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by netzeth
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ハロウィンのワンコ

 東方司令部の中庭、その奥まった所にある木陰はロイの昼寝スポットだ。秋が深まる時期とはいえ、まだまだ穏やかな気候の10月末。本来ならば気持ちよく夢の世界に旅立てたはずであるのに。だが、こんな喧噪の中ではおちおち寝てもいられない。
「まったく……」 
 不機嫌丸出しで座っていた彼の隣に、よっこいせと座った者がいる。手にした煙草を見て、ロイはそれが誰かすぐに分かった。
「おいハボック。吸うなよ」
「分かってますよ」
「ならその手のものはなんだ」
「気分ッスよ、気分。それにこれじゃあ吸うに吸えないでしょう」
「……まあな」
 両手を広げ己の姿を指し示して見せた、男――ハボックにロイは同意して頷いた。
 それは灰色をしたモフモフの毛皮……の犬の着ぐるみだった。ポテンとした愛くるしい手には肉球。ちょこんと摘むように持つ煙草が何とも不似合いだ。
「ところでどうして俺だって分かったんスか?」
「そんななりをしてまで煙草を吸いたいヘビースモーカーは、お前くらいしかおらんだろう」
 すっぽりと犬の頭をかぶっているため、顔は見えない。そして、この仮装はハボックに限った訳ではないのだ。
 ロイは人で賑わう中庭中央付近に視線を投げた。そこには至るところに犬の着ぐるみがいる。彼らは皆一様に山盛りのお菓子が入ったかごを持ち、行き交う子供たちに配っていた。
「あ、そっか。でも俺はともかく、これじゃあ不審者が入り込んでも分からないから、警備上危険ッスね」
「お前……将軍からの通達を読んでないのか? そのために軍人共通の合い言葉を設定してあるんだ。これがふり付きで言えなければ即逮捕というデッドワードをな」
「し、死の言葉!? なんか、恐ろしいッスね。覚えとかないとヤバいな…教えて下さいよ」
「いいか、いくぞ? 東方良いとこ一度はおいで~ピチピチギャルにドキがムネムネ~」
 腕を広げてから胸の前でハートマークを作る仕草に、ハボックは手にした煙草をぽろりと取り落とした。ぼそっと突っ込む。
「……………死の言葉ていうか、死語ッスね」
「言うな。将軍が考えられたのだ」
 渋い顔のロイに、中間管理職は大変ッスねと他人事のように笑って、ハボックはところで、と煙草を拾いつつ話題を変えるように言った。
「やー盛況ッスね。東方司令部主催の大ハロウィン仮装パーティー。これで市民の皆さんの心象もぐっとよくなるんじゃないッスか? 最近何かと事件続きで物騒だったし」
「……それも計算してのこのバカ騒ぎだろうな。流石はグラマン閣下…食えないお人だ」
 東方司令部最高司令官グラマン中将の「ハロウィンパーティーやるよ!」の一言で、開催されたこの度の祭りは、軍部の予想以上に市民に好評のようで。司令部内のパーティー会場は賑わいを見せている。おかげでロイ達仕切る側の人間は、朝から……いや、パーティー準備の段階からてんてこ舞いだった。
「でも結局しょーぐん、口は出すけど手は出さないの典型でしたけどねー」
 正にハボックの言う通りで、ロイは思わずうんうんと深く頷いてしまう。グラマンは「じゃーマスタングくんあとお願いね!」と早々に全ての責任をロイに押しつけたのだから。結局会場設営の手配、飲食物の手配、人員配置に広報に警備にその他諸々のめんどくさい問題を丸投げされて、通常業務をこなしながら準備を進めたロイの睡眠時間は著しく激減した。
「結局、しょーぐんがしたのって、軍部の衣装デザインだけでしたねー」
 そう、グラマンがしたことと言えば、軍人たちの仮装のデザインをし、それを着ることを義務づけたことくらいだ。
「……それについては、将軍は素晴らしい仕事をなさったと思うぞ」
「そうッスかあ?」
「そうだ!」
 己の犬着ぐるみを見下ろして、ハボックが疑わしそうな声を上げるのに対し、ロイはぐっと拳を握る。
「見ろ! 女性軍人たちのあの衣装を!」
 強面で屈強な男性軍人の怖さ緩和のために全員に犬の着ぐるみ着用を義務づけたグラマンは、対して、女性軍人には華やかな衣装を宛がった。
「ミニスカ魔女、ミニスカ小悪魔、ミニスカお化け……ミニスカミニスカミニスカ!! ミニスカの何たるかを熟知したミニスカ好きによるミニスカ好きのためのミニスカ衣装だ!!」
「ミニスカがゲスタンス崩壊しそうッスね」
「それを言うならゲシュタルト崩壊だ。無理に難しい言葉を使うな」
「それにあれ、別にミニスカ好きのために仮装してる訳じゃないでしょ……」
