うめ屋


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by netzeth
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残照

※ 泣き中尉、シリアスで暗くて悲しい話です、注意。
 


その長い軍人人生で初めて、リザ・ホークアイは仕事をサボった。

 
 その景色は私服の時と、少しだけ違って見えた。街並みは同じはずなのに、なんだかおかしい。きっと休日は用事を済ませようといつも急いているからだろう。事実、今のリザは特にすることもなくブラブラと街を散策しているだけだ。
 歩いているとそこかしこから声をかけられる。最初は軍服を着ているから目立つのだろうか、と考えていたがどうも違うようだった。

「副官さんっ、今日もお疲れさん! 閣下なら今日は見てないよ!」
「いつもご苦労様。あの方なら来てないわよ?」
「閣下がまた逃げたのかい? まーったく、仕方のないお人だねぇ……」

 どこに行っても、そんな風に話しかけられてしまいリザは苦笑する。そういえば、リザが軍服で街を出歩くのは逃げたかの人を捕獲するためばかりであった。自然と街の人々に彼――ロイを探しに来た副官さん、と覚えられてしまったようだ。

 ――そうだ、どうせならば彼の逃走経路を辿ってみよう。

 思いつきは特に意味があるものではなかった。ただ、リザは本当に他にすることが無かっただけだ。なにせ、仕事をサボって街を徘徊するなんてことは彼女にとって初めての経験だったので。

 
 最初に訪れたのは、ロイが入り浸っている古本屋だ。ストリートの隅っこにある小さな小さな本屋。しかし、その店内はまさに異次元空間と言っても過言ではなかった。よくもこれほど狭い敷地面積にこれだけ本を詰め込んだな、と感嘆せざるを得ないほどに本、本、本の山…いや山脈だ。
 無秩序に並べられた天井まで高さのある本棚。そこにぎっちりと納められている分厚い専門書。もちろんそれだけではない、空いたスペースがあれば本で埋める…それがこの本屋の流儀であるらしい。通路にまで本が積み上げられており、その様相はさながら迷路である。何しろ1メートル先の本まで辿り着くのが一苦労なのだから。

 一歩足を踏み入れた瞬間、古い本の香りが鼻をつく。リザにとっては幼い頃から慣れ親しんだ懐かしい匂いだ。一歩進むごとに本で躓きそうになる。それを慎重に避けながら、リザは進んでいく。
 これまた本に埋もれたカウンターから、白髭の店主がちらりと視線をよこしたがすぐに読んでいた本へと顔を伏せてしまった。愛想の無い店主の態度はいつものことなので気にしない。泥棒の類でないならいいと判断されたのだろう。
 そうして、リザはロイが好む書がある一帯へとやってくる。本と本の間にかろうじて置かれた、木製の椅子。座るとぎしぎしという不安な音を立てるが、いくら重荷をかけても不思議と壊れない。ロイはいつもこの椅子の上にあぐらをかいて座り、錬金術書を読みふけっていた……。
 リザも真似をしようと、適当に何か読める本を探した。しかし専門的なタイトルが書かれた本ばかりで、どれを手にしたらいいのか分からなかった。
 
 ロイが居れば、嬉しそうにおすすめの本を教えてくれたのに。
 
 そんなことを思ってしまい、リザは一気に本を読む気をなくしてしまった。ここは自分が来る場所ではなかったようだ。と店を出ていく。
 と。
「……行くなら、これを渡してくれ」
 背中に声がかかって、リザは振り向いた。いつの間にか、店主が一冊の分厚い本を携えてたっていた。
「これは?」
「……やっこさんが、ずいぶんと探していた本だよ。先日ようやく入ってな。とっといたのに、ちっとも来やしない」
「……わざわざ、ありがとうございます」
 丁寧に頭を下げて、リザは本を受け取った。ずっしりとした重みに店主の心遣いを感じて、なんだか泣きたくなった。
「きっと喜ぶと思います」
「ああ。お代付けとく」
 もう用は済んだとばかりに店主は乱暴に手を振ってくる。
 それに、それでは、ともう一度丁寧に挨拶をしてリザは本屋を後にした。


