うめ屋


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by netzeth
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シナモンフレーバーの魔法使い

※ ロイアイ+ヒューズさんのお話。過去、現在、未来。 





 ――その人はいつもシナモンの香りと共に現れた。



「よっ、ホークアイ少尉! 元気か?」
 来客があると事務方に告げられて大急ぎで執務室に向かってみれば、入室するなり軍部にはそぐわぬ軽い挨拶に出迎えられた。彼は応接用ソファーにだらりと座り、親しげに片手を上げている。拍子抜けしたのが本音だったが、仮にも何階級も上の上官である。すぐに姿勢を正して敬礼した。
「は! ヒューズ少佐、ご苦労様であります!」
「ちょっとちょっと、止めてくれよ~そんな風にされたら、こんな軽い調子の俺がバカみたいじゃん。楽にしてくれ、な?」
 自覚はあるのか。
 なんてはなはだ失礼なことを考えながら、リザは上官の希望通りに敬礼を解く。それから 折り目正しく尋ねた。
「それで本日はどのようなご用件でしょうか。生憎、マスタング中佐は急の軍議で席を外しておりますが……」
「なんだ、そっか。ま、しゃーないな」
 彼――ヒューズはロイと昵懇の仲だったはず。てっきり上司に会いに来たのだろうと思っていたのだが。ヒューズはロイの不在をしゃーないの一言で片づけ、それからむふふと嬉しそうに笑う。わくわくと何かを企む顔に、リザは困惑した。
 そもそもヒューズとはまだ二・三度顔を合わせたことがあるだけだ。相手の思惑が読むには圧倒的に時間が足りない。しかも東方司令部に配属されてから日も浅いまだまだ新米軍人と言っていいリザでは、なおさらだ。
 少々居心地が悪い思いで突っ立っていると、不意に鼻先を香ばしい匂いが掠めた。
「じゃーん! グレイシア特製アップルパイだ!!」
 テーブルに置いてあった小箱の中身を、まるで宝箱を開ける少年のようにキラキラした瞳でリザに見せた彼は得意げに笑みを深めている。
 呆気にとられたリザが、目を瞬いていると。
「お、ようやく年相応の顔になったな」
 ヒューズは満足そうにうんうんと頷いた。  
「あの…少佐、こちらは?」
「ふっ、ふっ、ふっ……美味そうだろう?」
 自慢げに言うヒューズにつられて、アップルパイに視線をやる。
 ぷんと香るシナモンフレーバー。黄金色に焼けたパイ生地がツヤツヤと輝いて、丸いフォルムはより食欲をかき立てる。
「……はい」
「じゃ、最初の一口は少尉に進呈しよう! さ、用意し て」
 そこは否定する要素が無かったため素直に頷けば。にこにこ顔で指示が飛ぶ。言われるままに給湯室からナイフと皿とフォークを用意して戻ると、意気揚々と彼はナイフを取り上げた。そしてサクサクサクと小気味良い音をさせて、あっと言う間にアップルパイを八つに切り分けてしまった。 
「はい、少尉。食べて食べて」
「あ、あの……これは、マスタング中佐への手土産なのでは?」
 ずずいっと皿を鼻先に持って来られて気圧されながらも、リザはようやく先ほどから思っていた疑問を口にした。
 ロイとヒューズが親友と言っていいほどの仲だとリザは知っている。イーストとセントラルではなかなか会う機会もないが、そのため毎日のようにヒューズが電話をかけて来るのを取り次いでいるのは彼女なのだ。これはそういった彼――ロイへの奥方からの手土産。夫の親友への心遣いの品だ。
「中佐の頂き物を、私が先にいただくことは出来ません」
 もちろんこれをロイが一人で食べきれるとは思えないので、おそらくは皆で分けろと部下に下賜されるはずだ。だとしても、物には順序と道理と言うものがある。 
