うめ屋


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ファンファーレ

 冬の終わりの空はどこまでも澄んだ青色をしていた。冷たい空気を暖めるように降り注ぐ日差しは、春を予感させる熱を帯びている。光に満ちあふれたこの日、アメストリス首都セントラルシティの中心、中央司令部内正面大通路には多くの人々が詰めかけていた。
 軍関係者はもちろんマスコミから一般市民まで。彼らは皆一様に、この式典の主役の登場をいまかいまかと待ち望んでいる。




「閣下、そろそろお時間ですが」
「うむ」
 正装を更に豪華にした軍服に身を包んだ男が、振り返りもせず答える。彼はこの日のために特別にあつらえたサーベルを両手で杖のように支え持ち、窓の外を眺めていた。
「……人が多いな」
「それはそうでしょう。セントラルシティのみならず全国から集まっているそうですよ」
「そんな物見遊山客までやって来るとは。……まるで見せ物だな」
「観光産業が潤うのは良いことです。せいぜい頑張って客寄せになって下さいね、閣下」
 ゆっくりと男――ロイに歩み寄りながら、リザは愚痴めいたぼやきをさらりとかわしてみせる。すると、彼は肩を揺すって笑うようだった。
「相変わらず君は、手厳しいな」
「それが私の役目と心得ておりますから」
 そうして、すぐ後ろにまで来ればようやく彼は振り返った。前髪を綺麗に後ろになでつけたヘアスタイルは、将軍職に就いてからというもの、童顔に見られたくないという理由から始めたもの。最初は男の色香を醸すそれに心揺さぶられたりもしたが、数年を経てすっかり馴染んだ。それと共に刻まれた目の下の小さな皺が、彼のこれまでの苦労を物語っていて、リザは思わずここまでの長い年月を思って感慨深くなる。 
「さ、いつまでも無駄話をしている場合ではございませんよ。早くお支度を」
 言いながらさっさと男の手元から儀仗を取り上げて、腰に吊り下げてやった。ついでに襟元と徽章を整える。斜めがけになった徽章の色は赤。慶事ならば普通白を身につけるが、今日だけは特別だ。
 ――赤は大総統就任の式典にその主役が身につける色である。 
「肝心の主役が初っぱなから遅刻では笑えない……か」
「ええ、本当に。せっかく素晴らしい好天に恵まれたのですから、しっかりなさって下さいね。……本当に晴れて良かった」
 窓から垣間見えた青空に思わず本音が漏れれば、男は途端に顔をしかめた。子供のようなむくれた表情をしては、せっかく身につけた威厳が台無しで。リザは吹き出しそうになるのを何とかこらえた。
「……雨の日は無能で悪かったな」
 将軍となり、そしてとうとう国軍の最高権力者の地位に登ろうと言うのに、相変わらずそのワードは彼のコンプレックスを刺激してしまうらしい。そんな子供じみた見栄を張るところは昔からちっとも変わらない。
「ええ、そうですね」
「そこは否定してくれたまえよ……」
 情けない顔をするロイに、リザはくすりと笑みを漏らす。
「いいえ、否定しません。だって、そんな時のために私が……私たちがいるんです」
 過去から今まで、そしてこれからの未来も。彼を支える部下として共に歩み続ける。彼の望みが叶ったこの日に、万感の気持ちを込めてリザは言った。とうとう大総統の地位を手に入れた彼への祝福の言葉として……これからも共にという、己の意志が伝わるようにと。
「……貴方のために引金を引く。…それが、私の仕事ですから」
「仕事……か」
 しかし、ロイの顔に微かに翳りがさして、リザは戸惑った。つい先ほどまで彼も自分も晴れがましい気分でいたというのに、これは一体どうしたことだろう。彼の感情の変化についていけず、なんと言葉を発しようか迷っていれば、ロイはおもむろに口を開く。低く穏やかなその声がリザの耳を打った。
「思えば仕事仕事に追われて、私も君もここまで来てしまったな」
「な…何を今更……」
 この道を歩いて来たのはロイとリザが望んだこと。誰に強制された訳でもなく、自分の意志で決めたこと。覚悟などとっくに完了しているはずだ。それなのによりによって今日、ロイの言葉は悔恨の響きを伴っていて。リザの困惑はますます深まる。
「うん。そうだ、今更だ……だが、今更だからこそはっきりさせておきたいと思うんだよ。……君は幸せかい? ホークアイ少佐」
   
 ――リザさんは幸せですか?


 不意につい先日話した年下の友人の声が心に反響し、リザは言葉を失くす。まさか、彼女と同じ問いを彼に投げかけられるとは思わなかった。……しかも、こんな重要な式典の直前に。
 甦ってくるごく新しい記憶は、一瞬にしてリザの脳裏を埋め尽くした。
 それはほんの三日前の、セントラルシティの自宅でのことだった。







