うめ屋


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by netzeth
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安全な男と危険な男

「なあ、ロイ。お前何でリザちゃん押し倒さねーの?」
「……ヒューズ。貴様仮にも軍法会議所勤めだろう。軍規破りをけしかけるな」
「惚れてる女押し倒すのがどーして軍規破りなんだよ。あ、まさか司令部で押し倒すのを想定したか? ぐふふ…ロイ、お前そんな顔して案外むっつりなのな」
「うるさい。私とホークアイ中尉はただの上司部下だ。司令部以外どこで会うって言うんだ」
「……それ、言っててむなしくね?」
「黙れ!!」
 苛立ち紛れにぐいっと酒をあおる。ぴりっと舌が痺れる度数の高いウィスキー。今夜の酒は非常に苦い。せっかく久しぶりにセントラル住まいの親友と飲んでいるというのに、これでは楽しい夜が台無しだ。とロイはげんなりした。まあ、親友――ヒューズが副官との仲を勘ぐってくるのは、既に恒例行事なのだが。
「だいたい、彼女を押し倒すなんて……私が今までこつこつと築き上げてきた信頼をぶちこわせというのか?」
 冷静になって反論するが、ヒューズは聞く耳を持たない。それどころか小馬鹿にするように、ロイの言葉を鼻で笑う。
「はんっ、ロイ・マスタングともあろう者が情けないねえ。お前さん、男が女の子から信頼なんてされたら終わりよ?」
「……何が悪いというんだ」
「悪い! 悪いに決まってる!!」
 そこで、ヒューズがチッチッチと人差し指をふる。
「それはな、ロイ。女から安全な男と思われてるんだよ。いいか? 男が女に安全なんて思われるほど悲しいことがあるか? いーや、ない! 男ってーのはな、常に女にとって危険であるべきなんだよっ!」
「あ、安全……」 
 その言葉が醸し出す意味にロイは愕然とした。
 安全な男と危険な男。
 男としてどちらで在りたいかなんて、決まっている。もちろん危険な男だ。
「私は、中尉から安全な男だと思われている……と?」
「そうだよ。心当たりないか? 深夜一緒に残業しても特に警戒されていなかったり、それどころか家に送って茶でも一杯とか気軽に誘われたりとかしてないか?」
「………!!……している」
「それって、つまり……お前、男として見られてねーんだよ」
「そっ……そんなことは……っ」
 ない。とロイは言い切れなかった。
 確かに深夜残業の後もう遅いからと家に送って、お茶でも……と誘われたことならあった。もちろん、理性に自信が持てなかったので丁重に断ったが。……親しさの証拠だと思っていたそれが、実は何も警戒されていない――男として意識されていないのだとしたら。
「わ、私は中尉にとって安全な男……?」
「そーだよ。リザちゃん、お前に何かされるとはぜーんぜん思ってないんだよ。つまり安全パイなんだよ、お前さん。……それでいいの? 男として」
「……よくない」
「だろ? だったら、ここらで一発押し倒すくらいのことして、お前が雄だってこと、解って貰わないとダメじゃねーの?」
「だが……」
 ヒューズの声は悪魔のささやきのようだった。ロイは理性と本能の狭間で苦悩する。リザの信頼を裏切るようなまねは……と躊躇う心と、自分に素直になれとけしかける心。
「くそっ、どうしたらいいんだ、私は!」
 考えても答えには辿りつかない。
 自棄になり、ロイはグラスを次から次へと飲み干す。悩みを忘れるには酒である。
「お、おい……ロイ、お前飲み過ぎ……」
「うるさいっ」
「おい、ロイ!」
 そうして、ひどく酔っぱらいロイの意識はヒューズの呼びかけを最後に途切れたのだった。




