うめ屋


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by netzeth
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「今日はずいぶんと機嫌がいいな」
「へ? 何ですって?」
 現れるなりそう発言した上司に、ハボックは思わず聞き返した。遅刻という訳ではないが、ギリギリでの出勤。寝癖が直っていないので寝坊したのが丸わかりの上司――ロイは顎に手を当ててふむふむと何やら頷いている。

「これなら休憩時間の交渉もしやすいというものだな」
「へ、や、ちょっと……」
「今朝はギリギリだったからな、部下への示しがつかないとお説教の一つでも貰うかと思っていたが……」
「あの、だから……」
「安心したな…。いや、だが。何であんなに嬉しそうなんだ? そこはちゃんと聞いておかないとな…まさか男……という訳ではあるまい? はははっ、まさかな」
「おいこら! 俺の話っ、聞け!!」
「おいこらとは何だ、上司に向かって」
「……やっとこっち見たよ」
 がっくりと疲れたように肩を落とすと、ハボックは先ほどからの疑問をようやく口に乗せた。

「や、ですからね? どーして大佐は中尉が機嫌がいいって分かってんスか?」
「そんなもの一目瞭然だろう」
「どこの世界の一目瞭然か存じ上げませんけどね、あのポーカーフェイスのどの辺りが機嫌がいいんスか」
 言いながらハボックは麗しい金髪の上司へと視線を向けた。きりりと涼しげな目元、引き結んだ唇。ふっくらとした頬と細い顎…どう見てもいつもと変わらないクールな面差し。彼女は己のデスクに座り黙々と事務処理を行っている。まだ始業時間前だと言うのに熱心なことである。きっとあれは本日のロイのスケジュールをパンパンに詰め込んでいるに違いないと、ハボックは思った。

「改めて説明しろと言われても、機嫌がいいものはいいとしか言えん。……そうだなそれでもあえて例えるならば…いつもはグリーンかブルーだが今日はピンクだぞ」
「……何がッスか」
「中尉の背景」

 ……この人には何が見えてるんだろう。
 
リザの背後には当然ながら司令部の無機質な壁があるのみだ。みどりがかった灰色の壁。
「おまけに花も飛んでるな」
 ……いよいよ視力検査をすすめた方がいいかもしれない。いや、それよりも頭の検査が先だろうか。
「それは大佐の心象風景かなんかッスか」
「いや、見たままを述べているぞ?」
「……俺には見えないッスけどね」
「だろうな」
 本気でロイの頭を心配していたハボックに、彼はふっと口元を緩ませる。同時に瞳がふんわりと優しげに細められた。
「……ずっと見てきた者にしか見えないものがあるのだよ、ハボック少尉」
「……何スか、それ」 
「のろけだ」
 あっさりと述べて、ロイはリザの元へと歩いていく。その堂々とした背をハボックは眺めていた。
 リザの傍らに立つと、ロイは何事か彼女に話しかけた。するとリザが手を止めて彼を見上げる。声は聞こえないが、朝の挨拶とおそらくギリギリ出勤したことへの苦言を告げているのだろう。それにたいしてロイが笑いながら言い訳をする。眉を寄せ困った顔をするリザ。しかしその口元は微かに微笑んでいた。
 この段階でようやくハボックは本当にリザは機嫌が良いのだという確信を得た。つまりはロイの言う通りであった訳だ。
「ちぇっ、朝から見せつけてくれるよなあ……」
 分かりにくい彼女の感情が手に取るように分かるのは、ずっと見てきた者の特権。憎らしいほどそう主張してくるロイの姿に思わず嫉妬を覚える。本当に見えないものを見ているのかもしれない――と錯覚するほどに。  

 
 
 その時以来、ハボックはリザの姿を注意深く見るようになった。別に男女のそれな感情がある訳では無かったが、部下として仲間として、少しでも相手を理解したい――。そんな動機で。
 そしてある時、リザのポーカーフェイスがわずかに曇っているのに気がついたのである。……流石に背景に色も花も見えなかったが。



「……どうしたんスか? 中尉。何か心配事でも?」
 ほら、俺にだって分かったじゃん。そんな得意げな気分で意気揚々とハボックはリザに訊ねた。するとリザはええ、と素直に頷く。部下に取り繕えないほどに、彼女は何かに気をとられているようだった。
「大佐が……」
「え、大佐? 大佐がどうかしたんスか?」
 自分の執務室でロイは珍しく真面目に仕事をしている。集中しているのか、ハボックとリザが話し込んでいるのにも気づいていないようだ。
「ほら、今日はすげーやる気みたいですね。良かったじゃないッスか、溜まってた仕事進みますよ」
 何も困ることなどない、大丈夫じゃないか。ニコニコ笑って指摘しても、リザの顔は晴れなかった。彼女は一心にロイを見つめている。まるで心まで見通してしまいそうな、強い瞳で。
「違うの。そうじゃ、なくて……いえ、それは本当にありがたいのだけど……ううん。もう見ていられないわ、ハボック少尉協力してちょうだい」 
「へ?」 
 ぐいっとハボックの腕を引きロイの元へと歩き出すリザ。訳の分からぬままにハボックは連れて行かれた。

