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うめ屋


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by netzeth
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ファンファーレ

 冬の終わりの空はどこまでも澄んだ青色をしていた。冷たい空気を暖めるように降り注ぐ日差しは、春を予感させる熱を帯びている。光に満ちあふれたこの日、アメストリス首都セントラルシティの中心、中央司令部内正面大通路には多くの人々が詰めかけていた。
 軍関係者はもちろんマスコミから一般市民まで。彼らは皆一様に、この式典の主役の登場をいまかいまかと待ち望んでいる。




「閣下、そろそろお時間ですが」
「うむ」
 正装を更に豪華にした軍服に身を包んだ男が、振り返りもせず答える。彼はこの日のために特別にあつらえたサーベルを両手で杖のように支え持ち、窓の外を眺めていた。
「……人が多いな」
「それはそうでしょう。セントラルシティのみならず全国から集まっているそうですよ」
「そんな物見遊山客までやって来るとは。……まるで見せ物だな」
「観光産業が潤うのは良いことです。せいぜい頑張って客寄せになって下さいね、閣下」
 ゆっくりと男――ロイに歩み寄りながら、リザは愚痴めいたぼやきをさらりとかわしてみせる。すると、彼は肩を揺すって笑うようだった。
「相変わらず君は、手厳しいな」
「それが私の役目と心得ておりますから」
 そうして、すぐ後ろにまで来ればようやく彼は振り返った。前髪を綺麗に後ろになでつけたヘアスタイルは、将軍職に就いてからというもの、童顔に見られたくないという理由から始めたもの。最初は男の色香を醸すそれに心揺さぶられたりもしたが、数年を経てすっかり馴染んだ。それと共に刻まれた目の下の小さな皺が、彼のこれまでの苦労を物語っていて、リザは思わずここまでの長い年月を思って感慨深くなる。 
「さ、いつまでも無駄話をしている場合ではございませんよ。早くお支度を」
 言いながらさっさと男の手元から儀仗を取り上げて、腰に吊り下げてやった。ついでに襟元と徽章を整える。斜めがけになった徽章の色は赤。慶事ならば普通白を身につけるが、今日だけは特別だ。
 ――赤は大総統就任の式典にその主役が身につける色である。 
「肝心の主役が初っぱなから遅刻では笑えない……か」
「ええ、本当に。せっかく素晴らしい好天に恵まれたのですから、しっかりなさって下さいね。……本当に晴れて良かった」
 窓から垣間見えた青空に思わず本音が漏れれば、男は途端に顔をしかめた。子供のようなむくれた表情をしては、せっかく身につけた威厳が台無しで。リザは吹き出しそうになるのを何とかこらえた。
「……雨の日は無能で悪かったな」
 将軍となり、そしてとうとう国軍の最高権力者の地位に登ろうと言うのに、相変わらずそのワードは彼のコンプレックスを刺激してしまうらしい。そんな子供じみた見栄を張るところは昔からちっとも変わらない。
「ええ、そうですね」
「そこは否定してくれたまえよ……」
 情けない顔をするロイに、リザはくすりと笑みを漏らす。
「いいえ、否定しません。だって、そんな時のために私が……私たちがいるんです」
 過去から今まで、そしてこれからの未来も。彼を支える部下として共に歩み続ける。彼の望みが叶ったこの日に、万感の気持ちを込めてリザは言った。とうとう大総統の地位を手に入れた彼への祝福の言葉として……これからも共にという、己の意志が伝わるようにと。
「……貴方のために引金を引く。…それが、私の仕事ですから」
「仕事……か」
 しかし、ロイの顔に微かに翳りがさして、リザは戸惑った。つい先ほどまで彼も自分も晴れがましい気分でいたというのに、これは一体どうしたことだろう。彼の感情の変化についていけず、なんと言葉を発しようか迷っていれば、ロイはおもむろに口を開く。低く穏やかなその声がリザの耳を打った。
「思えば仕事仕事に追われて、私も君もここまで来てしまったな」
「な…何を今更……」
 この道を歩いて来たのはロイとリザが望んだこと。誰に強制された訳でもなく、自分の意志で決めたこと。覚悟などとっくに完了しているはずだ。それなのによりによって今日、ロイの言葉は悔恨の響きを伴っていて。リザの困惑はますます深まる。
「うん。そうだ、今更だ……だが、今更だからこそはっきりさせておきたいと思うんだよ。……君は幸せかい? ホークアイ少佐」
   
 ――リザさんは幸せですか?


