うめ屋


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by netzeth
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理由

 計画では副官と二人、静かにデスクワークにいそしむはずが。思わぬお邪魔虫の登場により、ロイの執務室はたいそう騒々しい。

「なーなー大佐ー早くしてくれよっ、急いでるんだよ、こっちは!」
「……うるさい、夜まで待てと言っているだろう。悪いがこっちの仕事が優先だ」

 ロイを毛嫌いしているくせに、何のかんの理由をつけては律儀に顔を見せに来る豆――もとい、鋼の錬金術師エドワード・エルリック。彼は小さな体躯に似合わぬ大声で不平を叫ぶ。

「んなに待ってらんねーよ! こっちは賢者の石関連の情報が入って今すぐにでも飛んで行きたいってーの。おっさんと違って俺らには時間がねーの! 時間が!」
「誰がおっさんだ。私はまだ二十代だ。上官への口の聞き方に気をつけたまえ? うっかり君の願い事を忘れてしまうかもしれんぞ?」
「……う」
 
 軽く脅しをかければ、頼む者と頼まれる者の立場を思い出したのか、エドワードが言葉に詰まる。そのままむくれたように口を尖らせるのを見やって、やれやれ大人げなかったかな、とロイは内心苦笑した。たいそうな資格を持ち大人と対等に渡り合う少年だが、まだまだ内面は子供なのだ。

「……君が望む軍管理下の土地への立ち入り許可を得るには、まず申請書を作成せねばならない。それに私と将軍のサイン及び、土地を管理している司令部の責任者のサインも必要となる。どちらにしろ今すぐにどうにか出来る代物ではないのだよ」
「だあってよぉ……」
「焦る気持ちは分かるが、落ち着きたまえ」

 諭すように言っても、エドワードは納得しかねる様子だった。無理もない。元の体に戻るために宛ての無い旅を続けている彼ら兄弟にとって、賢者の石の情報は闇の中に見いだした一筋の光明。それを見失う前に動きたいと思うのは当然だろう。  

「だったら早く、その申請書とやらを作成してくれよ。あんたさっきからその書類の山とばっかり戦ってて、何にもしてくれてねーじゃんか」
 
 エドワードにとってはロイが自分たちのことをないがしろにしているように見えて、それが不満なのだ。だが、ロイがやっている書類は書類で重要なものである。兄弟ばかりを優遇する訳にもいかないのだ。

「効率性を優先したまでだ。どっちみちグラマン将軍はおられない。戻られるのは夜になる。だから、今すぐ申請書類を作成した所で意味はない」
「そんなぁ……」

 がっくりと肩を落としたエドワードだが、こればかりはロイにもどうにも出来ない。可哀想だが、最初に言ったとおり夜まで待てと言うほかないのだ。
 その時である。

「エドワード君、申請書を作って来たわ。ここに申請理由を書いてくれる? もちろん賢者の石のことはふせて当たり障りが無い理由でね」
「え!? ほんと、ホークアイ中尉!」

 ロイの執務室に入って来たリザが差し出した書類を目にして、エドワードの顔が喜びに輝く。

「中尉。何故君が……」
「先ほどアルフォンス君と会いまして、話を聞きました。この書類が必要になるかと思われましたので作成したまでです。幸い書式は決まっておりましたから」
「さっすが、中尉! 誰かさんと違って有能だよな~!」

 満面の笑みでペンを握るエドワードの言葉にロイは渋面を作る。例え事実だとしても年下にバカにされるのは、愉快ではない。

「……だが、書類が出来た所で将軍のサインがなければ無意味だぞ」
「それなのですが。将軍の秘書官と先ほど連絡がとれました。少し早い汽車でお戻りになると。申請書類を持ってくればその場ですぐにサインをしてくれるそうです。列車の到着時刻を聞いているわ。エドワード君、この書類をもって駅で待っていなさい。そうしたらそのまますぐにイーストシティをたてるでしょう? 向こうの司令部の責任者には連絡しておくわ。あちらですぐにサインを貰えるように」

 悔し紛れに負け惜しみのようなことを言ってみても、鮮やかな手際でリザに覆された。二の句が告げず口をぱくぱくさせているうちに、エドワードが書き終えた申請書を差し出されてしまう。

