うめ屋


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by netzeth
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休日にするべきこと

 覚醒と傍らの目覚まし時計を見たのは同時だった。数字を認識した瞬間、リザは跳ね起きてそのままベッドを降りる。
「完全に遅刻だわ……!」
 身支度にかかる時間を計算してそこから省略出来る行程を抜いていく。洗顔と歯磨きは譲れないが、化粧と寝癖直しは軍部ですればいい。朝食抜きはもちろんだが、愛犬のご飯だけは絶対に用意して出かけねば。まだ小さな子犬の彼を飢えさせては可哀想だ。
「く~ん?」
 主人が慌ただしく駆け回っているのを、寝床から起き出して来た子犬が不思議そうに見上げている。パジャマ脱ぎ、下着一枚の格好でリザは微笑んだ。
「ハヤテ号ちょっと待っててね。すぐにご飯にするから。確か昨日帰りに買ってきたドッグフードが……」
 その瞬間、脳裏に昨夜の出来事がフラッシュバックしてリザは全ての動きを止めた。連鎖式に極めて重要な情報が蘇ってきて、ゆるゆると身体から力が抜けていく。
「…………あ、今日、お休み……」
 窓辺から強い太陽光が射し込み、熱気を帯びた風がカーテンを揺らしている。今日も暑くなりそうな、そんな夏の日。
 脱力感にさいなまれ床にへたり込んだリザの元に、愛犬が近寄ってきて腕をぺろりとなめる。まるで小さな子供にドンマイと慰められているようで、ますます情けない気分になった。
(……だいたい、全部、あの人がいけないんだわ。突然休みなんて入れるから。だから、調子が狂うのよ)
 どうにも感情の持って行き場がなくて、この突然の休日の元凶にリザは思いを馳せる。そして、八つ当たり気味に脱いだパジャマをベッドの上に放り投げた。





「ホークアイ中尉。明日は休みをとりたまえ」
「はい?」
 もうすぐ退勤時間に差し掛かろうかという夕刻。直属の上司に突然そんなことを告げられて、リザは困惑した。もちろん明日は非番ではない。まして、休みの申請もしていない。
「大佐、寝言は寝てから言っていただけませんか?……それとも熱が?」
「……真顔で即答するのはやめたまえ。私は起きているし熱もない」
「でしたら、この書類の山が見えなくなったのですか?……この状況で副官である私が休みなど取れるとお思いですか?」
「書類の処理は私の仕事だ。最終的なチェックはブレダかファルマン辺りにやらせる。とにかく、君は休みをとりたまえ」
「ですが……っ」
「……私が君の本当の休暇消化率を知らないとでも思ったかね?」
 リザの反論をねじ伏せるように、ロイは言う。一瞬だけ言葉に詰まると、それ見たことかと上司は畳みかけてきた。
「やっぱりか。休暇申請は受理されているし、書類上は休んでいることになっているが……君、普通に仕事に来てるだろう、ずっと」
「そ、それは……」
 まさかロイに気づかれるとは。不覚と唇を噛めば、疑惑を肯定するようなもの。ロイの口元に苦笑が浮かぶ。
「ワーカーホリックも大概にしたまえ。私を部下に休みも取らせない酷い上司にするつもりかね?」
「……僭越ながら、冷静かつ客観的に判断しまして、私が居なければ大佐のデスクワークは回りません」
「だろうな。だが、一日くらい何とかする。……本当は一週間くらい休暇をやりたい所だが……それはまあ、無理だな。不甲斐ない上司ですまんな」
 そんな風に素直に詫びられたら、気勢を削がれてしまう。だが、仕事のことを思えばおちおち休んでなどいられない。
「……大佐。私は大丈夫ですから」
「強情だな。私に言わせる気か? これは上官命令だと」
 その言葉が出たのならば、チェックメイト。リザにはもう反論の言葉はない。唯々諾々とロイの主張を受け入れるしかない。
 リザの仕事はリザしか把握していない事柄が山ほどある。自分が居ない一日を滞りなく終えて貰うために、誰かに引継をしていかねばならない。……それは出勤するより手間がかかる。唇を噛んで不本意さに耐えていたその時、背後から声かかかった。
「いいじゃないッスか、中尉。せっかく大佐が休んでいいって言ってるんスから、少し遅い夏休みだと思えば」
 唐突に口を挟んで来たのは、金髪頭の部下だった。いつからやりとりを聞いていたのか、彼は軽い調子で続ける。
「大佐のお守りは俺らに任せて、ゆっくり羽を伸ばして下さいよ」
「でも……」
 部下には特に迷惑をかけてしまうことになる。まだ逡巡するリザの背を後押しするように、ハボックは続けた。
「ちょうど北の方で大きな祭りがあるそうですし、良い機会だから行ってみたらどーッスか?」
「お祭り……ああ、ウェルデンの花祭りのこと?」
「そうそう、それッス。ね?」
「……そうね。けど、一人で行ってもつまらないわ。ハヤテもまだ小さいし……ね。でも一度見てみたいとは思っていたの。一緒に行く人がいたら、行ってもいいかしら……」
「あ、良かったら俺、立候補するッス!……って!」
 その瞬間、調子に乗ってはいはいはいっと手を上げたハボックの後頭部を、ロイがはたく。彼はむっつりと口を曲げて不機嫌そうに言った。
「バカもん。お前は普通に勤務だろうが」
「……やだなあ、言ってみただけッスよ」 
 もちろん、リザには一緒に行くような相手はいないため、祭りに行く気はない。だが、ハボックの気遣いは嬉しく、リザは小さく微笑んだのだった。