 不意につい先日話した年下の友人の声が心に反響し、リザは言葉を失くす。まさか、彼女と同じ問いを彼に投げかけられるとは思わなかった。……しかも、こんな重要な式典の直前に。
 甦ってくるごく新しい記憶は、一瞬にしてリザの脳裏を埋め尽くした。
 それはほんの三日前の、セントラルシティの自宅でのことだった。







「この度はおめでとうございます、リザさん。……あれ、リザさんにおめでとうって言うのは違うのかな?……えっとあの、マスタングさんにおめでとうって伝えて下さい」
「ふふふ、ありがとうウィンリィちゃん。こんなに可愛らしい女性から祝福されたと知ったら、あの人きっととても喜ぶわ」
 手土産と祝いの花を持って訪問して来たのは、ウィンリィ・ロックベルーーいや、今はウィンリィ・エルリックとなった女性だ。出会った頃は小さな女の子だった彼女も、美しい女性に成長し今や二児の母親となった。
「わざわざセントラルまで来て貰っちゃって……申し訳ないわ。小さなお子さんもいるのに……」
「あ、いいんですっいいんです! ちょうどエドとアルも帰って来てたし、式典のためにセントラルに行くって言うから、私もリザさんに会いたくて……子供たちはばっちゃんが見てくれてますから! たまには育児をお休みしてゆっくりして来いって」
 ぺろっと舌を出すチャーミングな仕草に自然と笑みを誘われ、リザはくすくす笑う。
「それなら良かったわ。ところで、エドワード君とアルフォンス君も来ているの?」
 姿が見えない彼女の夫と弟の所在が気になって言及すれば、ウィンリィはう~んと首を傾げている。
「なんか、エドはマスタングさんに借りっぱなしのものがあるから、早く返させろって発破かけてやるって言ってましたけど…なんのことかリザさん知ってます?」
「さあ……私も分からないわ」
 ならば今頃はあちらはあちらで男同士の交流をしているのかもしれない。大丈夫だろうかとリザは眉を寄せた。昔ほどではないが、今でも顔を合わせればロイとエドワードは憎まれ口を叩き合っている。式典を控えた時期だ、喧嘩しないで仲良くしてくれれば良いけれどと密かに心配していると。
「……そうですよね、ごめんなさい。私、マスタングさんのことならリザさんなんでも知ってるような気がして……」
 リザの表情を誤解したのか、ウィンリィがしゅんと下向いて恐縮したように言った。
「違うのよ、ウィンリィちゃん。そういう意味じゃ……」
 慌てて手を振って否定をするが、いいえ、と彼女は何故か首を振った。
「誤解じゃないです、きっと」
「え?」
 きょとんとした顔で聞き返してしまう。ウィンリィは確信を疑わない表情と口調で続けた。
「リザさんとマスタングさんは、私も含めてみ~んなが『お互い何でも知ってるって思う仲』に見えるんです」
「そ、そうなの?」
「そうです!……だから…すみません、生意気なことを言いますし、聞きます。……リザさんは今、幸せですか?」
「え……」
 思わぬ質問に虚をつかれた。空色の瞳はあくまでも真剣で、冗談の成分など微塵も含まれていない。そう、この少女はいつでも優しくて、真っ直で……リザにその心の内を素直にぶつけてくるのだ。
「幸せなんて、他人がはかれることじゃないの、分かってます。人の幸せは千差万別で、そんなこと本人にしか分からないって。……でも、私、エドに聞いたことがあるんです。次の世代には笑って幸せに生きて貰いたい……リザさんはそう言っていたって」
「そうね。その通りよ」
 ウィンリィが言うのは昔、エドワードにイシュヴァールのことを話した時の言葉だ。その時エドワードに語った話を、リザはよく覚えている。そして、リザの願いは叶いつつあるのだ。現にその例がこうして目の前にいる。辛い過去を乗り越えて愛する人と結ばれて家庭を持った――かつての少年少女だった者達が。
「私、そんなの無いって思って。だってそうしたらリザさんの幸せはどうなるんですか?」
「……エドワード君やアルフォンス君、そしてウィンリィちゃん……みんなが幸せに笑ってくれれば、私は十分よ」
「じゃあ! 私もリザさんやマスタングさん……この国に尽くして頑張ってくれる人たちの幸せが私の幸せだって言ったらどうします?」
 泣きそうな顔で睨んでくるウィンリィを見返して、リザは微笑む。これはもう、自分の中で答えが出ていることだったからだ。
「……心配しないで、ウィンリィちゃん。貴女の目からどう見えるかは分からないけれど……私は幸せよ」
 この友人に嘘はつかない。それは心からのリザの言葉だった。
 彼女の最初の問いに答えて、リザは静かに瞳を閉じた。
 彼に希望を託した。士官学校に入り、そして現実に打ちのめされた。誓いを胸に彼と共に歩んできた。その長い道程。時に落ち込んで失敗して。前進ばかりの日々ではなかった。一歩進んでは何歩も後退する毎日だった。それでも。いつだってリザは彼のそばにいた。世間一般の当たり前に手に入る女の幸せとは違う形かもしれないけれど。ただ彼がそばにいた――それをどうして幸福でなかったと言えようか。
「私は間違いなく、幸せよ。安心して、ウィンリィちゃん」
 一言一言力を込めて、リザは語る。その心からの言葉が届いたのだろう、ウィンリィはふっと表情を緩めた。
「そうですか。良かった……リザさんがそう言うなら。……ごめんなさい、ずいぶんと失礼なことを言いました」
 それから申し訳なさそうに頭を下げる。そんなことしないでとリザは慌てたがそれを口にする前に、でも、とウィンリィが言葉を継いだ。
「これだけは忘れないで下さい。……もしも…もしももっと欲しいと思った時、過去を理由に躊躇ったり諦めたり絶対にしないで下さい」
 絶対です、約束して下さい。
 この時のウィンリィが何を思っていたのか、その全てをリザには知りようもなかったが。友人のそのあまりの真摯な眼差しに、約束するわと頷いたのだった。






