うめ屋


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我儘

「今日は我儘デーだ。何でも我儘を言っていい日だ」

「なんですか、それは? 聞いたことありませんけど」

「それはそうだろう。今、私が制定したから」

「はあ……で? どんな我儘を聞いて欲しいんです? シンのドレスを着て膝枕ですか? それともセクシーな下着を付けることですか? あ、両方ですか?」

「いやいやいやいやいや待て待て待て待て。なんで私が我儘言う前提になってるんだ?」

「え?」 

 愛しい恋人はそこで心底怪訝な顔をした。流石にそんな顔をされると傷つくんだが。

「き・み・が、我儘を言うんだ。で、私が聞いてあげるんだ」

「……………大佐、熱でもあるんですか?」

「その反応は無いだろう……」

 淡泊な反応に私はがっくりと肩を落とした。せっかく恋人の我儘に応えようとはりきっているのに! 水をさされた気分だったが気を取り直して続けた。

「君はな、昔から我慢ばかりする。少しくらい我儘を言ってもいいんだぞ?」

 貧乏暮らしで育ったので、彼女には物欲というものが希薄だ。女の子らしい洋服もアクセサリーも全てショーウィンドウ越しに眺めているだけ。かつて買ってあげると言っても見ているだけで満足ですから、と断られた。もちろん物だけじゃない、父親に遠慮してろくに友達と遊びにさえ行かなかった。たまには家事をお休みして羽を伸ばして来なさいと言っても、落ち着かないから嫌ですとこれまた断られた。

 そんな少女時代から、彼女はちっとも変わっていない。

 仕事仕事に邁進して、自分のことは後回し。たまに欲しい物を口にしたかと思えばそれは仕事に関係あるものか、愛犬のもの。おそらくやりたいことやしたいことも、無意識下で我慢している。

 そんな現状を変えたくて申し出て見たものの、肝心の彼女の反応は鈍かった。

「私は別に我慢しているつもりはありませんが。全部自分の意志で決めたことですし……」

「それだ!!!!!」

 びしっと指さした私の勢いに押されて、珍しく彼女は半歩下がって驚いた顔をする。

「自覚がないのが一番の問題なんだ! いいか? 客観的に見て君はストイックでぜ~んぜん、我儘を言わないいい子ちゃんだ。そんなのは私は許せん!! さあさあさあ、何でも言ってみたまえ!」

「いえ……ですから、私は本当に……」

「さあさあさあ!」

「じゃ、じゃあ……ジャガイモの皮むきを……」

 そう言って彼女はキッチンに小山を築いている芋に視線をやった。

「今夜の夕食に使うので……」

「中尉! 私をみくびるな? 皮むきだけとは言わず、料理全部もしよう! 君はソファーでくつろいでいたまえ!」

「はあ……」

「後片付けも引き受けよう! 今夜の君は上げ膳据え膳だ!」

「い、いえ……それは…」

「いいから!」

 気乗りしない様子の彼女の背をリビングへと押し出して、そのままソファーへと座らせた。うろうろしていた黒犬をその膝にぽんっと乗せる。

「ほら、君はハヤテ号と遊んでいたまえ」

 有無を言わせず言いつけると、私は回れ右をしてキッチンへと意気揚々と勇ましく進んでいった。

 で。

 結果は惨憺たるありさまだった。割った皿6、壊したフライパン1、焦がした鍋2、炭になった食材……測定不能。

 おかしい。それなりに身の回りのことは出来るように士官学校で叩き込まれた私だが……いつもより手の込んだことをしようとしたのが悪かったのだろうか。たぶん、焔の錬金術を使ったのが敗因かもしれん。

「すまん……」

 結局食卓に並んだのは、近所のデリで買ってきたもの。唯一茶だけは私が淹れた。 

「このポテトサラダ、美味しいですね。このミートローフも」

「うん……ご近所でも評判の店だからね……」

 私のしでかしたことも、想定済みだったのだろうか。彼女は顔色一つ変えず並べられた料理に舌鼓を打ってくれ、あまつさえ。

「でも、このお茶が一番美味しいですよ」

 とまで言ってくれた。

 ……これじゃあ私が、料理させてくれと彼女に我儘を言って彼女が聞いてくれたみたいじゃないか。

 意気消沈して、再び私は謝った。

「すまん……」

「いえ、お皿も鍋も錬金術で直して下さいましたし。お気になさらず」

「いや、そうじゃない。私は君の我儘を聞く、と言ったんだ……なのにこの体たらくで……私は君の我儘一つ叶えてやれない……」

「ああ、そんなことですか」

 特に気にした風でもなく言われて、ますます情けない気分になる。元々私には期待してなかったのだろうな。だが、彼女は何でもないことのようにこう言った。

「私の我儘は、もう、貴方に叶えて貰っていますし、それ以外は

特には……」 

「何だって?」

「私の最大の我儘はですね、貴方のそばにいることなんですよ」

 ぱくんっとミートローフを口に入れ、もぐもぐとウサギのように租借しながら彼女は言ってくれた。

 私は唖然として彼女を見つめた。無欲なヒトだと思っていたが……

「欲の無い女だと思っていました? そんなことはありません、私はとても強欲なんです」

 私の思考を読んだかのように、彼女は笑った。

「……そん、なのは…我儘じゃない」

 そうだ。元々私と彼女は共通の目的のために共にあろうと決めた仲だ。その仮定でこういう関係になったが、一緒にいるという意志は彼女だけの片道ではない。私だって望んでいる。それを……我儘と言えるだろうか?

「そうですか? 私は貴方の意志を忖度するつもりはないんですよ? 例え、目的を達成し終えて、貴方が心変わりしても」

「そんなことはありえない!」

 思わず叫べば、彼女は少しだけ切なげな顔をした。

 無色透明な、無私無欲な……微笑み。

「本当は……一番そばでなくても良いと思っていたんです。最後…老衰した貴方を看取れれば、途中経過は問わないと思っていたのですが……」

「問うてくれ!」

 それは私が他の女のものになってもいいと言うことか? 悲鳴のように訴えれば、はいと頷いて、彼女は精一杯の欲望を私に言ってくれた。

「我儘を言っていいと貴方がおっしゃって下さったから、貴方にだけは我儘を言いますね。……出来ればこれからもずっと最後の時……貴方が老衰で亡くなるまで、一番おそばにいさせて下さいね」

 

 ……彼女最大の我儘を、私は今度こそちゃんと叶えてやろうと心に誓った。



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by netzeth | 2017-08-25 23:23 | Comments(0)