 とは言っても、仕事に追われ忙しくしていることに慣れきったリザにとって、何もしないをするのは難しく。
「どうしよう、暇だわ……」
 突然に降って沸いた時間をリザは思いっきり持て余していた。家事を一通り済ませ、積んでいた本でも読もうとソファーに座ったはいいが、内容が頭に入って来ない。進めてくれた友人には悪いが、よくある安い恋愛話には興味がわかなかった。
「ハヤテ号もお昼寝中だし……」
 せっかくの休みなのだからと、たっぷり子犬とスキンシップを取ったはいいが、フルパワーで駆け回った彼は、あっという間に電池切れで眠ってしまった。まだ生まれて間もない子犬、体力が追いつかないのだろう。
 壁掛け時計を見上げれば時刻はまだ昼前。これから夜まで、一体何をして過ごせばいいのだろう。とりあえず市場に買い物に行くのは決定事項として、それまではいっそ筋トレでもして腹筋を割ろうかと考えていた時。リリリンっと自宅の電話ベルが鳴り響いた。
「はい、ホークアイ」
「……ああ良かった。在宅だったか」
「大佐? ええ、はい。もう少ししたら出かける所でしたので、良かったです」
「なんだって? どこにだ?」
「市場に買い出しにですけど」
「……そうか」
 語気が荒くなったと思えば、途端に安堵したかのように息を吐く。一体何の用なのだろう、とリザは訝しんだ。
「ところで、ご用件は何ですか?」
「…………い、いや…君が休日を満喫しているかどうか確かめたくてね」
 一瞬言葉に詰まったロイに首を傾げながら、リザは生真面目に返答した。
「ええ、大佐。おかげさまでずいぶんと家事がはかどりました。ところで、今日一日のスケジュール管理はハボック少尉にきちんと任せたはずですが……」
 言外に仕事中だろうと指摘すれば、受話器の向こうで上官が苦笑する気配がする。
「……ああ、あの大佐の取扱説明書ってやつか。私を電化製品扱いするのはやめてくれたまえよ。あんなものなくても、ちゃんとやるから」
「いいえ、あれでは足りないくらいです」
 現に書類仕事に没頭していなければならない時間だと言うのに、こうやってリザに電話をかけているのだから。
 隙あらばサボろうとするロイに、リザはぴしゃりと言ってやる。すると分がないと悟ったのか、彼は早々に話題を変えるようだった。
「君は休みなのだから、軍部のことは気にかけなくていい。それよりも、家事だって? せっかくの休みだというのに、君は家事しかしていないのかね?」
「はい。休みの時にまとめて済ませておくのが効率的ですから。ですが家事だけでなく、ハヤテ号とも遊びましたよ」
「そうか。それは良かった……なら、その調子で残りの時間は君のしたいことをして過ごすこと。いいか、しなければならないことじゃない。したいこと、だ。いいね?」
「大佐……? あの、それはどういう…?」
「簡単なことだよ。君も休みの日くらい欲望に素直になって、自堕落になれと言っているのさ」
 自堕落、という言葉に戸惑いながらも、リザは反論する。
「……私は家事は嫌いではありませんよ。市場に買い物に行くのだって楽しみです」
「そうかね、では宿題だ。ちゃんとやりたいことをすること」
 しかし、ロイはリザの言葉など聞いてはいないようで。一方的に告げてくる。
「た、大佐……っ、ですから、それはどういう……」
「ああ、もう時間だ。では、な」
「あ、待ってくださ……」
 リザに皆まで言わせず、ロイは電話を切ってしまう。
「……んもう、結局何の用だったのかしら……」
 不可解な気分で受話器を見つめて、リザは小さくため息をついた。