「贈り主である俺がいいって言うんだから、いいんだよ。そんな固いこと言うなって」
「いいえ。そういう訳にはまいりません。まして、マスタング中佐は私の上官です」
 ヒューズにきっぱりと断りを入れ、リザは自分の立場を固持した。我ながら融通の効かない女だとは思う。しかし、新米のリザには軍規の遵守を疎かにするのは躊躇われた。
  すると、まいったなあ……と呟きながらヒューズが頭をかく。これじゃあ、ロイも苦労するよな…とも聞こえたが、それは意味が分からず聞き流した。
「……少尉ってさ」
「はい」
「ロイの前でも、そんななの?」
「そんな、とは?」
 質問の意図がくみ取れず、不敬と知りながらも聞き返す。
「や、そういう、軍人って感じ」
「? 私は軍人ですが、少佐」
「…………うん、分かった」
 苦笑するヒューズが、何やら納得するのを不可解な思いで眺める。彼の瞳は何か言いたそうにしていたが、結局何も言われなかった。
「……ま、時間が解決してくれるだろ」
「何のお話ですか?」
「いーのいーの」
 何がいいのやら、ちっとも分からない。
 ロイの親友だけあって、ヒ ューズはリザにとって掴み所の無い人物に思われた。彼が良い人柄だと言うことは理解しているが、何となく自分の心の内を全て見透かされていそうで、リザはいつも居心地が悪くなるのだ。
 今日も何となく落ち着かない気分になって、ふいっと視線を下に落とす。テーブルに乗ったアップルパイが目に入って、思わず腹の虫が鳴きそうになった。
 その時である。
「なーホークアイ少尉ってさ」
 唐突に話しかけられて、リザは弾かれたように顔を上げた。まっすぐに自分を見つめてくるブルーアイと目が合う。優しげに笑っているはずなのに、どうしてかリザは緊張してしまった。
「ロイのこと、キライ?」
 今日の彼はリザが困るようなことばかり、したり言ったりする。一瞬返答に詰まって。どう答えるのが正解なのだろうかと、リザは自問する。
 リザにとって、この問いは未だに己の中で答えの出ていない類の事柄だったからだ。
 ほんの数年前の自分だったらば、迷わずにノーと答えた。無邪気に彼を慕っていたあの頃ならば。
 けれど。
 いろんなことを見て、して、そして現在に至っている自分には。
 一度分解されてしまった想いは、未だ再構築されずその欠片を拾い集めている最中だ。ぐしゃぐしゃになったパズルのようにピースを一つ一つ組み立てて……。
 嘘をつくのは得意ではない。しかも、それは嘘とも言い切れない。
 ならば、とリザは答えを出した。
「そんなことはありえません。マスタング中佐は尊敬する上官でありますから、好きと言えるで しょう」
 個人としての答えは出せずとも、軍人としてならば答えることが出来る。部下であるならば、上官を嫌悪していることを表だって言うなど言語道断だ。
「ふ~ん、分かった。まだちょっと微妙なんだな」
「え……っ」
 しかし、ヒューズはリザの心を瞬時に見抜いてしまった。軍人としての建前などまるで無益とでも言うように。
 虚を突かれ二の句が継げないでいるリザを見て、ヒューズはにっこりと笑う。
「まー、あいつ、不器用だし、これからもいろいろ失敗したりすることもあると思うけどさ。見捨てないでやってよ」
「でも、あの……」
「んで、出来れば好きになってやって」
「あの、ヒューズ中佐?」
 軽い混乱状態にあるリザに、ヒューズが暖かい視線を向ける。ロイと同い年だと聞いたが、もっと何歳も上の大先輩のように思えてしまう。
「ところで。これからリザちゃんって呼んでいい?」
「……どうぞ」
 とんでもない、と拒否すべきだったのに。
 何故か素直に了承していた。

