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うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth

謙虚な彼女の大きな自慢

 夕暮れに赤く染まる街を眺めながら、ロイはコーヒーをすすっていた。舌にほろりと苦く、深い香りがお気に入りのブレンド。このコーヒーが飲みたくて、街に出ればロイは大抵このカフェに立ち寄っている。
 読書用の眼鏡をかけ、窓際の席で本を読む。仕事が多忙でずっと積ん読していたとある錬金術師の著書だ。ようやく時間がとれたこの機会を逃すまいと、こうして街に出た合間の時間も惜しんで読んでいたのだが。
(さて。暇をどう埋めようか)
 あまりに熱心に読んでいたのが災いしたのか、本はすぐに読み終えてしまった。読み返せばいいだけの話だが、一度頭に入れた理論をもう一度繰り返すのは不毛に思えた。
 だったら、本を持ってカフェを出ればいい。しかし、ロイにはカフェを離れられない理由があった。
「……まだ、来ないか」
 そう、現在ロイは買い物中の連れを待っているのである。
 女性という生き物の買い物は長いと相場が決まっている。もう三十分ほどは時間を潰していなければならないだろう。
 パタンっと本を閉じるとそれをテーブルに置いて、コーヒーのお代わりを頼む。それから何となく手持ちぶさたになり、腕を組んで暮れていく街並みに視線をやった。
 そうして意識が本から逸れると、途端に周囲の喧噪が気になってくる。夕刻のカフェは大層賑わっていて、そこかしこから楽しげに会話する声が漏れ聞こえて来た。
 愛を囁きあっているカップル、かしましく雑談をするグループ、ゴシップに花を咲かせる仕事帰りの女性達。中には「ほら、あの窓際の男の人、素敵じゃない?」「ほんと、かっこいい!」「独りかしら?」「ねえねえ。声、かけてみる?」なんて、声も聞こえたりして。
 平静を装いながらも、なんとなく居住まいを正すロイである。

「やっぱりあなたの髪って綺麗ね!」
「本当、艶があって綺麗な色をしていて……羨ましいわ」
「ふふふ、ありがとう。髪だけは自慢なの」

 その時、ロイの一番近くの席からそんな話し声が聞こえてきた。一際華やかで騒がしい女性グループの声だ。彼女たちは夢中になっておしゃべりを楽しんでいる。

「そういうあなたはスタイルよくって羨ましいわね。脚も細いし、一体どうやってスタイルキープしているの?」
「実は何もしてないのよ」
「えー! うそー!」
「本当。うふふ、この体質が私の自慢かな」
「いいわね。でも、私もお肌の綺麗さなら負けてないわよ!」
「あら、本当、すごくすべすべしてるのね」
「ええ、とっても自慢なの!」

 何となく気になって、ロイは横目でその女性達を観察してみた。確かに自慢するだけのことはあり、皆一様に美しい女性達である。まるで自慢ポイントを見せびらかすような、気合いの入った化粧といいヘアースタイルといい服装といい、外見からして女としての自信にあふれていた。

(なるほど……)

 アメストリスの女性は美人が多いと言われている。まして、ここはその中でも特に美人ぞろいとうたわれる、東部。己の容姿に絶対の自信を持つ女性が多いのも頷ける。そして、一般的なアメストリスの女性はそれを隠したり否定したりはしないのだ。遠く東の島国などは女性は慎み深く謙虚なものであり、美しさをひけらかしたり何かを自慢するということははしたないことだと思われているらしいが。

 などと、考えている間に女性達が席を立つ。会計に向かう途中にロイの席を通りがかりすれ違いざまにぱちんとウィンクをしてよこした。それを余裕の笑みで受け止めて。また、なるほど、と思う。
 自分に自信があるから、こうやって異性へのアピールも積極的に行うのだ。これが、一般的なアメストリスの女性というものだ。
 
