うめ屋


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by netzeth
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MCK5

煮詰まっていた。それはもう本当に煮詰まっていた。
昨日の食堂のメニューだった野菜と魚介類のあったか具だくさんスープより煮詰まっている。(スープは美味かった)自分のせいではない。それは断言出来る。デートだってここ一週間はご無沙汰だし、就業中に居眠りだって、逃走して昼寝もしてない。なのに、だ。仕事が滞りまくっているのは、全てあの役に立たない親の七光坊やのせいなのである。


話は一週間前に遡る。
東方司令部に研修と称して中央のお偉方のボンボンがやって来た。やれやれ面倒なのがきたな適当に相手して何事もなく帰って貰おうと司令部一同心を一つにしたのも束の間、その坊ちゃんは適当に相手が出来る輩ではなかった。主に下に悪い意味で。
まずこいつが一番最初にした事と言えば、司令部に来なかった事である。否、辿りつけなかったのである。
朝からイーストシティから五駅も先の駅から電話をかけてきて曰く、「乗り過ごしたから迎えにきてくれ」。それを聞いた瞬間、電話口から相手を燃やしてやりたくなったが、何しろ相手は中央のなんちゃら将軍のご子息(名前なんてなんちゃらで充分だ)失礼があってはいけないと、ハボックを迎えにやらせて、そいつがようやく司令部に辿り着いたのは昼過ぎ。さて着任の挨拶を……と執務室で待つがいっこうに現れず、聞けばそいつは着いた早々お腹が空いたとほざき、そのまま食堂に直行し、あまつさえ料理に難癖を付け必至に止めるハボックにワインを買ってこいと命じたとか。
この時点で既にこいつを備長炭にしても良い気がしたが、そこはあいてはほにゃらら将軍のご子息。我慢。我慢。
ようやくそいつがやってきて、今日からよろしくお願いします的な挨拶をした時には既に私の忍耐は限界がきていた。だが、今思えばこれはまだまだ序の口だったのだ。
まずこいつ(こいつで充分)は仕事のしの字も知らない有様で、何でこんなのが士官学校を卒業出来たのか心底不思議だった。こいつは一応私の副官として研修をする事になっていたんだが、まあやることなす事まるでダメ。毎日遅刻は当たり前、定時になれば仕事が残ってようが何だろうがさっさと帰る。何度注意しても同じミスを繰り返し、またそれを悪いとも思わず、何かと言えば親父の名前を出し、東方司令部を中央司令部と比べて、やれ田舎くさいだの貧乏くさいだの文句ばかり。一番不幸なのは彼の指導に当たっていたホークアイ中尉だろう。
それでも中尉は辛抱強くそいつがやらかしたミスをフォローし、少しでも東方司令部を良く思って貰おうと努力していた。だが中尉のそんな涙ぐましい努力も空しく、そいつは勤務態度を改めようとはせず、そして、そいつのせいで必然的に司令部の仕事は遅れていき―――一週間後にはにっちもさっちも行かない状態になっていたのである。