「この度はおめでとうございます、リザさん。……あれ、リザさんにおめでとうって言うのは違うのかな?……えっとあの、マスタングさんにおめでとうって伝えて下さい」
「ふふふ、ありがとうウィンリィちゃん。こんなに可愛らしい女性から祝福されたと知ったら、あの人きっととても喜ぶわ」
 手土産と祝いの花を持って訪問して来たのは、ウィンリィ・ロックベルーーいや、今はウィンリィ・エルリックとなった女性だ。出会った頃は小さな女の子だった彼女も、美しい女性に成長し今や二児の母親となった。
「わざわざセントラルまで来て貰っちゃって……申し訳ないわ。小さなお子さんもいるのに……」
「あ、いいんですっいいんです! ちょうどエドとアルも帰って来てたし、式典のためにセントラルに行くって言うから、私もリザさんに会いたくて……子供たちはばっちゃんが見てくれてますから! たまには育児をお休みしてゆっくりして来いって」
 ぺろっと舌を出すチャーミングな仕草に自然と笑みを誘われ、リザはくすくす笑う。
「それなら良かったわ。ところで、エドワード君とアルフォンス君も来ているの?」
 姿が見えない彼女の夫と弟の所在が気になって言及すれば、ウィンリィはう~んと首を傾げている。
「なんか、エドはマスタングさんに借りっぱなしのものがあるから、早く返させろって発破かけてやるって言ってましたけど…なんのことかリザさん知ってます?」
「さあ……私も分からないわ」
 ならば今頃はあちらはあちらで男同士の交流をしているのかもしれない。大丈夫だろうかとリザは眉を寄せた。昔ほどではないが、今でも顔を合わせればロイとエドワードは憎まれ口を叩き合っている。式典を控えた時期だ、喧嘩しないで仲良くしてくれれば良いけれどと密かに心配していると。
「……そうですよね、ごめんなさい。私、マスタングさんのことならリザさんなんでも知ってるような気がして……」
 リザの表情を誤解したのか、ウィンリィがしゅんと下向いて恐縮したように言った。
「違うのよ、ウィンリィちゃん。そういう意味じゃ……」
 慌てて手を振って否定をするが、いいえ、と彼女は何故か首を振った。
「誤解じゃないです、きっと」
「え?」
 きょとんとした顔で聞き返してしまう。ウィンリィは確信を疑わない表情と口調で続けた。
「リザさんとマスタングさんは、私も含めてみ~んなが『お互い何でも知ってるって思う仲』に見えるんです」
「そ、そうなの?」
「そうです!……だから…すみません、生意気なことを言いますし、聞きます。……リザさんは今、幸せですか?」
「え……」
 思わぬ質問に虚をつかれた。空色の瞳はあくまでも真剣で、冗談の成分など微塵も含まれていない。そう、この少女はいつでも優しくて、真っ直で……リザにその心の内を素直にぶつけてくるのだ。
「幸せなんて、他人がはかれることじゃないの、分かってます。人の幸せは千差万別で、そんなこと本人にしか分からないって。……でも、私、エドに聞いたことがあるんです。次の世代には笑って幸せに生きて貰いたい……リザさんはそう言っていたって」
「そうね。その通りよ」
 ウィンリィが言うのは昔、エドワードにイシュヴァールのことを話した時の言葉だ。その時エドワードに語った話を、リザはよく覚えている。そして、リザの願いは叶いつつあるのだ。現にその例がこうして目の前にいる。辛い過去を乗り越えて愛する人と結ばれて家庭を持った――かつての少年少女だった者達が。
「私、そんなの無いって思って。だってそうしたらリザさんの幸せはどうなるんですか?」
「……エドワード君やアルフォンス君、そしてウィンリィちゃん……みんなが幸せに笑ってくれれば、私は十分よ」
「じゃあ! 私もリザさんやマスタングさん……この国に尽くして頑張ってくれる人たちの幸せが私の幸せだって言ったらどうします?」
 泣きそうな顔で睨んでくるウィンリィを見返して、リザは微笑む。これはもう、自分の中で答えが出ていることだったからだ。
「……心配しないで、ウィンリィちゃん。貴女の目からどう見えるかは分からないけれど……私は幸せよ」
 この友人に嘘はつかない。それは心からのリザの言葉だった。
 彼女の最初の問いに答えて、リザは静かに瞳を閉じた。
 彼に希望を託した。士官学校に入り、そして現実に打ちのめされた。誓いを胸に彼と共に歩んできた。その長い道程。時に落ち込んで失敗して。前進ばかりの日々ではなかった。一歩進んでは何歩も後退する毎日だった。それでも。いつだってリザは彼のそばにいた。世間一般の当たり前に手に入る女の幸せとは違う形かもしれないけれど。ただ彼がそばにいた――それをどうして幸福でなかったと言えようか。
「私は間違いなく、幸せよ。安心して、ウィンリィちゃん」
 一言一言力を込めて、リザは語る。その心からの言葉が届いたのだろう、ウィンリィはふっと表情を緩めた。
「そうですか。良かった……リザさんがそう言うなら。……ごめんなさい、ずいぶんと失礼なことを言いました」
 それから申し訳なさそうに頭を下げる。そんなことしないでとリザは慌てたがそれを口にする前に、でも、とウィンリィが言葉を継いだ。
「これだけは忘れないで下さい。……もしも…もしももっと欲しいと思った時、過去を理由に躊躇ったり諦めたり絶対にしないで下さい」
 絶対です、約束して下さい。
 この時のウィンリィが何を思っていたのか、その全てをリザには知りようもなかったが。友人のそのあまりの真摯な眼差しに、約束するわと頷いたのだった。






「幸せですよ、閣下。貴方と共に歩んでこられて、私は幸せです」
 だから。
 リザはロイの問いかけに即答出来た。迷いなく答えることが出来た。そんな自分が誇らしくもあった。
 しかし。
「……参ったな。そんな風に断言されたら言い出し難いじゃないか……」
 ロイはそんなリザを歓迎するでもなく視線を逸らし、どこか決まり悪げに頭をかこうと制帽を持ち上げようとする。
「閣下? あ、頭をかかないで下さいっ、御髪が乱れます」
 何のことだと不審に思うがそれよりも式典のことに頭が行って、咄嗟にロイの手を掴んで止めようとした。その時である。
「あ……っ」
 ロイの手が逆にリザの手を握りしめ、掴み取ってしまった。ぐいと引き寄せられて自然と二人の距離が縮まる。
「……こうなったら強硬手段だ。こっちも人生がかかってる。遠慮している場合ではないのでな」
「……? 閣下?」
 顔が近い。吐息がかかるほどに。そして黒い瞳が間近に見える。理想への情熱を燃やして時には復讐の凍てついた焔を宿し、いつだって輝きを湛えていたその瞳が、今は別の何かによって温度を高くしている。瞳の圧に思わずリザは気圧された。鼓動が早くなる。吐息が乱れて、しばし状況を忘れた。
「これから大総統の就任演説がある。……その席で私は言うつもりだ」
「何を……ですか」
 就任演説は既に草案が用意されリザも目を通してある。その自分にわざわざ宣言するのだから、ロイが話す内容というのはまったくのアドリブなのだろう。
「副官を――リザ・ホークアイ、君をファーストレディとして娶ると」
「……なっ」
 理解が追いつかず絶句する。一瞬にしてリザの精神は混乱の極みに陥った。が、次の瞬間冷静を取り戻しロイの言葉を精査する。
「やめて下さいっ! そ、そんなことをなさっては……!」
 式典には全国の報道機関が集まっている。セントラル市内ではラジオでの中継もあるとか。いや、それ以上に何千、いや何万にも及ぶ群衆が聞くことになるのだ。その公開プロポーズを!
「君は断れないだろうな。……こんなめでたい日に大総統をフッて顔に泥を塗る訳にもいくまい? 別に私は君が嫌なら断ってくれてかまわない。だがその場合、私は永遠にアメストリスの歴史に語り継がれるだろうね。失恋大総統……と」
 皮肉げに唇を歪ませるロイを、震えながら見つめる。
 一体これほど卑怯な脅迫はあるだろうか。……こんな甘い脅迫が。
「こんな……っ! だって……閣下! 卑怯です!!」
「言ったろう。手段は選んでられない、と。君、今まで何度私のプロポーズを袖にしてきたと思ってるんだ」
 目的を達成するまでは、とロイからのアプローチを全て一蹴してきたのは事実だ。理想の前には無駄なことだと、断ってきた。……それが、こんな形でツケを払わせられることになるとは!
「もう、ダメとは言わさん。私は大総統となる。邪魔なものは何もない。君が断る理由などない」
「ですがっ……大事な就任演説をそのようなことで私物化するなど、あってはならないことです!」
「公も私もあるものか。……愛する女性とケジメをつける、全て私一個人の意志だ」
「でも、閣下……っ」
 プロポーズが嬉しくない訳ではない。リザだってロイを愛している。誰よりも。だが、どうしても就任演説でプロポーズされることには抵抗があった。……何より恥ずかしくて顔から火が出そうだ。耐えられない。
「そんなに嫌か? では、妥協案と行こうじゃないか、リザ」
「妥協案?」
「そうだ」
 重々しく頷いたロイの顔に緊張が浮かぶ。何を言い出すのだとリザが身構えた時、彼のリザが大好きな声が己の名を紡いでいた。
「……リザ・ホークアイ」
「はい」
 それをどこか夢心地の気分で聞く。
「私と結婚してくれ」
 声をなくす。全身に驚きが波紋のように広がっていく。
「な、ぜ……」
 今ここで。演説中にするのではないのか。
「……さあ公衆の面前でプロポーズされるのが嫌なら今ここで、イエスと言いたまえ」
「だって、私は……」
 今までのプロポーズとは違う。これは断れない。
 それは喜びであるはずなのに、リザの脳裏には様々な光景が駆けめぐっていた。父と母、錬金術、軍、自分を取り巻く人々、そしてイシュヴァール。
 今のリザは幸せだ。だが、その先の幸せを求めていいのか。常に心に張り付いていた自戒。過去の罪が纏りついて、いつもリザを見ている。
 その時だった。
 
