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再録本2012ーB 本文サンプル

『君と暮らせば』より



それは珍しく仕事を定時に終え、デートの約束もなく、自宅でのんびりと寛いでいた時の事だった。
最近手に入れたばかりの興味深い書物に目を通していた私の耳に、聞こえてきたのはコンコンというノック音。
楽しい読書の時間を邪魔された不快感とこんな時間に誰だ? という疑問が胸に湧き上がる。
こんな時間に訪ねてくるような知り合いも親密な相手にも心当たりがない。デートをするくらいの女性はそれこそごまんといるが、自宅の場所など教えた覚えもない。
一瞬、歓迎出来ない客だろうか? などと嫌な予感もして私はリビングの引き出しから銃を取り出すべきか迷った。
するとまたコンコンというノック音。仕方なくソファーから立ち上がると玄関へと向かう。もちろん銃は万が一のために携帯した。
「こんな時間に誰かね?」
「私です」
扉の前で誰何の声をかけると、返ってきたのは意外な人物の声で。私は構えていた銃を下ろす。
そして慌てて施錠を解除した。
扉を開けたその先には、声の主――ホークアイ少尉が何故かどこに夜逃げするんだと言わんばかりの大荷物を抱えて立っていた。両手にはスーツケース、背中にはでっかいリュックサック。リュックの上にくるくると丸まっているのは毛布で、横に刺さっているのは傘だろうか。
――困った。ちょっと意味が分からない。
私はどうリアクションをとっていいか本気で迷った。
少尉の格好はこれから旅に出ます――いや、違うな。どちらかと言うと実家に帰らせて頂きますと家を出ていく結婚三年目で夫に浮気された妻……のようだった。そんな私の困惑など知らぬ少尉は、いつも通りの淡々とした口調で言う。
「夜分遅くに失礼いたします、中佐」
「あ、ああ…?」
夜分遅くは別に問題ない。問題は君のその格好なんだけどな……などと思ったがなんとなく突っ込み辛らくて、私はそこには触れずに続けた。
「え~と、ところで。その夜分遅くにどうしたんだ?」
「はい。まずはご説明いたします前に……お邪魔いたします」
「へ?」
ホークアイ少尉はきっぱりそう言うと、私の横をすり抜けて部屋の中へとドンドンと入っていく。あまりの突然の行動に反応が遅れ、止める間もなかった。
「少尉?」
お世辞にも片づいているとは言えない私の部屋。少尉はスーツケースを置きリュックサックを下ろすと、何やら部屋中をチェックし始めた。
リビングをぐるりと見渡したかと思うと、窓のサンや棚に寄っては指先をツーと滑らせている。掃除などろくにしていないので、当然少尉の手にはホコリが付く。それを眉間に皺を寄せて眺めている彼女。
――君はどこの嫁をいびる姑だ。
唖然としている私には目もくれずに、少尉は次にリビングと繋がっているキッチンへと赴くと、これまたいろいろと調べ始めた。冷蔵庫や食材の保管庫、食器棚や果ては水周りにシンクの中やゴミ箱まで。
それらを入念に見て回っている少尉。その表情はまるで困難な任務に挑む時のように真剣そのものである。
「なあ、少尉。……君は一体何がしたいんだ?」
いい加減説明が欲しくて私はおそるおそる話しかけてみた。
もちろん、そもそもこの部屋の家主は私であるし、勝手な事をしているのは彼女の方なのだから私が遠慮する謂れはないのだが。それでもなんとなく、少尉の発する雰囲気から強くは言い辛かったのだ。
すると私にちらりと視線をよこした彼女は、
「中佐、お話があります。お座り下さい」
やっぱり司令部での仕事中となんら変わらぬ表情と口調でそう言った。
……まずい、何かしたかな。別に後ろめたい事など無いはずなのに彼女に言われると思わず自省してしまうのは、私の日頃の行い故だろうか。……だって、しょうがないじゃないか。ホークアイ少尉の顔が仕事をサボって書類を溜めた私にお説教する時の顔そのままなんだから。
大人しく彼女の言うとおりにソファーへと座る。床に座れとは言われなかったので、お説教ではないと思いたい。
「中佐」
「あ、ああ」
「これに見覚えはありませんか」
彼女が懐から取り出したのは、くしゃっと皺の寄った封筒だった。良く見ると軍の紋章が入っている。それは軍の事務用封筒に見えた。
「……すまんが。分からん」
私は正直に言った。すると少尉はまたも盛大に眉間に皺を寄せた。
――まずい。ものすごく怒っている。
私は必死にその封筒に関する記憶を脳内で検索したが、どうしても思い出せない。焦る私に少尉はふうっと大きくため息をつくと、心底呆れた顔をした。