「幸せですよ、閣下。貴方と共に歩んでこられて、私は幸せです」
 だから。
 リザはロイの問いかけに即答出来た。迷いなく答えることが出来た。そんな自分が誇らしくもあった。
 しかし。
「……参ったな。そんな風に断言されたら言い出し難いじゃないか……」
 ロイはそんなリザを歓迎するでもなく視線を逸らし、どこか決まり悪げに頭をかこうと制帽を持ち上げようとする。
「閣下? あ、頭をかかないで下さいっ、御髪が乱れます」
 何のことだと不審に思うがそれよりも式典のことに頭が行って、咄嗟にロイの手を掴んで止めようとした。その時である。
「あ……っ」
 ロイの手が逆にリザの手を握りしめ、掴み取ってしまった。ぐいと引き寄せられて自然と二人の距離が縮まる。
「……こうなったら強硬手段だ。こっちも人生がかかってる。遠慮している場合ではないのでな」
「……? 閣下?」
 顔が近い。吐息がかかるほどに。そして黒い瞳が間近に見える。理想への情熱を燃やして時には復讐の凍てついた焔を宿し、いつだって輝きを湛えていたその瞳が、今は別の何かによって温度を高くしている。瞳の圧に思わずリザは気圧された。鼓動が早くなる。吐息が乱れて、しばし状況を忘れた。
「これから大総統の就任演説がある。……その席で私は言うつもりだ」
「何を……ですか」
 就任演説は既に草案が用意されリザも目を通してある。その自分にわざわざ宣言するのだから、ロイが話す内容というのはまったくのアドリブなのだろう。
「副官を――リザ・ホークアイ、君をファーストレディとして娶ると」
「……なっ」
 理解が追いつかず絶句する。一瞬にしてリザの精神は混乱の極みに陥った。が、次の瞬間冷静を取り戻しロイの言葉を精査する。
「やめて下さいっ! そ、そんなことをなさっては……!」
 式典には全国の報道機関が集まっている。セントラル市内ではラジオでの中継もあるとか。いや、それ以上に何千、いや何万にも及ぶ群衆が聞くことになるのだ。その公開プロポーズを!
「君は断れないだろうな。……こんなめでたい日に大総統をフッて顔に泥を塗る訳にもいくまい? 別に私は君が嫌なら断ってくれてかまわない。だがその場合、私は永遠にアメストリスの歴史に語り継がれるだろうね。失恋大総統……と」
 皮肉げに唇を歪ませるロイを、震えながら見つめる。
 一体これほど卑怯な脅迫はあるだろうか。……こんな甘い脅迫が。
「こんな……っ! だって……閣下! 卑怯です!!」
「言ったろう。手段は選んでられない、と。君、今まで何度私のプロポーズを袖にしてきたと思ってるんだ」
 目的を達成するまでは、とロイからのアプローチを全て一蹴してきたのは事実だ。理想の前には無駄なことだと、断ってきた。……それが、こんな形でツケを払わせられることになるとは!
「もう、ダメとは言わさん。私は大総統となる。邪魔なものは何もない。君が断る理由などない」
「ですがっ……大事な就任演説をそのようなことで私物化するなど、あってはならないことです!」
「公も私もあるものか。……愛する女性とケジメをつける、全て私一個人の意志だ」
「でも、閣下……っ」
 プロポーズが嬉しくない訳ではない。リザだってロイを愛している。誰よりも。だが、どうしても就任演説でプロポーズされることには抵抗があった。……何より恥ずかしくて顔から火が出そうだ。耐えられない。
「そんなに嫌か? では、妥協案と行こうじゃないか、リザ」
「妥協案?」
「そうだ」
 重々しく頷いたロイの顔に緊張が浮かぶ。何を言い出すのだとリザが身構えた時、彼のリザが大好きな声が己の名を紡いでいた。
「……リザ・ホークアイ」
「はい」
 それをどこか夢心地の気分で聞く。
「私と結婚してくれ」
 声をなくす。全身に驚きが波紋のように広がっていく。
「な、ぜ……」
 今ここで。演説中にするのではないのか。
「……さあ公衆の面前でプロポーズされるのが嫌なら今ここで、イエスと言いたまえ」
「だって、私は……」
 今までのプロポーズとは違う。これは断れない。
 それは喜びであるはずなのに、リザの脳裏には様々な光景が駆けめぐっていた。父と母、錬金術、軍、自分を取り巻く人々、そしてイシュヴァール。
 今のリザは幸せだ。だが、その先の幸せを求めていいのか。常に心に張り付いていた自戒。過去の罪が纏りついて、いつもリザを見ている。
 その時だった。
 