「燃やそう。それが良い。そうしよう」
「怖い事を名案だ! みたいに言わないで下さいよ」
ハボックが溜りに溜まった書類を抱えながら言う。
うるさい、それがこの状況を打開するのに最善の策だとは思わんのか?
「それには同意しますけどねー。でもそれだと中尉の努力を無駄にしちまいますよ」
分かってる。分かってるから実行してないんだろが。まったく何でもいいから早く帰れ、それで東方は平和になるんだ。中尉だって何も弱音を吐かないが正直うんざりしているだろう。彼女のためにも一刻も早く奴の研修期間が終わるのを祈るばかりだ。
「失礼します」
さて、噂の中尉がやってきた。心なしかやつれているように思う。いや、もちろんやつれても彼女は美人だが。
「あの大佐…少尉を見かけませんでしたか? 見当らないのですが」
少尉と言うのは例のバカ息子だ。ん? そういえば今日は見てないな。
「大佐! 大変です!」
慌ただしくフュリーが入ってきた。何だ騒々しい。
「いえ……それが、例の少尉の宿舎にこれがあったそうなんですが」
フュリーが差し出した紙を受け取る。手紙か? 何々……、
「もう我慢出来ないので帰ります。二度と来ません」
――――は? はああああああ!?
「あのどうしましょう? 少尉帰っちゃったらしくて」
おろおろするフュリー。私だってどうしたらいいのか分からない、思考停止中である。だが、私が何か言うより早く地の底から響いてくるような低い声が発せられた。
「帰った? ですって? まだ研修期間は終わってないのに? 食堂のご飯が不味くて食べられないと言うから、わざわざ外のお店に出前をしてくれるように頼んだというのに? 宿舎のベッドが固くて眠れないと言うから新しいベッドを手配したというのに?」
……そんな事までしてやってたのか中尉。
「それを? 帰った?」
彼女は無表情だった。いや、いつも無表情だが。それでもいつもの無表情には無表情なりに表情があるのだ。だがこれは違う。正真正銘何の表情も彼女顔からは伺えない。
これはマズい!
彼女と付き合いの長い私の頭の中で、警報が鳴る。だが、その私より早く。
「みんな! MCK5だ!」
ブレダが謎の言葉を口にした。その言葉に皆蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
な、何だ? とっさの事に事態が把握出来ない。それでも何とかハボックの首根っこを掴んで訊く。
「何だ!? MCK5って!?」
「マジで中尉がキレる5秒前の略っス!」
「何だそれは!? 私は知らないぞ!」
「当たり前です! 大佐が逃げたら誰が中尉の怒りを鎮めるんです?」
私は人身御供かっ。
冗談じゃない私だって怖いんだ。
「大佐! 後はおまかせするっス!」
どんっと私を中尉の方へ突き飛ばし薄情なセリフを吐きながらハボックは執務室を出ていった。
待て! くそっ。
「大佐……」
ぼそっと中尉が呟く。な、何だ? 中尉。私は悪くない。私は悪くないぞー。悪いのはあのバカでアホな能無しボンボン七光り少尉であってだな……。
「私……ダメな女ですか?」
へ? ダメなのは奴であって断じて君ではないはずだが……ん? 中尉は何を言ってるんだ?
「私……自分でも頑張ったつもりでした。少しでもいいから東方司令部に良い印象を持って貰おうって。例え彼が雨の日の大佐より役に立たなくても」
――さりげなく傷付く事を言われた気がするが……それはまあ良い。中尉? もしかして泣いてるのか!?
「それなのに……まさか、帰ってしまうなんて。申し訳ありせん、大佐……私が不甲斐ないばかりに」
違う! それは違うぞ中尉! 君は良くやった! やり過ぎなくらいに!
彼女の瞳からポロリと涙がこぼれる。それと同時に、私は思わず彼女を抱き寄せていた。
「中尉。君は悪くないだから泣かないでくれ」
彼女の肩は細くて、抱き寄せた首筋からは良い香りがした。彼女の匂いだ。
「彼……きっと大佐の事を悪く言うと思います。私のせいで……」
「そんな事良いから」
彼女の頭を抱え混み、反対の手で背中をぽんぽんと叩いてやると、スンと鼻をすする音が聞こえる。
そうだ。そんな事はいいんだ。奴が親父に何を言おうがそんな事に負ける私ではない。それは君が一番良く知っているだろう? 私が困るのは……。
「君が泣く方が私にとっては大問題なんだ。だから、泣きやんでくれ」
「大佐……」
彼女は目元をゴシゴシと拭うと私を見上げて。
「ありがとう、ございます……大佐」
にっこりと微笑んでくれた。


MCK5は何とか不発に終わったが、ハボックらがいなくなって結果的に良かったのかもしれない。こうして彼女を慰める事が出来たのだから。しかし、彼女にとっては奴への怒りより私に不利益が来る方が応えるんだな……。
私の胸に愛しさが込み上げてくる。
愛しい彼女を悲しませた代償をどうやってあの迷惑野郎に払わせてやろうか、と考えながら私は彼女を再びギュッと抱きしめたのだった。






END
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大佐と中尉が2人の暗号を決めているように、その他部下4人も彼らにしか分からない暗号があったら面白いなあと。他にはIICとかあります、多分。(イチャイチャ注意報、大佐と中尉がいい雰囲気になると発動)
ちなみに発令係りは1番空気が読めそうなブレダ。
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by netzeth | 2009-12-09 21:25 | Comments(0)