うめ屋


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by netzeth
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グッド・モーニング

 早起きは三文の得……というのははるか東の島国のことわざらしい。アメストリスにも似たような言い回しがあるので、なるほど早朝の行動を是とするのは万国共通であるようだ。
 
 ……眠い、だるい、気持ち悪い…何の得もあるものか。

 東方司令部の通用門をくぐり、建物へと続く長い階段をロイはぼんやりと見上げていた。寝不足から瞼が持ち上がらず疲れで身体が重い。おまけに酒の飲み過ぎで気分も良くない。この心臓破りの階段を登る気も起きず、深くため息を吐く。司令部が高い場所にあるのは軍人としての基礎体力作りの一環と言われいるが、今は忌々しいことこの上ない。
 昨夜は情報収集のため、幾人もの女性たちと会った。その過程で飲酒もした。特に酒に強い訳でもないロイにとっては、なかなかきつかったが、付き合いというものがある。女性たちにいい気分で話をして貰うためには、必要不可欠であった。
 そうして、飲みたくもない酒を何杯も飲み、営業スマイルを振りまき、世辞で舌をフル回転させて。結局、大した収穫はなかったのだから、より一層疲れを感じるというものだ。
 既に時刻は朝、家に帰る気にもならず直接司令部に登庁した。
 体調、気分共に最悪である。
「ん?」
 寝不足のせいで霞む視界に、金色が飛び込んできたのはその時だった。前方の階段上に誰かいる。まだ薄暗い周囲の青い闇にとけ込むように軍服の青が動いていた。きっちりとまとめた金色の髪と見慣れた華奢なシルエット。
 部下のリザ・ホークアイ中尉である。
(日勤だというのに、こんな早朝に出勤していたのか……)
 真面目な彼女ならありえることだ。毎朝ロイが出勤した時にきっちりと仕事の準備が整えられているのは、こういうリザの努力故なのだろう。
 上司として、ねぎらいの言葉の一つでもかけてやらねばなるまい。
 声をかけるべく、ロイは階段を登る。一段二段……と、リザに近づいていく。瞬く間にその距離は縮まって。
(……変だな)
 リザがまったく移動していないのに気づいて、ロイも動きを止めた。先ほどから、彼女は階段を不自然なほどに遅く登っているのだ。
 何事なのだろうか、と疑問に思った瞬間。
「……ほら、もう少しよ、頑張って」
 珍しく感情のこもった必死な声が耳に入り、続いて彼女の足下が見えて。ロイの疑問は一気にとけた。
 むくむくした小さな黒と白の塊が動いていたのだ。リザの愛犬のブラックハヤテ号である。まだ赤ちゃんと言ってもいい子犬の手足は短く、彼は階段を登るのに四苦八苦していたのだ。
 前足を上段において、うんしょと身体を持ち上げる。そうして立ち上がる格好になってから、後ろ足を片足、上段にかけるのだ。階段の段差は小さな体躯と同じくらい。成犬ほどに体力もジャンプ力もない子犬には登るのは難しい。
 それをリザは見守っている。抱き上げて運べばなんてことはない、距離だ。だがそれをせず、あくまでも子犬自身の頑張りを彼女は応援している。
「……あっ」
 時折、子犬の脚が滑って落ちそうになる。その度にリザの手が伸びて子犬を支えようとする。だが、すぐに思い直したように彼女は手を引っ込めるのだ。
「大丈夫。お前は強い子ですもの、出来るわ」
 リザの言葉は、まるで自分に言い聞かせているようだった。
 甘やかすのは子犬のために良くないと、我慢しているのだろう。
 
