うめ屋


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by netzeth
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drunken woman ~続き~

キキキーッという耳障りなブレーキ音を振りまいて、愛車は急停止した。瞬間、私は前後へと注意を向ける。前方で飛び出して来た猫が無事だったのを確認してから、後部座席の眠り姫の様子を伺った。
「良かった……起こさずにすんだようだな」
 くてっと背もたれに寄りかかり眠るホークアイ中尉の姿が目に入り、胸をなでおろした。が、同時にがっかりする自分も確かに存在して。私は苦笑する。眠っている彼女を起こすのは忍びないという感情と、出来れば目を覚まして相手をして欲しいという身勝手な願望。その二つがせめぎ合い、かろうじて前者が勝利しているこの状況。
「本当に勝手だよなあ……」
 猫が去っていくのを待って、再びアクセルを踏み込み車を発進させながら私はひとりごちた。彼女との約束を置いて、デートを優先したのは他ならぬ私自身だ。それを何を今更惜しんでいるのだろう。全ては自分が選んだこと。おそらくこんなことを彼女に告げれば、叱咤されるに違いない。貴方は仕事と私とどちらが大切なんですか、と。むろん、仕事と答えないと怒られる。……中尉は世間一般の女性とは違うのだ。
「怒られるのはゴメンだな……」
「あら? 何か怒られるようなことをなさったので?」
「うわっ!」
 突然耳に熱い吐息がかかって、ぞわぞわっとした衝撃が背中に走る。思わずハンドル操作を誤りそうになったが、何とか立て直すと私はバックミラーを見た。
「中尉っ、起きたのか?」
 ホークアイ中尉が後部座席から身を乗り出し、運転席に寄りかかっていた。とろんっとした瞳で私を見ている。
「起きておりますとも、そもそも寝てなんかいません」
 うそつけ。さっきまでスヤスヤと夢の中だったじゃないか。
 と、思ったが今夜の私は彼女には逆らえない。……いや、今夜でなくとも逆らえないが。とにかく余計なことは言わずに、穏便にことを収めようと思う。酔っぱらいは刺激してはいけないのだ。 
「そうか。ではもう少し大人しくしていたまえ。すぐに君の部屋に着くから」
 横目で彼女を伺いながら言う。しかし、中尉が動く気配はない。運転席の後ろにぴったりとくっついている。バックミラーでしかその顔を確認出来ないが、眉を寄せているのでどうも機嫌はよくないようだ。
「……大佐。これは一体どうしたことですか」
「え?」
「貴方のこの醜態はどういうことなのです?」
 はっきりと怒りを向けられているのが分かる。心底うんざりです、というように中尉は私を非難していた。
 何か、しただろうか。……いや、したな、いっぱい。
 思い当たることが多すぎて、逆に絞り切れないという情けない状況だ。だがそれでも私は彼女のお怒りの原因を一生懸命に考えた。その最たるものは、デートで約束をすっぽかしたことだろうが……いや、違うな、と私はその可能性を否定する。
 ――彼女を普通一般の女性と一緒にしてはいけないのだ。
 おそらく、私がこんな時刻に現れたことに対して中尉は怒っている。それは、情報収集に失敗したという証左だからだ。つまり、自分との約束を破ってデートに行っておいて、情報も得られないとはなんたる無能――というお怒りか。
「た、い、さ?」
「うぇあ!?」
 また、ふっと耳に息を吹きかけられる。この悪戯な酔っぱらいめ! 副官の顔で怒るか酔っぱらいの顔で私を翻弄するか、どっちかにしろ! もしかして、これは彼女なりの意趣返しなのか? 約束をすっぽかしたことへの。
「ちゅ、中尉。その……悪かった。君の予想通りだ。例の事件の情報は得られなかった。不甲斐なくてすまない」
 とにかく早めに謝るに限る。早く彼女のお怒りを解かないと、私の身が保たない。今にも事故りそうである。
「……情報は得られなかった…のですか? では、大佐は何しに行ったのです?」   
 遠回しに無能! と罵られているようで、この車内は針のむしろだった。そんなに心底不思議そうに言わないでくれ。ああ、そうだよっ、片思いされていた女性とデートしただけの無駄な時間だったよ!
「……無論、相手の女は切ってきた。これ以上有益な情報を引き出せそうに無かったからな」
「そう、ですか……」
 バックミラーに映る中尉の顔は、何故か痛みを耐えているようだった。返答にも力がない。そんなに情報が得られなかったことが残念だったのか? 本当に彼女は副官の鑑のような女性だ。