「何より見事なのはその丈だ」
「パンツ見えないッスね」
「そう! 下着が見えるなどミニスカとは言えぬ! 邪道だ!! その点で将軍の衣装は見えそうで見えない、男心を擽るギリギリを攻めている! 神デザイン!」
「俺はどっちかと言うとボインを強調した衣装の方が……」
「流石は将軍、解ってらっしゃる。東方にその人ありと呼ばれたお方だ……」
「司令部のトップとナンバー2がこれって知ったら、市民の皆さんがっかりするだろうなー」
 他人事のように言う犬の着ぐるみを着た男は、で、と言葉を継ぐ。
「じゃーなんで大佐、さっきからそんなにつまらなそう…つか、不機嫌なんスか?」
 大佐だけそんなナリして。指さされ己の姿を改めて確認して。ロイは渋面を浮かべた。
「……別に好きでこれな訳ではない」
 男性軍人が全員犬の着ぐるみ指定なのに対して、何故かロイだけは吸血鬼。フォーマルな衣装で決めている。当然、シティの女性たちに囲まれてしまいロイは朝からずっと愛想を振りまいていた。
「グラマン将軍から私は客寄せを仰せつかったという訳だ。女性担当のね」
 吸血鬼の犬歯が覗く口元を歪めて見せれば、ハボックは気色ばむ。
「なんスかそれ! 楽しいじゃないッスか!」
「うるさい、楽しいものか。疲れるだけだ」
「どうしてです? シティの女性達にモテモテ、軍の子たちのミニスカも見放題。天国じゃないッスか」
「それは……」
 答えようとした時、何人かの女性たちがロイの方へと近寄ってくるのが見えた。面倒そうな顔を一瞬で笑顔の仮面で隠して、彼は立ち上がり、接客へと向かう。
「俺、もう少しここで休憩してるんでー!」
 ハボックの声が背中にかかり、休憩でなくてサボりだろうと呆れながらもロイは片手を上げてその場を後にした。




     *****



「あー疲れた疲れた……ご婦人たちに愛想笑いをするのも楽じゃないな。一体何枚写真を撮るんだ? 彼女らは……」
 一仕事終えて再びお気に入りのスポットへと戻ったロイは、犬の着ぐるみの隣に腰を下ろした。ロイが労働している間、どうやらハボックはずっとここでサボり続けていたらしい。不真面目なのもここまでくればいっそ清々しい。
「おい、こら。お前もう少し働け」
 苦笑しながら犬の頭を小突くが返答はない。もしや寝ているんじゃあるまいな……と疑いながらも、ロイは彼に言っておかねばならないことを思い出していた。
「……おい、さっきの続きだがな」
「………」
 するとようやくハボックは反応を見せ、ロイを見て首を傾げるようにする。
「私は、別に誰のミニスカ姿を見ても誰にモテても嬉しい訳じゃないぞ。中尉だ。中尉のミニスカしか興味はないし、中尉以外にモテてもな。……なのに、中尉の姿が朝から見えん。彼女のミニスカ姿が私以外の男に見られているかと思うと、居てもたってもいられんのだ」
 興奮に任せてあれは私のものだ、とロイは鼻息荒く語る。
「今すぐにでも私は、中尉にトリックオアトリックと言いたいところだ。分かるか? 悪戯するぞ、嫌でも悪戯するぞ! という意味だ」
 実際、ロイはリザに対してそんなあからさまなアプローチなどしたことはない。女の前でよく回るこの口は彼女を前にすると、ポンコツになる。
「……ハロウィンパーティーなどと言っても、好きな女と一緒に過ごせないならば楽しくも何ともない」
 だが、気を許している部下となると話は別だ。ハボックはロイの意中の女を知っているし、ロイも彼に対しては隠していない。彼にならば男同士の本音を気安く語れるのだ。しかし、肝心のハボックはうんともすんとも言わない。いい加減じれてきて、ロイはもう一度頭を小突く。
「おい? ハボック……? 返事くらいしたらどうなんだ?」
「…………」
 沈黙を続ける男に不審が募る。まさかと嫌な予感がして、ロイは鋭く命じた。
「合い言葉よーい!!」
「東方良いとこ一度はおいで~ピチピチギャルにドキがムネムネ~」  
 腕を広げてから両手で胸にハート、というフリを淡々とこなし、デッドワードを口にする犬の着ぐるみ。
 ……よーく知っている声がした。もちろん煙草臭い男の声ではない。生真面目ででも可愛らしい女性の声。
 ロイは青ざめながらも何とか声を絞って尋ねる。
「…………何をやっているのかね、中尉?」
「休憩ですが」
「……何でミニスカじゃないんだ?」
「女性に対しては強制ではありませんよ、セクハラになりますから。皆、可愛いと身につけているだけです」
「でも、だからって、犬の着ぐるみって……」
「男性用のが余っていたので、私はこれで良いかと」
 どうりで朝から姿が見えないはずだとロイは納得した。同時に、己の言葉を反芻してどうしようもない衝動に駆られる。
 私は何を言った? 彼女に!!
