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by netzeth
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苦く甘く

人生とはとかく苦いものだ。特にこのような場所――墓地にいるとロイはなおさら強くそう思ってしまう。
 吹き付ける風にコートの裾をなびかせ、静謐ながらどこか寒々しく寂しいその場所にロイは立っていた。見つめる墓碑銘にはもうずいぶんと昔に亡くなった、師の名が刻まれている。
「ご報告が遅くなり、申し訳ありません。師匠」
 穏やかな口調で語りかけながら、ロイは深く一礼した。例え死した相手といえど、師匠の前に立つとロイはいつも厳粛な気分にさせられる。それは少年時代からずっと変わらない。
「師匠はきっと良い顔をなさらないと思いますが」
 そう、言葉を切って生前の師の顔を思い出し、苦笑する。
 最後までロイが軍人になることを反対していた、彼。そんな彼を押し切って、士官学校に入り軍人となった。思えば、師との最後の邂逅は正式に軍人となってすぐのことであった。
「……あれからいろいろありましたが……私なりに悩み、答えを見つけて……ようやく、目指すものに辿り着きつつあります」
 今ならば、師匠もよくやったと褒めてくれるのではないか。
 ……いや、それはないか。
 自分の思いつきに首を振りながら、ロイは言葉を続ける。
「今春、大総統への就任が決まりました。実質私はこの国の頂点に立ちます。……師匠が目指した錬金術を民の幸福のために役立てること。それを実現出来る立場になれたのではないでしょうか」
 そのために、ロイはこれまで多大な犠牲を払ってきた。自らの手を汚し、汚泥を呑み込み、ひたすら前へと進み……己の幸福さえもないがしろにして。
 その道程を間違いだったとは、思いたくない。そしてそれは。これからのロイの行動にかかっているのだ。おそらく改めて己を戒めるために、自分はホークアイ師匠の元にやってきたのかもしれない……。
 じっとかつて師匠だった男の名を見つめながら、なおもロイは語り続ける。
「父、母、師匠、親友、部下……私は幾人もの者達を見送って来ました。大総統となったのならば、また、何人もの名も知らぬ者達を死に送ることになるのかもしれない。それでも私は……」
 己を信じて、道を進むのだ。
 かつての師にまるで誓いを立てるように、目を軽く瞑る。そんなロイの背中に涼やかな女の声がかったのはその時だった。
「遅くなって申し訳ありません、大将」
 振り返れば、白い花を抱えた女性が歩いてくる。短い金色の髪を揺らした――ロイの副官リザである。彼女はきびきびとした歩調でロイの隣へと並び、それからゆったりと腰を下ろして墓石の前に花を置いた。
「いや、構わない。師匠とゆっくり男同士の話をしていたところだから」
 彼女に気をつかわせないようにおどけたように言うと、リザも表情を
緩める。
「父と一体何のお話していたのですか?」
「うん?……それは…男同士の秘密だ」
「まあ、私はのけ者ですか。ひどいですね」
 内容とは裏腹に、リザの口調は優しい。懐かしき師弟の再会を、彼女も嬉しく思っているのかもしれない。
「おいおい、そうムクレるな。……なあに、娘をよろしくと師匠に言われていたんだよ」
「また。大将の嘘はすぐにお分かりになりますよ。頬の辺りが、ヒクヒクするんですから」
「……何だって?」
 聞き逃せない副官の指摘に思わず手を頬に当てれば、耐えきれないといった風にリザがくすくすと笑い出す。すぐに彼女にはめられたと気づいて、ロイはばつが悪くなった。何年経とうとも、ロイはリザには勝てないのだ。
「こら、年上をからかうもんじゃないぞ」
「だって、大将が私をのけ者になさるから」
 軽く睨みつけると、リザもこちらを睨んでくる。しばらく無言で見つめ合って。やがて、どちからともなくぷっと吹き出した。
 寒々しかった墓地に、暖かな明るい笑い声が満ちる。
「あ~もう、やめだやめだ。師匠の前ですることじゃないな」
「そうですね」
 お互い変な意地を張ってしまったことを認め、ロイはリザに白状することにする。師の愛娘であり、またロイの最愛の女性である彼女に対して、この場所で隠し事なと出来はしない。