 ――躊躇ったり諦めたりしないで。絶対、約束です。

 
……ああ、ウィンリィちゃん。貴女が言いたかったのは、こういうことだったのね。
 もう一度耳に聞こえてきた声に、リザは納得した。
 彼女は、リザのために背中を押してくれようとしたのだ。リザが過去に捕らわれることなく前を向けるように……強くあれるように。
「リザ……式典が始まる」
 耳元で囁かれた。
 ロイの言葉と同時に遠くでファンファーレが鳴り響く。気の早い楽団が演奏を始めてしまったらしい。
 時間がない。
「否は言わせん、付いて来い!……と言いたいところだが、特別に今回は許可する」
「でも、そうしたら公開プロポーズで断れなくするのでしょう?……閣下、お年を召されてやり方が狡猾になりましたね」
「何を今更」
 片方の眉を上げて、飄々としたポーズを取る彼。だがロイがひどく緊張していることをリザは見抜いていた。何年の付き合いだと思っている。握られている彼の手が汗ばんでいる。額にも光るものを浮かべ、まるで思春期の少年に戻ったように、彼は好きな子の返答を待っているのだ。
 その瞬間、心を隙間無く埋め尽くした感情が全ての答えだった。

 そうね、ウィンリィちゃん。迷っても諦めてもいけないわ。

 この彼の手を取らずして、リザは未来には進めない。こんな感情を自分に抱かせるのは世界に彼一人なのだから。
 返答の代わりになるだろうかと、リザは一歩前に出た。そのまま少しだけ背伸びをして、ロイの唇の己のそれを軽く押しつけた。額が制帽のつばに当たって、それ以上深くは重ねられない。
「リ、ザ……?」
 惚けたように自分を見返す黒の瞳に、悪戯っぽく笑う。自分で断れないように仕掛けておいて、いざ受け入れられたのが信じられないらしい。
「これでは……返事になりませんか?」
「い、いいや、十分だ。だが、もう少し熱いのが欲しかったね」
 すぐに立ち直ったロイが、軽口を叩く。それに微笑んで応じた。
「申し訳ありません。制帽が邪魔で」
「では脱ごう」
「ダメ、です。式典が始まります」
「何、新米大総統なんだ。少々の遅刻くらい大目に見てくれるさ」
「絶対ダメ、です。……閣下、私を怒らせたいのですか?」
「……分かったよ」
 やれやれ、結婚後も君の尻に敷かれることになりそうだ。
 ぼやきながらようやくリザを離したロイが、控え室を出るために歩き始める。リザはその一歩後ろに続く。 
「この、君との一歩の距離が詰まるまで後少しだな」
 ファーストレディとなれば、隣に来る。それが楽しみだと笑うロイにリザは澄まし顔で答えてやった。
「では、それまで貴方の背中を堪能しておかないと。貴方の背中、広くて頼もしくてずっと好きだったんです」
「……バカもん。式典が終わるまで待てそうにないぞ」
「はいはい」
 


 鳴り響くファンファーレと歓声。風に翻る国軍旗。ロイが光の中へと歩みを進めていく。その背を見送りながらリザは思う。
 この光景を見るのもきっとこれが最後。それから先は、リザも未来へと進む。
「そうするわ、ウィンリィちゃん。……ありがとう」
 呟いた友人への感謝は、やがて大きくなる歓声の中に消えていった。




END
****************************
プロポーズ話大好きです(^^)



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by netzeth | 2016-09-24 22:23 | Comments(0)

通販連絡事項です

【通販連絡事項】9/16 00:30までに頂いたお申込みには全て確認メールを返信済みです。メールが届いてないよ~という方はご一報下さいませ~。



拍手ありがとうございます(^^)
いつもありがたく拝見いたしております!

