うめ屋


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by netzeth
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拍手お礼ログ 36

酔っ払い

司令部恒例飲み会は上官部下関係なしの無礼講であり、参加者はそれぞれ気のあった仲間と酒を飲み交わしている。
だが、そんな賑やかなで楽しいはずの空間は、今しんと静まり返り、皆息を飲んでいた。
 東方司令部の麗しの副官、リザ・ホークアイ中尉が目を据わらせ上官ロイ・マスタング大佐に詰め寄っていたからだ。

「大佐、ちょっとそこにお座り下さい、座りなさい」
「もう座ってます……」
 リザの迫力に飲まれてか、ロイは敬語である。
「以前よりはっきりさせたき、儀がございます」
「な、なんでしょうか……」
「私のこと好きですか?」
「なっ……何を、こ、こんな、皆がいる場所で、そんなこと言えるわけ…」
「す・き・で・す・か?」
「いや、その……」
「嫌いなのですか? ならば、はっきりとおっしゃい! はっきりと!」
 ぺんぺんっとリザは手をテーブルに叩きつける。その上には豪快に空けられた酒瓶が幾つも転がっていた。
これは相当酔っているな……とロイ及び周囲のギャラリーは思う。

「すみません……好きです……」
「そんなおためごかしはいりません!」
「へ!? 君が訊いたんじゃないか!」
「私が聞きたかった言葉は! 私のこと抱きたいか否か!? というもっとディープで踏み込んだ内容でした!」 
「それこそこんな場所で言えるわけ……っ!」
「だ・き・た・くないんですか?」
「抱きたいです……すみません……」
 同じく酔っているのか、答えるロイの物腰は弱い。いや、酔っていなくても対リザはいつも弱いが。

「本当ですか? にわかには信じられませんね。……男なら若い女を抱きたいと思うのは当然の欲です。貴方の性欲に愛があるのかそれが問題です」
「私はちゃんと愛を持って君を抱く準備があるぞ!」
「具体的にはどんな風に? 私のどんな所を可愛がってどんな風に抱きたいですか?」
「えっ……それ、言うの……」
「お・し・え・て・下さい」
「リ、リザさんの太ももさいこーなので、そこを重点的に愛でたいです……」
「他には?」
「…………半脱ぎが好みです、体位はオーソドックスがいいです……」
「よろしい、大佐の熱意は分かりました。ですが、言葉はいくら尽くしても所詮は言葉。男ならば具体的な行動で証明すべきだと思いませんか」
「な、何がお望みでしょうか……リザさん……」
「さあ? ご自分でお考え下さい」
「……………分かった」

 分かったのかよ! 周囲のギャラリーは突っ込みながらも、ごくりと唾を飲み込む。これまでの会話からして、非常に危ないことがこれからここで繰り広げられてしまいそうだった。
いざとなったら他ならぬ二人の名誉のために、身を呈して止めなければ……部下たちはそう考えていた。いくら何でもここでおっぱじまってしまっては、酒の失敗談……では片づけられない。
 しかし。
 周囲の心配をよそに、ロイはリザに襲いかかったりはしなかった。ただ、彼は懐からチョークを取り出すと床にしゃがみこみ、錬成陣を描き始める。その地味な作業を、皆はハラハラしながら見守った。
そして、彼は何かを錬成すると、それをつまみ上げリザに差し出した。

「リザさん……これを、君に……」
「これは……指輪、ですか?」
「そうです。即席ですが、これを誓いの証として……どうか、私と結婚してくれ!!」
 プロポーズした!!
 ギャラリーは驚愕する。以前より惚れているのは周囲にバレバレだったが、まさかここまでとは皆思っていなかったのだ。酔った勢いとは言え、思い切ったものである。

「おめでとうございまーす!」
「ひゅうっ! おめでとー!!」
 店内は一転、祝福ムードに包まれる。暖かい拍手が二人に贈られた。
 だが。
 申し込まれた当のリザは、にっこり笑って。
「貴方の誠意、きちんと行動で見せてもらいました。ですが……軍規で夫婦の上司部下は認められておりませんし、婚前交渉はもっての他です。ですから、私を抱きたかったらお早く大総統になって下さいね?」
 無情の宣言である。
 
