人気ブログランキング | 話題のタグを見る

うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth

独占

「では行ってらっしゃいませ」
「ああ」
仕事を終え夜の街にでも繰り出すかと考えていたレベッカ・カタリナは、東方司令部の通用門で思わぬ光景を目にした。
リザが軍服でロイが私服という取り合わせ。つまり、親友がその上司をお見送りしている場面だ。
男は三つ揃いのスーツに上等なオーバーコートを羽織り、白いマフラーを首からかけた小洒落た格好。ピカピカに磨かれた靴と離れていても仄かに香るオードトワレ。どう見積もっても仕事に向かうようには見えない。
一部始終をこっそり眺めていると、2人はレベッカに気づいていないのか、
「あ、大佐。お待ちを」
「うん?」
「御髪が乱れております。それにネクタイも曲がって…」
なんて、まるで夫婦のようなやり取りを始める。
リザの手がロイの髪を優しく撫でつけ、するりとネクタイを整えていく。
ただの副官にしては手慣れ過ぎている鮮やかな手並みに、見てるこっちが恥ずかしいわ、とレベッカは呆れた。
あれほどの親密さを見せつけておいて、ただの上司部下だと主張するのは無理がある。
事実2人がただならぬ仲であるのを、レベッカは知っていた。
「それでは、お気をつけて。……あまり羽目を外さないで下さいね」
「分かってるよ」
軽く手を上げて、ロイが出かけていく。その後ろ姿をしばらくの間リザはじっと見つめていた。
「……旦那のお見送りご苦労様」
タイミングを見計らって声をかける。すると、リザが驚いたように振り向いた。
「レベッカ…居たの?」
「ええええ、居ましたよ、ずっと」
「もっと早くに声をかけてくれても良かったのに」
「あんたと旦那があまりにも2人の世界だったもんだから、声かけちゃ悪いと思ったのよ」
「何よ、それ」
冗談だととったのか、リザはくすくす笑う。いや冗談じゃないんだけど…とレベッカは心中でツッコミを入れた。
「まあ、いいわ。ところで御仁はどこにお出かけ? ずいぶんと気合いの入った格好してたけど」
純粋に興味本位で問いかけた疑問には、
「デートよ」
という、(ほとんど)妻からの爆弾発言が返って来た。あまりにもあっさり言うものだから。
「……相手はヒューズ中佐とか?」
そうであってくれ、と願いながら恐る恐る言えば。
「いいえ? 懇意にしている女性とよ」
リザは清々しいまでの浮気容認発言をしてくれて。レベッカは頭を抱えたくなった。
「……あんたたちの電気コード並みにこんがらがって捻れた複雑な関係は察してるけどさ。それはこころよく送り出したらダメじゃない?」
「あらどうして?」
「どうしてって……御仁はあんたの…その、良い人でしょう」
人の気配はなかったが、はっきりと口に出すのは憚られて、曖昧に濁す。
ロイとリザは秘密にはしているが、男女の仲だ。体だけではないお互いに深く愛し合う関係。
レベッカは部外者だが、親友としてリザの気持ちくらい分かっているつもりだ。
「そうね。でも仕方ないわ。あの人は皆のマスタング大佐、皆のロイさんなんですもの」
「何よそれ」
「ロイさんロイさんって、女の子達に慕われるのが仕事なの」
「いや、言わんとしてることは分かるけどさ…」
国軍大佐として東方司令部司令官として、そしてその野心を軟派な男の仮面で押し隠す身として。
ロイにも守るべき体面がある。
街の女達と交流するのも、ロイ・マスタングという偶像を維持するために必要なのだろう。
「それってあんたは嫌じゃないの」
「別に平気よ。それがあの人のためになるのなら」
「でもさぁ…」
相変わらずロイに献身的過ぎる親友に、レベッカは危機感を覚えた。
それは、それこそ男にとって都合のいい女ではなかろうか。あの御仁に限ってリザをそんな風に扱いはすまいが…万が一にもリザがないがしろにされるようならば親友としてレベッカは黙っていられない。
「私は大丈夫よ、レベッカ。心配してくれてありがとう」
まるでレベッカの心を読み取ったかのように、リザが微笑む。そこには何の虚勢もなかった。彼女は心からそう言っている。
はあ…とレベッカはため息をつく。
「……当人同士が納得してるなら、あたしが口出す権利はないけどさあ」
それでも、とレベッカは思ってしまう。女なら誰しも恋人を自分だけのものにしたい…という独占欲があるものだろうと。
「まったく。聖人か何か? あんたには人並みに欲ってもんはないの?」
「あるわよ」
さも当然という顔でリザが言ったので、思わぬ返答にレベッカはへ? と間抜けな顔をしてしまった。
「私はあの人を独占したいんじゃない……あの人に独占されたいの」
それが私の望み。うっとりとしかし力強く断言したリザに、レベッカは呆気に取られる。
もしかして。苦労しているのはリザじゃなくてロイの方なのではなかろうか。
並々ならぬリザの執着心と歪んだ欲望に、レベッカは先ほどとは違った意味の危機感を覚えたのだった。




END
*******************





by netzeth | 2016-02-16 23:57