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by netzeth | 2016-09-16 01:03 | 日記 | Comments(0)

日曜日終わり

休日終了でもう次の休みのことを考えております、こんばんは。今週乗り切れば来週は休みがたくさん……。金曜日に仕事でミスってしまったので、仕事に非常に行きたくないですwwでも土日でだいぶロイアイ補給して回復したので頑張れるww

もう昨日…一昨日のことですが、SS更新しております。いつものロイさん大慌て系のコメディとテーマが秋の恋に初々しいロイアイのお話です。現実の季節に即した話を書くの好きでして(^^)一度ロイアイと四季……みたいな本作ろうとして表紙まで作ったけどそのままになっているなー。

どうして一日24時間しかないの?48時間あればいいのに!って思ったけどそうしたらきっと仕事時間も倍になるから意味ない……って冷静になるなり。



拍手ありがとうございます!
レス不要でコメントを下さったお方様もありがとうございました(^^)
ありがたく拝見しております!










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by netzeth | 2016-09-12 01:43 | 日記 | Comments(0)

彼女のお洗濯

 ふわりと香った匂いに脳髄がとろけ、全思考が麻痺した。鼻先を押しつけ思う存分吸い込みたくなる衝動を、彼女の手前耐える。それほどに私の手元に戻ってきたタオルは、凶悪な……芳醇な香りを纏って私を誘惑していた。



 思い起こせば一昨日のことだ。
 司令官用の仮眠室にて休んでいた私は、きっちり二時間で起こされた。
「大佐。そろそろお時間ですが」
「……んん…? ああ、もう時間か……」
 まだ眠っていたいと訴える疲れ切った身体に鞭を打って、寝床から身を起こす。ベッドの縁に腰掛け、脱いだ上着のポケットから懐中時計を取り出して、時刻を確認した。
「はい。お疲れのところ申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
「ああ……」
 寝ぼけ眼を擦りながら、前髪をかきあげる。汗ばむ額に髪がぺったりとくっついていた。私は傍らに佇む副官を見上げた。
「……少し汗をかいたから着替えてから行くよ。シャワーを浴びる時間は……ないな」
 書類の締め切り時間が迫っている以上、悠長にそんなことをしてはいられない。仕方がないないな、とため息を吐き出しながら仮眠室に置いてある自分用のタオルを探した。
 せめて、顔くらい洗って行こうと思ったのだ。
 だが、ストックしてあるはずの真新しいそれは想定していた場所にはなかった。
「ん……あれ」
「どうなさいましたか?」
「タオルが……」
 言いながら私は首を巡らせて、答えを見つけ出す。仮眠室で使う用にと持ち込んだ着替えやタオル。それらは全て汚れ物を入れるカゴの中に放り込まれていた。
「そうか……全部ストックを使い切ったんだった……」
 ここ最近忙しくてまともに帰宅出来ていない。そうして仮眠室で寝泊まりを繰り返した結果、洗濯物の山が築かれたという訳だ。
 私はもう一度深くため息を吐いた。
 寝汗が多少気持ち悪いが、着替えは諦めるしかあるまい。洗顔は使い古したタオルを使おう。諦めに似た心境でカゴからタオルを引っ張り出し、私はさっさと顔を洗って水分を拭う。それから後ろに控えている副官を振り返った。
「待たせたな、中尉。すぐに行くよ」
「着替えはよろしいので?」
「見ての通り、着替え用のシャツがない」
 苦笑しながら山盛りの汚れ物の山を顎で示す。
「……すまんがそれ、クリーニングに出しておいてくれないか。私がいつも使っている業者に電話すれば取りに来てくれるはずだから」
「こちらを……全てですか?」
「ん? ああ、そうだ。……いや、やっぱり私が手配するよ」
 感情をあまり見せない中尉の眉が顰められたのを、私は雑用を不服に思ったのかと理解した。確かにそんなことまで副官の仕事とするのは上官の傲慢だ。彼女は私の召使いではないのだから。反省しながら己の発言を取り消す。けれど、中尉はゆっくりと首を振った。
「いいえ、その必要はございません。大佐」
「何?……どういう意味だ?」
「クリーニング業者を手配する必要はない、と申し上げたのです」
 言いながら中尉は汚れ物が入ったカゴに近づく。そうして、それをひょいっと抱え上げると力強く言い切った。
「こちらは私が洗濯をして参ります。お任せ下さい」
「……なんだって?」
 彼女の主張に私は唖然とした。上司の汚れ物――タオルだけではない、シャツや靴下、下着まで含んだそれを、健康な二十代の男のそれを、うら若い女性――ホークアイ中尉が洗濯する。
 ……それは少し…いや、大いに問題ありな気がする。
「い、いや……そこまで君にして貰う必要はない」
「いいえ、私が承ります」
「待て…待てっ! そんなことまでは、副官の仕事ではない! 私を仕事外まで部下をこき使う酷い上司にするつもりかね?」
 あくまでも態度を固持する中尉を、私は立てこもる犯人に投降呼びかける心境で必死に説得する。だが、彼女はガンとして譲らなかった。
「私にとってお洗濯は仕事というほど、大げさなものではございませんし」
「だ、だが……っ」
「大佐。私はシャツはともかく、下着や靴下までクリーニングに出すのを看過出来ません」
 もったいない。……とは、彼女は口に出しては言わなかったが表情で大いに語っていた。経済感覚のしっかりした彼女にとってそれは許せない浪費であるらしい。
 ――こうなった中尉には、何を言っても無駄である。私が何を言おうとも私のパンツや靴下を家に持って帰り、その手で洗濯するまで納得しないだろう。
「……分かった。頼む……」 
 汚れたそれらを彼女の目に晒すのはかなり抵抗があったが、私は諦めた。過去に彼女の生家で世話になっていた時に、洗濯などさんざんして貰った。どうせ、今更だ。
「はい!」
 私の苦渋の決断に、彼女は目を輝かせて頷いた。




