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うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth

いつか会う日まで 

事件は唐突に始まる。
「あ、パパっ!」
何ら何時もと変わりない司令部にて、朝の会議を終えたロイが執務室のドアを開けた途端、軍部に似つかわしくない可愛らしい声が聞こえた。と、同時に何か小動物的なモノがトトトっと寄って来て、ロイの脚に抱きついてきた。
「……な、なんだ?」
扉を開けたまま、事態が把握できずに固まっていると、再び可愛い声で、
「パパっ」
と呼びかけられた。
一瞬でロイの脳裏につい最近あった、隠し子疑惑をかけられた事件が思い起こされる。
「い、嫌、違うぞっ。これは何かの間違いだ」
誰に何を言われた訳でもないのに、言い訳めいた事を口にしてしまう。
鋼の錬金術師エドワード・エルリックがマスタング大佐の子供だと勘違いされ、テロリストに誘拐された事件の折、ロイは隠し子がいるのではないかと疑われたのである。
この手の事にはことさら過敏に反応せざるを得ない。
「……・大佐。すげー怪しいっスよ」
部屋の中でハボックが煙草を片手に、ニヤリと笑いながら狼狽えているロイに突っ込みを入れた。


「……つまり中庭に居たんだな? この子は」
「はい。とにかく連れて来て話をきこうと……」
己の執務室で、ロイはフュリーとハボックの報告を聞いていた。最初にこの女の子見つけたのはフュリーらしい。
中庭で放し飼いになっているブラックハヤテ号におやつをあげようとしたら、小さな女の子がハヤテ号と遊んでいたというのだ。
「それにしても、何故司令部に子供が? 警備は何をやっているんだ」
「大佐が連れてきたんじゃないっスか?」
「だから、知らんと言っているだろうが」
「でも、他人とは思えないほど懐いてますよねえ……」
ロイをパパと呼んだ当の少女はロイの膝の上に座り、フュリーに与えられたお絵描きセットでご機嫌に何やらお絵描きをしている。
サラサラした金髪と薄茶の瞳をした三~四才くらいのとても可愛らしい子だ。目をキラキラさせ頬を紅潮させて、クレヨンを握っている。
勢い余ってロイのマガホニーの立派な机に、紙からクレヨンが元気にはみ出していた。ちらりと覗くと何やら黒い色が全体的に多い。
茶色い瞳を上に向けてじょうず? と聞いてくる少女にロイは頷いてやりながらハボック達に視線を向けた。
「とにかく、知らん。第一あまり私には似てないだろうが」
もう一度断固として否定する。
「そういう問題っスかねえ……」
「言われてみれば……あの、会った時から気になっていたんですけど…この子誰かに似てません? いや、大佐じゃなくて」
言葉の途中でぎっとロイに睨まれ、慌ててフュリーは手を振る。実は、それにはロイも同感だった。デジャヴを感じるのだ。この少女を見ていると何か……ひどく懐かしい気がする。
「失礼します」
軽いノック音の後にドアが開いたのはその時だ。
「大佐…………今日の予定ですが……」
『あ』
室内にいた三人の声が被り、
扉を開けて入ってきたリザが、珍しくきょとんとし、
「ママ!!」
少女が嬉しそうに叫んだのは同時だった。


「で、名前は? 親御さんの事は聞いたの?」
ママっと呼ばれても特に動揺を見せる事なく、リザはてきぱきとフュリーに話しを聞いている。
「いえ、その……これからです」
ハボックやフュリーもロイの時と同様に、「中尉、子供がいたんですかー。もしや隠し子ですかー?」などとからかいをする事はなかった。
そもそも真面目なリザに限ってそんな事はないと思っていたし、また、思いたかったし、そもそもそんな怖い事を言える訳ない。
「そう。では、私が話を聞きます。二人とも仕事に戻って。…………大佐」
「な、なんだ?」
突然話を振られて、あからさまに動揺するロイである。
「大佐にお心当たりは?」
「……ない」
「少しも?」
「ない。ないったらない」
ジッとロイを見つめて問うリザの声は静かであったが、ハボックとフュリーは息を飲んで見守ってしまった。何やら言外で恐ろしく長いやり取りをしている様に思えた。
「……そうですか。申し訳ありません。以前の事件の事ががあったもので」
一見しつこく疑った非を詫びているだけの様に見えるこのリザの態度が、ハボックとフュリーにはそら恐ろしい。当の本人のロイはもっと恐ろしかった。
「いや、その……」
ロイもリザを少女がママと呼んだ事が気になっていた。そして、当の少女がリザによく似ているのだ。ハボック、フュリーも同様の事を思ったらしい。さっきからチラチラと二人を見比べている。もちろんそんな事を聞ける雰囲気でもなく、それに、ハボックやフュリーの前でリザに尋ねる気もなかった。
だがロイには、例えリザと二人きりでもこの話題を振る事は出来そうもない。……それだけこの手の話は微妙なのだ。二人にとって。
「ほら、二人とも。大佐も仕事にお戻り下さい。先程言いかけた事ですが、今日中に仕上げる予定の書類の締め切りが正午に早まったんです。この子の親御さんは私が責任をもって探しますから」
ハボックとフュリーを促し、リザは少女にいらっしゃいと手を引いて執務室を後にする。
「パパ、ばいばい~」
ニコニコと手を振る少女に反射的に手を振り返し、リザと目が合い少々引きつった笑いになったロイだった。