 


 アパルトマンを一歩出ただけで照りつける太陽光の鋭さに、目を細める。朝晩はようやく涼しくなった晩夏。しかし、昼下がりの暑さは相変わらずだ。つばの広い帽子を被り、ノースリーブのワンピースにサンダルという軽やかな格好で、リザは市場へと向かった。
「ハヤテ号がお昼寝しているうちに出て来て良かったわ……」
 熱くなった石畳の上を子犬に歩かせる訳には行かない。しかし、起きていたのならばリザについて来たがっただろう。次の休みがいつとれるかも分からないため、生活必需品の買いだめは必須事項だ。故に、両手が塞がっては子犬を抱き上げてやることも出来ない。 
「夕方までには帰りたいわね」
(重いものは配達して貰うとして……出来るだけ持ち帰れるものは持ち帰ろう。野菜や果物お肉は後回しでよくて、最初は石鹸と…それから……)
 市場をどのように回れば一番効率的に買い物が出来るか、脳内でシュミレーションしながら急ぎ歩を進める。そうして市場に到着すると雑多な人混みを颯爽とかき分けて、手際よく店を回り、リザは必要なものを購入していった。
 そして、気がつけば夕刻が迫る時間。
 両手いっぱいに荷物をつり下げて、リザはある種の満足感に浸っていた。これでも女だから、買い物は嫌いではない。それなりに楽しい時間だ。しかし、これもこの先仕事に集中するためのルーティーンワークにすぎないのではないか? とそんな考えが脳裏をよぎる。 
 どうしても思い出されるのは、先ほどのロイの言葉だ。
 ――しなくてはならないことではなく、したいことをすること。
 改めてそんなことを言われても、困ってしまう。
 リザの一番は仕事だ。彼女が規則正しい生活を送ろうとするのも、仕事に支障をきたさないようにするため。では自分のやりたいこととはなんだろう? ロイは何を言いたかったのだろうか。
 そんな風に思いをはせていた時、背後からかかった声にリザは仰天した。
「お嬢さん、荷物持ちはいりませんか?」
 光の速度で振り返ると、思った通りの人物が立っていた。黒のスーツに黒頭の上司。
「た、大佐……!?」
「ほら、持とう」
 驚きに固まっているリザから、さっさと荷物を取り上げると彼はひょいと肩越しに担いでしまう。それからにっこりと笑った。
「美味いケーキ屋を知ってる。今の時期は白桃のタルトなんて、おすすめだぞ。少しお茶をしていかないかね?」
「な、な、な……貴方はこんな所で何をしているんですか!!」
 白昼の往来だということも忘れて思わず叫んでしまう。
「仕事はどうなさったんですか!? あああ、あれほど、ハボック少尉に脱走させないでって頼んでおいたのにっ! ちゃんと取り扱い説明書を渡して来たのに!」
「だから、人を家電扱いするのはやめたまえよ……」
 睨みつけるリザにロイは情けない顔をする。
「仕事はちゃんと終わらせて来た。君の指示通りのところまでね」
「本当ですか?」
「疑い深いな。君に嘘はつかん」
「では、一体こんな所で何をしているんです?」 
「君が市場に行くと行っていたから、会えるだろうかと思ってね。そうした、ビンゴだ。やれやれ、運命的だと思わないか?」
 もう一度同じ質問をすれば、頭が痛くなるような答えをくれて。リザは思いっきり男を睨みつけてやった。
 ――変な電話をよこしたと思ったら、今度は直接やってきた。一体何がしたいのだろう、この人は。
「で。白桃のタルト食べに行かないのか?」
「……ハヤテが家で待っていますから」
 正直心惹かれるものを感じてはいたが、可愛い家族を置いて自分だけ良い思いをすることは出来ないと断る。だがロイは引き下がらなかった。
「ではテイクアウトしよう。ここからすぐだ。時間はかからない。君の部屋で食べようじゃないか。……紅茶を淹れてくれ」
 テイクアウトに意義はない。持って帰れるというのなら、願ったり叶ったりだ。問題は。
