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うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth

お宝写真

 東方司令部司令官執務室には小部屋が付属している。そこは本来司令官が着替えなどに使用するために用意されている部屋だ。だが、私の上司であるロイ・マスタング大佐は一般兵と一緒に男子ロッカールームで着替えるのを厭わないため、現在は資料置き場となっている。
 さて、副官という立場上私はよくこの小部屋に籠もることがある。業務に使用する頻度の高い資料及び文献がここに置いてあるからだ。遠くの資料室まで取りに行く必要がないため、大変助かっている。
 本日もここで、書類作成のための参考資料をピックアップしていた所だ。マスタング大佐が軍議から戻ったら書類と共に差し出して無言の圧力をかけ、即仕事に取りかかって貰うために。
 だが、このように私にとっては大変ありがたく便利なこの小部屋も一つだけ欠点がある。大変壁と扉が薄いということだ。きっと予算をケチって手抜き工事をしたに違いない。まったく迷惑な話である。
 だから。

「俺は見た! マスタング大佐がお宝写真を持っているのを!」

 ……中にこもりっきりでいると、このように図らずも盗み聞きをしてしまうことになるのだ。

「お宝写真……ですか?」
「ハボ……おっまえ、そんな下らないことで俺らを呼びつけたのかよ」
「まったくですな。貴重な休息時間がもったいない」

 聞き慣れた部下達の声がする。どうやら彼らは私が居ることに気づいていないようだ。主が不在の執務室に彼らは一体何の用があってやって来たのやら。すぐに出て行ってここは休息所じゃないと叱ってもいいが、少し興味が引かれて、もう少し様子をみることにした。

「まあまあ、まずは聞け、お前ら。そうしたらお前らだって大佐の写真に興味を持つはずだぜ?」

 もったい付けたようにしゃべっているのはハボック少尉だ。得意げなその声で、ちっちっちと指をふる仕草まで鮮明に想像出来る。

「大佐が肌身離さず持っている手帳があるのを知ってるか?」
「はい。よくデート予定を書き込んでおられますね。噂では女性の名前でびっしり埋まっているとか……」
「そう、その手帳だ!」

 彼らは知らないだろうが、あれは大佐のスケジュール帳ではない。彼の錬金術の研究手帳だ。彼が女性名を暗号として記録しているのを私は知っている。錬金術師にとって己の研究成果を記したものは命と等価と言ってもいい。肌身離さず持っているのはそれだけ大事なものだからだ。 

「あの手帳によ、写真が挟まっているのを俺は目撃したんだ……しかも、大佐、その写真をことあるごとに取り出してはこっそり眺めてるんだぜ? 俺は何度かその姿を見たんだが……こう、締まりのないニヤケた顔しててさ」
「あ! それなら、僕も見たことあるかもしれません! 執務室にお邪魔した時大佐、何かを一心に眺めてました。すっごく幸せそうな顔をしていて……で、僕に気づいて慌てて懐にしまって……」
「そう、それだよ、それ。俺が言いたい写真は!……俺はピンと来た。あの大佐があんだけだらしのない顔してるんだ、あれはムフフなお宝写真だと!」
「……お前のその発想の飛躍に俺は感心するよ」
「なんだと!? どー考えてもそうとしか思えねーだろ!? そして、あの女に不自由してない大佐をニヤケさせるブツだぞ!? 見たいだろ!?」
「お宝写真ならお前だっていつもポケットに入れてんだろ。月刊プレイボーイ巨乳グラビアアイドルフレンダちゃんの切り抜き」
「うっせー! あんな印刷物と一緒にすんなっ! あっちは幾重にも人の手が入った言わば作り物。かたやこっちは生写真! 生だぞ、なま!?」
「どの辺りが違うのでしょうか……」
「さあ……ハボック少尉の中ではマネキンとダッチワイフくらいには違うじゃないですか」
「とにかく! 今日皆をここに呼んだのは他でもない! 俺は大佐の写真が見たい! 見たくて見たくて見た過ぎて実は3日で27時間くらいしか寝てない!」
「めっちゃ寝てんな……」
「ですが大佐の秘蔵のお宝写真……確かに興味が引かれますな」
「だろだろ!? 大佐のことだ、きっと際どいぱっかーんな攻めた写真のはずだぜ……?」
「その無駄な想像力を発揮するお前の頭の中を俺はぱっかーんして見てみたいがな」 
「ぱ……ぱっかーん……そ、そんなふしだらな写真を大佐が持っているなんて……でもどんな写真なのか僕も興味があります」
「ふっふっふっ、だろ? フュリー。俺に任せろ。策は労してある」
「どうする気だ?」
「いくら大佐が肌身離さず手帳を持っていようとも、あの手帳が紙である以上、絶対に持ち込めない場所がこの司令部内に一つある!!」
「あっ! シャワー室!」
「そうだ。大佐がシャワーを浴びてる隙に拝ませてもらう。既に大佐がシャワー室を使用する時間も押さえてある」
「すごいです。ハボック少尉!」
「もっとその情熱を他に使えよ……」
「とにかくっ明日、ここに集合な。大佐はまた同じ時間に軍議だ。その時に俺の見たものを報告するぜ」 
「ところで、どうしてここ何です?」
「そりゃあ、ここなら他の奴らに絶対に聞かれないからな」
「なるほど……」


