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by netzeth
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真冬の通り雨

 乾いた路面が雨粒によってまだら模様になっていく。それは道路を黒く染め終えると、今度はあっという間に水たまりを作り宙に向かって跳ね上がる。
 慌てて通り沿いの店先に駆け込んだが、全身既にずぶ濡れ。特に足下がひどくお気に入りのパンプスは中まで水が染みてしまった。こんなことならばブーツを履いて来るんだったと、リザは詮無いことを後悔する。
 真冬にしては珍しい通り雨。雪にならないのが奇跡なほど寒いくせに、雨足はまるで真夏のそれのように強い。
 不意打ち。思ってもみなかった方向からの手痛い攻撃。予定不調和。いろんな言葉が思い浮かんで、最後に、まるでこの人みたい。と結論付ける。濡れた黒髪から水を滴らせ、隣で空を見上げている男。
「ひどいな……」
「ラジオの予報では雨だとは言っていなかったのですが」
「ふむ。自然の気まぐれなど所詮、人間の及ぶところではないんだろう」
 ――自然どころか、分からないのはこの人だ。
 なんの違和も感じていないかのように当然の顔でこうして隣に並んでいる。その横顔を見上げていると、リザの胸に棚上げされ続けている疑問が落ちてきた。
 仕事終わりに一緒に帰ろうと誘われるようになったのは、ごくごく最近のことだったろうか。……いや、もう数ヶ月は経っているかもしれない。感覚が麻痺してくるほどには、何度も帰路を共にしている。
 時には夕食の誘いを受け、そのまま仕事の愚痴を聞いてくれと酒の席まで。特に予定がなければ応じてきたが、時を重ねるほどに不可解さは満ちていく。
 だがリザは「どういうつもり?」の一言がずっと言えずにいる。答えなど決まっている。「特に意味はない――上司と部下の何の変哲もないコミュニケーションだ」そんな簡単なやりとりで終わるはずの会話を。分かっているはずなのに、言葉は喉に引っかかりいざとなると出てこない。こうして曖昧なまま持て余し続けている。
 だからといって。 
「寒いな……」
「この気温でびしょ濡れですから」
「そういう君は平然としてるな?」
「寒さには強い性分なので」
「羨ましいよ。……私は冬は苦手だな」
 この時間が不快かと問われればそうではなく。むしろ他愛ない会話を楽しんでいる自分がいた。
 通り雨に降られて雨宿りをして寒くて。人通りの無いストリートを二人で眺めている。震えながら白い息を吐き出して手を擦り合わせている彼――ロイは、とても東方を統括する軍司令部の司令官とは思えない情けない姿だ。副官として彼の体調を気遣うべきなのに、笑いの成分が勝ってしまってリザはくすりと口元をほころばせた。
「寒いようでしたら私のコートを着ますか?」
「馬鹿を言うな。それを言うなら私が君にコートをかけてやる状況だろうがっ」
 ロイは途端に鼻息荒く気色ばむ。憤慨する男の反応は予測済みだったので、はいはいそうですかとリザは受け流した。彼のことだから男の矜持が、とかまたつまらないことを考えているのだろう。
「ったく、だから冬は嫌なんだ……」
 格好がつかん、とロイがぶつぶつぼやく。無能に加えて憂鬱になられても困るので、ちらりと後ろに視線を走らせながらリザは話題を変えるように言った。
「冬は冬で良いことがありますよ。ほら、お店のショーウィンドウも冬の方が綺麗ですし……」
 雨宿りに借りている店は衣料品店らしく、暖かそうなファーをあしらったコートやウールのニットがトルソーに着せられている。マフラーや手袋には幾重にもリボンが巻かれて。きらびやかな電飾と雪の結晶を象ったディスプレイは心を躍らせるものがあった。
「私は好きですよ、冬も冬の服も」
「そうか?」