「お名前は?」
「るな!!」
クッキーを頬張り、ご機嫌な少女は元気良く答えた。
「そう。良いお名前ね」
とにかく応接室に連れていく事にしたリザだったが、もちろん擦れ違う同僚達は驚きと奇異の目で少女を見た。それを親戚の子だととにかく誤魔化したのだが、皆その一言で納得の表情になった。曰く「ああ、本当だ。中尉に似ていますね」だそうだ。
言われてみれば、幼い頃の自分に似ている様な気がするが、いかんせん自分の見かけのことは良く分からない。
自分に何か言いたそうな顔したロイの事を思い出し、リザは胸に何ともいえない気持ちが込み上げるのを感じた。
ロイは子供の頃のリザを知っている。この子が自分に似ているかどうかを一番良く分かるのは彼だろう。
そして自分をママと呼び掛けたこの少女。
ロイの言いたい事は察しがついた。自分こそ心当たりは? ということだろう。
馬鹿らしい……。
自分に子供を孕んでいた暇など何処にあったというのだ。そもそも、自分が彼以外と―――彼以外にどうして肌を晒せると思うのだろう。そして、肝心の唯一の人がぐずぐずしているから、自分は未だに……・そこまで考えてリザははっと我に返る。
……なんて事を考えているのだろう、私は。
「ママどうしたの?」
ルナが不思議そうな顔をしていた。リザは微かに赤らんだ顔を隠す様に、何でもないのよと返事をし、
「ねえ、ルナちゃん。ルナちゃんのパパのお名前は? パパのお仕事分かる?」
とにかくこの女の子の両親を探さないといけない、とリザは気持ちを切り替える。小さな女の子が一人で軍部に来たとは考えられない。親が連れて来たとしたなら、軍人か軍関係者だろう。はぐれてしまったなら心配しているはずだ。
しかしそこで、パパのお名前は? と聞いた当の自分がわずかに緊張を感じている事にリザは気付いた。
確か、ロイの事をパパと呼んだが……まさか、まさかそんな事……。
「ルナ分かる! パパはねえ、エラーい人なんだよ! ぐんってとこでお仕事しているんだよ!」
軍! エラい!!
ルナの言葉はリザを直撃する。
「んでねーパパはれんきんじゅつしなんだよ! るなもおべんきょうしてるんだあ~」
おまけに錬金術師!! リザはよろりと精神的によろめきながら、
「で、お、お名前は?」
少女にそう何とか聞いた。…………出来れば真実は知りたくなかったが。
「あなた!!」
「……え?」
「ママがねえ、いつもパパの事そう呼んでるよ」
「ねえ、ルナちゃん、それはお名前じゃなくてね……他にのお名前でママはパパの事呼んでいない?」
「うーんと……かっか!! ママ、かっかーってパパの事呼んでた! でも、パパそういわれると怒るんだよー」
かっか? 閣下!!
では、少なくともこの子の父親は将軍位以上の人間だ。我知らずリザは安堵の溜め息をついた。
しかし、ロイへの疑いは晴れたものの、ここでまた新たな問題が浮上する。将軍位以上で錬金術師で今現在東方司令部にいる人間なんているだろうか?
東方司令部で将軍位を持つのは、東方司令部指令長官グラマン中将ただ一人だ。中将は錬金術師ではないし、こんなに小さい娘などいないだろう。と考えてリザはいないわよね? と不安になった。リザは個人的にグラマンとは密接な関係がある。周囲には秘密にはしているが。よって、中将閣下の性格というか所行は他の者より承知しているのだ。
ロイと言い、グラマン閣下と言い、隠し子いないよね?とハテナマークが付くような行動は謹んで欲しい。と思うリザである。
まったく……閣下が悪い事をあの人に教えるから……あんな風になるのよ。
女性関連のあれやこれやグラマンがロイに仕込んだ事を思い出して、リザはため息をついた。昔は気の利かない唐変木な男であったロイは、女性の扱いを彼――グラマン教授されたのだ。それからというもの、元々の才能を開花させてロイはあのような女性関係の派手な男になってしまったのである――。
そこでリザはいけない、と逸れた思考を現実問題へと戻した。どうしても思考が逸れがちになるのは、リザがロイをパパと呼ぶ少女の出現にそれなりに動揺しているからなのかもしれない。
将軍位で錬金術師というと、中央司令部のグラン准将などだが、彼を始め将軍クラスの訪問となれば、事前にロイが知らない訳はなく、よって副官であるリザの耳に入らない訳はない。
そして、今日はそんな予定はないのだ。
「ありがとう。パパの事は分かったわ。ママのお名前は?」
少女はどうしてそんな事訊くんだろう? と不思議そうな顔をした。
「りざ! るな、ちゃんと言えるよ」
そして、ルナちゃんはやっぱり元気に答えた。