 ――躊躇ったり諦めたりしないで。絶対、約束です。

 
……ああ、ウィンリィちゃん。貴女が言いたかったのは、こういうことだったのね。
 もう一度耳に聞こえてきた声に、リザは納得した。
 彼女は、リザのために背中を押してくれようとしたのだ。リザが過去に捕らわれることなく前を向けるように……強くあれるように。
「リザ……式典が始まる」
 耳元で囁かれた。
 ロイの言葉と同時に遠くでファンファーレが鳴り響く。気の早い楽団が演奏を始めてしまったらしい。
 時間がない。
「否は言わせん、付いて来い!……と言いたいところだが、特別に今回は許可する」
「でも、そうしたら公開プロポーズで断れなくするのでしょう?……閣下、お年を召されてやり方が狡猾になりましたね」
「何を今更」
 片方の眉を上げて、飄々としたポーズを取る彼。だがロイがひどく緊張していることをリザは見抜いていた。何年の付き合いだと思っている。握られている彼の手が汗ばんでいる。額にも光るものを浮かべ、まるで思春期の少年に戻ったように、彼は好きな子の返答を待っているのだ。
 その瞬間、心を隙間無く埋め尽くした感情が全ての答えだった。

 そうね、ウィンリィちゃん。迷っても諦めてもいけないわ。

 この彼の手を取らずして、リザは未来には進めない。こんな感情を自分に抱かせるのは世界に彼一人なのだから。
 返答の代わりになるだろうかと、リザは一歩前に出た。そのまま少しだけ背伸びをして、ロイの唇の己のそれを軽く押しつけた。額が制帽のつばに当たって、それ以上深くは重ねられない。
「リ、ザ……?」
 惚けたように自分を見返す黒の瞳に、悪戯っぽく笑う。自分で断れないように仕掛けておいて、いざ受け入れられたのが信じられないらしい。
「これでは……返事になりませんか?」
「い、いいや、十分だ。だが、もう少し熱いのが欲しかったね」
 すぐに立ち直ったロイが、軽口を叩く。それに微笑んで応じた。
「申し訳ありません。制帽が邪魔で」
「では脱ごう」
「ダメ、です。式典が始まります」
「何、新米大総統なんだ。少々の遅刻くらい大目に見てくれるさ」
「絶対ダメ、です。……閣下、私を怒らせたいのですか?」
「……分かったよ」
 やれやれ、結婚後も君の尻に敷かれることになりそうだ。
 ぼやきながらようやくリザを離したロイが、控え室を出るために歩き始める。リザはその一歩後ろに続く。 
「この、君との一歩の距離が詰まるまで後少しだな」
 ファーストレディとなれば、隣に来る。それが楽しみだと笑うロイにリザは澄まし顔で答えてやった。
「では、それまで貴方の背中を堪能しておかないと。貴方の背中、広くて頼もしくてずっと好きだったんです」
「……バカもん。式典が終わるまで待てそうにないぞ」
「はいはい」
 


 鳴り響くファンファーレと歓声。風に翻る国軍旗。ロイが光の中へと歩みを進めていく。その背を見送りながらリザは思う。
 この光景を見るのもきっとこれが最後。それから先は、リザも未来へと進む。
「そうするわ、ウィンリィちゃん。……ありがとう」
 呟いた友人への感謝は、やがて大きくなる歓声の中に消えていった。




END
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プロポーズ話大好きです(^^)



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by netzeth | 2016-09-24 22:23 | Comments(0)