「基本厚着のファッションですから。好きな服を着られますし」
 はっとした顔をロイは見せ、その表情がわずかにかげる。だがリザは気づかなかった。
 リザにとってこれは特に意識した発言ではなかった。本当に何気ない、彼女にとっては足のサイズが規格外で欲しいデザインの靴のサイズがなかなか無い…その程度の軽い愚痴のようなものだった。どうしても薄着になる夏服では着られるデザインが限られてしまう。その背にあるもののために。だから、自由にデザインを選べる冬服が嬉しい……その程度の認識だ。
 しかし。
「……大佐!?」
 突然背後からぎゅっと抱きしめられて、リザは大きく動揺した。
 お互いにぶ厚いコート越しでびしょ濡れで冷たいはずなのに、背中がかっと熱かった。彼の黒髪が頬に触れて湿ったそれがくすぐったい。前に回され組み合わされた大きな手に視線が釘付けになって、ふりほどけない。
 何を。どういうつもりで。
 今こそその疑問をぶつける時なのに、やはり言葉は形にならなかった。ただ脈打つ心臓の音をひたすら聞く。送り出された血流が上半身に集まって、やがて頬を赤く染めていった。
「……私は今、決めた。誓った」
 声は耳元のごく近くで聞こえた。何を、と返したかったか喉に何かが詰まって出てこない。代わりにぱくぱくと口を動かす。
「……君にシティ中の冬服をプレゼントする。たまりにためた貯金が火を吹くぞ」
 ロイの決意とやらを聞き、ようやく身体が弛緩した。そこで初めてリザは自分がひどく緊張していたことに気づく。 
「何を馬鹿なことを。それは老後のためにとっておいて下さい」 
 ちゃんと呆れた声を出せたことに安心しながらようやく自分のペースを取り戻し、リザは彼の手の甲をつねった。
「あと、いい加減離れて下さいませんか」
「やだ」
「……貴方は子供ですか」
「君が私からのプレゼントを受け取ってくれなければ、嫌だ。手始めにこの店の服だ」
「ですから、確かに露出がない冬服は好きですが、別にそんなにたくさん欲しいなんて一言も……」
 その瞬間己を抱きしめる手に力がこもる。ぎゅっと苦しいくらいにリザをその腕の中に閉じこめた男の表情は見えない。だが、どんな顔をしているかようやくリザは見えた気がした。
「……本当に何もいりませんよ」
「だが、寒いだろう?」
「……こうして、私を気遣って背中を暖めて下さる優しい方がいますから」
 そっと手をロイのそれに触れさせた。ひんやりと冷たいそれはきっとその心に反比例しているのだろう。その気持ちだけでリザは十分だった。
「だがね、君がお洒落を楽しめるというのなら私も嬉しい。遠慮するな」
 しかし、ロイは食い下がる。……根深い思いはそう簡単には消せないらしい。無理もないが、彼にそんな思いを持たせるのはリザの本意ではなかったので。少しでも軽くその一助になるのならと提案してみる。
「……では、甘えてよいとおっしゃるならば、僭越ながら毛糸を」
「毛糸?」 
「ええ、久しぶりに編みたいと」
 毛糸ならばそれほど高価でもなく、更に自分の物以外も作ることが可能だ。リザもロイに対して変に申し訳なく思わなくて済む。
「服を普通に買うよりも、そちらの方が楽しみです」
「君らしいな」
 少し呆れながらけれど口調はとても暖かく、ロイが笑うのを感じ取ってリザもほっとする。それから思い出したようにもう一度彼の手をつねってやった。
「それよりも。いい加減離して下さいませんか」
 今度は慌てたようにして、ロイは離れてくれる。そして再びリザの隣に並んだ。
「ああっ、すまん」 
 いくら背中のことがあるからと言って、いきなり抱きつくのは少々やり過ぎではないだろうか。幸い大雨で人目が無かったが、誰かに見られたらあらぬ誤解をされるかもしれない。ロイ・マスタング大佐ともあろう者が迂闊に過ぎる。
 ……そういうことはデート相手の女性にすればいい。