 
   ***


 香ってきたシナモンフレーバーに、リザは来客の正体を入室前に知った。礼儀正しくノックをしてから、執務室に入る。そこには、思った通りの人物がいつも通りだらりと座っていた。
「よ、リザちゃん。邪魔してるわ」
「いらっしゃいませ、中佐。ご無沙汰しております」
 砕けた態度もいつものこと。そんな当たり前が少し嬉しくて、笑みながら視線を流せばテーブルの上にでんと置かれた箱が目に入る。彼の手土産もいつも変わらない。奥方特製のアップルパイだ。
「ナイフとお皿を用意しますね。それから、お茶も。……大佐はすぐにお戻りになりますから、もう少しお待ち下さい」
「うん。あんがとな、あ、それとこれ! リザちゃんへのおみやげ!」
 さり気なく退室しようとしたリザだったが、一歩遅く捕まってしまった。ヒューズはいそいそと懐から写真の束を取り出している。
 それが、まだ幼い彼の愛娘のものだとリザはよーく知っていた。
「今回はいっぱいあるぞぉ~ほらほら、これ、俺の娘、エリシアちゃん!」
「存じ上げております」
「可愛いだろう~?」
「ええ、とっても。ですが写真は……」
「何? 要らないの?」
「……中佐。私、もうすぐエリシアちゃんのアルバムが一冊出来てしまいそうなんですよ」
 いくら上官の親友といえど、そしてリザ自身も気安い仲といえど。流石に人様の娘さんの写真でアルバム一冊は多すぎる。
「そうなの? ロイの奴はこの前三冊目だって言ってたぞ?」
 一体どれだけ写真を押しつけたのか。
 ちょっと怖い想像になってしまって、リザは苦笑する。
 確かにロイはいくら無理矢理貰ったものでも、親友の娘の写真を処分出来る男ではない。……まあ、それはリザも同じなのだが。
「……少し加減してあげて下さい。大佐が夜な夜なエリシアちゃんのアルバムを眺めてニヤニヤしていたら怖いでしょうに」
「俺は全然構わないぞ?」
「それでエリシアちゃんが気に入って、将来嫁にするとか言い出したらどうします?」
「ははははは! それはあり得な いけど、もしそうなったら俺のナイフの錆にするわ」
 リザの脅しをヒューズは笑い飛ばすが、後半は目が笑っていなかった。きっと有言実行する気満々なのだろう。
 相変わらずの親バカぶりに、微笑ましいやら呆れるやら。思わずふうっとため息をこぼして、リザはふと違和感を覚えた。そして、特に意識することもなく口に出す。
「……何故、あり得ないのですか?」
 もちろん、ロイがそういう趣味だとリザだって思っている訳ではない。彼は今でもイーストシティを騒がせるプレイボーイだが、流石にそこまで守備範囲は広くないだろう。
 だが、親バカぶりが突き抜けているヒューズならば、娘の魅力ならばさもありなんと平然と断言するはずだ。
 だが、そこだけは確信をもってあり得ないと言い切った。ましてそれは、ロイの性癖を信じている……という理由にも思えなかった。
「だってロイには、ただ一人、惚れてる女がいるからな。エリシアちゃんがいかに可愛くても、ありえねーよ」
 そうだろう?
 ブルーアイの強い視線を当てられて、リザは息を飲んだ。 
 ヒューズは気さくな人柄とにこやかな笑みでするりと人の懐に入るのが上手い。けれど、油断して気を許していると、こうしてひんやりとした鋭さを垣間みせる。そう、彼自身が隠し持つナイフのように。 
「さあ? 私は存じ上げません。……あのように毎日デート三昧の大佐にそのような方がいるとも思えませんが」 
 けれど、リザだってそれなりに経験を積んできた。痛い所を突いてくる彼のかわし方も心得ている。いつものポーカーフェイスを保ち、淡々と述べれば、ヒューズがくくくっと笑う。
「リザちゃん、成長したなー。うんうん、いい傾向だ」
「……恐れ入ります」
 まさか私のことをエリシアちゃんと同じように見ているのでは。
 なんて親目線疑惑に憮然としていると、
「ところで、リザちゃん」
「はい」