 ……休息時間に彼らがどんな会話をしようと関与出来はしないが、ぱっかーんは無いだろうぱっかーんは。
 あまりに低俗な会話に頭痛すらしてくる。
 完全に出るタイミングを逸した私は、結局最後まで彼らの会話を盗み聞きすることになってしまったわけだが。そうこうしているうちに部下達は部屋を出ていってしまった。もうすぐ大佐が戻って来る時間だからだろう。
 ――彼らの犯行? を止めるべきだろうか。
 ハボック少尉のやろうとしていることは明らかにプライバシーの侵害である。しかも、上官の私物を漁ろうと言うのだ。発覚したら反逆罪が適用されてしまうかも。そして、大佐はムフフなぱっかーん写真を部下に見られてしまうのだ……。
 
 ま、いいか。

 3秒くらい考えて、私は結論を出した。
 大佐のスケベ心が暴かれ威厳が地に落ちようとも、特に困ることはない。何を今更だ。
 あ、むしろ写真を脅しの材料として使うというのはどうだろう。我ながらグッドアイディアだ。大佐が仕事を嫌がるたびに、写真の話題をチラつかせてやれば……きっと彼は青ざめ大汗をかいて言うことをきいてくれるに違いない! 
 ああ、なんて素晴らしいのだろう。


 というわけで。
 大佐を脅す……ごほんっ、真実を見極めるために、私は次の日また同じ時間に執務室の小部屋にいた。盗み聞き? 人聞きの悪い。私はただたまたまこの時間に資料整理をしているだけだ。

「で? どうだったんだよ結局」
「僕すごく気になって、仕事が手につきませんでした~!」

 時間になると彼らが集まって来た。私は思わず息を殺して彼らの会話に耳を澄ませた。

「写真は見られたのですか?」
「や、やっぱり、ぱっかーん…だったんですか!?」
「あ、ああ……写真は見た」

 念願叶ってお宝写真を拝んだというのに、ハボック少尉の返答はどうにも歯切れが悪い。もっと興奮していてもよさそうなものだ。

「写真は見た……が」
「が?」
「い、犬の写真だった」
「うげっ!! い、犬ぅ!?」
「なんだ犬ですか……」 
 何とも意外な結果にブレダ少尉が珍しく素っ頓狂な声を上げ、ファルマン准尉が拍子抜けと言ったように呟いた。
「犬ってどんな子ですか? 可愛いですか? 犬種は? モフモフですか!?」
「聞くなフュリー! 犬の話なんて聞きたくない!!」
 盛り下がる他男性陣とは裏腹にフュリー曹長が食いついている。私も食いついた。女の写真になど興味は引かれなかったが、犬の写真となると俄然見てみたい気がした。あの大佐が写真を持ち歩くほどの犬の写真……どんな子なのだろう。

「……可愛い、かな」
「……なんだよ、ずいぶん曖昧な答えだな。まあ、詳細になんて俺は聞きたくないが。……お前本当に写真を見たんだろうな?」
「嘘じゃねぇ! 写真は見た!……と、とにかく可愛い犬の写真だったんだよっ! 以上報告終わり!!」
「え~! 犬のこともっと教えて下さいよ~!」

