うめ屋


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by netzeth
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あいに埋もれる サンプル

「あいに埋もれる」より



「恋人にするなら軍人はパスだな」
「同感だぜ。女のくせにごっついのばっかりだよな」
「あっちの時も強そうだしな」
「うへ、萎える……」
 リザは昼食を食べ損ねたことを後悔していた。おかげでこういう面倒な案件に遭遇する。
 二十四時間フル稼働の軍において、軍人たちの腹を満たす食堂も基本的に二十四時間営業だ。だから昼どころか夕刻にさしかかろうという時刻でも、人はそれなりにいる。
「やっぱ女は守ってあげたいタイプだろ」 
「同感だな」
 新兵とおぼしき男らはちょうどリザの後ろの席に陣取ると、先ほどから下品な話題に花を咲かせていた。食事中に何を話そうと自由だし個々人の思想に干渉しようとも思わないけれど、軍部の食堂で大声で話すのにはアウトな内容だ。何を言われようとリザは何とも思わないが、場合によってはセクハラで訴えられてもおかしくない。そういうのは仲間内で酒の席ででもすればいいのだ。
 かといって。
 女性であり、司令官付き副官というリザの立場で彼らを叱責するのは、少々問題があった。新兵の反発を招くのは本意ではないし、逆に萎縮されても困る。出来れば彼らより階級が上の男性が軽くたしなめてくれればいいのだが。幸い周囲にリザの他に女性の姿は見えないので、不快な思いをする被害者もいない。もう少し様子を見て改めないようならば動こうとリザが心を決めた時だった。
「抱き心地も最悪そうだよな」
「筋肉ゴツゴツ~ってな!」
「違う!!」
 がこんっとけたたましく椅子を蹴倒すように立ち上がった男が絶叫した。それはちょうどリザとは逆側の背後の席だ。その声を聞いた瞬間、リザの思考は停止した。
「中尉は、中尉はな……ふわふわのむちむちのほわんほわんのぷにぷにだ!! ごりごりだなんてしてないぞ!?」
「な……っ!」
 騒いでいた一団が一瞬で静まりかえる。彼らは絶句しそれから絞り出すような声で男を呼んだ。
「マ、マスタング…准将……」
「ど、どうしてこんな場所に……!」
「そんなことはどうでもいい! それよりもさっきの発言を取り消して貰おうか」
「え……!? さ、さっきの…って……」
「軍人女性はゴリゴリとか抱き心地が最悪とかだ!! 中尉の抱き心地は最高だぞ!? この世のものと思えぬいい香りと卵たっぷりシフォンケーキよりもふわふわで……」
 ダメだ。これ以上言わせておけない。
 無言で席を立ち素早く移動したリザは上司の傍らに立つ。そして腕を振り上げた。
 ばっちーんっと、派手な音が食堂に響きわたる。
 いかに「中尉」の抱き心地が素晴らしいかを熱く語る男――ロイの頭がぐりんっと勢いよく半回転した。
 何が起こったのかおそらく理解していないのだろう。ロイはぼんやりとした様子で顔に手を当てた。やがてその黒目が焦点を結びリザを見上げる。それを冷たい視線で串刺した。
「へ…き、君……いたの?」
「失礼いたしました、閣下。こめかみの辺りに致死性の毒を持つ毒虫がいたものですから。緊急事態ですのでご無礼お許し下さい」
 にっこり微笑んでロイを黙らせたリザは、そのままの表情を凍り付いて固まっている男たちに向けた。
 その、目が笑っていない恐ろしい笑みを。
「貴方たちも無駄なお話は控えた方がいいわよ? ここは公共の場だから、背後に上司が座っていないとも限らないでしょう?」





 