 だが、少しくらい嫉妬してくれてもいいのに、と私は思うのだ。分かっている、それが私のわがままであることは。
「本当に無益な女だった。……関わるべきではなかったな」
 私にとってデート相手の女とは、言葉は悪いが全て情報を引き出すための道具だ。その価値は女が保つ情報の精度に左右されている。もちろん、タダで利用する訳じゃあない。相手が求める対価を払ってのことだ。金を求める相手には金を。男との気晴らしを求める相手にはその時間を。つまりは、ギブアンドテイク。
 だが時々、そのビジネスのラインを越えてこようとする者もいる。この焔の錬金術師の恋人の座を対価として求める女だ。悪いが私はそこまで自分を売るつもりはない。分不相応な対価を求める女は私にとっては、無益な……価値の無い女となる。
 それに。
 このロイ・マスタングの恋人の座は既に永久に埋まっているのだから。
「……なら、私だって無益な女かもしれませんよ」
「何だと?」 
 彼女がぽつりとこぼした言葉が私を驚かせる。突然何を言い出すんだと思ったが、運転中で振り返ることが出来ない。非情に車を停めたかったが、車通りの多い通り故無理だった。
「……貴方が行ってしまって、大人しくお帰りを待つことも出来ず、部下に愚痴をこぼして……酔いつぶれて……私だって、虫以下の無益な女です……ホラー映画を見てこわーい! って騒ぐ女の子をバカに出来ません……」
「虫……? ホラー映画?」
 何の話か分からなかったが、私は少しいい気分になっていた。そうだ。中尉が何の嫉妬もしてくれないなんてことは無かったのだ。彼女は私との約束が無しになり、それを悲しんでハボックに愚痴っていた。はっきりと意思表示された訳ではないが、その感情は十分に伝わってくる。
「……有益でなければ貴方のおそばにいられないのに……」
 無益な私なんていらないでしょう? 言いながら、行動は裏腹に私の上着の裾をぎゅっと掴んでくる。酔ってるからだろうが、ずいぶんと中尉が可愛い。
 ……いらないでしょう? なんて言いながら縋ってくる。本当は何があったって離れたくなんてないくせに。可愛い中尉の想いに応えて、私は彼女の思い違いを正してやることにする。
「バカだな、中尉。私にとって君は有益も無益もない。損得で勘定する女じゃないんだ。……例え君が何も出来なくなった所で、私にとっては最上の価値のある女だよ」
 ――彼女も普通一般の女性と変わらない部分があったのだな。
 感慨深い思いで、私は片手で彼女の手を握ってやる。ストイックで生真面目、仕事に厳しい副官も、好きな男の前ではただの女だったという訳だ。それが、リザのその相手が私であることが、とても嬉しく誇らしい。
「……大佐、ハンドル、片手運転…は危ないです」
「うん、ちょっと君、黙って」
 いい所で現実に引き戻してくれるのは、流石中尉。私は適当な路肩を探して車を停めるとようやく振り返って彼女の顔を拝んだ。
 こんなに可愛らしいことを吐くのは、この口か。
 くいっと彼女の顎を掴むと唇を寄せる。それから柔らかな感触を思う存分堪能した。
「ちょっ……ん、大佐……!」 
 だが、彼女が怒っている……と思ったのはやはり気のせいでは無かったようで。すぐに顔を押しのけられてしまう。眉がきゅっと寄せられている。
「……なあ、中尉。君、さっきから一体何を怒っているんだ? 情報が得られなかったことまだそんなに怒ってる? さっき謝ったじゃないか」
「……違います。そんなこと怒っていません。私は、ただ……」
「ただ?」
「匂い、です」
「え?」
 思わぬ指摘を受けて、私は目を見開いた。確かに、自分では鼻が麻痺してしまってよく分からないが、ぷんぷんと香水の匂いがするらしい。
「この匂い嫌いです。貴方の匂いが……しないから」
 恋人の元に、他の女の匂いをさせて来るとはデリカシーが無いにもほどがある。
 なるほど、ハボックの言うとおりだ。これで不快ならない女はいない。例え鉄の女、リザ・ホークアイ中尉でも。
「では、君に消して貰うとしようか」
「えっ……」
 グッドアイディアを思いついた私は、甘く彼女に囁きかける。
「他の女の匂いは君の女の匂いで打ち消して、くれたまえ」
「ちょ、何を言って……うむっ……」
 再びその唇を奪って。約束の埋め合わせはこれからしようと私は心に決める。
 何せ、夜はまだ長いのだから。

 


END
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by netzeth | 2015-09-27 23:00 | Comments(0)