 ギャラリーの一人であるレベッカ・カタリナが哀れみの視線をロイに向け、同じくハイマンス・ブレダが同情する。
「あたし……こんな公開処刑初めて見たわ……性癖を公衆の面前で発表させた挙げ句、向こう10年くらいは生殺し宣言って……えげつないことするわね、リザ……」
「ああ、なんか大佐はちゅーいに弄ばれた……ってあっちできのこ生やしてるし…やめて欲しいんだよなーあの人、ダウナー系になると、じめじめと床に錬金術理論書き始めるから、掃除が大変だっつーの」
 
皆の同情を一心に集める司令官殿は、たいそうご傷心な様子でひたすらぶつぶつと何事か呟きながら部屋の隅っこで床とお友達になっている。酒瓶が傍らにおかれているので、酒ともお友達なようだ。飲まなければやってられないのだろう。その気持ちは十分わかるので、誰も止めない。

「もうっ、大佐……そんなに、飲み過ぎですよ?」
「う、うるさい! 放っておいてくれないか、ちゅーい……」
「ダ・メです! 大佐が酔いつぶれたら、貴方をお送りするのは私なんですから。そのまま大佐の部屋に泊まるのもいい加減、大変なんですよっ」
 やりとりを続ける二人。彼らの会話を聞きながらギャラリー達全員で思う。
 
 ――同情して損した。ばっからしい。別に結婚してなくても既に夫婦みたいなものじゃねーか。

 あとは。
 リザが婚前交渉を了承してくれればロイも幸せになれるだろうに……と、生ぬるく上官とその副官を見守るのだった。


例のあれ

 私はそれを、例のあれ、と呼んでいる。

 ときどき私の内に込み上げる、不可解な感情。苦しいような幸せなような。その概念に名前が付けられず、私はただ、あれと呼んでいる。
そうやって私が、胸が締め付けられる痛みに耐えていると、心配そうに大佐が声をかけてくれた。

「大丈夫か? 中尉……何だか苦しそうだ」
「大丈夫です、ご心配なく。……例のあれ、ですから」
「そ、そうか。女性は大変だな」
 
 何故か彼の顔が赤くなった。彼は例のあれ、に心当たりがあるのだろうか。そして、これは女性特有のもので男性には無いのだろうか。私は男性がうらやましくなった。
 
 例のあれ、は気まぐれで突然だ。私の予想を裏切って突然わいてくる。

「本当です。突然来るんで、困るんです」
「そっ、そうか……」
「私は女性に生まれてつくづく面倒で残念です……男性に生まれれば良かったです。大佐もそう思いますでしょう?」

 こんな感情に振り回されなくていいのならば、男がいい。大佐だって部下はいつだって冷静な方がいいに決まっている。
 
「そんなことはない! 君が女性で私は良かった……良かったぞ」
「え……?」
 
 何故かとても真摯な瞳で大佐は私を見つめそう言い切った。それから私の手を握り、
「それに、その、あれ、だって……私と君には絶対に必要な大事なこと……な、訳で……」
 顔を赤くしながら、そんなことを言う。
  
 あれ…不思議だ。また、例のあれ、がひどくなった気がする。
 そういえば。いつも、大佐がそばにいると例のあれ、は私をより激しく苦しめるのだ。切なくて……とても苦しい。

「……大佐、近づかないで下さい」
「へ!?」
「例のあれ、がひどくなりますので」
「え……っ、それって、そういうものなの!?」
「……そういうものみたいです。離れて下さいっ、いえ、私が離れます!」

 動悸が激しくなり、私はもう耐えられなかった。大佐と二人きりの空間にこれ以上いたら、心臓が爆発してしまいそう。そのまま回れ右をして、部屋を走り出て行く。

「中尉! そ、その……っ、無理をするな! 大事な身体だ!!」

 大佐は私にそんな優しい言葉をかけてくる。
 
 ……やめて下さい。また、ひどくなるじゃないですか、例のあれ、が。あなたのせいです。
 どくんどくんっと、脈打つ心臓を押さえながら私は毒づいた。



ピュアピュア


新しい家族が増えたことで、リザ・ホークアイは引っ越しをした。忙しい仕事の合間をぬい、休みを取っての引っ越しである。荷物を運び込むのは業者を頼ったが、部屋の片づけ作業はリザ一人で行った。
 だが、流石に一人で出来ることには限度がある。一日では終わらないだろうとリザが半分諦めていた時、援軍が来た。
「やっほい、リザ。手伝いに来たわよ~!」
 夜勤明けの親友・レベッカ・カタリナが来てくれたのだ。仕事で疲れている所を申し訳ないとは思ったが、リザはありがたく手を借りることにした。