 
 次にリザが向かったのは、ロイの行きつけの花屋だった。彼は市井の女性とデートをする時必ずそこで花を買っていた。こじんまりとした花屋だが豊富な種類の花が用意されており、また、客層に合わせてのフラワーアレンジメントをしてくれることで人気の店だ。
「あら、こんにちは」 
 リザの顔を見たとたん、花屋の看板娘がにっこりと笑って挨拶をしてきた。手には香りが強い華やかな花を持ち、くるくると見事な手際で綺麗な花束を作っている。
「今日はどんな花がご入り用ですか? 西や南から珍しい種類の花がいっぱい入って来てるんですよ。ほら、この花なんて綺麗でしょう? アエルゴ特産のお花なんですって」
 色鮮やかな赤い花を指さして、花屋の娘が明るく言う。
「あちこちの国と仲良くなったおかげで、外国のお花をたくさん仕入れることが出来るようになりました。どうぞ、閣下にもお礼を言っておいて下さいね」
「……ええ、もちろん」
 嬉しそうな娘の無邪気な顔を直視することが今のリザには出来ず、微妙に視線をそらしながら頷いた。すると何を誤解したのか、娘は何やら納得顔する。
「また貴方にデート用のお花を買って来させようってんですか、閣下は? 相変わらずデリカシーの無い方ですね」
「そういう訳では……」 
「まーた、かばう必要なんてないじゃありませんか」 
 日頃の行いがものを言ったのか、リザの否定を娘は信じてはくれなかった。
「会う女性に合わせて細かく花を指定して、時には花言葉にまでこって。
そりゃあ、うちには良いお客さんですけど、女性としてはどうかと思うんですよね、私」
 憤慨するように言った娘だが、そこでふっと表情が緩んだ。
「……でも、許せちゃいます」
「え? どうしてです?」
 突然怒りを引っ込めた彼女に、リザは首を傾げた。
「閣下が昔、ぽろっと言っていたからです。本当はね、これまでもこれからも、この店で買った全ての花を贈りたい女性はただ一人なんだ……って」
 そんなことあの顔で真剣に言われたら、不実も許せちゃいますよね。固まっているリザに、娘は笑顔で告げると。数本花を見繕って可愛らしい花束を作った。
「はい、これ。閣下に渡して下さい。近くに咲いている一番綺麗な花にちゃんとお水を上げて愛して上げてねって」
「あの……これ……」
「お代は閣下に付けとくわ」
 結局、リザは花を見る暇もなくロイへの花束を押しつけられて花屋を後にした。



 最後にリザが訪れたのは、ロイが好んでいたレストランだった。デートに使う高級な店ではない。老夫婦が営む、家庭料理が自慢のいわば飯屋である。
 飴色に磨かれた木製のテーブルと椅子。手作りとおぼしきテーブルクロスの裾に小さな花柄の刺繍がしてある。出された水はミントの葉が入って爽やか。リザの喉に詰まった重苦しいものを洗い流してくれるようだった。
 テーブルにメニュー伺いに現れた給仕係りの奥さんは、リザの顔を見るなりこう言った。
「あら~今日は閣下は一緒ではないの?」
「ええ、はい」
「そう。あの方も偉くなって忙しくなってしまったのねえ。きっとうちよりももっといいお店に行ってるでしょうし……」
「そんなことはありません。閣下はこちらのコンフィとビーフシチュー、デザートのザッハトルテが好きで……なかなか来られないのを、いつも嘆いておられます」
「まあそうなの。それは嬉しいわね」
「はい。本当にこちらの味を恋しく思っておいでですよ。何しろ、こちらのビーフシチューは閣下の一番の大好物ですから」
「あら」
 片方の眉を跳ね上げて、婦人は驚いた顔をする。それから心底おかしそうにころころと笑った。 
「まさか、それは違うわ。あの方の一番は、彼の大切な人が作るビーフシチューだそうよ。だから、うちは二番目なんだって申し訳なさげに言っていたわ。本当に、律儀な方よね」
 悪戯っぽく笑い、片目をつむる。突然の話にリザは面食らってしまい、それから居心地の悪い思いをした。婦人の視線がもう全て分かっているんですからね、と語っている。
 ああ、こんな所でも彼との思い出にばかりに出くわしてしまう。
 これでは、自分の逃走は意味がないではないか。
 こみ上げる想いを何とか押さえて、リザは婦人に笑顔で応対した。そして、食事を終えるとさっさとレストランを後にしようとする。
 だが。
「ああ、待って。これ、持って行ってね。閣下に日頃の感謝を込めて」
「……これは?」
「うちのザッハトルテよ。そろそろうちの味を思い出して下さいって言っておいてね。ああ、お代は今日の分も合わせて閣下に付けとくから心配ないわ」
 そうこうしているうちにぽんっと正方形の箱を渡されてしまう。本と比べれば軽いが、そこに詰まった重みにリザは小さく嘆息した。
「はい、必ず」
 慎重に頷くと、手を振る奥さんに見送られてリザはレストランを出た。