「……師匠とは、人生のほろ苦さを語っていたのさ。後何人の人間と別れを繰り返さなければならないのでしょう、と」
 ロイの言葉を聞き、リザは全てを察したようだった。
 男が師に吐き出した弱音と、それでも前に進むという意志。最高の地位に着こうとも、そこはゴールではなく、スタートに過ぎない。
 ロイの戦いはこれからも、ずっと続いていくのだ。
 思えば、その重圧を少しでも軽くしたかったのかもしれない。
「生前、父が私に語ってくれたことがあります。人は出会いと別れを繰り返し、生きるものだーーと」
「師匠が?」
「はい。母を亡くし、ずっと泣いていた私に、父が話して聞かせてくれたのです。その時は幼すぎて、よく理解していませんでしたが……思えばあれは、父なりの精一杯の慰めの言葉だったのでしょう」
 きっとニコリともしない真面目くさった顔で泣く娘に語ったのだろう。少しでも娘を元気づけたくて。師の父親としての顔を知り、意外な思いにロイはとらわれた。そしてまた、その娘も父の言葉を用いて、ロイを元気づけようとしている。
 やはり、顔は似ていなくても親子なんだな。
 どこか暖かい思いで、ロイはリザに話しかけた。
「別れがあれば出会いもある。つまり別れを、辛く、悲しく思い詰める必要はないということだな。……師匠らしい」
 ほっと息を吐き出してから、ロイは言葉を噛みしめる。
 一人の取りこぼしもなく民を守るなんて、全能の神でもなければ不可能だ。ならばロイは一人でも多くの者を守れるように、努力すればいい。そういう大総統になればいいのだ。
「ありがとう」
 重石を少しでも取り除いてくれたリザに感謝を述べる。すると、彼女は、いいえと小さく言うとじっとロイを見つめてきた。何か言いたげなその様子に、ロイは首を傾げる。
「どうした?」
「その……いいえ、あの、やっぱりいいです」
「何だね、気になるじゃないか。言いたまえ。言いかけて言葉を濁すなんて君らしくない」
 言いよどむリザを、強い調子で促す。しばし逡巡していたリザだったが、観念したのだろうか。幾分顔を赤くしながら、しかしきっぱりと言い切った。
「……父は人は別れと出会いを繰り返す……と言っておりました。ですが、私は、私は貴方とは別れたくないと、思います。一生…最後の時まで一緒にいたいのです。大総統となられましても、このことはお忘れにならないでください」
「ああー…ごほんっ」
 あまりにも意表を突かれすぎで、ロイは咳払いをする。でなければとても間が持たなかった。
「それは……プロポーズかね? リザ」
 深読みすれば、いやしなくてもそうとしか思えない。ロイに指摘されあっとリザは口を開けた。
 自分の口走った言葉の意味を、理解して、今度こそ顔を真っ赤にする。
「そ、そういう意図は……っ、ただっ、私はっ…貴方の心のご負担を少しでも軽くと、わ、忘れて下さいっ」
「残念、取り消しはきかないよ。リザ」
「大将!」
 師の墓の前で多少気が引けたが、ロイはリザの手を掴むと引き寄せた。抗議の声を上げた割にはあっさりと彼女は胸の中に収まる。その柔らかさと暖かさを堪能しながら、思う。
 人生とはなんと苦く……また甘いものだろうか。と。
 


END
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by netzeth | 2016-01-01 21:36 | Comments(2)
Commented by 黒檀キセル at 2016-01-18 11:45 x
初めまして。いつも楽しく拝読させていただいております。うめこさんの作品の、甘くても少し酸味や辛さも忘れない塩梅がとても好きでもうずっとファンです。
今回特に好きで好きでたまらずコメントしてしまいました…!
これからも更新楽しみにしています!!
Commented by うめこ(管理人) at 2016-01-18 22:35 x
> 黒檀キセル 様

こんばんは、はじめまして!
コメントを頂きましてありがとうございます (*´∀`*)
ロイアイはほろ苦さもありつつもそれを乗り越えていく二人の絆の強さがとても素敵だなーと思っておりまして☆うちのSSお好きと言って下さりとっても嬉しいです!元気を頂きました~\(^▽^)/
お言葉を励みにこれからもぼちぼち頑張って参りますので、よろしければ覗いてやって下さいませ~。
ありがとうございました!!