「これは、貴方の執務室のゴミ箱で見つけたものです」
「ゴミ箱……? ああ!」
少尉のその言葉にその封筒が一体何であるのか、ようやく思い至った。
「そうです。貴方が中身も見ずに捨てた、先日の健康診断の結果報告、です」
そう、少尉の手に握られているそれ。それは少し前に受けた健康診断の結果を伝えるものだった。
軍にいる以上、軍人は定期的に健康診断を受ける義務がある。いや、権利といってもいいだろうか。体が資本の仕事だから病気などもっての外だし、少しでも体に異常が見つかればただちに治療を受ける必要がある。そして、もし改善しないようであれば最悪退役もありうる。そう、健康体であるのは軍人であるための必要最低限の資格なのである。アメストリス国軍はそのためのサポートを手厚く行っており、健康診断もその一環だった。
先日定期健康診断を受け、私はその結果を受け取っていた。しかし、ちょうど忙しかったのもあり、そんなものゆっくりと見ている暇もなかった。
それに、結果など見ずとも分かっていた。還暦を超えたご高齢の将軍達ならともかく、私はまだ二十代半ばだ。健康を気にする様な歳ではない。そう思い封を開ける事もせず、私はそれをゴミ箱へと放り込んだのだ。
それを何故か今、ホークアイ少尉が持っている。どうして私の健康診断結果など持っているのか、と尋ねようとしたが、言いかけてそれを止める。
……尋ねるまでもない。そんなものゴミ箱から拾ったからに決まっている。ときどき重要書類を間違って捨ててしまう事もある(前科がある)から、彼女が執務室のゴミ箱を注意して見ていても不思議ではない。
問題は。何故、今、ここで、そんなものを少尉が取り出したのか? という事だ。
少尉は無言で既に開封済みのその封筒の中から一枚の紙を取り出した。そして、それを私に突きつける。
「ご覧下さい」
「へ?」
仕方がないので少尉に言われるままに、目を通す。
私の詳細な身体データや、血液検査、尿検査、その他もろもろの検査結果が目に入ってくる。正直ざっと見た限りではその数値の意味までは私には分からない。
「中佐の個人情報を勝手に見てしまった事はお詫び申し上げます。ですが。僭越ながら、上官の健康状態を把握する事も副官の務めかと思いまして」
「ああ」
別にそれに異存はない。これは私が捨てたものだし、見られて困るような機密情報でもないし。男の身体データなど知りたい奴などいないだろう。……少尉のデータというならば、少々…いやかなり興味はあるが。
「これを拝見して、私は驚きました。……中佐」
「うん?」
「なんですか! このありえない数値は!」
びっと鼻先に突きつけられた私の健康診断報告書。見てもやっぱりよく分からないが、何故か少尉は怒っている。
「え~と?」
「いいですか? まずはこのLDLコレステロール値。そして、中性脂肪の値にy―GTP数値! さらにGPTまで正常値を大幅に越えているのですよ!? 胃もずいぶんと荒れてしまっている様ですし。かろうじて要精密検査には引っかからなかった様ですが……というか、見もせずに捨ててしまったら引っかかっていても分かりませんよね。まったく貴方はいつもいつも重要なものをうっかり捨ててしまうんですから……。まあ、それはひとまず置いておきます。よろしいですか? 貴方はこのままでは不健康体まっしぐら! その若さで深刻な病気になってしまうかもしれないんですよ!?」
「ちょっ……落ちつけ、少尉。分かったから」
「いいえ! 分かっていません!!」
その証拠に、と彼女は私の部屋をその腕で指し示す。
「中佐の家に伺って、私、その原因が分かりました。散らかった部屋、ホコリまみれの不衛生な環境。冷蔵庫にはビールとおつまみだけ。食材の保管庫には野菜もなし。キッチンには使った形跡もなく、それどころか、満足な調理道具も無い。水周りだって、中佐、いつ掃除しました?」
「……掃除?」
「いいえ、すみません。分かりました」
そもそもキッチンでする事と言ったらコーヒーを淹れるためにケトルで湯を沸かすくらいだし、カップを洗うだけのシンクなんて汚れもしないのだから、掃除なんて概念考えた事もなかった。
そんな私の様子に、少尉は心なしかがっくりと肩を落としていた。が、すぐに彼女はキッと私を見据える。その瞳には焔が灯っている、いや、それどころかメラメラと燃え盛っている。私はなんとなく嫌な予感がした。彼女がこんな瞳をしている時は、ろくな事がない。
「私、決めましたから」
何を? と私が尋ね返すより早く。
「今日から私、ここに住みます。そして、私が中佐の健康管理をいたします!!」
ホークアイ少尉はきっぱりはっきりと、そう宣言した。

