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サンドイッチ・ハニー

レタスにハム、マヨネーズは手作りで。
タマネギにチキン、コショウを利かせて。
仕上げにたっぷりのマスタードを。
それが……あの人の好み。


どんな仕事にも繁忙期というのは存在する。もちろん軍部とて例外ではない。それが司令官ともなればなおさらだ。 
――かくして、東方司令部の司令官であるロイ・マスタング大佐は朝から大量の書類の処理に追われていたのだった。
やってもやっても減らない書類――むしろ増えている――にいい加減げんなりしたロイは、サインする右手はそのままにため息をついた。
今が忙しい時期だとは承知しているが、いくらなんでもこれは酷い。朝から休みなくサボりもせず真面目に励んで既に午後三時過ぎ、一向に終りが見えない。こういう地道な仕事が上に行くためには必要だとは分かっているが、このままでは上に行ってこの国を変える前に過労死しそうだ。
自分の未来を思いやって、ロイがもう一度ため息をついた時、グーと腹の虫が鳴いた。そういえば昼食も取っていない。そんな暇はないと後回しにしていたのだが、余りの忙しさにすっかり空腹感も忘れていた。食べに行く余裕もないし、さてどうしたものかと思案していた時、
「失礼します」
控え目なノック音と共にリザが入って来た。その手にはお盆を載せている。
「進み具合はどうですか? お茶と少しですが食事を用意しました。何も召し上がらないのは身体に悪いですから」
机の上に置かれたのは、東方司令部名物不味いお茶(ただしリザが入れると美味しくなる)と小さな皿の上に乗ったサンドイッチだった。
リザの心遣いに感謝しながらも、メニューがサンドイッチなあたり、手は止めずに仕事をしろと言われている様でリザの副官魂に頭が下がる。
「ありがとう。中尉」
ロイは礼を言って有り難く頂くことにした。もちろん右手はペンを握り書類にサインをして。
食べ始めるとやはり空腹だったのか、あっと言う間に食べ終わってしまった。
「美味いな」
サンドイッチは非常に美味だった。具材の種類からマスタードの量まで自分好みだ。素朴でシンプルなサンドイッチだが、かえってそこがいい。量としては物足りないが、満腹になると眠くなる。このくらいが調度いいのかもしれない。
そして、さて、とロイは残りの仕事を片付けるべく、再び書類と格闘を開始した。


「やれやれ……」
時刻は午後六時。
昼間頑張ったかいがあり、何とか仕事は片付いたようだ。グンと凝り固まった身体を伸ばしていると、また、空腹を感じた。何しろ食事はあのサンドイッチを取っただけだ。
ふと、あの時食べたサンドイッチの味を思い出す。腹が減っていたからかもしれないが、あのサンドイッチは美味かった。
「中尉」
副官席で書類の確認をしていたリザを呼ぶ。
「はい」
トントンと書類の端を揃え、素早くクリップで止めて、リザが顔を上げる。
「なあ、昼に持ってきてくれたサンドイッチ、食堂のものじゃないよな? とても美味しかったんだが。久しぶりに食べたな、あんな美味いものは。シンプルだが素朴で懐かしい味ってやつだな。どこで買ってきたんだ?」
「あれは……その」
少し俯きながら、リザは珍しく歯切れの悪い返事をよこす。
「そうだ。代金を払ってなかったな。忘れる所だった」
財布を取り出していくらだ? と聞くと、たいした額ではないから結構です、と断られた。
「そういう訳にはいかない。幾らか教えたまえ」
上司として部下に奢られるというのはいささか情けないし、ましてや男としての面子もある。女性に金を払わせる訳にはいかないと再びリザに詰め寄れば、しぶしぶといった様子でリザは金額を口にした。それを聞いてロイは驚く。
「ずいぶん安いな……わざと安く言ってないか?」
「いえ、本当にその金額なんです! その、とても安いお店で……それにそんなにたいしたものじゃないんです」
「そうか」
だから、代金を貰うのは申し訳ないという様子のリザを見て、彼女がそこまで言うなら、とロイは納得した。
「また、たまにで良いから買ってきてくれないか」
「……たまにでしたら」
 控えめにリザはそう、了承してくれた。