リザと言う名前は特に珍しい名前ではない。愛称でリザと呼ぶ名前だってある。だが、東方司令部でリザと言う名前は自分だけだ。
「ルナちゃん、お名前全部言える? ルナちゃんはルナ何ちゃんって言うの?」
とにかく、あまり期待せずにいたファミリーネームも聞いてみる。賢そうな子だからちゃんと知っているかもしれない。――その割にパパは閣下と貴方だったが。
きょとんとしたルナだったがリザの意図したところが分かったのかニッコリ笑って、
「るな・ますたんぐ! さんさい!」
と、答えた。
性はマスタング。母親の名はリザ。合わせて……リザ・マスタング。なんだ、その心臓に悪い名前は!
ま、マスタングという性だって別に多い……いや、少ない方だろうが、あの人以外にもアメストリス中を探せばいるだろう。……例えば大佐の親戚とか。
表情には出てはいないが、混乱気味のリザを不審に思ってか、それとも単に飽きただけか、ルナは、
「ママ~どうしたの? るな、はやてごうと遊んできたいよー。はやてごう小さくてかわいーんだよー」
とリザの袖を引っ張りねだる。
「ハヤテ号を知っているの?」
「うん。お庭で遊んでたら、メガネのお兄さんがきたの」
おそらくフュリーの事だろう。ロイの朝の会議に同行したため、今日は朝が慌ただしく、リザはハヤテ号に朝ご飯をあげずに家を出た。中庭に放して、フュリーに面倒をみてくれるように頼んでおいたのだ。そこで彼は少女を保護したのだろう。
「ねえ、ルナちゃん。お庭には誰ときたの? パパ? ママ?」
ルナは首を振る。
「るなひとりできたの。ママはね、ねんねなの元気ないの。るなしんぱいだけど、今日はパパがおうちにいるからだいじょうぶよってママいったの」
ママお元気になった? と心配そうに、リザに聞いてくる。そんなにルナの母親に似ているのだろうか自分は。
ママではない、と言うのも気が引けて大丈夫よと言ってやるとルナはぱあ~と顔を明るくした。素直で優しい良い子だ。少女の金髪に手を置いて、リザは言ってやる。
「そうね、お外に行きましょうか?」
少女に関する手掛かりがあるかもしれない。
「うん!!」
満面の笑みを浮かべてにルナは頷いた。