「どうして貴方が私の部屋に来る前提で話が進んでいるのですか。お食べになりたいのなら、ご自宅で食べればいいでしょう」
「……何が悲しくて男一人でケーキをぱくつかねばならんのだ。それに」
「それに?」
「……君が食べてるの見るの好きなんだ」
 悪びれずさらりと恥ずかしいせりふを言ってのけると、唖然とするリザに、ロイは片目をつむってみせた。
 羞恥は後からゆるゆるとやってくる。頬が熱くなるのを感じ取りながら、精一杯呆れた調子で言ってやる。それがリザのせめてもの抵抗だった。――何しろ、リザはロイが部屋に来るのが嫌ではなく、むしろ嬉しかったので。
「……本当にもう。やりたい放題ですね、大佐」
 退屈だったぽっかり穴の空いた時間が、急速に埋まっていく感覚。足りないものが充足していく、満ち足りた気分。
 ……ああそうか。
 リザは気づいた。自分の一番は仕事ではなく――。
「何、君の真面目を崩してやろうと思って、お手本を見せに来たのさ。言ったろう? 休みの日くらいやりたいことをしろって」
 自分のしたいこと、それは。
「仕方ありませんね……ハヤテと遊んで下さるなら、ご夕食も一緒していいですよ」
「本当か!?」
「ええ」  
「よしっ、では早速行こうじゃないかっ! まずはタルトだな!」
 歓喜を爆発させるロイに頷いてやれば、彼は小躍りするかのように歩き出した。くすくす笑いながらリザはその後ろをついていく。すると、彼はぽつりと呟くように言った。 
「……結局、ウェルデンの花祭りには行かなかったんだな」
「……? ええ、一人で行くのははばかられたものですから。お祭りは今週いっぱいまでと聞いていますから、今日は今年最後のチャンスでしたね。残念ですが」
「一緒に行く相手はいなかった?」
「え?……ええ」
「本当に?」
 念押しするように言われて、もしかして、という予感がした。
 ……もしかして、彼はずっとそれを気にしていたのだろうか? 
 思い至ると無性におかしくなった。したいことをして休日を過ごせと物わかりの良い上司のふりをして命じておきながら、結局のところロイはリザの行動が気になって仕方がなかったのだろう。
 だから、リザは己の心に素直に。そしてロイが望んでいるであろう言葉を告げてやることにした。
「……貴方がお休みでないのに、私が行ける訳ないでしょう?」
「それは申し訳なかった。……なら、予約していいか? 来年は私と一緒に行ってくれ」
「……いいですよ」
 了承を告げると、ロイの手が伸びてきてリザの手をそっと握りしめる。暑いですよと苦言を呈しながらも、リザはそれをふりほどこうとはしなかった。
 それから脳内で忙しく考え始める。
 さて今夜の夕食は何にしようか。大きな黒犬の分も作らねばならないから大変だ。せっかくの休日だというのに、最後にこんな大仕事が待っていようとは。
 けれど。
 心はうきうきと躍り、自然とリザの足取りも弾んだ。
 だいぶ予定とは違ってしまったが、こんな休日も悪くない。
 暮れる前の夏の日はまだまだ鋭く照りつけ、繋がった手は軽く汗ばんでいる。しかしべたつくその感触が何故か嬉しく、リザは一緒にいる幸せをかみしめた。

 
 楽しい休日の過ごし方。好きな人と一緒に――結局それがリザの一番したいことだった。




END
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遅刻してしまいましたが…リザの日おめでとうございます(^^)
ひっそりこっそり参加させていただきます。
素敵な企画をありがとうございました!


 


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by netzeth | 2016-09-02 00:30 | Comments(0)