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うめ屋


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by netzeth
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ボトルキープ

 飲みに行こう。
 シンプルな誘い文句に虚を突かれ、断る理由を考える暇もなく頷いていた。仕方なくスケジュールの調整をし、仕事を早めに切り上げて二人で夜のイーストシティへと出る。誘うくらいなのだから当然店はロイのお任せだ。さてどんな店に連れていかれるのやらと考えていた矢先、到着したそのバーにリザは驚かされた。
「どうした?」
「い、いえ……何でもありません」
「……そうか。では入ろうか」
 促されるまま扉をくぐれば、軽妙なジャズに迎えられる。落ち着いた雰囲気でありながら、どこか愉快な気分にさせる店だ。カウンターに座れば年輩のマスターがいらっしゃいと穏やかに声をかけてきた。
「お久しぶりです」
「ああ、ずいぶんとご無沙汰をした」
「いえ、ご活躍は耳にしておりますので。お忙しかったのでしょう」
「そうだな。だが、優秀な部下たちのおかげで私は楽をさせてもらっているよ」 
「ほう、それはそれは……それでは労ってさしあげねばなりませんね」
「ああ。もちろん、そのつもりだよ」
 マスターとロイ、二人からちらりと視線を投げかけられて居心地の悪い思いがした。彼はリザの顔を見知っているしその役割も心得ている。見透かされている気分なのだ。更に、リザの座っている席が本来自分のものでないことが、気分に拍車をかける。
「あの…閣下……」
「マスター。あれを出してくれるかい?」
「あれ…でございますか?」
 やはり自分は遠慮する。そう申し出ようとしたのに、ロイはリザの言葉を聞き流してマスターと話し始めてしまう。
「よろしいので?」
「ああ。扱いについては私に任せると言われていてね……ずいぶんと長らく預からせてしまってすまなかった」
「……いいえ。あれが私の店にあることは、私にとってはなんら負担ではなく誇らしいことでしたよ」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
 置いてけぼりを食った気分で、男たちの会話を聞く。それは何となく、リザに昔の記憶を思い出させた。
 あの頃も、リザは決して彼ら――親友同士の間には入り込めなかった。それを不満に思ったことはないが、どこか寂しいと感じていたのは事実。何故今、唐突にロイはこの店にリザを連れて来たのだろうか。彼――マース・ヒューズがイーストシティにやって来る度に必ず訪れていたこのバーに。彼が亡くなって以来、ロイは一度もここに(少なくともリザの記憶では)足を向けなかったのに。
「では、どうぞ」
 背後の棚から一本のウィスキーボトルを手に取ると、マスターはそれをグラスと共にテーブルに置いた。ボトルキープを示す木製のタグには、マース・ヒューズという名が刻まれている。
「閣下、このお酒は……」
「ああ。ヒューズがキープしていた酒だよ」
 あっさりと重大な事実を告げると、ロイはボトルを手に取った。
「さ、飲みたまえよ」
「ま、待って下さい……!」
 そんな大事な物を、いわばかの人の遺品とも言うべきものを、リザが貰って良いわけがない。しかし、そんな彼女の戸惑いをロイは笑って打ち消す。
「良いんだ。さっきも言った通り、これの扱いについてはグレイシアから任せられていてね。……むしろ、私と君とで飲んでやるのが正解だと思う」
 口元には柔らかな笑みさえ浮かんでいた。
「開栓してからずいぶんと時が経ってしまったから、多少風味は落ちるかもしれんが……飲んでくれ」
 言いながらグラスに注がれれば、最早断ることも出来ず。そのとろりとした飴色の液体を見つめてリザは小さくため息を吐く。それから観念したように微笑んだ。
「……分かりました。私は生憎酒の味には疎いもので、高級だろうとそうでなかろうと何でも美味しくいただけますので」
「そうか、良かった」
 味など気にしない。リザの言いたいことを察したのだろう、嬉しそうな笑みを見せ、ロイも自らのグラスに酒を注ぎ、チンとリザのグラスに当ててる。
「乾杯」
「乾杯」
 舌がちりちりとする強い酒だった。しかし、自らがよく口にするものにはない深みがある。銘柄を見ても分からないが、これはずいぶんと値が張るのだろうとリザはボトルに視線をやった。
「どうだ?」
「美味しいです。ずいぶんと高いお酒なんでしょうね」
「だよ。当時の私の一ヶ月分の給料くらいしたかな」
「閣下の……? それはまさか…」