「わん! わん!」
拾って間もないブラックハヤテ号は、まだ小さい子犬だ。
それでも、拾った頃よりは大きくなっただろうか。
主人を見つけると尻尾を振りながら駆けてきた。リザは膝をついて撫でてやる。
「はやてごう~遊ぼ!」
ハヤテ号は伺う様にリザを見た。頷いてやると嬉しそうに少女と走り出す。
それを眺めやりながら、リザは今後の事に思いを馳せる。
軍部の受付や事務局にも問合せてみたが、迷子の届けはないらしい。軍部内に親がいないとなると後は市街に出て探してみるしかないだろう。
「はやてごう~こっちだよ!」
「キャンっキャンっ」
楽しげにハヤテ号と戯れるルナ。
無邪気に遊ぶ姿を見ると心が和む。ハヤテ号にじゃれかかられてルナの綺麗な金髪が揺れている。
……本当に彼に子供がいたとしたらあんな感じなのかもしれない。ふとそんな事を思う。
ひょっとしたらロイはヒューズ中佐のような親バカになっているかもしれない。その姿を想像するとおかしくて笑みがこぼれる。娘を可愛がる彼と……ルナとそして――はっとそこでリザは我に返った。
「そんな事、ある、はず、ないじゃない」
そう、あるはずがない。
――よりにもよって、彼らの隣に自分を想像するなんて――。
羞恥に染まった顔を振り、リザは自分にいい聞かせる。
――そもそも、そんな未来を自分が願っていい訳がない。
リザは少し寂しげに笑う。あのような可愛い子供を持つことなど……それこそ許されない事だ……。
そうして、視界に少女をおさめようとして。しかし、肝心のルナは見当たらなかった。
いつの間にかはしゃぐ少女の声もハヤテ号の鳴き声も無く、静かになっていた。
「ルナちゃん?」
少女の姿が見えない。ハヤテ号もだ。慌ててリザは辺りを見回した。
「ルナちゃんー!」
呼びながら中庭を探すが見当らない。すると、
「ワンっワンっ」
どこからか犬の鳴き声が聞こえた。ハヤテ号だ。その声を頼りに走る。
司令部の建物の影、ちょうど死角となる場所でハヤテ号とルナを発見し――リザは息をのんだ。
ルナとハヤテ号がいる。そして、もう一人、人影があった。顔は見えない。ただ、その背格好から、男だという事だけをリザは認識する。
「こら。心配したんだぞ。ダメじゃないか、勝手にパパの研究室に入っちゃ」
男は咎める口調とは裏腹に、優しくルナを抱き上げていた。
「ごめんなさい…」
父親に会えたのが嬉しいのか、怒られながらもルナは笑顔だ。
「るなねー小さいはやてごうとあそんだよ! はやてごう縮んじゃったのかなあ?」
「そうか。大丈夫。直ぐに大きなハヤテ号に会えるよ」
「ホント!?」
リザは呆然とその光景を眺めていた。
どこか甘く響くテノールの声も、漆黒の髪と揃いの瞳も全て彼、そのままだ。けれども、自分の知る彼ではない。
「さあ帰ろう。ママも心配しているよ」
「うん!!」
男が言うのと二人が光に包まれたのは同時だった。
「待ってっ!」
男はフワリと微笑むと、すっと口元に人差し指を当てて何事か言ったが、既に光に包まれている彼の声は聞きとれなかった。


「何してらっしゃるんですか?」
リザが執務室に戻ると、ロイが自分の机の上を拭いている最中だった。気の進まない仕事があると、窓拭きを始めたりと前科があるロイである。リザの声が咎めるものに聞こえたようだ。慌てたように彼は言い訳を始めた。
「いや、サボりじゃないぞ。ちゃんと正午までの書類は終わらせた。それより…あの子はどうした?」
「親御さんが迎えに来られました。目を離したらいなくなってしまい、心配していたようです」
嘘は言っていない。
「そ、そうか」
ロイはあからさまにホットした様子を見せる。あまり、深く突っ込みたくないのか、親がどういう人物であるかなどは聞いてこないのは、有り難かった。……答えようにも、リザには答えられない。自分が見たものが現実かどうかも怪しいくらいだ。
「で、何故机を拭いているんです?」
「あの子がしたお絵描きのせいだ。ほら」
画用紙目一杯に絵が描かれている。いきおいあまってクレヨンがあちこちはみ出して机を汚してしまった様だ。
だが、リザはそれよりも描かれている物が気になった。
黒い小さな固まりの様なモノは犬に見えた。横にルナらしき小さな女の子の絵。そして、その両手を繋いでいるのは、黒い髪と金の髪で描かれた少し大きな人間の絵だった。ルナの両親だろう。
「……ふふ」
ロイが訝しげに見てきたがリザは笑いを押さえ切れなかった。特に犬。彼が以前落書きしたものにそっくりだ。
絵心は父親譲りらしい。
あれはきっと夢ではない。いつか、また会えるだろうか?
会いたいと思う自分がいる。その時はこの絵の様に彼と一緒に手を繋ぎたい、と今のリザは素直に思えたのだった。




END
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by netzeth | 2009-12-01 20:00