  

 ***



という訳でお世話になります、とぺこりと礼儀正しく頭を下げた少尉に、私は全力で抗議した。
何がという訳、だ!!
「まてまてまてまて! 君、何を言っているのか分かっているのか!?」
「何か問題が?」
「大あり、だ!!」
二十歳そこそこのうら若い女性が、恋人でもないただの上司で健康な二十代一人暮らし男の部屋に一緒に住むだと!? 正直正気の沙汰と思えない。彼女には常識というものはないのか、常識は!!
「いいですか、中佐。健全なる精神は健全な肉体に宿るのです。私が貴方のだらしない生活態度を、根本から改善して差し上げます」
「…………」
……いや、少なくとも君と一つ屋根の下で暮らしたら、健全なる精神を保つのは無理な気がするぞ。
更に少尉は何も言わない私に、何を勘違いしたのか見当違いな事を言い出す。
「ご安心下さい、中佐。家賃、食費、光熱費等は、きっちり折半させて頂きますから」
……私はそんな事を心配している訳ではないのだが。というか、そんな事を心配する様なみみっちい男だと思われているのだとしたら、おおいに遺憾である。
「……私が心配しているのはそんな事ではない」
「では、他に何が?」
本気で怪訝そうな少尉に、私は一瞬反論するのが虚しくなってしまった。彼女は私と一つ屋根の下に暮らしても、何も……何も感じないと言っているのだ。つまりそれは、私を男として、異性として見ていない…という事。
私は過去、修行時代に彼女の実家に住み込んでいた事がある。おそらく、その頃から少尉の中で私への認識は変わっていないのだ。あの頃一緒に住んでいたのだから、今、一緒に住んでも何を今更、何の問題もない…という訳だ。
そんな彼女に男と一緒に住んで、女性として危険を感じないのか、などと諭す気にもなれなかった。
「……ここにはゲスト用の部屋などないぞ」
暗に君の寝床はない、と言ってみたが、
「大丈夫です。毛布を持参して来ましたから。ソファーをお貸し下さい」
少尉はまったく怯まない。
「馬鹿を言うな。ソファーなどではゆっくり休める訳なかろう。疲れを残せば仕事に響く。私はそんな事許可しないぞ」
「ですが……」
「なんなら、私のベッドで一緒に寝るか? デカいベッドだから二人で寝ても広々、だ」
いつまでも要領を得ないので、とうとう私は直接的な事を口にした。こんなセクハラまがいの事、さすがに少尉は了承しないだろう。怒って、これで私との同居を諦めるはずだ。
……だが、しかし。
「え!? いいんですか? 助かります!」
しまった。逆効果だった。
本当に彼女の女性としての常識は、一体全体どうなっているんだ? どうやったらこんな無防備に育つんだ。まったく親の顔が見てみたいもんである。……いや、見た事はあるが。
私はそこで亡き彼女の父――師匠の顔を思い浮かべた。
……あの世間一般の常識に疎そうな師匠に育てられたのなら、こういう女性になっても無理からぬ事かもしれない。
「では、荷物を置かせていただきますね」
過去に思いを馳せる私をよそに少尉は勝手に話を進め、持ってきた大量の荷物をいそいそとほどき始める。
「こら、待て! 私はまだ了承していないぞ」
「あ、私、枕が変わってもぐっすり眠れるタイプですのでご心配なく」
「そんな話はしとらん!」
「もうっ、一体なんなんですか、さっきから。何が不満だというんです?」
彼女の言い草ではまるで、私の方が駄々をこねて常識外れのわがままを言っているみたいである。
……遺憾である。おおいに遺憾である!
「何から何まで全部不満だらけ、だ!! そもそも、君がそんな事をする必要などどこにもない。私は君に背中を任せるとは言ったが、体調管理まで任せるとは一言も言ってないぞ!」
「同じ事です」
「同じ?」
「……肝心のあなたが病気になってしまったら、そもそも守る背中自体がなくなってしまうじゃないですか……」
ごもっとも。
少尉の言い分はひどく正当であった。まったくもってその通りなのだ、が。……それでもそれに対して取る彼女の行動や方法がひどくずれていると思うのは私だけか? そして私はそのずれた常識外れの方法(男の部屋に住み込みとか)を考え直して貰いたいと思っているだけなのだが。
「貴方は生き意地汚く生き延びて、皆でこの国を変えてみせようとおっしゃいましたね?」
「……ああ」
「……その貴方が、貴方が! 自堕落で不摂生な生活を送ったあげくに病死したらと思うと……! そんな事になったら……私、怖くて!」
その惨状を想像したのか、わっと顔を両手で覆う、少尉。
ごめんなさい…すみません……そんな心配させて本当にすみません……。私は罪悪感でいっぱいになった。
「ですから! 私が今日から貴方に付きっきりで、全ての健康管理をいたします」
「……分かった」
よって、そう主張する少尉を、私はもう、止める言葉を持たず。とうとう許可してしまった。……今思うと、この時は健気な彼女の様子にほだされてしまったのかもしれない。
しかし。私はすぐに彼女との同居をなし崩しに認めてしまった事を、後悔するはめになるのである……。