 ドキドキ大佐のお宝写真報告会はこうしてハボック少尉により、一方的に打ち切られてしまった。彼はどうもこの話題をあまり続けたくないように思えた。せっかくのぱっかーん写真がただの犬の写真だったから、意気消沈したのだろうか。どっちにしろ声しか聞いていない私には判断材料が足りなかった。 
 私も正直、拍子抜けした気分だ。
 女の写真だったら、仕事のカンフル剤として活用しようともくろんでいたのが水の泡だ。
 だが、大佐の犬の写真……はかなり興味が引かれる。犬は好きだと公言している彼だが、ペットを飼うような性分ではないと思っていたのに。一体大佐はどんな犬を飼っているのだろう。写真を常に持ち歩き、ニヤケた顔で眺めているのだ。きっととても可愛がっているのだろう。
 そんな彼の姿を想像すると、ますます写真を見てみたい衝動に駆られた。
 
 そうして。後日。

 現在私の目の前に問題の手帳が置かれていて。誰がこの誘惑に勝てるだろうか。大佐は不用心にも、机に研究手帳を置いたまま席を外してしまった。いや、きっと私が居るからと油断しているのだろう。
 その信頼は嬉しく、それを裏切るとなると良心が咎めたが、私は我慢が出来ず手帳に手を伸ばしてしまった。見れば手帳からは件の写真がはみ出している。すっとそれを引き出してみた。
 
 ……見なければ良かった。私は即座に後悔した。あの人はこんなものを後生大事に持ち歩き、眺めてニヤニヤしていたというの。
 
「……中尉? あああ! だ、ダメだ! それは私の……っ」

 その時だった。不意に大佐の声が近くでした。写真に気を取られていた私は彼の入室に気がついていなかったらしい。私が何をしているか、何を見ているかに瞬時に気がついた彼は、ものすごいスピードで迫って来て私から写真を取り上げてしまった。

「なっ、何を人のものを見ているんだ!!」
 大佐の非難は正しい。人の私物を勝手に見たのは私だ。だが、私は反論した。
「私にはその権利があります! な、なんですか! その写真は……!」

 そう、そこに写っていたのは犬は犬でも、大佐の狗。……私の写真だった。それも、何とも油断しきっただらしなく緩んだ……笑顔の写真だ。こんな恥ずかしい写真、一体どうしたのだろう。
 と、そこで私は写真について一つだけ心当たりがあるのを思い出した。そうだ。あれは以前不覚にも親友に撮られてしまった写真だ。

「どうやって手に入れて……」

 そこまで口にして、それが愚問だとすぐに気づく。そんなの写真を撮影した親友が焼き増ししたに決まっている。悪戯心満載の彼女がきっと大佐に渡したのだ。抜け目の無い彼女のことだ、きっと交換条件にエリートイケメンを紹介して貰ったに違いない。

「とにかくっ、その写真を渡して下さい! 没収します!」
「だ、ダメだ! これは私の癒し……宝物なんだ!」

 言わないで下さい、恥ずかしい。

「そんなもの仕事中に眺めて幸せそうな顔してないで下さい!」
 まして、それを部下に目撃されているなんて。そんな羞恥プレイ耐えられない。
「し、仕方ないだろ! これを見ると元気が出るんだ!」
「だからっ、そんな恥ずかしいこと堂々とおっしゃらないで下さい!!」

 ハボック少尉が言葉を濁すはずだ。彼はあの、女に対してはイケイケな大佐の純情をかいま見てしまったのだから。さすがに彼も罪悪感に駆られてあんな嘘をついたのだろう。
 ……いや、嘘ではないか。ただ、真実ではなかっただけ。
 彼が見た写真は犬は犬でもあの人の狗だった。

「頼むっ! これがあると癒されて仕事もはかどるんだ!」
「目の前に本人がいるじゃないですか!」
「君は私の前ではこんな風に笑ってくれないじゃないか!」   
「そんなことありません! 仕事のためならやります!」
「やめてくれ! 君ににっこり笑ってお仕事して下さい☆なんて言われたら、脅されているようにしか思えない! 私はあくまでも君の自然な笑顔が見たいんだ……!!」

 ……私はもう少し、彼の前で自然に笑う努力をすべきだろうか。

 顔を赤くしながら主張する大佐を見て、私は少しだけ反省をした。 


  
END
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この中尉の写真は軍部写真集合の中のあれで。

  


by netzeth | 2015-11-15 02:29