 という一連のやりとりがあった、その二日後――つまり現在。脳の芯まで痺れるような匂いに、私はやられていた。
 ホークアイ中尉に洗濯を任せた結果、私のタオルはふわふわの柔らかさとほわほわのいい匂いを纏って戻ってきたのである。考えたくないが、その他の洗濯物――シャツや靴下や下着もおそらく同じ匂いを発しているのだろう。
 どうしたらいいんだ、着られないじゃないか!
「大佐……? 何か問題がありましたでしょうか?」
 洗濯物を渡した男が突然固まったのを不審に思ったのだろう、中尉がこちらを心配そうに見つめている。
「い、いや……なんでもない。ありがとう、中尉。面倒をかけたな…二人分の洗濯は大変だっただろう」
 中尉を不安にさせてはいけないと外面を取り繕い、笑顔を向ける。すると彼女は一転曇り顔をぱあーっと明るくして、言った。その衝撃的な一言を。
「面倒だなんて、そんな。自分の分の洗濯もありましたし、一緒に洗濯機に入れてしまえば、一人分も二人分も一緒ですから」
 ……まさか、そんな。一緒に洗ったと言うのか? 君と私の洗濯物を! まてまてまて、私と中尉の下着が組んず解れつ状態だと?
 想像するだけでヤバい絵面である。自分を落ち着かせるために私は中尉に問いかけた。
「いい匂いがするな…ははは、さぞかし良い柔軟剤を使っているのだろう?」
「いいえ? 柔軟剤は使用してはいませんが。昔ながらの石鹸だけで」
 肯定が欲しかったのに、あっさりと否定される。おまけにまた彼女は重大な情報を告げてよこした。 
 なんてこった。ということは、ほとんど……ほとんど彼女の匂いが私の衣服に移ったということか。
 そこで私はようやくこのいい匂いの正体を知った。
 私の意識を根こそぎかっさらう香り。かいでいるだけで安らぐ、極上の匂い。それは全て彼女自身の匂いなのだ。
 私はふわふわほわほわのタオルをじっと見下ろした。そして、唸る。いい匂い過ぎてこれは扱いに困る。出来ることなら匂いが消えないようにタオルその他を密封したいくらいだ。……それをしては変態のそしりは免れないのでやらんが。
「あの……大佐。申し訳ありません」
 と、私が葛藤していると何故か中尉が神妙な顔をして謝ってきた。彼女には感謝こそすれ、謝られることなど一切されていない。
「何を謝る、中尉」
「いえ……私、デリカシーに欠けておりました。申し訳ありません」
 なんのことだ? 本気で分からず首を傾げる。
「……私の汚れ物と一緒にお洗濯なんて嫌でしたよね……気が利かず誠に申し訳ありませんでした……」
 ……私は父親のパンツと一緒にお洗濯しちゃ嫌な、思春期の女の子か。
 私を煩悶させていた問題を、見事なほどに勘違いしたらしい。中尉はどこかしゅん…っとした様子でひたすら恐縮している。 
「ち、違うぞ、中尉。そうじゃない」
 反射的に否定して、そこで私は言葉に詰まった。……真実を話せば、今度は私が中尉から気持ち悪がられるかもしれない。それは避けたい。
 しかし。
 彼女が誤解したまま、悲しい顔をしているのはもっと嫌だった。
「……ただ」
「ただ?」
 気味悪がられようが、嫌われようが仕方あるまい。そんな諦めに似た気持ちで正直に話す。
「……タオルに君のいい匂いが移っていて、動揺しただけだ。これからずっとベッドで抱いて寝ようかな」
 開き直った私は最後は冗談めかして、そんなことを口走った。
 どん引きされるだろうな。
 予感をひしひしと感じながら、彼女を伺う。
「あ……そ、う、ですか…こ、光栄で…す……」
 だがそこには、顔を赤く染めてこちらを見つめ、ごにょごにょと非常にらしくない物言いをする恥ずかしそうな中尉の顔があった。
 ……そこはせめていつもの手厳しい君でいてくれ。ここで照れられたら、どんな顔をしていいか分からない。
「あ、うん……その、また、頼んでいいだろうか……?」
「は、はい……喜んで……」
 まるで十代の少年少女のような会話を私たちは交わす。
 何とも甘ったるい空気の中タオルから香る甘い匂いが、追いうちをかけるように鼻孔をくすぐっていった。



END
**************************
あることにしてしまいましたが、実際アメ国に洗濯機はあるのかなー?


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by netzeth | 2016-09-10 22:15 | Comments(0)