「あーっははははは! ひー! 笑い死ぬー!!」
「……笑い事じゃないわ、レベッカ」
「いーや、十分笑い事ですよリザ・ホークアイ大尉?」
 笑い過ぎて涙が滲んだ目元を指で拭った親友はあっけらかんと笑う。
「あー見たかったわー軍食毒虫事件!」
 結局あの時のロイの問題発言はことなきを得た。現東方司令部に女性の中尉官が在籍していなかったこと、そして該当するであろう体型の男性中尉官がハイマンス・ブレダ中尉だけだったため些細な(当人達にとっては重大な)誤解が生じたのみだ。
 その時の顛末を思い出してリザは苦い表情になる。
「もうっ、話すんじゃなかったわ……」
「まあまあいいじゃないのー中央に移ってから東方の話全然耳に入って来ないからつまんなくて。やー久々に愉快だったわ」
 グラマン大総統の補佐官としてリザと入れ替わるように中央司令部へ異動になったレベッカは、こうして休日の度にイーストシティを訪ねてくる。そんな彼女と会うためカフェで待ち合わせをしたはいいが、会うなり何か変わった話はないかとせがまれてついこの話をしてしまった。
「大総統補佐官なんてエリートコースに乗ったんだもの、毎日充実しているんじゃないの?」
「そうよぅ……せっかく中央のエリートイケメンを捕まえようと思ったのに! 蓋を開けてみればずっとおじいちゃんのお守りなんだもの…うう」
「おじいちゃん?……グラマン閣下のこと?」
「そ、おまけに軍の高官なんてだいたいお年を召した既婚者ばっかりよ……グラマン閣下は相変わらず仕事しないしさあ? どうせ仕事しないならいい男の方がいいわよね…ねえリザ?」
 言外に誰のことを言っているのか分からないリザではない。含みのあるレベッカの視線を受け止めて、一つため息をついた。
「……それがね、最近はちゃんと仕事しているのよ」
「へ?」
 リザの物言いに一瞬きょとんとした彼女は、すぐに飲み込めたのか言葉を続けた。
「じゃあなんであんたそんな浮かない顔してるわけ?」
 もちろ仕事をしているいい男――というのはリザの上司であるロイ・マスタング准将のことだ。現場に出るのは大好きだがデスクワークが好きでない彼は、以前から仕事のサボり癖がある。そんな男の尻を叩くのがリザの仕事だった。
 しかし、東方司令部へと戻った彼は人が変わったように真面目に仕事に取り組むようになった。イシュヴァール政策が開始されようとしている今、それは当然のことであり喜ばしいことに思われたのだが。
「……おかげでね、誘いを断れなくって困ってるの」
 リザにとっては意外な落とし穴だった。
「何の?」
「食事のよ。仕事が早く終わると決まって誘って来るの。以前はね、仕事がまだ残っているのにとんでもないって簡単にはねつけられたんだけど……こうきちんと仕事をされると断る口実がなくって」
「なによなによなんでそれで困るのよ! あたしがセントラルでじーさま連中の相手してる間、あんたは優雅にいい男とお食事ぃ?」
 レベッカ・カタリナの眉毛が危険な角度に跳ね上がる。本気で憤慨している親友に慌ててリザは言い添えた。
「そんないいもんじゃないわ。外で食事なんて護衛の心配もあるから気が気じゃないし、ましてあの人はもう最高司令官で政策の責任者なんですもの今までよりも身辺に気を配らなければならないし……それに毎回毎回ごちそうになるのも心苦しいのよ」
 本当に困ってるのと切実に訴えれば、レベッカは心底呆れたように肩を竦めた。
「いーじゃないご飯くらい、おごって貰いなさいよ。仮にも将軍様なんだし、あたしたちの何倍給料貰ってんのよ」
「でも気を遣うわ。何度言っても割り勘には応じてくれないし」
「ったりまえでしょ。男で上司で女に財布出させるのは野暮ってもんよ、それは御仁が正しいわ。だいたいね、男っていうのは気に入ってる女に飯食わせるのが嬉しい生き物なんだから」
「そうなの?……まあ確かに私もハヤテにご飯をあげるのは嬉しいけど。そう考えれば少し納得したわ」
「それと一緒にすんの?」
 ティーカップに角砂糖を二つ放り込み乱暴にスプーンでぐるぐるかき回してから、レベッカはそれを優雅に口元に運ぶ。リザもそれに倣って茶を飲めば少し気持ちが落ち着いた。改めて上司に対する懸念を表明する。
「でも毎回外食だと心配になってしまうの。あの人老後の貯蓄は大丈夫なのかしら? そういうとこすごく大ざっぱなのよ」