「…………っさ」
「んーー」
「……いっさ」
「んん?」
「もうっ、大佐! しっかりなさって下さい」
 次に意識が浮上した時、ロイは鼻先にいい匂いを感じていた。更に、足下がふわふわのスポンジの上で踊っているようでとても愉快だ。
「っちょ、大佐っ、ちゃんと歩いて下さい!」
 踊るようにステップを踏んで歩こうとすれば、叱咤される。どうやら自分は一人ではないようだった。そういえば、誰かが肩を支えてくれている。それで転ばずにいられるようだ。
「……うん? ちゅーい?」
「はい。ようやく気がつかれましたか?」
 間近には親友の髭面ではなく、見慣れた副官の顔がある。いつ見ても美しく可愛らしい顔だ。
「ひゅーずは?」
「私に電話を下さった後、終電に飛び乗ってお帰りになりましたよ。あの方が一泊なさる訳ないじゃないですか」
「そう…だな……」
 愛する妻と娘が俺の帰りを待っているんだ! と言っていた親友の顔を思い出す。所帯を持ってからというもの、ヒューズが日を跨いでイーストシティに滞在したことはない。
 羨ましいことだ。としたたかに酔った脳裏でロイは思う。どこに居たって彼には帰るべき暖かい場所がある。それに比べて自分はどうだとロイは己を省みる。酒に呑まれて意識を飛ばし、部下の世話になっている始末。何とも情けない話だ。
 ……情けないねえ。
「いや……わたしは、なさけなく、なんか……ない」
 不意に親友の声が脳裏に響いてきて。ロイは反論した。
 そうだ。ヒューズは好き勝手言い過ぎだ。誰が安全な男だって?
「大佐?」
 ロイに肩を貸し心配そうに見つめてくるリザに視線を置いた。こんな夜中に、上司を迎えに来て、簡単に男に触れて寄り添って。何たる無防備。
「君も……わたしを、あんぜん、だと思うのか?」
「……え?」
「これでも?」
 言うなりロイは酔っぱらいとは思えぬ機敏な動作で、リザを抱きすくめた。彼女の体は暖かく、柔らかかった。金色の髪に顔を埋めれば何とも言えぬいい香りが鼻を抜けていく。
「ちょ、たい、さ……!?」
 唐突なロイの行動にリザがバランスを崩してよろける。そのままでは二人して転んでしまうと、彼女は脚に力を入れた。よろよろと移動し、リザの背が街灯に付いた所で止まる。
「なにを……」
「これでも君は私を安全な男だと思うか?」
 ぎゅうっと力を込めてロイはリザを抱きしめ続ける。最初はもがもがと抵抗していた彼女もやがて諦めたのか大人しくなった。代わりに聞こえて来たのはふうっというため息。
「もう……一体なんなんですか……」
 それから、ぽんぽんっと背中を叩かれる。まるで母親が子供にするかのような優しい手つきにロイの心がほぐれていく。
「……君に私が危険な男だと解らせてやろうと、思った」
「大佐が危険……ですか?」
 心底不思議そうに言われて、ロイは若干傷ついた。やはりヒューズの言うとおり、リザはロイをちっとも危険な――異性だと意識していない。こうやって迫られて抱きしめられてもなお、優しく慈愛にあふれている。
「大佐が危険だなんて、思ったことはありませんが」
「やはり、わたしは君にとって、安全な男だったのだな……」
 それはロイにとって著しく遺憾であった。抱きしめるくらいでは生ぬるいのかと、くいっと顎をつかんで上向かせる。唇を奪って、そのまま……。酔いに任せてとんでもないことをしでかそうとしたロイだったが、リザの鳶色の瞳に射抜かれて動きが止まってしまった。
 あまりにも純粋で真剣で真っ直ぐにリザはロイを見つめていたのだ。
「安全……というのは、よく意味が分かりませんが……」
 彼女は一瞬逡巡するように、口ごもる。そうしてから、意を決したように言った。
「大佐にこうされると……とても、安心します……」
 リザがゆっくりと目を閉じた。そのまま体から力を抜いてその身をロイに任せるように寄りかかってくる。
「……………ちゅ、う、い……っ」
 ロイは理性を呼び覚ますためにリザを呼んだ。あふれ出す何かを必死に押しとどめて、なけなしの我慢を絞り出す。
(こんな場面で男にそんなことを言っては、何をされても文句を言えないところだぞ!?) 
 このまま危険な男の行為を強行する訳にもいかず、ただただロイは己の欲を持て余す。
「大佐の匂い……安心します……」
「そ、そう!?」
 
 結局ロイは愛する副官に翻弄され、今夜も危険な男になりきれないのであった。
 
 

END
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by netzeth | 2015-10-02 01:57 | Comments(0)