「ロイのこと好きだろ?」
 不意打ちを受けた。
 たが、リザは動揺しなかった。ヒューズのこう言ったからかいへの対処はそれこそもう慣れっこだ。迷うことなく口にする。
「嫌いです」
「そーかそーか、好きかー。良かったなーロイ」
「中佐。話聞いてました? 大嫌い、ですよ」
「そーか、そーかー。大好きかー」
「……中佐!」
 どこからなんの電波を受信しているのか知らないが、ヒューズにかかるとリザの言葉は真逆に変換されてしまうらしい。
 埒があかず、ついリザは声を荒げてしまう。
 と。
「なんだ? どうした、中尉。君がそんな声を出すとは珍しいな」
 絶妙なタイミングで現れた上司に、リザはほっとした。本人が登場したからにはヒューズのからかいは終了だ。ロイはこういう時のタイミングは何故かいい。
「お帰りなさいませ、大佐」
「うむ。ただいま」
 リザはロイがコートを脱ぐのをごく自然な動作で手伝い、そのままコートをコート掛けにかけてしまう。ああ、寒かった……などとぼやいてから、ロイはようやくソファーに居る親友に目を止めた。
「なんだ、ヒューズ。来ていたのか」
「おいおい。いくら副官といちゃつくのに忙しいからって、それはないだろ」
「誰がいちゃついてるか!」
 からかいの対象は今度はロイへと移ったらしい。
「こんだけ夫婦っぷりを見せつけておいて、よく言うぜ」
「誰がだ!」
 この隙に今度こそお茶を入れに行こう。そう決意して、リザは静かに部屋を出て行こうとする。 
「お、リザちゃん。お茶? 悪りぃな、頼むわ」
 声をかけてきたヒューズに、いいえ、と首を振って背を向ければ。その背に今度は上司からの声がかかった。
「………ところで、さっきは何を大声で話していたんだ、中尉」
 その話は非常に蒸し返されたくなかったのだが。仕方なく振り返ると、不機嫌な顔をしたロイがこちらを睨んでいた。
「たいした話ではございませんよ」
「……たいしたことなくて、君があんな声出すか」
「そうそう、ぜーんぜん、たいしたことない話だよ、な? リザちゃん?」
 含みのあるヒューズ言葉に、顔に熱が集まる。思わずヒューズを睨みつければ、ぱちんっとウィンクされた。
 大丈夫、大丈夫。言わないから。
 そう無言で語っている彼が、非常に油断出来ない男であることをリザは改めて認識する。
「なっ、なんだっ!? やっぱり、何かあるんじゃないのか!?」
 いかにも意味ありげな二人のやりとりが何か誤解を招いたのだろうか。いきり立つロイに説明のしようもなく、とうとうリザはやけくそ気味に叫ぶ。
「知りません! 大佐の分のアップルパイはないという話です!」
「なっ、なんでだ!」
「大佐の分は 私が食べていいんだそうです!」
「そ、そうなのか?」
「あ……うーんと、そうそう?」
 密かにアップルパイを楽しみにしていたらしい男が、しゅんと肩を落とす。勢いで言ってしまったものの、流石に罪悪感を覚えていると。笑いながら、ヒューズが言葉を付け足した。
「その代わり、今度ロイ君にリザちゃんが作ってくれるって話だよ」
「え……」
「え、本当か!?」
 そんな話はしていない。と思ったが、途端に元気を取り戻したロイに興奮気味に前のめりで尋ねられて、今更無理とも言えず。
「わ、私のもので……よろしければ……」
「いい! 君のがいい!」
 苦し紛れに答える。喜びを露わにするロイの顔が恥ずかしくて、直視できない。
 何故こんなことになってしまったのか。料理上手のグレイシアのアップルパイに慣れているロイに、滅多なものは出せはしない。自分だって忙しいというのに、余計な重圧を背負わされてしまった。
(これから、毎晩特訓ね……)
 寝不足を覚悟しながら軽くため息を吐けば、食えない顔で笑っているヒューズが視界に入る。
 まったく、彼には適わない。
 少しだけ恨みがましい気分で、そして、少しだけ感謝しながら。リザは小さく微笑んだのだった。 