恋愛未満恋愛以上

恋愛未満 


開け放たれた窓から冷涼な風が吹き込みカーテンを揺らしている。真夏の猛烈な暑さが去り、すっきりとした爽やかな空気が満ちる秋のはじめ。
 リザが司令官執務室の扉をくぐると、部屋主は己の椅子上でうたた寝をしていた。春とはまた違った心地よさで眠りに誘われる時期である。……あるいは、彼も夏の疲れが溜まっているのかもしれない。
 リザは足音を立てぬよう注意しながら静かに、上官――ロイのそばまで歩み寄った。腕を組み、背もたれに寄りかかるようにして彼は静かな寝息を立てている。
 自分が近寄っても些かも起きる様子がないのを見て取って、リザの口元に自然と笑みが浮かんだ。
 何故か子犬が白い腹をだらしなく晒して眠る姿が想起される。警戒心ゼロで眠る目の前の男がそんな愛犬とダブって見えて仕方がなくて、どうしても頬が緩んでしまった。
 ――戦場に居たときは小さな物音でも跳ね起きたものだが。
 そんな風に語っていた男の隙だらけの姿が、リザの胸に言いようもない不可思議な感情を巻き起こしていた。
 リザは我知らず男の寝顔を観察する。強い意志を宿す黒い切れ長の瞳は閉じられており、鋭さはあどけなさに取って替わられている。引き結ばれている薄い唇が微かに開き、安らかな呼吸音が聞こえた。深い眠りについている様は、まるで幼子のよう。眉間に刻まれた深いシワだけが、彼を何とか年相応に見せている。 
 ふんわりとした風がふく。緩やかな空気の波がロイの黒髪を撫でていく。サラサラとそよぐそれは、見た目よりも柔らかいのだろうか。
 触れたい。
 不意にこみ上げた欲求に疑問を覚えることもなく、リザは無意識に手を伸ばしていた。ごく自然な動作で男の髪に指をかけようとして。
「んー」
 微かに身じろぎをしたロイに驚き、反射的にあとわずか数センチの距離でリザはぴたりと手を止めた。
(今、私は……何をしようとしていた?)
 その瞬間、唐突に理性が蘇ってくる。
(落ち着きなさい。……今のは部下が上官に取るべき態度ではなかった)
 伸ばされた己の手を自らの手で掴み取って止めて、リザは大きく深呼吸した。そうして、改めて周囲を見渡す。
 夕刻間近の柔らかな日差し。優しい温度の風と、眠る彼。ゆったりと流れる時間、穏やかな気候は優しくリザ達を抱きしめてくれて……だから、気の迷いが生じてしまったのだろうか。今となっては、全てが自分を惑わせていたようにしか思えない。
(まさか……私は、場の空気に流されていたというの?)
 愕然としながら、リザは一歩その場から後ずさった。また一歩、一歩と下がっていき、ロイから距離を取る。そうして彼から離れていくにつれて、リザは完全に感情を制御下におくことに成功していた。冷静になって先ほどの出来事を振り返る余裕すら出てくる。
(……私の行動は適切ではなかった。完全に自分を見失っていた……)
 では何がリザをそうさせたのか。まさか本当に雰囲気に飲まれたなら軍人として、情けなさすぎる。
(しっかりしなさい、リザ・ホークアイ)
 己を叱咤しつつ、ぱんっと両手で頬を叩いた。ひりつく痛みで己を律すれば、胸の奥で蟠っていたものが徐々に霧散していく。
(……部下としてとるべき行動があるはずよ)
 くるりと踵を返して移動し、リザは執務室に常備してある毛布を手に取った。眠る時人の体温は低下している。このまま風に当たっていたらば、ロイの身体は冷えてしまうだろう。
(風邪でも引かれたら、仕事にさしつかえるものね)
 これは部下として当然の行為だと己に言い聞かせながら、リザは再び上官の元に近づいて行った。相変わらずぐっすりと熟睡しているロイを横目で見やりつつ、ふんわりとその身体に毛布をかけてやる。それから背後の窓を閉めるため身を翻そうとした時だった。
「ありがとう……リザ……」
 驚きに、リザは喉から心臓が飛び出しそうになった。何とか声を上げるのは耐えたが代わりにマジマジと至近距離で男の顔を見つめてしまった。
 眉間のシワがみるみるうちに溶けていき、ロイが幸せそうに笑っていた。
 その顔を見た瞬間、今度は心臓が鷲掴みにされた気がした。ドッドッドッと鼓動音が体内で反響し、血液が急激に顔に登ってくる。
 これは何。
 締め付けられるような息苦しさに見舞われて、リザは胸を押さえた。その拍子にふらりとよろけ、思わず椅子に手をつく。 
「あ……」
 気がつけば黒い睫毛の長さが測れるほど間近にロイの顔があった。視線が釘付けになる。何故か目が離せない。混乱の極地の中、リザはぼんやりと思った。
(後ほんの数センチ、近づけば唇が触れる……)
 しかし、次の瞬間そんなバカなことを考えた己を恥じた。
 風がひゅうと吹き込む。
 再び冷涼な風が顔に当たり、徐々にリザは自失から立ち直っていった。頬の熱が冷めていくにつれて、心に理不尽とも言える苛立ちが募っていく。己への、何よりただのんきに眠っているロイへの。
 彼はおそらく、昔の夢を見ているだけだ。修行時代、机に向かったまま眠ってしまった彼に毛布をかけてやることはリザの日課だった……そんなありふれた日常の過去の夢を。そう、これはこの事態はたったそれだけのこと。何の意味などありはしない。
(人の気も知らないで……) 
 ロイの寝顔を恨めしげに見やって、リザは唇を噛む。
 たったこれだけのことで、冷静を崩される。感情がかき乱される。彼の副官として失格だ。
 ……一体これは何だろう。
 首を傾げ、己の内に問いかける。確かなのはロイが関係するということ。彼に近づくと顕著だと言うこと。……だがいくら考えても分からなかった。
 よく晴れた初秋の昼下がり、リザはいまだ、答えを知らないでいた。