 ……まるで、母親のようだな。

 子犬に愛情を注ぐリザを見て、ロイはそんな感想を抱く。厳しく、でも限りなく優しく、子犬を見守る彼女に確かに母性を感じた。
「ほらっ、あとちょっと!!」
 だからリザと黒犬をロイも見守ることにした。もう少し、そんな彼女を見ているのも悪くないと思ったのだ。それに、頑張るハヤテ号を見ているとロイも手に汗握る気分だった。自然と応援にも熱がこもる。
 そうして、よちよちとした足取りながらも、くじけることなく果敢に階段に挑んでいた毛玉は、とうとう最上段へと辿りついた。
(おお、よくやったな!)
 感嘆したその瞬間、ロイの目の前では信じられない光景が展開された。
「よくやったわ!」
 リザの手が子犬をさっと抱え上げたのだ。胸に抱きしめて、彼女はそのままぴょんぴょんと飛び跳ねる。まるで少女のように軽やかに。嬉しくて仕方がないという風に、全開の笑顔で。それから、子犬にスリスリと頬ずりをして。偉いわ、すごいわと誉めちぎった。 

 ……ああ、良いものを見た。

 鬼の副官のありえない姿に度肝を抜かれると同時に、疲れがすっ飛んでいく気がした。まるで心に春風が吹いたかのような、幸福感に包まれる。
 ことわざはあながち、嘘ではなかった。
 (ヒューズの奴じゃあないが、写真にとって焼き増しして、自宅と仕事場と胸元に常備したい……)
 リザの可愛らしい姿を、常にその手にしておきたい。独り占めしたい。そんな欲望に駆られてしまった。
「きゃん!」
「え……?」
 その時、子犬が吠えた。彼は後ろに居るロイを察知したらしい。続いてリザが振り向いて、ばっちりと目があった。
 ――その瞬間の彼女の顔も、ロイは写真にとっておきたいと心底思った。
 が、残念ながら、写真機は手元にない。だから、代わりに脳裏に焼き付けることにする。
「やあ、中尉。おはよう、早いな。ハヤテ号もおはよう」
「は、はい……大佐の方こそお早いですね。おはようございます……」
 常になく挙動が怪しいリザに、ロイは吹き出しそうになる。ロイに先ほどの醜態を見られたのではないかと、焦っているに違いない。
 副官のメンツのためにロイは素知らぬふりをしてやった。
「そうだな。たまにはな」
 ロイに何も言われ無かったことに安堵したのか、リザはあからさまにホッとした顔をした。ロイは笑いをこらえるのに必死だ。
 子犬はふりふりと尻尾を振ってロイとリザを見比べている。まるで、僕は大佐居るのを知ってたよ! と言いたげに。
「それでは、はりきって書類を処理していただけますね。締め切りが迫っている案件が何件かあるんです」
「おいおい…勘弁してくれよ」
 こちとら徹夜明けである。あまり激しい勤務は勘弁願いたい。しかし、ロイの顔を見て仕事モードに入ってしまったらしいリザは止まらなかった。
「いいえ、大佐がせっかく遅刻ギリギリでなく出勤して下さったんですから。副官としてこの機会を逃す手はございません」
 ぴしゃり、と言い切る副官にやれやれとロイは頭をかいた。これは今日はハードな一日になりそうだなと覚悟を決める。そうしてため息を吐くと、嘆く様子のロイにリザの表情が少しだけ緩んだ。
「……真面目にやって下さいますなら、少しくらいご褒美を考えますよ」
 きっとリザの言うご褒美とは、休憩時間を長めに取ったり、ロイの好きな甘いものを差し入れする……と言った類のことだったのだろう。
 しかし。
「……なら、私もこいつみたいに誉められたいな」 
 ロイは、誘惑に耐えきれなかった。リザが慌てふためき、羞恥に頬を染めるのを見たいという誘惑に。そして、心に秘めて置こうという決意をあっさりと覆して指摘してやった。
「……!!」
 絶句したリザの顔がみるみる内に赤くなる。そんな彼女にニヤリと笑いかけて、階段を颯爽と登ったロイはすれ違いざまにポンとその肩を叩いた。
「期待しているよ」
「……大佐!!」
 はははっと笑いながら、足取りも軽くロイは司令部へと向かう。
 早起きは三文の得。今日は良い日になりそうだと愉快に思いながら。
 
 ――重苦しい疲労はいつのまにか全て消え去っていた。



END
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マスタンはリザたん居れば元気はつらつ、おろなみん。ぴょんぴょんするリザたんが書きたかった。

 


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by netzeth | 2016-02-21 23:56 | Comments(0)