うめ屋


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ラブレター・ラプソディ

色とりどりの封筒が私の机の上に置かれていた。
レースがついたもの、可愛らしい薄いピンク色のもの、中には定番のハートの封をしたものまで様々だ。
これは全部私――ロイ・マスタングへのラブレターである。普段の行いのたまものか、毎日毎日私の元へとラブレターが引きも切らず届けられる。中には脅迫文やカミソリ入りといった嬉しくも無いものが交ざっているが、そういった類は既に選り分けられ処分された後なので、私はお嬢さん方の私への思いが詰まった手紙をゆっくりと読んでいる最中なのだ。
まったくモテる男はツラいな。
「大佐。そろそろ休憩は終わりにして仕事にお戻り頂けますか」
これがハボック辺りなら私への妬みや僻みだと無視してやるか、悔しかったらお前も貰ってみろと見せびらかすところだが、この何の抑揚もない声の主がホークアイ中尉だったので、私は大いに慌てた。
――いつの間に入ってきたんだ!
「ノックはいたしました。どなたかはお手紙に夢中でお気付きにならなかった様ですね」
無表情で言わないでくれ。怖いだろう。何も言われてはいないが咎められている気分だ。
さすがに中尉の前でラブレターを読む趣味はない。私は手紙をまとめると引き出しに放り込もうとして。
「ん?」
一枚の手紙に目を止めた。
「これ、君宛の手紙だぞ」
真っ白な封筒にシンプルな文字が踊る。宛名は確かにリザ・ホークアイとなっている。
「私ですか?」
不思議そうなホークアイ中尉に私は手紙を渡してやった。
本来、仕事上の手紙は別ルートで届けられる。つまり今私の手元にあるこれらの手紙は、完全にプライベートなものとして届けられているのだ。
……その中から出てきたのだから、この手紙は中尉へのプライベートな物だろうか。
しかし、差出人を確認していた中尉がそこで一瞬固まった。
「どうした?」
ただならぬ彼女の様子に私は礼儀を欠いているとは思いつつも、思わず中尉の手元を覗きこんでいた。……もしかして不審な手紙か?
「あ、いえ、その……」
そして、少し慌てた様子の中尉が手紙を隠すよりも早く、私の目はその文字を読み取った。
―――貴方を想う者より
「……」
「……」
「ラブレターだな……」
「その様ですね」
「わ、私の手紙に交ざっているとは事務方は何をやってるんだ! な、なあ? 職務怠慢だな!」
「え、ええ、後で注意するように言っておきます」
「あ、ああ! 頼む! 厳しくな!」
………………中尉がモテるのはそこはかとなく気付いてはいたが、いざその現場を目撃するとなると今、私は動揺していた。軽く混乱状態だ。
――落ち着け。ロイ・マスタング。
中尉だって妙齢の女性だ。おまけに美人で性格も良くて仕事も出来る。ラブレターの一通や二通貰って当たり前だろう。今までだって私が知らないだけできっとたくさん貰って……たくさん!? とんでもない可能性に行き当たった私は更に動揺を深めてしまった。
私の思考はグルグルと同じ事ばかりを考える。中尉にラブレター……中尉がラブレター……。
……私は一体どうしたというんだ。中尉がラブレターを貰ったぐらいで動揺するなんて。自分でも自分のことがよく分からない。
……結局、その日一日中その事ばかりが頭を巡り、私は仕事が手につかず、中尉に何度も怒られた。


次の日になっても私はラブレターショックから抜け出せずにいた。昨日からおかしい私を心配しだした中尉にたいしても、よそよそしい態度をとってしまった様な気がする。
中尉が貰ったラブレターには何が書いてあったんだろうか。相手はどんな奴なんだ?――気がつけば私はまたあのラブレターの事を考えている。
……ああっもういかん。
煮詰まった私は強行手段に出る事にした。一人で考えこむなど性に合わないのだ。
「中尉」
「はい」
「あーその……」
「……? はい?」
「えーとだな」
「何です?」
「……ラブレター。昨日のラブレターなんだがっ」
「……はい」
「あれかね? デートの誘いだったのか?」
…………もう少し遠回しに聞くつもりがいきなり核心から入ってしまった。
「……どうしてそんな事お聞きになるんですか」
中尉は訝しげに私を見た。昨日からどこか様子が変だった私が突然そんな事を尋ねたのだから驚いているのかもしれない。
「いや……、少し気になってだな。相手が不審者だったらいかんし、その……心配なんだ。君が」
中尉は私をジッと見た。まるで私の真意を見透かそうとしているかのようなその鳶色の瞳に、私は内心動揺する。
「……手紙をくれたのはよく行くお店の店員の方です。たまにお話しなどするので存じ上げています。大佐が心配なさる様な事はありません……それに」
お誘いはお断りしますから。と彼女は最後にそうつけ加えた。
「断る? 何故だね?」
「何故って……こんな状態で行ける訳ないでしょう。それに軍務が忙しくてお付き合いしてる余裕なんてありませんし」
そう言った中尉の視線の先には、昨日から手付かずになっている書類の山。ふうと小さくため息をつくと、
「さあ、そんな事より仕事をして下さい」
 中尉は険しい視線で私を見る。しかし、私は彼女に臆することは無かった。それよりも私の心を占めていたのはもっと他のことだったのだ。
「そんな事じゃないだろうっ。重要な事だ! つまり君は私のせいで自由に男性とお付き合いも出来ないと言うのだろう?」
「そんな事は……」
「言っているのも同じだろう」
そう、私のせいだと言わんばかりの中尉の態度に私も意地になっていたのだ。無能な上司のせいで部下が幸せを逃しているなんて言われてはたまらない。
「仕事は終わらせるからデートしたまえ。私を言い訳に使われては困る。まだ断ってないんだろう?」
さっきまでの心配を余所に私は中尉に詰め寄った。中尉は俯いて、ぽつり、と言う。
「……大佐は私が恋人を作ってもいいんですね」
「……何だって?」
「いえ。……分かりました。大佐がそう、おっしゃるなら」
表情を見せずに彼女は了承の意を伝えてきた。
聞けばデートは今夜だと言う。手紙には中尉が来るまで待っているとあったらしい。私は早速、時間までに仕事を終わらせるべく猛然と書類に取り掛かった。