恋愛以上



 上着を一枚重ねて着るようになってしばらく。そろそろその上着を厚手の物と交換する時期になった頃、街路樹は黄色に色づいていた。舞い落ちる葉が道端に小山を築いている。黄色に埋まるストリートは輝かんばかりに美しく、道行く人々の目を楽しませていた。
「今年も見事に染まったな」
 秋の日は早い。定時に帰ってもとっくに夕刻を通り過ぎ、空は藍色に染まっている。だが、街灯の中に浮かび上がる落葉のストリートは更に幻想的だ。イチョウの葉を一枚つまみ上げながらロイが言うのに、リザは控えめに同意した。
「……そうですね」
 前を歩く男の背中を見つめる。
 少し前から仕事終わりが重なると、一緒に帰ろうと誘われるようになった。護衛もかねてと誘いを受けて、こうして二人で歩くのももう何度目か。特に何かあるわけでもない他愛ない雑談をするだけの時間だが、少しずつそれは増えていって、やがて、リザにとって特別な時間となった。
「綺麗です」
「そうだな」
 季節の移り変わりをこんな風に身を持って感じることなど、今まで無かったように思う。リザにとってこの街で過ごす時間は、常に慌ただしさの中にあった。巡る四季よりも身近なのは、血と鉄と硝煙の匂い。綺麗なものとは無縁の世界で生きてきた。そんなものを顧みる余裕もなかった。
 だが、今はどうだろう。
 ロイと多くの時間を過ごすようになってから、リザは街の変化に敏感になったように思う。彼が話すから、いつ頃何の花が咲くのか詳しくなった。季節のフルーツを使ったケーキが美味しいお店も、季節毎に催されるイベントも、いつのまにか知識が深まってしまった。
 新たな知識の元に見た世界は、より色鮮やかにリザの目に映る。周囲を落ち着いて見回せる余裕が出来たということなのだろう。
 ――そして、自分と彼を見る余裕も。
 ひゅうと風が吹き抜ける。冷たい風は冬の予感を含み、リザのコートの裾をはためかせた。思わずぶるりと身を震わせれば、先を行く男が立ち止まり振り返っていた。
「寒くなったな」
「ええ……はい。早いものです」
「……ああ」
 リザの特に捻りもない受け答えにも、彼は気にしない。ただ屈託無く、その穏やかな低い声で同意してくれる。……それがとても心地よい。
「大佐?」 
 カツンっとブーツのヒールを鳴らして、リザはロイの隣に並んだ。立ち止まったまま動かない彼を不思議に思っていれば。彼は逡巡するように瞳を一瞬だけ伏せ、それから思い切った様子で切り出した。
「……良かったら、だが」
「はい」
「珍しい紅茶の茶葉を手に入れたんだ、うちに寄っていかないか?」
 目を見開いてリザは全身を硬直させた。驚きと混乱が同時にやってきてゆるゆると彼女を襲う。
 心に乱れ舞うのは、過去の記憶の欠片だ。
 コーヒー党の彼の家には紅茶の茶葉も淹れるための道具も置いていないこと。親友以外の人間を上げたことがなく、まして女などもっての他だと語っていたこと。どうせ独り暮らしだからと椅子も、カップでさえ一つしかなく、親友に持参させていること――。
 ごく手短な申し出をスイッチにして、数々のロイの言動がリザの中で再生された。
 他人のために――親友のためでさえも、それらの問題の数々をクリアーしようとは思わなかった彼が。他ならぬリザのために、全てを整えて誘いをかけてきたのだとしたら……?
 嬉しいと思った。胸の奥が熱くなって、身が震えるほどに嬉しい。その感覚はリザにとって好ましく、新鮮だった。
「……どう、だ、ろうか?」
 リザの反応を気にして、言葉が途切れがちになる彼。いつもは自信にあふれた黒い瞳が、今は不安に揺れている。
 断られるのは悲しい。だが、受け入れて貰えたら嬉しい。
 ロイの感情がダイレクトに伝わって来て、リザは胸がぎゅっと締め付けられ息苦しさを感じた。
「……ご迷惑でなけれ、ば…」
 喉の奥に詰まってしまった言葉を吐き出すように、それだけをやっと言った。同時に血液のように身体中を巡る緊張に、リザは身を硬くした。
 誰しも一歩を踏み出す時というのは、臆するものだ。これまでを変え、これからを変える。
 彼との関係が変わって行く――そんな予感に、身が竦む思いがした。
 けれど。リザは引き返す気は無かった。
 その手で触れたいと思う衝動を、彼の心の内に自分がいる喜びを。
 リザはもう知っているから。
 あれから今まで、胸一杯に膨らんだ想いが、もう破裂しそうだ。
「そうか!……その…安心してくれ。何もしない」
 色よい返事を貰い喜色を顔に浮かべたロイだが、リザの硬く緊張した表情を何か誤解したらしい。しかつめらしくそんなことを述べてきて、思わずリザは吹き出しそうになった。
 張りつめていた神経が一気に弛緩し、心が軽くなる。愉快な心地がして、からかい半分に男に問いかけた。
「それは……次もですか?」
「……しない」
 少しだけ間を置いて、ロイが答える。口元を綻ばせながら、リザは畳みかけた。
「次の……次は?」
「………………保証しかねる」
 長い沈黙の後、真面目腐った顔で告げられて。そこには紛れもないロイの本音があった。また心がぎゅっと締め付けられて、リザは頬を染めながら甘く微笑む。
「良かった……私も、次の次は…耐えきれそうにありませんから」
 ――貴方への思いが、もう心からあふれ出しそう。 
「……ったく……君は……!!」
 片手で額を押さえ目元を覆い隠して、ロイが呻く。そんなことをしても耳と頬が赤いのは丸見えだ。
「大佐?」
「……知らんぞ。今夜の保証も出来なくなった。……君のせいだ」 
 にゅっと伸びてきた大きな手のひらが、リザのそれを握りしめる。少しだけ乱暴な歩調で、ロイはリザの手を引き歩き出す。その顔は相変わらず真っ赤だ。プレイボーイなどと世間で揶揄されていても、思いの外純情な男にリザは破顔した。
「……はい」
「返事をするな。……了承とみなすぞ」
 まったく……っとぶちぶち言うロイに導かれて、リザも一歩を踏み出す。この先はもう、後戻りの出来ない道だがかまわなかった。戸惑いも迷いもとっくに振り切っていたから。
 すっかり闇に沈んだストリートを、オレンジ色の街灯の光が照らし出している。落ち葉を踏みしめながら、リザはロイに置いて行かれないように足を早める。晩秋の長い夜が訪れようとしていた。



END

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by netzeth | 2016-09-10 22:15 | Comments(0)

また来るとか

買い置きしてあるとばかり思っていた化粧下地がなくて今朝窮地に陥りましたうめこですこんばんは。通販が届くまでビンの底に残ったのをどうにか取り出してしのがなくてはならぬ。……ドラッグストアで急場しのぎのものを買ってくるかな。

また台風が来るらしいですね。今年はやけに多いですよね……明日の朝が心配です。強い雨が降ると思われる地方の皆様、ご注意下さいませ。雨が降るなら窓を閉めて寝ないとなんですが、閉め切ると暑いんです。開けて寝たい。でも暑い……。台風が来てるせいなのか?9月に入っても暑いですよね。いい加減涼しくなって欲しいなあ。

そういえば。少し前に胃腸炎を患いまして、いまだに胃腸の調子がいまいち。そんな私の救世主が玉子豆腐でした。ツイッターで見かけたレシピなんですが、冷たい玉子豆腐に暖めためんつゆをどばーってかけて食べるとちょうど良いぬるさで良いです(^^)

今さらですが、今年は9/1にリザの日企画に参加させていただきました。去年はツイッターをやっていなかったので、どうしてリザの日なのか知らなかったのですが、ホークアイが9と1なのでした。ロイの日ロイアイの日にくわえてリザの日!ふふ素敵ですねえ(*^_^*)



拍手ありがとうございます!
以下続きから拍手コメント(9/7分)のお返事です。









続き
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by netzeth | 2016-09-07 23:54 | 日記 | Comments(0)

休日にするべきこと

 覚醒と傍らの目覚まし時計を見たのは同時だった。数字を認識した瞬間、リザは跳ね起きてそのままベッドを降りる。
「完全に遅刻だわ……!」
 身支度にかかる時間を計算してそこから省略出来る行程を抜いていく。洗顔と歯磨きは譲れないが、化粧と寝癖直しは軍部ですればいい。朝食抜きはもちろんだが、愛犬のご飯だけは絶対に用意して出かけねば。まだ小さな子犬の彼を飢えさせては可哀想だ。
「く~ん?」
 主人が慌ただしく駆け回っているのを、寝床から起き出して来た子犬が不思議そうに見上げている。パジャマ脱ぎ、下着一枚の格好でリザは微笑んだ。
「ハヤテ号ちょっと待っててね。すぐにご飯にするから。確か昨日帰りに買ってきたドッグフードが……」
 その瞬間、脳裏に昨夜の出来事がフラッシュバックしてリザは全ての動きを止めた。連鎖式に極めて重要な情報が蘇ってきて、ゆるゆると身体から力が抜けていく。
「…………あ、今日、お休み……」
 窓辺から強い太陽光が射し込み、熱気を帯びた風がカーテンを揺らしている。今日も暑くなりそうな、そんな夏の日。
 脱力感にさいなまれ床にへたり込んだリザの元に、愛犬が近寄ってきて腕をぺろりとなめる。まるで小さな子供にドンマイと慰められているようで、ますます情けない気分になった。
(……だいたい、全部、あの人がいけないんだわ。突然休みなんて入れるから。だから、調子が狂うのよ)
 どうにも感情の持って行き場がなくて、この突然の休日の元凶にリザは思いを馳せる。そして、八つ当たり気味に脱いだパジャマをベッドの上に放り投げた。