 デートに赴く時の鼻の下の伸びたニヤケ顔を思い出せば、ふつふつと胸の奥に沸き出すものがあった。それは勢いに任せてずっと胸の中でわだかまり続けていた疑問をついに押し出す。
「まったく。大佐はいつもいつもどういうつもりなんですか。部下と一緒に帰ったり、食事したり、こんな風に抱きついたりして」
 どういうつもり。ついにぶつけた疑問は、予測通りあっさり返答されるとばかり思っていたのに。
「……大佐!?」 
 その瞬間、ロイはその場にへたりこんでしまった。文字通りへなへなと。予想外の展開にリザは驚き、もしや寒さで体調が悪くなったのかと急ぎしゃがみ込んで、彼の様子を伺う。
「大丈夫ですか!? ご気分が悪いなら、早く……!」
「……違う」
「え?」
「そうではなくてだな……」
「なんですか?」
「自己反省だ」
「え……」
「……まだ私の真意が伝わってないとしたら、それは私の不徳の致すところだとな」
「どういうい、み……あっ」
 言葉は最後まで紡げなかった。ひょいと手首を捕まれて引き寄せられたからだ。不安定な体勢では踏ん張ることも出来ず、身体はロイの方へと倒れ込む。リザを受け止めたのは、手とは裏腹に熱い彼の唇だった。
 混乱が脳裏に渦巻いて、けれどどこか冷静な部分がキスされていると状況分析をする。初めて触れる他人の唇は思ったよりも柔らかく、不思議な感触をしていた。自分で自分のそれに触れるのとは明らかに違う。
「……!」
 離れなければ反射的に後ろに首を反らそうとして、ぐいっと頭の後ろを押さえ込まれる。口づけは唇を押しつけ合うものから、より深いものへと変わっていく。奪われ続けている呼吸が、苦しい。酸素が欠乏し出して意識がぼんやりとしてくる。
 もっとこのまま……。
 そんな風に思考が傾き始めた頃合いで、ようやく解放された。
「あ……」
「……そんな顔をするのは止めたまえ」
「……ど、どんな顔をしているって言うんですか」
 乱れた髪を手櫛で整えながら、強い口調で反論する。だが、効果的とは思えない。おそらく顔中を朱に染めている自分では。
「そういう物欲しそうな顔だよ」
 くくくっと笑いながら、立ち上がった男がリザに手を差し出す。その手を取って立ち上がれば、がくんっと膝が折れた。
「おっと。……キスだけで?」
「知りません!!」
 腰を支えられてもたれ掛かっていては迫力不足で。どんな言葉も涼しい顔で受け止められる。まさかこれがどういうつもり。の答えだとしたら。滑稽なのは、自分の方ではないか。
 リザは唇を噛んだ。
 答えを知りたかったのに、知りたくないような気がしたのは無意識にこの可能性を想定していたからかもしれない。
 まったくとんだ真冬の通り雨だ。リザは心中で毒づいた。
 そのせいで、先延ばしにしていた答えを突きつけられてしまった。……知ってしまったからには、もう、誤魔化せない。
「どうしたね? 中尉」
 見上げれば一人満足げな顔をした男。 
 ペースを乱されるのは悔しく、イニシアチブを握られるのも面白くない。仕事ならばいくらでも譲るが、プライベートまでそうである必要もない。
 だから。
「……セーター」
「ん?」
「大佐にも編もうと思ってたんですけど、他の男にします」
「何だと? そこは改めて私になところじゃないのか!? この状況で一体誰に編むつもりかね!?」
「もう決めました」
「なんでそうなる!?」
「約束ですから、ちゃんと毛糸買って下さいね」
「おいっ! 中尉!……もしかして、キスよくなかったとか?」
「知りません!!」
「中尉、……中尉!!」
「聞こえません」
 慌てふためくロイの胸に顔を埋め、笑ってしまっている口元を必死に隠しながら、リザはさて愛犬に似合う色は何色だろうかと思案するのだった。



END
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by netzeth | 2016-12-18 18:51 | Comments(0)