 
 レストランを出ると、既に空は夕暮れだった。ぽつぽつと街灯が付き始める中、周囲が赤く染まっていく。
 次はどこに行こうか……そう、夕日が見える場所がいい。
 そう考えながらリザはとある場所へと歩き出した。


 
 そこからは、セントラル・シティの街並みが一望できた。なだらかに曲線を描く丘の向こうに、日が沈んでいくのが見える。最後の光が一際眩しくリザの目を焼いていた。
「どうだった? 楽しかったかい? サボリ魔くん」
 穏やかな低い声を背中で聞いたのはその時だった。慣れ親しんだ気配が背後からどんどんと近づいてくる。それはそうだろう。結局リザは中央司令部の屋上へと戻って来たのだから。
「……サボリ、魔、なんて言われるのは心外です」
「ああ、そうだな。君がサボったのはこれが初めてだ。まったく。あの鬼の副官リザ・ホークアイが仕事を放棄して逃亡……なんて、前代未聞だったぞ」
 すぐ横に立った、彼の顔を見上げて。リザは一息に言った。 
「いいえ。思ったよりも、つまらなかった、です」
「ん?」
「……先ほどの質問の答えです」
「そうか。それは残念だ。これで、君にも私の気持ちが理解して貰えると思ったのに」
 言葉とは裏腹に彼――ロイはちっとも残念そうには見えない顔をしていた。どこか愉快だという風な、明るい顔。
 だから、リザは我慢できなくなった。
「貴方が連れて行かれてしまうというのに、これで楽しめていたら私は頭がおかしくなってしまったのでしょう」
 いえ、とリザは言葉を継ぐ。
「……おかしくなってしまいたかったのかもしれません」 
 
 アメストリス国軍事最高責任者、ロイ・マスタング大総統の過去の戦争責任を問う裁判が始まろうとしている。それに伴って、ロイはもうすぐセントラル刑務所に収容される。
 まだ国民にも、ロイに近しい軍人たちにも知られていない重大機密だ。
 リザでさえ、知らされたのは今日――今朝のことだった。
 それを聞いたリザは、仕事を放棄してセントラル司令部を飛び出したのだ。……ロイに対する、何よりも彼を救ってくれない世界に対する精一杯の抗議のつもりだったのかもしれない。   
「……おひとりで、他の者に類が及ばぬようにと、なさったのはご立派と申し上げるしかありません。罪には罰が、必要です……でも、貴方がいないと寂しい。貴方がいない世界は寂しいんです、閣下!!」
 私も、みんなも! 
 リザの血を吐くような叫びが、黄昏に響いた。ほのかな残照の中、辺りは徐々に青い闇が降りて来ている。
 