「……ミニスカ、履いた方が良かったですか?」
 自分の発言に悶えていた所に、リザに止めを刺されて。一気に羞恥がこみ上げる。
「あ、あれは……そのっ、いやらしい意味じゃあなく……ただ君の綺麗な脚が見たかっただけで…」
 誤魔化そうにも何一つ誤魔化しようもなく、どんどん墓穴を掘ってロイは頭を抱えた。
「ハボックは……?」
「あちらにボインの黒猫レオタードがいると言ったら、私と入れ替わりで走って行きましたけど」
 ……ハボック!! まさか、確信犯じゃなかろうな。
 部下を口汚く心中で罵る。しかし状況は好転する訳でもなく。
「言わないんですか?」
「な、何をだ?」
「トリックオアトリック」
 ロイは更に追いつめられていく。犬の着ぐるみのせいでリザの表情は見えない。どんな顔でその言葉を言っているのか。
「わ、忘れてくれ……」
 片手で顔を覆って、赤くなる顔を必死に隠す。欲望丸出しの言葉を彼女に全部聞かれていたとか、どんな罰ゲームだ。
「では私から言いますね。トリックオアトリート?」
「え…」
 不意打ちに息を飲む。
 慌ててズボンとジャケットのポケットを探るが、生憎品切れだった。調子に乗って手持ちの菓子はお嬢さん方に全部配ってしまった。
「……お菓子はない」
「ではトリックですね」
「受け入れよう。どんな悪戯を?」
「大佐は吸血鬼なので私の召使いとして私の言うことを聞いて下さい。主従逆転の悪戯です」
 意図はよく分からないが、今のリザに対してロイは強く出られない。……いつも強くは出られないが。
「分かった。何をすればいい?」
「……モフモフして下さい」
「何?」
「犬ですから、モフモフです」
 一瞬何を言われているのか、理解出来ず目が点になる。悪戯なのだからからかわれているのかとも思ったが、彼女の声は真剣そのものだった。
「モフモフ?」
「モフモフ」
 こくんと犬の着ぐるみは頷いて、まるで早く撫でろと言わんばかりに頭を下げてきた。言われるままに手を伸ばして、いいこいいこする。頭をなで顎を撫で、それから背中を撫でて。
「まだ必要か?」
「まだです」
 よく分からないなりに彼女を撫でる。ふわふわした毛並みを撫でているとほんわかした気持ちになる。手に気持ちが伝わり、優しい手つきで撫で続ける。穏やかな時間に和むが、中身がリザだと思い出せば途端に落ち着かない気分になった。
「まだ?」
「まだです」
 もしかしてこれは…と、予感がした。これは……彼女なりの返答なのだろうか。不快には思っていないと。
 ……複雑な彼女の感情は読み解けない。
 答えを知りたいが、彼女は相変わらず犬の着ぐるみ。だからせめて、とロイは願った。
「なあ、中尉。いい加減顔を見せてくれないか?」
「承服できません」
「どうして」
「さっきから、私、大佐にお見せ出来ない顔をしておりますから」
 言いながらドキがムネムネポーズ。胸元にハートを作る彼女。
 ……なんだそれは!
 声に動揺が現れぬ女はあっさりとそう言ってみせ、ロイは更なる苦悶に落とされたのだった。



END
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by netzeth | 2016-10-30 16:37 | Comments(0)