 ウィスキーのとんでもない金額に驚きながらも、ある可能性に思い当たり尋ねれば、ロイは肯定する。
「そのまさか。このボトルの料金を払ったのは私だ」
「それは……どうしてそんなことに?」
 ロイはケチではなく、それなりに気前の良い男だ。部下達と飲み会をすれば必ず代金を持つし、普段から何かと気を使っている。だが、ヒューズとロイは理由もなくおごり合う関係ではなかった。もちろんヒューズとの仲が悪い訳でなく、彼らは上司部下ではなく親友という対等の関係だったからだ。
 何より、ロイが払おうとしても当のヒューズが拒否した。二人が飲む度にロイを迎えにいくはめになっていたリザはその辺りの支払いのあれこれをよーく知っている。
「……実は当時とある賭に負けてね、それでボトルを入れさせられた」
「なるほど」
 賭の報酬と聞き、リザは納得する。かの人の人柄ならば、それならば喜々として遠慮なく高い酒を所望しただろう。ロイをからかうことにかけて彼は一流の手腕を持っていた。高い酒であればあるほど、ロイは悔しがったに違いない。
「バーに来る度にな、これみよがしにこのボトルを飲まれてな……当時は屈辱だったよ」
 今となっては笑い話だが。
 懐かしげに目を細めグラスを傾けるロイの横顔を見つめながら、リザはようやく彼の心情を理解したような気がした。
 ヒューズの死は長らくロイの心に刺さった硬く冷たい棘だった。あの約束の日の戦いを経ても、おそらく親友を亡くした傷は完全には癒えてはいないのだろう。だが、友と志した道を進んでいくうちに、彼に何らかの心境の変化があったのは確かだ。
 だからリザを伴って、親友との思い出の場所にやってきた。そしてこうやって笑って酒を飲んでいる。
 それはリザにとっても、嬉しいことだった。
「それは……ヒューズ准将らしいですね。一体どんな賭をなさったのです?」
 ならば、自分のすべきことはこうやって故人の思い出話に付き合ってやることだろう。そう心に決めて話題をふったはいいが、
「う、うん?……いや、まあ、それは…うん」
 肝心のロイは歯切れが悪い。まるで触れて欲しくないとでも言うように。そんな反応されては俄然気になってしまうではないか。……いつものリザだったら控えめに引き下がっただろう。しかし、今は少々酒が入っている。酔った勢いで追求してみる。
「何ですか? はっきりしませんね、言えないようなことなのですか?」
「……そんなことは、ない」
 耳と顔が赤いロイが気になって仕方がない。これは何か、後ろ暗いことを隠しているに違いない。
「では、何です?」
「……君に」
「私に?」
「あああっ、その、なんだ……っ」
「はっきりおっしゃい!!」
 どんとグラスをテーブルに置いて睨みつければ、ロイは降参と手を挙げて白状する。
「君に……告白出来るか、どうか、だ」
「な……っ」
 あんまりにもあんまりな賭の内容に、リザは絶句する。言い訳するようにロイが口早に補足した。
「も、もちろんっ、酒の席での話だ。酔った勢いで賭をしてしまって……」
「それで、負けたと?」
「うん。……君が一番よく知っているだろう」
 それはそうだ。
「それから意気地なしとさんざんあいつにからかわれたよ……これを飲む度に」
 手の中でグラスを弄びながら、ロイが苦笑する。
「それから、もう一つ賭をした」
「もう一つ……?」
「ああ。今度はこのボトルが空になる前に、君に……告げられるかどうか」
 リザは息を呑む。結局その賭の勝敗は決する前に彼はこの世を去ってしまった。宙ぶらりんになった賭を一体ロイはどう思っているのだろうか。しかしもやもやと心を覆った疑問は、次のロイの言葉で氷解する。
「あいつがいってしまったから……結局、その賭も無効になってしまったがね」
 賭自体ロイの中で無かったことになっているらしい。
 なんだ、それは。と思った。勝手に人を賭に巻き込んで置いて、それを告げておいて、そんな無責任なことなどあるだろうか。
 大体、こんな大切な思い出の場所に自分を連れ込んでおいて、よくそんな曖昧な口がきけたものだ。
 弾かれたように、リザはボトルを鷲掴む。そして、グラスいっぱいにウィスキーを注ぐと、一気に飲み干した。矢継ぎ早にウィスキーをグラスに注ぎ、何度も何度も呷る。
「お、おい!?」
「何をやっているんですか、閣下」
 自分でも驚くほどに、苛立った声が出た。……大概自分も酔いが回っている。
「また賭に負けたいのですか?」
「君、何を言って……」
「早くしないと、ボトルが空になってしまいますよ」
 言いながらぐいっと一杯。強い酒が喉奥に落ちて、かっと胃が熱くなる。ついでに顔も身体も心も熱かった。
「私に何か言うことはありませんか?」
 そのためにここに連れて来たのではないのか?