 ――逃げ出して全てを忘れてしまいたいと願っても、どこに行っても、貴方の痕跡があった。どこに行っても、貴方が居た。

 リザは公私を分ける女だった。ロイと一線を越える関係を持っていても、それを仕事に影響させたことなど無かった。
 だが、最後の最後だけは。
「この本も、お花も、ケーキも、全部全部貴方に贈られたものです。貴方がなさって来たことの結果です。みんな貴方が好きなんです…私も……だから、置いていかないで下さい……」
 もう泣くまいと、誓った。
 何度も弱い自分を嫌悪した。
 だが、リザは結局いつもロイに泣かされてしまう。
 ロイのためになら、何度でも素直な涙を流すのだ。
 太陽の残照を吸い取ったかのように、頬を滑り落ちた涙がきらきらと光った。煌めいて落ちて、消えていく。
 ロイの手がリザの頬に触れた。暖かいその温度に、涙腺はますます緩んでしまう。
「……もう君を泣かすまいと、決めていたのにな。すまない、すまない……」
「謝らないで下さい」
 謝られてはリザは困ってしまう。まるで、自分が駄々をこねる子供のように思えてしまう。いや、事実そうなのだ。もうどうにも出来ないことで、嫌だと泣いて訴えている。
 ……本当に、滑稽だ。でも、無駄だとも愚かだとも思わない。
 ロイを失うかもしれないというのに、今泣かなければ自分は、一体いつ、泣けばいいと言うのだ。  
「どうか、閣下…約束して下さい。必ずまた戻ると。サボって街に出て私に追いかけられて……街のみんなに仕方がないなと笑われると」
「ああ、努力する」
「本屋にも花屋にも飯屋にも全部お代を付けてあるんですから、戻られなければ閣下は借金踏み倒しですからね」
「……それは怖いな」
 ふっとロイの口元が歪んだ。リザが好きないつもの唇の端を引き上げる笑み、それをロイは失敗した。彼も、こみ上げるものをこらえているのだ。
 その瞬間リザのせき止めていた感情が全て決壊した。
 ロイの首に飛びついて、抱きつく。まるで、子供みたいな行為だったが、気にしなかった。
「マスタングさん、わたし、あなたに、会えて、良かった……あなたに渡せて良かった……」
 ずっとロイに言いたくて、言えずにいた言葉だった。
 背中を抱いたロイの手が、ぎゅっとひときわ強くリザを抱き込んだ。
「その言葉が聞けただけで、この道を選んで良かったと思えるよ。これ以上をよくばってはいけないかな」
「いいえ……いいえ! 貴方は無欲過ぎです、もっと欲張って下さい」
「そうか。なら、少しだけ欲張ってみようか……」
 ロイの手がリザの顎にかかる。軍部の中だと言うのに、くいっと持ち上げられてもリザは抵抗も忘れて身を任せていた。
「必ず戻って君と……」
 最後は言葉にならなかった。リザとロイの唇の中に吸い込まれていったからだ。
 だが、リザははっきりとロイのその言葉を聞いた。


 リザはロイからあの花屋からの花を貰った。
 白く可憐なその花の花言葉は、希望。
 リザはその花を抱いて、ロイの帰りを待っている。
 


END
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泣き虫なリザちゃんですみません。毅然と中尉、が好きな方は注意。この後、いろいろありながらもロイアイはハッピーエンドなるので、大丈夫です(^^) ロイはきっと華麗に戻って来るでしょう。


曙光に続く

 


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by netzeth | 2016-02-28 19:11 | Comments(2)
Commented by 静香 at 2016-02-28 23:27 x
初めまして、静香と申します。
ハガレンは昔好きだったのですが、最近アニメを見直した事により再び好きになりました。特にロイアイが!!
そんな中うめ屋さんの小説に出会い、短編は読破しました!どれも素敵な内容で楽しい内容も悲しい内容も全て拝見させてもらっています。
残照はシリアスでソワソワしながら読み、リザが泣くと同時に泣いてしまいました。
最後のハッピーエンドって言葉に救われましたが笑
これからも楽しみにしてます!長々すみませんでした。
Commented by うめこ(管理人) at 2016-02-29 00:01 x
>静香様

静香さんこんばんは!
ロイアイ好きのお方様にうちの小説読んで頂いて大変嬉しいです♪少しでもお楽しみ頂けたのならばとっても幸いです(*´ω`*)
残照、ちょっと暗い悲しめのお話だったのですが、読んで頂きめっちゃ感謝です(^^)最後はハッピーエンドになるから大丈夫!とは思いながら書いていても、これは悲しすぎるよね…と心が痛く…なりまして。ああ、とっても感情移入して頂いたのですね、感激です~!ロイアイの未来が幸せでありますよーに…。
コメントありがとうございましたヾ(*´∀`*)ノ