「さ、大佐。大佐のサインをしてあげて下さい」
「う、うむ……」

 サインを拒む理由が一切無くなってしまったので、仕方なくロイは申請書にサインをしてやった。それを受け取ったエドワードは勝ち誇った顔をしている。

「サンキュ! 中尉。恩に着るよ! いや~本当に、ホークアイ中尉は有能だよな!!」
「どういたしまして」

 本当に何から何まで遺漏なく算段を整えられて、エドワードの目的はあっという間に達成されてしまった。最初から中尉に頼めば良かったぜ~と彼が失礼なことを口走っても、ロイには反論の言葉はなかった。
 何故なら全てその通りだからである。
 ことデスクワークに関して。いや、仕事全般の手際において、リザの手腕は見事なものである。その判断力と行動力、さらに女性特有の細やかな気遣いで、彼女が手配すれば物事は全てにおいてスムーズに運ぶ。
 本当に優秀な副官なのだ。

「それに比べて大佐はさー、こーんなに書類ためてのろのろのろのろやってるしさー無能だよなー」
 
 当てつけのように言われるエドワードの皮肉にも言い返すことが出来ず、ロイは憮然とする。だが、代わりにこれも副官の勤めとばかりにリザがやんわりと言ってくれた。

「仕方ないのよ、エドワード君。大佐はお忙しい身なの」
「何に忙しくてこんなに書類ためたの?」
「三日前は街を視察と称して徘徊して、一昨日は夜デートに出かけてしまって、昨日はサボって中庭で昼寝をして……かしらね」
「見限っちまえよ、こんなブラック上司」
「ふふ、そういう訳にもいかないのよ」

 半眼でエドワードがリザをけしかけるが、彼女はちょっと困ったように微笑むのみ。
 ロイはその笑みに隠された彼女の理由を知っている。優秀な彼女がロイ見限らない理由を。
 リザが自分を見捨てることはない。彼女は捨てない。何故ならその前に彼女自身の手で処分を下すからだ。
 それはリザが自分自身に課した、誓いだ。
 ロイを監視する者として、彼女はずっとそばに居てくれるだろう。何があっても。その手でロイを撃つまでは。
 だから、リザがロイに助力するのは、彼女にとってはほとんど義務みたいなもの。そこにロイが望むものは存在しない。どこまでも冷たい論理のみ。そう、彼女とロイの間には、まだまだ深い溝が存在する。
 それを思うと、ロイはいつも虚しく寂しい心持ちになるのだ。だが、その度に仕方がないことだと自分自身を納得させるしかない。

「大佐? 手が止まっておりますが。今夜までにそちらの書類を終わらせて頂けませんと困ります」
「んっとに、大佐はしょーがねーなー」

 大切な女の容赦のない言葉と、生意気な年下の呆れた声がロイに突き刺さる。こんなにハートがささくれ立っていても、仕事は待ってくれない。
 はあっとロイはため息を吐いた。
 市中徘徊は街の守護を預かるものとして自身の目で市民の暮らしぶりを見たいからであるし、夜デートは情報収集の一環だし、昼寝はデートのせいで寝不足だったから。
 全てきちんと理由があるのだが、今更主張してもただの言い訳にしか聞こえないだろう。信じて貰えまい。
 我ながら損な性分だが、仕方がない。いつか誰かが分かってくれるだろう。

「んとにさー中尉。どうしてこんなブラックな上司見捨てねえの?」
 
 黙れ、豆。と、とりあえず大人の苦労と努力と純情を絶対に分かってくれそうにない少年に心の中で毒づいていた、その時。
 ロイの美しい副官はとんでもない爆弾を落としてくれた。

「そうね。惚れた弱みかしら」
「え?」
 
 エドワードの惚けた声を聞きながら、がたんっと盛大に音を立ててロイは椅子から転げ落ちた。

「もう? 大佐。何をやっているのですか。この書類、夜までに終わらせて下さいませんと困りますと申し上げたでしょう。今夜は大佐のお好きなお料理を振る舞おうと準備していますのに」
「え? え? え? え? え?」
「お疲れでしょうから、栄養のあるものを用意しますね」

 え? しか言葉を発しないエドワードと淡々ととんでもないことを口走る副官。

(…………私は彼女との溝を埋めるべきだ。早急に!)
 
 二人の関係性の認識のずれや己の思い違い。反省することは多々あれど、とりあえずじっくりゆっくりリザと話し合わなければなるまいと、ロイは心に決めるのであった。


END
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by netzeth | 2015-11-19 01:18 | Comments(0)