 イシュヴァール政策に従事して、早数年、完遂間近なこの時期に決まったセントラルへの異動。来るべき時がきている。その節目に、リザをここに連れて来たのはそういう意図があったのではないのか。 
 思い出話で誤魔化そうとしても、そうはいかない。
「はっきりしない殿方は嫌いです」
「……君、酔ってるだろう。あああ…やっぱり飲み慣れないものを飲ませるんじゃなかった……」
「酔ってません!」
 強い視線を男に当てれば、逃げ腰だった彼は観念したようにため息をはいて、「まさかヒューズが乗り移ってるんじゃなかろうな?」とぶつぶつと呟く。
「はい?」
「分かったよ。……ヒューズ、二度もお前に負ける訳にはいかないからな」 
 そうして、精一杯真剣な表情を作ってロイは言った。
「セントラルに異動した暁には、副官の他に……妻という役割も担ってくれないか」
「え……っ」
 唐突な求婚とも取れるロイの告白に、リザは一気に酔いが覚めた気分だった。狼狽えるように視線を逸らせば、むくれたように男が口を曲げている。
「なんだ? 君が言えって言ったんだろう?」
「……まさか、いきなりそこまでおっしゃるとは……思っていませんでした」
 先ずはお付き合いからではないのか。もっと軽い所を想像していた自分の浅はかさを呪う。
「言うさ。我々はもうそんな可愛い年でもないしな。……いい加減、私も限界だ。段階を踏んでなんていられるか」
 待ちきれないんだ。
 言うなり、腕を掴まれてロイに引き寄せられた。肩に手を回され、こめかみにキスされる。  
「……今日の所はヒューズとの思い出話で終わろうと思ったのに、君が火をつけたんだからな……君が悪い」
 耳元で囁かれて、ますます酔いが覚めて来る。代わりに尋常でない羞恥に襲われて、もぞもぞと身体を動かした。どうにかロイから離れたかったのだが、がっしりと捕まえられていて叶わない。 
「賭は私の勝ちだ。ヒューズに支払わせることはもはや出来んがね」
「賭の報酬は?」
「私が負けたら、エリシアの誕生日に隠し芸を披露する約束だった」
「貴方が勝ったら?」
「……私の結婚式で余興を披露する……だとさ」
「それは…ヒューズ准将にとってはむしろ望むところだったのでは?」
「だな。勝っても負けても、損しない。あいつはそういうちゃっかりした奴だったよ」
 ……もしも。もしも今夜の全てかの人の導きだったとしたら、彼も大概人が悪い。
「さ、おしゃべりは終わりだ。今夜は覚悟したまえ?」
「……閣下、いきなり過ぎます」
「嫌なのか?」
 そんなことあるはずがない。
 けれど、正直にそれを吐露するには、恥ずかしさと面はゆさに揺れる心は定まっていなくて。
「このボトルが空になるまで……待って下さい」
 せめて心が準備出来るまで待って欲しかったが、けれど、それは時間稼ぎにもならなかった。何故なら先ほどリザがほとんど口にしてしまったからだ。ロイが口角をつり上げる。
「そうか、ではやはり、今夜だな」
 言うなり、唇を奪われる。 
 熱く、激しい、酒と同じ強い酩酊感。
 瓶底に残り少なくなった液体を視線の端で確かめながら、リザは勢いに任せて飲み過ぎた己を恨めしく思った。


END
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by netzeth | 2017-01-22 16:03 | Comments(0)