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妥協

お題「妥協」



「で、妥協なんですか?」
「何だって?」
 場所は中庭の木陰の私の昼寝スポット。部下の一人が現れての第一声は非常に面食らうものだった。
「答えて貰いますからね、マスタング大佐?」
「お、落ち着きたまえ……カタリナ少尉」
 中々の美人である彼女からずいと詰め寄られ、気圧された私は半歩下がった。何よりその眼力が怖い。答えによってはただじゃ置かないという目だ。ここで答えを間違えれば男として社会的に抹殺される……そんな予感がひしひしとした。彼女は敵に回すのはまずい。おそらく司令部中の女性に……いや、イーストシティ中女性に嫌われるような噂をばらまかれるだろう。
「まずは主語をきちんと添えたまえ、藪から棒にそんなこと言われても意味分からんぞ?」
「あら、妥協、で心当たりがございません? 大佐」
 目をスッと細めて、声のトーンが一段下がる。だから怖いって。
「………ないな」
 下手に取り繕っても仕方がないので私は正直に答えた。だが、ある程度は予想出来ている。彼女がこんな剣幕でやって来るなど心当たりは一つしかない。
「でも、何のことかは分かるぞ。中尉関連のことだろう?」
「お分かりになっているのでしたら、話は早いです」
 そこでようやく表情をゆるめたカタリナ少尉は、ごほんっと一つ咳払いした。
「ではもう一度改めまして。……リザで手を打って妥協で仕方なく付き合ってるんですか?」
「……な! そんな訳ないだろう!!」
 思わぬことを言われて目をむいた。強い否定の言葉が、そんなことはあり得ないという思いで叫びとなる。そもそも、だ! 彼女と恋人関係にこぎ着けるのにどれだけの紆余曲折があったと思ってるんだ。それこそ筆舌につくしがたいいろんな葛藤を乗り越えてようやく腕に抱いた女を……妥協だと?
「それは私に対する侮辱かね? カタリナ少尉。君は中尉の友人だし、優秀な部下だ。私も君には好感を持っているよ。しかし、そこまで言われては腹に据えかねるぞ」
 本気の怒気を吐き出せばカタリナ少尉は嬉しげに顔をほころばせた。唇をつり上げてそれはもう得意満面な笑み。一瞬で私は毒気を抜かれた。
「やー! 流石です、大佐。よっ憎いね、このこの」
「な、なんだね……」
 急に友好的に肩を両手でバンバンと叩かれた。痛いし、上司に対する態度としてどうなんだ。
「やっぱりリザとのことは妥協して仕方なくとかじゃないんですよね、ね、ね?」
「だから、そう言ってるだろう! 私は中尉を愛しているし、本気の本気だ! そもそも妥協ってなんだ、妥協って! 心底惚れてる女とのお付き合いをなんで妥協とか言われにゃならんのだ。私はそれほど器用じゃないぞ!」
「だってさー! リザー!!」
「へ?」
 くるっと振り向いた彼女が声をかければ、背後の草むらがかさこそ動いた。信じられない思いで見守っていると、やがて見慣れた金色の頭がひょっこり現れた。
「ちゅ……中尉…」  
 頭に葉っぱをくっつけたホークアイ中尉が、ばつの悪そうな顔で立っていた。言葉が続かず口をぱくぱくと開け閉めしている間に、カタリナ少尉がホークアイ中尉に近づいて、私にしたのと同じように肩をバンバンっと叩いていた。
「ほらね! あたしの言ったとおりじゃない!」
「そ、それは、そうだけど。ちょっと、レベッカ……っ」
 私の顔を伺いつつ、ほんのり頬を染めている中尉。とてもかわいい、が……一体どういうことなんだ? ぽかんとしていると、カタリナ少尉はまた無駄に機敏にくるっと振り返って私を見た。
「あ! すみません、大佐。説明しますね! やーリザがね「大佐は私と妥協で仕方なく付き合っている。一番近い場所にいる手の出しやすい女だから」とか言い出したもんで、それはないんじゃないの? と思いましてですね。ほら、だって大佐、リザのこと大好きじゃないですか。そんなの司令部中の人間が知ってますし、なんならブラックハヤテ号だって分かってますよ。それを本人だけが知らないなんて不幸だと思いません?」
 ……待て、今聞き逃せ無いこと言ったな。司令部中が知ってるだと?
「あ、その顔、うまく隠せてると思ってたでしょう? ざーんねん、みんな知ってますよーバレバレですよー。まあ、それは置いといて。とにかくリザに「妥協で仕方なく付き合って貰っている」なんて思われて、大佐可哀想だなと思いましてですね。リザだって誤解したままじゃ不幸でしょ? だからその思い違いを正そうと大佐に直接聞いてみた訳ですよ。でもリザが直接尋ねて、大佐が否定してもどうせこの子「私に気を遣って下さってるのよ」とか言いだしかねないし。だから私が「何にも知らない大佐」に聞きに来た訳です」
 なるほど。理解したが……理解したくないぞ。今まであれほど沢山の愛を囁いたと言うのに、全部本気だと思われてなかったのか!? 私の! 渾身の口説き文句が!! めちゃめちゃくさいこといっぱい言ってきたのに! 中尉のハートには全然届いて無かったのか……。
「中尉……私たちはもう少しよーく話し合う必要があるな……」
「あ、あの……大佐、でも……」
 もう我々は過去に捕らわれてなどいないはずだ。忘れはしないが……それを乗り越えて新しい関係を築こうと踏み出したんじゃないか。咎めるようにその手を握り、引き寄せようとして。はたと我に返った。そうだ、二人きりではなかった。気づいた瞬間視線が合う。カタリナ少尉はニッと心得たように笑った。
「あ、じゃあ後は二人でよろしくやって下さいねー! なんでリザがそんな頑なに思い悩んで自己評価低いのか不思議なんですけど、きっと過去にいろいろあったんでしょう? ちゃんと大佐の甲斐性で解決すること! なんなら早退してもいいですからね、根回ししときますから!」
 ばちんっと頼もしいウィンクを決めて、ひらひらと手を振りながら彼女は退散していく。なんで私より階級下なのに私の仕事を根回し出来るのか謎だが……そこは深くツッコんではいけない気がした。きっと大きな力が働いているに違いない。
「あ! リザ!」
 そして去り際に再び軽やかに振り返る。 
「「大佐はあんたと妥協で付き合ってない」んだから、賭けは私の勝ちだからね! 約束通り高級ワインを頼むわよ! グランノール産の80…ううん60年代物!……私も妥協しないわ!」
「レベッカ!」
 あはははははと高らかに笑う少尉ともう顔中真っ赤にしている中尉。いい友達を持ったなと思いながら、私は気を引き締めた。
 ……さて、話し合いと行こうか。じっくりちゃんと分かりあえるまで。明日の朝まででも。妥協しないからな。
 中尉の頭にひっついた葉っぱを取ってやりながら、私はそのまま彼女の金色の髪を優しく撫でたのだった。


END
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by netzeth | 2017-09-22 23:23 | Comments(0)