そして、夕刻。
「見たまえ! 私が本気になればこんなものだ」
全て処理済みの書類を見渡して、どうだと中尉を見れば、
「お疲れ様でした。いつもそうだとよろしいのですが」
無表情でチクリとやられる。
「うっ、とにかく早く行きたまえ。君の幸せのために頑張ったのだからな」
「……大佐に私の幸せがお分かりになるのですか」
「え?」
「……いえ、それでは失礼します」
静かに中尉は挨拶をして、執務室から出て行った。
彼女が出ていった扉をしばし眺めて。私は何か取り返しのつかない事をしたような気分になった。いや、これで良かったはずだ。直ぐにとは言わないが、これをきっかけに彼女に良い相手が出来るかもしれない。彼女の全てを理解し、愛してくれる男が……そこまで考えて私は非常に面白くない気分になった。
本当にそれでいいのか? 心の中のもう一人の自分がそう囁く。いいはずだ。私はそう自分に言い聞かせた。


仕事が終わってしまったので、私は早めに帰路に着いた。
いつもなら馴染みの店にでも顔を出すところだが、今日はとてもそんな気分になれない。
歩きながらも私は中尉の事ばかりを考えていた。
今頃はデートの最中だろうか……。
ふと前を見ると一組の男女が腕を組んで歩いている。その二人は腕を組んで寄り添う様に歩いていた。恋人同士だろうか。男が何事か話しかけると、女の方が微笑んだ。とても嬉しそうに。……中尉もあんな風に笑うのだろうか。私の知らない誰かに。
何とも言えない気持ちが胸に渦巻く。どうしてかじっとしていられない。
「くそっ」
―――気がつくと私は踵を返していた。


「早いな。デートはどうした」
「大佐!?」
そして私は中尉のアパートの前にいた。目の前には目を見開いて立ち尽くしている彼女。まるで待ち伏せをしているかのような私の様子に明らかに驚いているようだった。
「どうしてここに……」
「言ったろう? 君が心配だと。デートは?」
「……大佐には関係ないじゃないですか……」
「いや、ある」
あるのだ。
だから、あれから直ぐに彼女のアパートの前で彼女を待っていた。長い時間待つ事を覚悟していたが思ったより早く彼女は帰ってきた。待つ間もずっと考えていた。私と彼女の事を。
だから私は今からそれを正直に話す。誤魔化しは無しだ。
「私は君の幸せを願っている。心から。……君をこの道へと引きずり込んだのは私だ。君が軍人になった責任は私にある。分かっている。軍人として生きる事に君は後悔していないと言う事は。何を今さらだ。だがな、だからといって君が女性としての幸せを放棄していいとは思わない。むしろ、だからこそ当たり前の幸せを見つけて欲しいと思っていた」
「それは……私に普通の女性と同じ様に恋人を作り、結婚して、家庭を持てと?」
震える声で中尉が問いかけてくる。私は肯定した。
「そうだ。軍人だからといって全てを捨てる必要はないんだ」
「でも、大佐。私は……」
「……と、さっきまでの私は本当にそう思っていたんだ」
 彼女の言葉を遮って、私は己の心の内を吐露する。
「今は違うと?」
「ああ。今の私は君に恋人など作って欲しくないと思っている。ましてや結婚など……」
「大佐……」
 呆然と呟く彼女の声を聴きながら、私は言葉を吐き出す。
「君に幸せになって欲しいと思う。本当に心からそう思う。君が大切だから。だが一方で他の男と一緒にいる君を見るのは嫌なんだ。我慢出来ない。矛盾しているだろう? だがこれが偽らざる私が君へと向ける気持ちなんだ」
私は彼女をジッと見つめた。
「この気持ちを何て言ったらいいか私には分からない」
私が告白を終えると、中尉はふんわりと微笑む。それから簡単です。大佐。と彼女は私の首に手を回して。
「好き。と言うんです」
そして、そっとキスをした。


それからというもの、私と中尉の関係が変わったかというとそうでもない。私は変わらず女性とデートしたし、中尉は仕事をサボる私のお守りに忙しい様だった。
結局私は中尉が私のそばにいれば満足してしまうのだ。
変わった事と言えば中尉がラブレターを貰うとそのことを私に言う様になったくらいだ。私はその度にそのラブレターを受け取ると発火布で燃やしてしまう。中尉は困った顔をしながらもどこか嬉しそうだった。
きっともう、私は彼女に二度とデートに行けとは言わないのだろう。それが彼女に宛てられた一通のラブレターがもたらした結果…である。


END

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by netzeth | 2010-01-09 15:29 | Comments(2)
Commented at 2010-01-11 10:06 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by うめこ(管理人) at 2010-01-11 20:47 x
佑子様
はじめまして。コメントいただきありがとうございます!
私の書く大佐を好きと言ってくださり、とても感激です。
またのおこしを楽しみにしております。