「え~と、この箱の中……らへん? リザ、そっちはあった?」
「ないわ……どこに行ったのかしら……」
 
 順調に引っ越し作業は進んで、さてここらでティーブレイクでもしましょうかとなった時に、ちょっとした事件が起きた。
 茶を淹れるために段ボール箱からリザが取り出したマグカップ――それを彼女の新しい小さな家族――ハヤテ号が飛びついてきたことにより床に落としてしまったのである。
 何個もカップを割ってしまったことで、リザはハヤテ号を厳しく叱った。子犬はきゅーんと萎れ、しょんぼりしている。それを宥めたのはレベッカだ。

「まあまあ、まだ子供なんだしやんちゃなのよ。それに、引っ越しできっと興奮していたのね。これは人間の都合だしあんまり叱ったらダメよ、ぐれちゃうわよ?」
 親友の言葉にそれもそうだとリザは納得し、反省している子犬を撫でてもう怒ってないわよ、と伝えてやる。
そうしてから、ちょっとした問題に頭を悩ますこととなる。
「どうしようかしら……」
「どうしたの?」
「マグカップ、普段使うのがほとんど割れてしまったのよ。一つしか残ってないわ……これじゃあお茶を淹れられないわね」
「予備はないの?」
「一応、お客用のティーカップがどこかにあるはずだけど……ごめんなさい。滅多に使わないものだから、きっと段ボール箱の奥の奥よ。レベッカ、あなただけでもお茶にして」
「一人で飲んだっておいしかないわよ、とにかく、探してみましょ」
 
 そして、女二人でガサコソガサコソと探し回ること、しばらく。お目当てのカップはなかなか見つからない。こうなったら回しのみするかーとレベッカが思い始めた時。
「あ!」
 とある段ボール箱の中から大事に梱包されたティーカップをレベッカは見つけだした。梱包を解いて出してみる。
「あら素敵」
 それは白地にブルーのラインが入ったカップだった。更にブルーのラインは金色に縁取られており、一目で高級品だと分かる上品なものだ。
「リザにしてはずいぶんと奮発したわねえ……」
 何しろ、親友リザ・ホークアイは極度の貧乏性の気がある。本人は倹約よと言い張っているが、彼女が普段使うマグカップは縁が欠けていたりヒビが入っていたりとだいぶ使い古したものなのだ。
 お金を大事にするのは結構なことだが、流石に新しいものに変えた方がいいと思うレベッカである。
 そんな彼女がいくらお客様用とはいえ、ずいぶんと高級なカップを所有しているのだな……なんて、レベッカは意外に思う。

「どうしたの? レベッカ。見つかった?」
 すると、後ろから声がかかったので本人にレベッカは思ったことを伝えてみる。
「あったわよ。それにしても、ずいぶんと素敵なカップを持っているのねえ。これ一つきりしかないみたいだけど……」
「あっ、それは……!」
 リザは驚きの声を上げると、慌てたようにレベッカの手からカップを奪い取ってしまった。それから狼狽した様子で言う。
「せっかく見つけて貰ったけど、これは……」
「なあに? どうしたの?」
「その……」
 これほど高級な品だ。何か曰くがいろいろあってもおかしくない。それこそ、親の形見だとか思い出の品――だとか。リザが言いよどみ更に頬を染めて視線を逸らしたことで、レベッカはピンときた。
「なになに、男がらみ? レベッカねーさんに話してみなさいよ。それとも、ひみつぅ?」
「……確かに男だけど、あなたが考えているようなことは何も無いわよ。これは、ただ……」
 特に隠す気も無かったリザは話し始める。このティーカップを買ったいきさつを。


