大佐、デートじゃなかったんで?」
「デートだったさ。だが早々に切り上げて来た。約束があったからな」
 立ち上がってホコリを払いながら尋ねれば、明確な返答があった。なるほど、格好がずいぶんと洒落ているので明らかにデート帰りだと分かる。おまけに香水の匂いまでする。
「……中尉との約束、ちゃんと覚えていたんスね」
「当たり前だろう。忘れるものか。ずっと楽しみにしていたんだ」
 心外だと大佐が眉をひそめる。ああ、良かった。俺の思ったとおり、大佐は中尉バカだ。ちゃんと彼女を大切にしている。
「じゃーなんで中尉放っておいてデートになんて行ってんですか。それから、中尉を迎えに来るならその香水の匂い落として来て下さいよ」
「……そんなに匂うか?」
 くんくんと袖を鼻に寄せる大佐に、俺は頷く。
「ええ。プンプンと。なわばりを主張する女の匂いッス。それで不快にならない女は居ないッスね」
「そうか。……急いで来たからな。着替えている暇もなかった。だが、戻って見れば彼女はお前と飲みに行ったと聞かされてな。まったく、踏んだり蹴ったりだ」
 後頭部をがしがしと掻いて苛つきを見せた大佐に、俺は言ってやる。
「踏んだり蹴ったりって……それは中尉の方でしょうよ。可愛そうに、大佐に約束を破られても、文句も言えないって酒飲んで悲しい気分を紛らわそうしてたんスから」
「……私だってデートになんて行きたくなかったさ。だが、例の事件の情報が手には入ったと聞いては出向かない訳にもいくまい」
「例の……? もしかして……」
「ああ」
 大佐が頷くのを見て、俺は納得していた。俺たちがずっと密かに追っている事件。なかなか証拠が掴めずに難儀しているその事件の情報ならば、喉から手が出るほどに欲しいだろう。
「で、情報は手には入ったんで?」
「……だから、踏んだり蹴ったりだと言ったろう。結局情報が入ったなんて嘘だったんだ。ただ私に会いたかっただけなんだと。……有益な情報を提供出来ないなら会う価値なんて無いからな、あの女は即切ってきたが」
「……なるほど」
 大佐からしてみれば、デートも仕事。情報収集という訳だ。それで仕事を切り上げて急いで戻ったら肝心の本命は他の男と飲みに行ったと。確かに踏んだり蹴ったりである。
「だったらそれ、ちゃんと中尉に言って出かけて下さいよ。急いで出かけたのは分かりますが、言ってくれさえすれば中尉だってこんな風にならな」
「言った」
「え?」
「私はちゃんと、彼女に告げて出かけた。例の事件の情報絡みのデートだと」
 ……じゃあなんで、中尉はあんなになっていたんだ?
 俺が混乱している横で大佐が動く。中尉の横の椅子に腰掛けて彼女の前髪を撫でつけた。とても優しい手つきだった。
「……知っていたから、こそ、私には何も言えなかったんだろうな」
 中尉の立場上大佐が女に会いに行くのを、彼女は止めることは出来ない。中尉の仕事は大佐の仕事を補佐することだからだ。だが、一人の女としては複雑な心境だろう。仕事とはいえ、他の女の元へと好きな男を赴かせるのだから。
 しかし、ストイックで勤勉生真面目…そして自分に厳しい彼女はそれを不満になど思えない。約束のことだって口に出せないだろう。平気な顔で受け入れなければならない。不平不満をぶつければ男を困らせるだけだと知っているからだ。……そんなことをすればそれこそ、彼女が嫌う可愛いくて素直ででも無益な女に成り下がってしまう。 
 自分に厳しいホークアイ中尉が自分にそんなことを許せるはずもない。
 だからこそ。俺に、中尉は間接的にグチってきたのだ。酒の席で信頼する部下にこぼす、ささやかな愚痴。彼女が自分に許す、ぎりぎりの許容範囲。
「それは光栄ッスね……」
「やらんぞ」
「とりませんて。……でも、もっとしっかり捕まえとかないと分かりませんよ?」
 グチる相手に俺を指名してくれたのは、嬉しい。彼女に頼られるのは悪くない。……男って言うのは女に頼られるのに弱い生き物なんだ。だが、残念ながら中尉に本気にはなれない。俺も命は惜しい。そして、何より彼女自身が絶対に俺が望むように俺を見てはくれないだろうから。
 だから。
 俺は心にも思っていないことを、他ならぬ中尉のために言った。こう言えばもっと大佐は彼女を大切にするだろう?
「ぬかせ」
 大佐は俺の考えなどお見通しというように低く笑うと、眠る中尉を抱き上げた。まるで小さな子猫を抱くように大事に大事に抱え上げると、店を出ていく。おそらく外に車を停めてあるのだろう。その所作は愛情に溢れたとしか表現のしようがなく。俺は思う。
 あの人は大佐の想いをもっと知ればいいんだ。そうすれば、こんな風に不安になることも無いだろうに。
「……ああっくっそっ、飲み直すか」 
 寄り添いながら去っていく二人を見送って、俺はやけくそ気味に呟いた。恋人が居ない男には、一抹のむなしさを誘う光景であった。
「今夜の酒はにげぇな……」 
 中尉みたいな不安定な感情とは無縁で完璧に見える人でも、恋の前では弱くなる――それが何故か俺の胸にほろ苦いものを残していって。
 俺は酔いつぶれるまで、いつまでもいつまでも酒を飲み続けたのだった。


 
 
END
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続き


 


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by netzeth | 2015-09-27 01:52 | Comments(0)