  

 ***



「起きて下さい」
「う~ん……あともう少し……」
「……もうっ、中佐!」
私の朝は彼女にシーツをひっぺがされるところから始まった。途端に体を襲う冷気に、私の意識は一瞬で覚醒する。見上げるとそこには、シーツを持ちベッド脇で仁王立ちしているホークアイ少尉の姿。
「や、やあ……おはよう、少尉」
「おはようございます、中佐。ようやくお目覚めですか」
とりあえず朝の挨拶を交わすも、彼女の口調は冷たい。
……もう少し、こう、女性らしい反応や恥じらいを期待してはいけないのだろうか。仮にも男の寝所に入って来て、その寝起きの姿を見ているのだから。――や、そもそもほんの数時間前まで、彼女はこのベッドで共に寝ていた訳であるから、そんな事欠片でも期待する方が間違っているのかもしれない。一緒に寝ていた相手の寝起き姿なぞ見たって、動揺などしないだろう。
それでも一応、苦言を呈してみる。
「少尉……もう少し、こう、起こし方というものが他にあるのではないのかね?」
そうだ。寝ている独身男のシーツをひっぺがすなんて、嫁入り前の女性のする事ではないぞ。……男には、朝の生理現象とかいろいろあるんだ。
「では。今度からは鉛玉を枕元にぶち込む事にしましょうか?」
私の苦情などものともせず、ニッコリと微笑んだ少尉の迫力に私は屈した。
……彼女なら本当にやりそうだ。
仕方なく体を起こすと、少尉に追い立てられるままバスルームへと向かった。正直ろくに眠れなかったので、体が重い。時計を確認するといつもの起床時間より大分早くて、げんなりする。もしかして、これから毎日こんな早起きをさせられるのだろうか。
まだ眠いと訴える体を覚ますべく、熱いシャワーを浴びる。ちょっとやそっとの寝不足くらいでどうにかなってしまう柔な体ではないつもりだが、それでも昨夜の事を思い返すと、先行きがどうにも不安になってしまって深いため息を吐いた。
そう、私が寝不足なのは、ホークアイ少尉が隣でスヤスヤすぴすぴ天使の様な可愛らしい寝顔をさらして眠ってくれたからに他ならない。
昨晩突然私の部屋に押し掛けてきた彼女は、そのまま私の家に住む事を宣言し、躊躇無く私と同衾してしまったのだ。
私としてはたまったものではない。手を伸ばせば届く距離にいる、ホークアイ少尉を意識せず寝ろという方が無理だ。事実、「ん……」とかいう彼女の悩ましい息づかいや、寝返り、そして距離を十分開けても(ベッドの反対側から落ちそうになるくらい開けた)香る彼女自身の匂いに、一晩中翻弄されっぱなしだったのだ。
部下に不埒な事を考える私の方がおかしいって? 冗談じゃない。男だったら自然な反応、である。
何度もソファーに移ろうかと思ったが、そんな事をしたら家主であり上官の私を追い出してベッドを占拠してしまった、とホークアイ少尉は気に病んでしまう。
結局、空が白むまで眠れなかった私は、必死に円周率や、素数といった無意味な数字の羅列を数える羽目になった。最後にとうとうヤケクソで羊を数え始めたところで記憶が途切れているから、そこでようやく眠れたらしい。
もしかしなくても、これから毎日これが続くのか……と思うと私は真剣に悩む。彼女の手によって健康を取り戻す前に、寝不足で参ってしまいそうだ。だが悩んだところで、もう仕方あるまい。結局受け入れてしまったのは私自身なのだから。
「よし、いくか」
シャワーを浴びてようやく目が覚めた私は、自らに気合いを入れてから、バスルームの扉を開ける。
と、そこには。
「あ、中佐。着替えとタオルを置いておきますね」
ホークアイ少尉が私の脱ぎたてのパンツの代わりに新しいパンツを置いているところだった。
一応私は素っ裸であるのだが。それには顔色一つ変えずにさっさと、彼女は私の脱ぎたてパンツを連れ去っていく。頼むから、朝からいろいろ突っ込ませないでくれ……。私は深刻な表情で額に手を当てた。



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by netzeth | 2016-08-04 00:57 | Comments(0)