 まだリザが東方司令部に赴任したての頃のことだ。引っ越して間もない部屋に己の上官――ロイがやって来ることになった。訪問理由はリザの背中の経過を見たいとのことだった。
 イシュヴァール内乱終結後すぐにロイに焼いて潰して貰った、背中の秘伝。その特殊事情により医者に見せることも出来ずにいた。そのことを気にかけてロイが自分に見せて欲しいと言ってきたのだ。
 リザは慌てた。背中を見せることに対してではない。
 士官学校を卒業と同時に任官。それからずっと忙しい日々を送っていた彼女は部屋を片づけている暇もなかった。
部屋は引っ越して来た時のまま、空けていない段ボールだらけ。とても人を――ロイを上げられる状態ではなかった。
 急遽リザは部屋の片づけを行った。仕事を終えてからの夜の作業になったが、ロイが来ることを思えば辛くなかった。彼に散らかった部屋を見られることの方が大問題だったからだ。
 そうして部屋の片づけを終え、何とか人を招き入れられる体裁を整えた所で。リザは最後の難問にぶちあたったのである。
 それは、ロイにお茶を入れるためのカップが無い――ということだった。
 
 自分のものが、一応二つある。しかし、使い古して縁が欠けていたりヒビが入ったりしているものだ。ロイに使わせることなんて出来ない。
 悩んだリザは、彼のために新しいティーカップを購入することしにした。出来ることならば彼に出しても恥ずかしくない、良いものがいい。
 そうして。
 出たばかりの初任給をはたいて、リザはとある老舗ブランドのティーカップを購入したのである。
 
 この頃、ロイとリザの間柄はまだまだ打ち解けていない、堅さの残る関係であった。互いにぎくしゃくとし、よそよそしさが抜け切らぬ微妙な関係。今の打てば響くような、つうかあの関係とはほど遠いものだった。
 故に。
 ロイの自宅訪問時も、二人の間には気まずい空気が流れていた。
 背中を見せ、それを確かめた彼に、あのカップでリザはお茶を出す。
ロイはずっと無言で、リザはとても居心地が悪かった。リザの背中を、秘伝を見てしまったことで、彼はまた何らかの重荷を背負ってしまったのだろうか。そんな風にやきもきと落ち着かない時間をリザが過ごしていた時。出されたお茶に口を付けたロイが、突然言ったのだ。

「これ……あの、ベドガー社製のものだろう? すごいな」
 そして、ロイは瞳を輝かせてそのカップを見分し始めたのだ。
「この磁器はカオリンと呼ばれる鉱石が原料なんだ、そして、この見事な青! コバルトを使っているな…知っているかい? ベドガー社はその昔、磁器を研究していた錬金術師の一団が母体になっていると言われていて………」
 突然堰を切ったように語り出したロイに、リザは驚く。
そこに居たのはかつて父のお弟子さんだった、「マスタングさん」であった。瞳を輝かせて、錬金術で築く幸せな未来を語っていた彼そのもの。
 リザは思わぬ形で、ロイとの会話の接ぎ穂を見つけた。
そして、このティーカップは気まずかったロイとの関係を変えるきっかけになってくれたのである。


「という訳で、昔大佐がいらした時に買ったものなの。上官だし、変なもの出したら恥ずかしいでしょ」
「ふ~ん……それで思い出のティーカップって訳ね」
 てっきり恋人のものか贈り物かとも思ったが、レベッカの予想ははずれていたようだ。
「それから一度も使ってないわけ?」
「そうよ」
「ふ~ん……じゃあさ、これ、あんたの普段使い用にでもしたら?」
「え……」
「だって、使わないし使う予定もないんでしょ。だったら、眠らせておくのはもったいないじゃないの」
 あんなボロボロのを使っているくらいならば、これを使えばいい。そんな軽い気持ちからの提案だった。他人のレベッカではなくリザ本人が使うならば、別に思い出の品を使うのもかまわないのではないか、と。
 だが。
 その瞬間、リザは取り乱し大声で叫んだ。
「そんなっ、つ、使えないわ!!」
 ――やっぱり、思い出の品は大事にとっておきたいのだろうか。
 レベッカがそう思ったとき、更にリザは顔を赤くしてまくしたてた。
「だってっ、あの人が口をつけたものなのよ!?」
「……たまーにね。あんたを見ているとあたし、自分がすんごく汚らわしい生き物に思えてくるわ」
「何よ、それ。……何だかバカにされている気分なんだけど」
「まさか。……ピュアだって言っているのよ」
 ウィンクしながらリザに告げ。そして。
 早くまた、このティーカップの出番がくればいいのに、と思うレベッカだった。



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by netzeth | 2015-10-18 15:45 | Comments(0)