「なかなか、興味深いな……」
「何が、ですか?」

 突然降ってきた声に、ぎょっとして振り返ると待ち人であるリザが立っていた。彼女は大きな荷物を両手に抱えてどこか満足げな顔をしていた。

「あ、ああ、中尉。戻ったか」
「はい。ずいぶんお待たせしてしまって、申し訳ありませんでした」
「いいや、構わないよ。それよりも、欲しいものは買えたかい?」
「はい。どのお店もずいぶんとお安くなっていまして、買いすぎてしまいました。ほら、見て下さい。この店のスタンプカード、いっぱいになったんですよ!」
 
 普段口数の少ないリザが珍しく興奮したように、カードを差し出してくる。骨つき肉の形をしたスタンプが幾つも並んでいるそれには、全部たまったら豪華どでかい羊肉をプレゼント! とでかでかと書かれていた。

「肉屋のスタンプカードなんだね……」
「早速交換してきました。大佐、今夜はラム肉ですよ? さ、急いで帰りましょう」

 にこにこほくほく顔なリザに促されて、ロイはそのままカフェを出た。さりげなく彼女の持つ両手の荷物を奪ってから、先を歩くリザの背中を見つめた。

 買い物をして来たいというから、何かと思えば肉。その他は野菜などの食材やトイレットペーパーといった日用品。リザが購入してきたのはそんなものばかりだった。
 てっきり化粧品や洋服、靴にバッグなどが目的だと思っていたのに。
 美人ぞろいのアメストリス女の中にあっても、抜きんでた美貌の持ち主であるというのに、彼女には自分の美しさを磨こうという気はないようだ。
 もったいないと思うと同時に、リザは一体何を自慢にして生きているのだろうという疑問が湧く。
 女なら誰しも、己の中に何か誇れるものがあるはずだ。リザは輝く金色の髪も、なめらかな白い肌も、ボンキュボンのスタイルも持っているというのに。
 もっと自慢を誇示し、承認欲求を持ってもいいとロイには思えた。いつも慎み深く、常に他人を優先する謙虚なリザにはそれくらいの欲張りがちょうどいい。
 
「……なあ、中尉」
「何ですか?」
「君には何か自慢に思うことはないのか?」
「自慢……ですか?」
「そうだ。他人に誇れること。すごいだろうって、見せびらかしたくなるような、何か、だ」

 ずっと禁欲的に生きてきた彼女でも、それくらい許されるはずだ。
 
「そうですね……」
 一瞬考え込んだリザだったが、あっさりと答えは出たようで。
「ありますよ」
「なんだ?」
「……私の自慢は、たまの休日をお買い物につきあってくれて、荷物持ちまでしてくれる優しい恋人がいるということでしょうか」
「なっ……」

 不意打ちの告白に、思わず顔が赤くなる。どんな女性に何を言われようが平然としていられるロイだが、一番大事な女からの攻撃には弱い。

「そ、そういうことではなくてだなっもっと容姿とか……わ、私をからかっているのか!?」
「いいえ? 正真正銘これが私の自慢ですよ。だって、美女にウィンクをされるようなとびっきりのいい男が恋人なんですもの」
「み、見てたのか!?」
「ええ、見てましたよ」
 
 澄まし顔で言うリザに、ロイは慌てて、しなくてもいい言い訳をしてしまう。

「あ、あれは誤解でっ、私は別に何も下心など…っ、ただの挨拶で……っ」
「ええ、分かっておりますよ。……私の自慢の恋人なんですもの。女性に色目など使いませんよね?」
「も、もちろんだ!」

 くすくす笑うリザに、居心地の悪い思いをしながらも、しかしロイの胸を内は弾んでいた。
 何故なら、ロイの自慢もこうして仲良くからかったり笑いあったり出来、夕食を共に出来る美しい恋人がいることなのだから。

「さ、早く帰りましょう。今夜は肉祭りですよ?」
「た、楽しみだな……」

 そうして、いよいよ暗くなってきたイーストシティを、一組の男女が足早に歩いていく。寄り添うように歩くその姿は、誰からも羨ましがられるような仲の良い様子であった。



END
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by netzeth | 2015-11-24 00:16