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ゆらり揺られて心と体

※フリーワンライ 参加作品です
お題 ゆらり揺られて心と体
 

硬い金属の感触を指でなぞり、リザはこくんと喉をならした。これから行うのは特になんということもない動作のはずなのに、ひどく緊張している。何度か訪れたことのあるフラットの部屋の前。鍵穴に銀色の鍵をさしこんだ。かちゃっと軽い音を立てて、緊張感とは裏腹に扉は簡単に開いた。
 ……せっかく渡したのに使わないのか。
 ムクレた男の顔が脳裏をよぎる。
 鍵を交換したのは、先に男――ロイに鍵を渡されたからだ。持っていろと半ば無理矢理投げてよこされたそれに対して、律儀なリザは自分のそれも渡さずにはいられなかった。
 誠実な想いには誠実さで返す――そう考えたのだが。   
 しかし、今まで鍵を使用しないリザに対し、彼は存分にリザの部屋の鍵を不埒に活用してくれた。それこそ何かと理由をつけては夜に部屋に入り込む。正直独身女性の部屋に同じく独身男性が入り浸るのはどうかと思ったが、彼は悪びれず訪れてはリザをぎゅっと抱きしめて寝た。
 だが、それだけだった。
 もうとっくにそうなっておかしくない関係であるのに、ロイがリザに手を出してきたことは一度もない。深夜の訪問も、ある程度覚悟して受け入れているのにもかかわらず、彼はその先には進まなかった。
 そんな曖昧な状態が続いていた矢先のことである。
「君はせっかく渡したのに鍵を使ってはくれないのか」
 ロイからそんな抗議めいたことを言われたのは。まさか、気にしていたとは思わずリザは驚いた。鍵を使わなかったことに特に意味はない。そもそも、主が留守の間に入り込むのはどうかと思っていたし、ロイが在宅の時はリザは仕事であることが多い。ましてロイのような夜の訪問は勇気が要った。
 ――ただ、タイミングを逃していただけのこと。
 あれだけリザの家に毎度やって来るのだから、何も自分から行かなくても。そんな風に思っていた部分もある。
「……使って欲しいのですか?」
 意外そうな顔で問えば、不満そうな顔で返される。
「使って欲しいとも」
 拗ねた二十代の男なんてちっともかわいくな……ちょっと可愛かった。
 ほだされたと言えば、そうなのかもしれない。自分に言い訳をして、なんやかんや理由をつけて使わないでいたのを反省した――というのも理由の一つだ。
 そう、ゆらりと心が揺れた。
 結局リザは、ロイが夜勤で帰宅し己が遅番で余裕がある朝方に彼の部屋に行くことに決めた。 




