うめ屋


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by netzeth
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仮装

 いつでも何かと騒がしい東方司令部だが、今日は格別だ。
 司令部内の軍人達が軍服ではなく色とりどりの衣装に身を包んでいるのを見てとって、リザはそう思った。
 本日はハロウィン。元々アメストリスのお祭りでは無かったが、仮装して練り歩くという行事とカボチャお化けという楽しげなビジュアルだけが伝わり、毎年この日になると街の至る所でハロウィンの仮装が見られるようになった。
 ここ東方司令部も例外ではなく。少しでも市民に親しみを持ってもらえる軍部にするという謳い文句の元、ハロウィンは仮装をしても良いよ! という許可がお祭り好きの最高司令官より降りている。もちろん仕事に差し支えがあってはならないと厳命されてはいたが。ノリのいい軍人連中は皆こぞってこのお祭りを盛り上げようと、仮装に力を入れているのだ。
「失礼いたします」
 お化けやドラキュラや魔女やゾンビに狼男と言った面々達とすれ違いながら、リザは司令官執務室――ロイの部屋へとやってきた。
「ああ、中尉。もうすぐ終わる。待っていたまえ」
 顔も上げずに答えたロイは、大人しくデスクに座り仕事に勤しんでいる。浮かれた空気の司令部でここだけは平常時と変わらない風景だった。
 そういえば、とロイの傍らへと歩きながらリザは思った。
 彼だけは毎年このハロウィンの仮装には参加していないな、と。ロイの腹心の部下達――ハボックやブレダなどもこの日ははりきって仮装している。そんな彼らから大佐もどうですか? などとお誘いを受けても、私はいい。とロイは興味なさげに返事をするだけだ。
 仮装に興味が無いのだろうか? 
 ロイは決してノリが悪い男ではない。力を抜くべき時は抜くし、くそ真面目に仕事だけをする人間でもない。それどころか、ど派手な演出で人々の目を引くのが好きな人間――基本は格好付けの目立ちたがり屋だ。
 そんな彼が何故かハロウィンの仮装にだけは毎年食指を伸ばさない。
 ――きっと吸血鬼の格好などしたらとてもとても似合うと思うのだ。前髪も上げて牙をはやして。白のドレスシャツにカマーバンド……そして裏地の赤い黒のマント……。
「大佐は…仮装はなさらないのですか?」
 脳内でロイの吸血鬼姿など想像していたらば、気が付けばそんなことを口にしていた。別に見たいと思っている訳ではないけれど、と心の中でリザは自分に言い訳をする。
「仮装?……ああ、今日はハロウィンだったな」
 今気づいたとばかりに言うロイは、いかにも仮装には興味がなさそうだった。
「ええ。グラマン将軍が推奨なさっております関係で、皆はりきって仮装しているようです」
 それなのに、ロイは何故? 
 言外にそんな疑問を滲ませれば、彼はくっと皮肉げに唇をつり上げた。
「仮装とはつまり、化けるということだろう。本当の自分とは違う姿になる――そういうことだ」
「……その通りですね」
「それならば、私はこの日常で間に合っているよ。いつだって己を偽って化かしあいをしているのだから、な」
 ロイの言葉を聞いた瞬間、リザは軽率な己の言動を後悔した。
 愚問だった。
 魑魅魍魎が跋扈する、伏魔殿とも言える軍上層部。彼らとやりあっているロイは、常に己を装っている状態だ。愛想笑いを顔面に張り付け、心中で牙を研ぎ常に隙を狙っている。優しく真面目でノリがいい若者――そんな本当の彼の顔など見せる余地などないほどに。
 だからロイにとって化けることは非日常ではなく、息を吸うように自然なことなのだろう。ハロウィンの仮装がバカバカしく思えるほどに。
「大佐。申し訳ありません。ぐにもつかぬことを申しました」
 副官である自分がロイの心を察することが出来なかったなどと、あってはならぬこと。唇をかみしめるリザに、しかしロイはだが、と言葉を続けた。
「……だが、今日はせっかくのハロウィンだ。逆に仮装を脱いでみるのも一興かもな」
「え?」
 ロイの言葉の意味を咀嚼する暇もなく。気づけば彼の顔が間近にあった。素早く立ち上がりリザとの距離を詰めたロイは、そのままぐいっと顔を近づけてきた。
「ん……っ」
 何かを言うことも、考えることも出来ずリザの唇はふさがれていた。瞬間頭が真っ白になる。
 今までこんなこと、一度だってされたことなかった。
 自失状態に陥り、体が硬直して動かない。すぐに逃げるべきなのに、セクハラだと訴え平手でもかましてやるべきなのに、暖かな唇の感触にリザは翻弄されていた。
 抵抗の無いのをいいことに、ロイの腕がリザを抱きしめる。腰の辺りに手を回されて、そこでようやくリザは我に返った。
「たい、さっ……」
 調子に乗るなとばかりに、体をはねのけにらみつける。キスで濡れた唇を拭えばロイはリザを見てくっと笑った。  
「何をっ……」
「言った通り、仮装を脱いでみせただけだよ」
「……仮装?」
「ああ、惚れた女への想いを胸に秘めた理性的な上司という仮装をね」
 どうやら彼が言った己を偽る化かし合いとは、リザの想像していたものと違うらしい。「仮装」の真の意味を理解したリザは、戸惑いを隠せない。しかし。
「愛しているよ、中尉」
 仮装を脱ぎ捨てたロイは真っ直ぐに想いをぶつけてくる。
「だから、君も今日くらいはその仮装を脱ぎたまえ」
「あ……」
 再び抱き寄せられ、腕の中に閉じこめられる。じっと黒い瞳に見つめられて、リザは観念した。
 仮装を脱ぎ捨てたロイのこの瞳には、何事も偽ることは出来ないのだ。
 だから、リザもロイの言うとおり今日ばかりは、逆に仮装をやめることにする。愛する男への想いを隠して仕える優秀な部下という仮装を。
「大佐。今日、だけですからね……」
「分かっている。今日だけ、だ」
 胸に頬を押しつけて、その暖かな体温と胸の鼓動を感じた。そして、降ってくる甘い囁きにリザはうっとりと身を浸したのだった。



END
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by netzeth | 2015-10-12 19:31 | Comments(0)