うめ屋


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time to say goodbye

いつもならしないはずの玄関の掃除を殊更丁寧に終えて、リザは次にすべき事を探した。洗濯…庭の掃除…他にもいろいろすることを探して――もうそれ以外見当らない事を確認すると、リザは小さくため息をついて取り掛かった。  
――いつもより少し遅くなった朝食の支度を。
メニューはもう決まっている。全て彼が好きなもの。ベーコンはカリカリに焼いて、目玉焼きはターンオーバー。パンケーキにたっぷりのハチミツと少しのバター。モーニング・ティーはとって置きの葉で。
その全てをリザはゆっくりと用意していく。もう少し、後もう少しだけゆっくりと。少しでも良いから長く――。

彼がこの家に来てもうどれくらい経つだろうか。リザはそっとキッチンの脇に置かれた古びた椅子の背もたれを撫でる。錬金術で彼が直してくれた椅子。窓から見える一緒に枯れ葉を掃いてくれた庭。洗濯物干しの紐を通してくれた軒先。父と二人だけの明るさに乏しいこの淋しい家には、いつの間にか彼との思い出で溢れていた。
学校から帰ったらお帰りと迎えてくれて、一緒に食卓を囲んで、私の作った料理を美味しいと褒めてくれた、彼。母が亡くなってからというもの父がいっそう研究にのめり込む様なって、そうして無くなってしまった当たり前の日常を、彼は私に与えてくれた――。
この最後の朝食を終えれば彼は旅立ってしまうのだ。それを思うとリザの手はどうしても鈍るのだった。


後は紅茶を入れるだけに朝食の準備を終えて、リザは自室に戻った。
彼にと用意した品々の中から、昨夜遅くまで彼のイニシャルを刺繍したブランケットを手に取る。一生懸命に縫ったはずのそのブランケットは、朝の光の中でみすぼらしく見えた。
馬鹿じゃない私……。こんなもの持っていける訳ないじゃない。彼が行くのは士官学校。寮に入るのだ。必要な物は揃っているだろうし、ましてや余計な物など持っていく余裕などないだろう。
――こんな無駄な物。
彼は置いていくのだ。未来へと進むためにこの家の物は必要ない。
全て置いていくのだから。父も。……私も。
夢へと、未来へと歩き出す彼を笑って見送ると決めたのに。心は裏切り、胸はしめつけられるようだった。彼がいなくなると知った時の気持ちを何と呼べばいいのかリザは未だ知らない。
別れの朝が永遠にこなければいいと祈ったあの気持ちを。
行って欲しくない。ここにいて欲しい。ずっと一緒にいて欲しい。そう願うにはリザはまだ幼過ぎた。
彼の門出だ。笑って見送るのだ。
涙は見せない。そんなもの彼の重しになるだけだ。
だから笑って、そして、さよならを言うのだ。……自らを苦しめる気持ちも知らないままに。


「さよなら、リザ」
「さようなら、マスタングさん。どうかお元気で」



END
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題名はサラ・ブライトマンの曲から。
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by netzeth | 2009-12-18 22:09 | Comments(0)