 ロイの部屋は思ったよりも、片づいていた。普段の整理整頓が苦手な彼から想像するに、もっとごちゃごちゃしているかと思っていた。
 家に帰るよりも司令部や外に居ることが多い彼ならばさもありなん、と納得しつつ、脱いだコートをリビングのソファーに置こうとして。
「大佐……」
 ソファーで寝転がっている部屋主を発見して、リザは頭が痛くなった。てっきり寝室で休んでいると思っていたのに、こんな場所で寝こけているなんて、まったく!
 手の甲で目を覆い大口を開けて眠る男を、ため息混じりに見下ろす。もしかしてこの男は、自宅ではいつもこんなにだらしない生活を送っているのだろうか。これならいっそ自分の部屋に来てベッドで眠ってもらった方が、まだマシだ。……多少暑苦しくとも。
「……どうしようかしら」
 今すぐちゃんとしたベッドで休んでもらいたいところだが、寝入っている男を起こすのも忍びない。
 かといって。
「私がお姫様だっこして運んだら怒りそうよね……」
 実際出来るかどうかは分からないが、腕力には普通の女性よりは自信がある。案外ほんの数メートルくらいは行けるかもしれない。だが、実行してもしもロイに気づかれたら、彼はまた男のプライドがうんぬんとつまらぬことでヘソを曲げそうだ。
 それをなだめるのも、また面倒である。仕方がない。
「大佐、大佐……っ」
 自発的に移動して貰おうと、ロイを起こすためにリザは身を屈めた。
 その時だった。
 ゆらりと体が揺れた。
 にゅっと伸びたロイの腕がリザを掴み、あっという間にソファーの上に身体が沈んでいた。見上げた天井との間に黒曜石が二対。すっと細めた両眼で、ロイはリザを見下ろしていた。
「やっと来てくれた」
「……狸寝入りですか、大佐。趣味が悪いですね」
「いや、ちゃんと寝ていたよ。君の気配と匂いで起きただけで」
 不利な体勢だ。と思った。
 ロイは今まで何度チャンスがあろうとも、何もして来なかった。ましてまだ明るい内に何もある訳ないと思いつつも、そう思わずにはいられなかった。寝起きとは思えぬロイの瞳に宿る、焔の色がリザを煽っていた。
「ではもう一度、今度はベッドでお休み下さい」
「……君と一緒に?」
「お一人でどうぞ」
 脈打つ鼓動に鎮まれと命じ、熱くなる頬の熱よ冷めろと願いながら、素っ気なく告げる。だが、ロイは引き下がらない。
「つれないな。せっかく君が来てくれたのに……ずっと…待っていた……」
 頬に風を感じた。とても暖かい風だ。ロイの手のひらがリザの頬を包み込む。そのまま金糸を一筋すくい取って、それに愛おしげに口づけと落とす彼の仕草に不覚にも一瞬見惚れ、ぞくりと肌が粟立つ。
 ロイは本気だ。ずっと手を伸ばさなかったくせに、今日は本気の男の顔をしている。
 ゆらりと揺れて、心と体。
 よろめく己をリザは必死につなぎ止め、流されまいと自戒する。
「……じゃがいもの……」
 かすれ声で訴えた。
「何?」
「じゃがいもの皮を……むく、気力もない、とおしゃっていたではないですか……仕事後は」
 生活のほとんどを外食で済ませる、不経済な生活を送るロイに言った小言を思い出す。それに対してロイはそう反論した。疲れ果てて、野菜の皮むきをする気も起きないと。それにはリザも共感したので、それ以上自炊を強要したりはしなかった。
「……お疲れなのでしょう。休んで下さい」
 別に嫌だという訳じゃない。ただ、ロイの体を案じているだけだ。だが、男はニヤリと口角つり上げた。
「中尉。別腹という言葉を知っているかね?」
「え?」
「君たち女性がよく使う言葉だろう?……お腹いっぱい食事をした後でも、デザートの甘いものは別物だと。そういうことだよ」
「どういうことですって?」
「つまり……こういう体力は別なんだ」
 いやらしく笑う男が憎らしくて、腹立たしくて。でも、そんな彼に揺らされる己の心と体が一番悔しくて。リザはロイを甘く睨みつけた。
「……だったら、なおさら…です。別腹なんて…や、です」
 はっとロイが目を見開く。
「そんなついでで……」
 初めてなのに。
 やっと手を出す気になったくせに、それをこんな風にされるのなんて。
「参ったな……」
 本当に困り果てた様子で、ロイが頭をかく。
「……君が、自分から来てくれたら……その時はと決めていた」
「だから、私の部屋では何もしなかったんですか?」
「したかったさ、もちろん。でも、こちらから押し掛けた挙げ句になだれ込むのも、何か違うと思ってね」
 でも確かに、とロイは身体を起こした。ようやくリザは緊張感から解放される。
「……君を抱くのに、別腹は失礼だったな」
「お分かりいただけて良かったです」
 リザも身を起こしながら、乱れたブラウスの胸元やスカートの裾をさりげなく整える。最後に髪を手櫛で落ち着かせてロイに視線を向ければ、熱い眼差しに貫かれた。
「何か?」
「……そういう仕草を無防備にするもんじゃない。理性が謀反を起こすだろうが」
「はい?」
 意味が分からないと首を傾げても、ロイは不機嫌そうに口を曲げているだけ。察しろと言わんばかりだが、いくらリザでも読心術が使える訳でもない。
「何が言いたいんです? はっきりおしゃって下さい」
 重ねて問えば、ため息を一つ吐いてからロイが教えてくれた。
 それはな。と潜められた声を耳元に流し込まれる。
「君を抱くなら、体力が万全の時、全力でということさ。それなら嫌とは言わせん」
 その日までは我慢するよ。
 つまりは二人の非番が重なる日。その時こそは……。
「だから、またその鍵を使ってくれたまえ?」
 匂わせられた甘い未来の約束に――またリザの心と体はゆらりと揺れて、頬が熱くなるのを止められなかった。



END
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by netzeth | 2016-10-08 23:45 | Comments(0)