   ***


 ひゅうと強い風が吹き抜けていく。とっくに春を迎えたこの季節。こんなに冷えるのは、場所が場所だからだろうか。吹きっさらしの墓地には、寒風を遮るものは何もない。
「閣下。そろそろ参りましょう……ここは少々冷えます」
 上官の親友との語らいを邪魔してはいけないと少し離れた場所からロイを見守っていたリザだったが、そろそろと頃合いを見て声をかけた。
「ああ」
 しかし返事はしたが、ロイそこから一向に動こうとしない。仕方なくリザは彼の斜め後ろに立つことにする。
 ロイの大きく頼もしい背中は、あの葬儀の日から少しも変わっていない。変わったのは、将軍職について威厳を出すためにと上げた前髪と白髪が混じるようになった黒髪くらいだろうか。
 特に白髪は、これまでのロイの苦労を物語っている。
「……不思議なものだな。今でもあいつが奥方のアップルパイを持ってひょっこり現れるような気がするよ」
「……ええ、そうですね」
 そうして、幼い娘の写真をロイとリザに押しつけていく。そ んな当たり前の日常が、今ではとても懐かしく愛おしい。幼かった娘は今ではすっかり大きくなり、元気に学校に通っている。彼が生きていたのならば、一体アルバムは何冊目に突入していただろうか。
 そんなもしもの今を夢想して、リザはつい笑ってしまった。
「あの方は…人の心を掴むのがとてもお上手な方でしたね。あの方の前では、どんな嘘やごまかしも無力でした。まるで魔法みたいに見抜かれてしまいました」
 何をどう取り繕っても、本心など筒抜けで。特にロイに関することで、ヒューズに何かを隠し通せた試しがリザにはなかった。
「魔法か……そうやって、君もあいつに心を掴まれていた?」
「え?」
 不意に意地の悪い調子で言われて、リザは戸惑いの声を上げる。何を言い出すのだ、と唖然としているとロイが振り返る。彼はくっと口の端を上げて皮肉げに笑っていた。
「……あの頃、私は君がヒューズを好いていると思っていたよ」
「まさか。あれほど、奥様と娘さんを大事にしていた方を…ですか?」
 そんな馬鹿な。
 驚きを通り越して呆れてしまう。リザの気持ちなど、ずっと昔からロイには気づかれていると思っていた。
「そのまさかさ。君は……名前で気安く呼ばせていたではないか。リザちゃん?」
 からかい混じりに名前で呼ばれる。聞き慣れぬ呼称に不覚にも動揺しつつも、ロイがもうその誤解をとっくに解いていることを悟る。
「そういえば……貴方は私が准将と話していると、いつも機嫌が良くありませんでしたね」
 あれはまさかそういうことだったのか。今更真相を知り、妙な気分になる。あの頃のリザは、ロイは親友ともっと話をしたかったのに部下に邪魔された……と機嫌を損ねているのだとばかり思っていた。
 我ながらなんと鈍く、そして滑稽だったことか。
 眉を寄せて複雑な顔をしているリザに、ロイがだがね、と言葉を続ける。
「今なら分かるよ。あいつは、人の警戒心を解くのが上手かった。だからすぐに君と打ち解けていたあいつに、私は嫉妬していたんだ」
 穏やかな表情でロイが語る内容には、心当たりがあった。確かに軍人に成り立ての頃の自分は、変に片意地を張っている所があった。早く一人前の軍人足らんと肩に力が入りすぎていた。イシュヴァール内乱終結から日もまだ浅く、ロイとの関係もぎくしゃくした歪なものだったように思う。
「あの頃私だって君を、リザちゃん、ってずっと呼びたかったよ」
「……止めて下さい」
 冗談混じりに言うロイに、リザは頬を染めた。
 あれはヒューズだからこそ、大丈夫だったのだ。あの頃からずっとロイにそんな風に呼ばれていては、心臓が持たなかっただろう。
 今でも十分な威力を持っているというのに。
「さ、あまり昔に浸っていても、仕方がないか。リザちゃんって呼ぶのはもう少し先に未来の楽しみにとっておくことにするよ」
 やれやれと肩を竦めてもう一度リザちゃん、などと呼ぶロイを、リザは軽く睨みつけて。
「そうして下さい。ここで立ち止まっていては、ヒューズ准将に笑われてしまいますよ?」
 気を引き締めろと活を入れる。上官と言えど既に遠慮も何も無い仲である。……そういう関係をロイとリザは築き上げたのだ。
「そうだな。……行こうか」
 大きく頷いたロイはまた来るよとで言うように手を上げて、故人に挨拶するとリザを促した。
 向かう先は、中央司令部。東からようやく戻ってきた国の中枢。ここで、ロイはまたイシュヴァール政策とは違った戦いに身を投じることとなる。
 道は険しく、未来の夢はまだまだ遠い。
 けれど、二人で歩いていけるのならば、きっと大丈夫だろう。
「はい」
 そうして、リザは大股で歩き出すロイを追う。
 ふとシナモンの香りが鼻先を掠めた気がしたが、きっと気のせいだろうリザは振り返らなかった。 



END
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by netzeth | 2016-05-17 01:20 | Comments(0)