それからというもの、ごくたまにリザはサンドイッチを持ってきてくれる様になった。だが、ロイが何度店の場所を尋ねても、その度にリザは「秘密です」と教えてくれなかった。穴場的な店でリザもあまり教えたくないのかもしれない。しつこくしても仕方ないと、ロイも深くは追求しなかった。そんな事が何度か続き、ロイはそのたまにのサンドイッチを楽しみにするようになった。
どこにでもある普通の、何の変哲もないサンドイッチなはずなのに、どうしても無性に食べたくなる時があるのだ。
買ってきてくれたリザに美味いと言いながら食べると、いつもリザは嬉しそうな顔をした。実はリザのそんな表情を見るのもロイの密かな楽しみだった。
そうして、何度目かのサンドイッチを食べた日だったろうか、ロイは夢を見た。まだ修行時代の夢。ほとんどの内容は忘れてしまったが、一つだけ強く印象に残っている会話があった―――。

「マスタングさん。お夜食お持ちしました」
「リザ。まだ起きてたのか。ありがとう……そんなに気を使わなくてもいいのに」
「ダメです。マスタングさん放って置くと何にも食べないでしょう? 身体に悪いですよ」
そういってまだ幼いリザが出してくれたのは―――。

「そうか」
「どうかしました?」
比較的穏やかな日であるので、ロイの居眠りを見逃していたリザだったが、目を覚ましたロイが突然声を上げたので驚いたらしい。
「あのサンドイッチだ」
「はい?」
怪訝そうなリザに、ロイは微笑んで。
「あのサンドイッチは君が作ってくれたものだったんだな……」
夢の中の記憶が蘇る。深夜まで錬金術の勉強をしていた自分にリザが作ってくれた懐かしい味。いつも自分の好みに合わせてマスタードを多めにしてくれた……。
「あ……」
何を言われているのか理解したリザの顔はみるみる赤く染まっていった。
「どうして……」
分かったんです? と聞くリザに、
「君が昔、私に良く作ってくれたサンドイッチと同じ味だ」
――夢に見るまでは思い出せなかったのだが。それにとロイは続けて、
「私の好みの味だったからな。これは私のために作られた物だ」
そうだろ?
とニヤリと笑えば、リザはますます顔を赤くした。
「しかし、どうして言ってくれなかったんだ?」
「それは大佐がっ」
「私?」
「あんまり手放しで褒めて下さるので、言い出せなくなって……申し訳ありません」
申し訳なさげなリザに、いやとロイは首を振る。
「謝るのはむしろ私だ。何度も作って貰って、ずいぶん迷惑をかけた」
「迷惑だなんて……あの、頂いていた代金はとってありますので、きちんとお返しします」
「いや、良いよ。迷惑料だ。とっておいてくれ」
リザの事だ、どうせ材料費くらいしか請求していなかったのだろう。
「もっと早くに気付くべきだったな……すまなかった」
「……いいんです。料理は嫌いではありませんし……それに」
「それに?」
「あなたにサンドイッチを作るのは楽しかったですから」
そう言って柔らかく微笑んだリザに、今度はロイの頬が熱くなる番だった。
あの頃からずいぶんと時を経たけれど、変わらず彼女は自分の好みを覚えてくれていて、自分のためにサンドイッチを作ってくれた。あの頃にはもう戻れず、2人の関係もずいぶんと変わってしまったけれど。
ずっと変わらないものもある。
「その…また……作ってきてくれ」
「はい……」
そう、少し恥かしそうにはにかむ彼女の笑顔とか。


あなたが美味しいと言ってくれるから、私は今日もサンドイッチを作るのです。





END
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美味しいサンドイッチが食べたいなあ・・・。
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by netzeth | 2009-12-12 22:11 | Comments(2)
Commented at 2009-12-12 23:40 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by うめこ(管理人) at 2009-12-12 23:58 x
ポム様
コメントありがとうございました!少しでも楽しんでいただければ幸いです。