「……ああそれは困ったわねー一大事ねーじゃーあんたが作ってやったら?」
「そうね、それがいいわ。自炊の方が節約になるわね」
「はいはい、御仁泣いて喜ぶと思うわよー」
「そんなに? そうよね、やっぱり毎回はお財布がきついものね」
 途中からレベッカの口調が投げやりなのが気になったが、彼女に愚痴って少しだけ気が楽になった。そんなリザにレベッカは興味深げな視線を投げてくる。
「何?」
「……ううん。なんでもないわよ」
「そう? ところでレベッカ、時間はいいの? こっちに用事があるようなこと言ってなかった?」
「あー実家にちょっとね。もう済んだから別にいいわ」
 話題を変えれば途端にレベッカは嫌そうに眉をしかめた。心の底から本気で嫌そうなその顔を珍しく思い尋ねてみる。
「何か難しい問題でも?」
「まー問題っちゃ問題かもね、これよ」
 足下に置いてあった大きめの紙袋から取り出したものをレベッカはどんっとテーブルに乗せた。それは厚めの冊子に見えた。表紙はどれも煌びやかな意匠が凝らされている。
「これは何?」
「写真よ、写真。見合い写真」
「あらまあ……」
 苦虫を潰したような顔をする彼女を、リザは思わずまじまじと見つめてしまった。 
「あなたには望むところなんじゃないの?」 
「……リザ、あんたあたしを誤解してる。あたしは別に金持っててイケメンならりゃなんでもいいわけじゃないのよ」
「そうなの?」
「そうなの! 金持ちのイケメンと情熱的な運命の恋をして結ばれたいんであって見合いとかしたい訳じゃないの! それを分かってないのよ、うちの連中は……」
「何でもいいから寿退役したいって言ってなかった?」
「考え直したの!」
 ばんっと冊子の表紙を威勢良く叩いて。しかし次の瞬間レベッカは萎れたようにテーブルに突っ伏した。
「……でもさぁ…この歳になると親も親戚もうるさいのよね……とにかく会ってみろってうるさくてさぁ……あーめんどくさい!」
「それでとりあえず写真だけでも受け取って来たのね。いいじゃない、お見合いからでももしかしたら運命の恋が始まるかもしれないわよ?」
 言いながらリザは冊子を手に取り開いてみた。中の写真にはレベッカと同じ、もしくは少し年上らしき男性がきりっとした表情とぱりっとした格好で写っている。添えられた略歴を流し見る。流石カタリナ家が厳選した男性だけあって申し分ない。
「ほらみんな良い人そうよ? あなた好みの金持ってる立派なお・と・こ、じゃない?」 
「ふん、騙されないんだから。あんたからしたらハヤテ号だって立派な男になるんでしょ」
 過去のちょっとした冗談をまだ根に持ってるらしい彼女はそういえば、ときょろきょろとリザの周囲を見渡した。
「そのワンちゃんはどうしたの? 連れて来てないみたいだけど」
「ええ、ハヤテは今日はお留守番なの」
「別に連れて来てもかまわないのに。だからこのカフェだってペットOKなとこ選んだのよ」
「そうだったの? 気を遣ってもらっちゃってありがとう。でも今日はこれからあの人と約束があるから……」
「やくそくぅ?」
 レベッカの声のトーンが跳ね上がった。リザはそれに気づかず先を続ける。
「そうなの。仕事は早く終わらせるからってごり押しされちゃって……困ったものよね」
 ため息を吐きつつの言葉は、しかしレベッカになんの感慨も与えなかったようだ。
「ソレハリザサン、ホントウニコマッテイルノデスカ?」
「え? もちろんよ…あ!」
 見合い写真に目を通し続けていたリザはレベッカの表情には気づかなかった。何故なら彼女にとってもっと重要な事柄が目に入って来ていたから。
「この人……! この人と会う予定ある?」
「どれ?…ん――この人は一応実家の顔を立てて会う候補の3番目くらいにしてたけど……」
「そう良かったわ。なら私に紹介してくれないかしら?……ううん、なんなら最初から私が代わりに会ってもいい」
「ええ!?」
「お願いよ、レベッカ!!」
「や、それは何とかなると思うけど……てか、えええ? この後男とデートのあんたが? ええええ?」
「ぜひ!!」
 珍しく困惑気味…というか引き気味のレベッカに身を乗り出してリザは必死に頼み込んだ。




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by netzeth | 2017-04-29 11:43 | Comments(0)