「大佐、どうぞそこまでに。仕事をやめて下さい」
 ロイのデスク前で仁王立ちし、リザは宣言するように言う。突然何を言い出すのだこの人は、とハボック目をむいた。
「……中尉、それは一体どういうことだね」
 当然ロイもハボックと同じ反応を示す。せっかくペンが乗っていたのにとでも言いたげな、不満げな表情だ。だが、リザは一切ひるまなかった。それどころがすっと手を伸ばして。
「ちゅ、ちゅーい!?」
 ロイの頬にリザの手が触れた。優しく撫でるように滑るとそのまま額へと登って前髪をかきあげる。まるで濃厚なラブシーンのような手つきにハボックはドギマギしたが、対してロイは苦い顔をしていた。

「……やっぱり、おかしいと思いました。こんなに熱があるのに、出てこられるなんて……」
 ため息と共に吐き出された言葉に、ハボックはぎょっとして黒髪上司を見た。ロイの顔色は特に悪くなく、普段と変わっているようには見えなかったからだ。それどころか、いつもよりもはりきって仕事を行っていた……。
「まったく。貴方は。無理をしなくて良い時には無理をするのですから……」
 すぐにハボックの疑問の解答は出た。確かに。とハボックは同意する。元気な時はサボりまくるもんなあと。
 油断も隙もない。
 そうぴしゃり、と言い切ってリザはロイをにらみつける。
「さ、医務室へどうぞ。少し休んで下さい。熱が下がって来たら車で送らせますから」
「……どうして、分かった」
 うまく隠せていたと思ったのに。悔しそうに呟くロイに、リザは平然と告げる。
「そんなの、ずっと貴方を見てきましたから。分からないはずないです」
「……君は私の具合を余計に悪くするつもりか?」
 気持ちは分かる。女性にこんな殺し文句を言われては、病気している場合ではないだろうとハボックはロイに同情した。
 だがリザは無情であった。男の純情など病気の前では無用とばかりにハボックに命じる。
「さ、ハボック少尉。大佐を医務室までお連れしてちょうだい。多分歩けないと思うから、よろしく頼むわ」
「へーい」
「返事はちゃんとなさい」
「イエス、マム」
「ちょ、ちょっと待て。私は自分で歩けるぞ!?」
「これ以上体力を消耗されては治りも遅くなりますから。さ、ハボック少尉」
「大佐、担がれるのと背負うのと引きずられるのとどれがいいッスかー? あ、もしかしてお姫様抱っこ希望ッスか?」
「断る!!」
 騒ぐロイを無理矢理医務室に連行する。とりあえず本人の意向を汲んでお姫様抱っこはやめておく。回復した後、焦がされるのは勘弁して欲しかった。



「解熱剤を飲んで貰ったから、夜には熱は下がると思うけど……大佐が起きられたら、車で送ってあげてちょうだい」
「了解ッス」
 医務室から戻ってきたリザに頼まれて、ハボックは力強く請けおう。それからあの、と言葉を継いだ。ハボックにはどうしても気になっていることがあったのだ。
「……俺、中尉に訊きたいことあるんスけど」
「何?」
「どこをどう見て、大佐が具合悪いって分かったんです? 俺にはいつも通りにしか見えませんでした」
 何かある度に、ロイとリザの付き合いの長さ…絆の深さを見せつけられる。別に仲に割って入ろうという気はないが、それでも二人に一番近しい位置にいる部下という自負がある。今後のためにぜひ教えて欲しかった。のだが。

「そうね……今日の大佐は灰色だったのよ」
「何がッスか?」
「背景が。きのこも生えていたわね」
 
 ……あんたもかい。

 どこかで聞いたようなことを言い出したリザに、ハボックは一気に脱力した。これはもう、二人の領域まで達するのは諦めろ言うことだろうか。
「大佐はね。機嫌の良い悪いは分かりすい人だけど…苦しいのは隠そうとするの、昔から。だから、あなたもちゃんと見てあげてくれると嬉しいわ」
 げっそりした顔をしたハボックに、リザが言う。
 その顔は相変わらずポーカーフェイスであったけれど。この時だけはハボックはリザの色とやらが見えた気がした。
 それは真っ白。純粋で美しい、かの人を想う感情。

(それはあんたもじゃないッスか?)
 心配をかけまいと感情を表に出さない。苦しいのを我慢する。ロイだけではなく、リザもそういう傾向がある。

 ……ああ、だから、か。

 ハボックは理解した。
 ロイとリザ。お互いがお互いをずっとよく見ているのは、そんな相手を解ってあげるため。ロイにはリザが居て、リザにはロイが居る。そんな一対。
 だとしたら、割って入るのは無粋というものだ。だが、それでも。ハボックは自分も解り合える一人になりたいと思うのだ。他ならぬ、上司たちのために。


「任せて下さい。俺、視力は抜群にいーんスから。……流石に色は見えませんけどね」
「心強いわ」


 だから、ハボックはドーンと胸を叩いて、にかっと笑ったのだった。


END
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基本リザさんは花をしょってると思います(^^)



 
 


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by netzeth | 2016-03-19 02:28 | Comments(0)