「ホークアイ中尉。明日は休みをとりたまえ」
「はい?」
 もうすぐ退勤時間に差し掛かろうかという夕刻。直属の上司に突然そんなことを告げられて、リザは困惑した。もちろん明日は非番ではない。まして、休みの申請もしていない。
「大佐、寝言は寝てから言っていただけませんか?……それとも熱が?」
「……真顔で即答するのはやめたまえ。私は起きているし熱もない」
「でしたら、この書類の山が見えなくなったのですか?……この状況で副官である私が休みなど取れるとお思いですか?」
「書類の処理は私の仕事だ。最終的なチェックはブレダかファルマン辺りにやらせる。とにかく、君は休みをとりたまえ」
「ですが……っ」
「……私が君の本当の休暇消化率を知らないとでも思ったかね?」
 リザの反論をねじ伏せるように、ロイは言う。一瞬だけ言葉に詰まると、それ見たことかと上司は畳みかけてきた。
「やっぱりか。休暇申請は受理されているし、書類上は休んでいることになっているが……君、普通に仕事に来てるだろう、ずっと」
「そ、それは……」
 まさかロイに気づかれるとは。不覚と唇を噛めば、疑惑を肯定するようなもの。ロイの口元に苦笑が浮かぶ。
「ワーカーホリックも大概にしたまえ。私を部下に休みも取らせない酷い上司にするつもりかね?」
「……僭越ながら、冷静かつ客観的に判断しまして、私が居なければ大佐のデスクワークは回りません」
「だろうな。だが、一日くらい何とかする。……本当は一週間くらい休暇をやりたい所だが……それはまあ、無理だな。不甲斐ない上司ですまんな」
 そんな風に素直に詫びられたら、気勢を削がれてしまう。だが、仕事のことを思えばおちおち休んでなどいられない。
「……大佐。私は大丈夫ですから」
「強情だな。私に言わせる気か? これは上官命令だと」
 その言葉が出たのならば、チェックメイト。リザにはもう反論の言葉はない。唯々諾々とロイの主張を受け入れるしかない。
 リザの仕事はリザしか把握していない事柄が山ほどある。自分が居ない一日を滞りなく終えて貰うために、誰かに引継をしていかねばならない。……それは出勤するより手間がかかる。唇を噛んで不本意さに耐えていたその時、背後から声かかかった。
「いいじゃないッスか、中尉。せっかく大佐が休んでいいって言ってるんスから、少し遅い夏休みだと思えば」
 唐突に口を挟んで来たのは、金髪頭の部下だった。いつからやりとりを聞いていたのか、彼は軽い調子で続ける。
「大佐のお守りは俺らに任せて、ゆっくり羽を伸ばして下さいよ」
「でも……」
 部下には特に迷惑をかけてしまうことになる。まだ逡巡するリザの背を後押しするように、ハボックは続けた。
「ちょうど北の方で大きな祭りがあるそうですし、良い機会だから行ってみたらどーッスか?」
「お祭り……ああ、ウェルデンの花祭りのこと?」
「そうそう、それッス。ね?」
「……そうね。けど、一人で行ってもつまらないわ。ハヤテもまだ小さいし……ね。でも一度見てみたいとは思っていたの。一緒に行く人がいたら、行ってもいいかしら……」
「あ、良かったら俺、立候補するッス!……って!」
 その瞬間、調子に乗ってはいはいはいっと手を上げたハボックの後頭部を、ロイがはたく。彼はむっつりと口を曲げて不機嫌そうに言った。
「バカもん。お前は普通に勤務だろうが」
「……やだなあ、言ってみただけッスよ」 
 もちろん、リザには一緒に行くような相手はいないため、祭りに行く気はない。だが、ハボックの気遣いは嬉しく、リザは小さく微笑んだのだった。





 とは言っても、仕事に追われ忙しくしていることに慣れきったリザにとって、何もしないをするのは難しく。
「どうしよう、暇だわ……」
 突然に降って沸いた時間をリザは思いっきり持て余していた。家事を一通り済ませ、積んでいた本でも読もうとソファーに座ったはいいが、内容が頭に入って来ない。進めてくれた友人には悪いが、よくある安い恋愛話には興味がわかなかった。
「ハヤテ号もお昼寝中だし……」
 せっかくの休みなのだからと、たっぷり子犬とスキンシップを取ったはいいが、フルパワーで駆け回った彼は、あっという間に電池切れで眠ってしまった。まだ生まれて間もない子犬、体力が追いつかないのだろう。
 壁掛け時計を見上げれば時刻はまだ昼前。これから夜まで、一体何をして過ごせばいいのだろう。とりあえず市場に買い物に行くのは決定事項として、それまではいっそ筋トレでもして腹筋を割ろうかと考えていた時。リリリンっと自宅の電話ベルが鳴り響いた。
「はい、ホークアイ」
「……ああ良かった。在宅だったか」
「大佐? ええ、はい。もう少ししたら出かける所でしたので、良かったです」
「なんだって? どこにだ?」
「市場に買い出しにですけど」
「……そうか」
 語気が荒くなったと思えば、途端に安堵したかのように息を吐く。一体何の用なのだろう、とリザは訝しんだ。
「ところで、ご用件は何ですか?」
「…………い、いや…君が休日を満喫しているかどうか確かめたくてね」
 一瞬言葉に詰まったロイに首を傾げながら、リザは生真面目に返答した。
「ええ、大佐。おかげさまでずいぶんと家事がはかどりました。ところで、今日一日のスケジュール管理はハボック少尉にきちんと任せたはずですが……」
 言外に仕事中だろうと指摘すれば、受話器の向こうで上官が苦笑する気配がする。
「……ああ、あの大佐の取扱説明書ってやつか。私を電化製品扱いするのはやめてくれたまえよ。あんなものなくても、ちゃんとやるから」
「いいえ、あれでは足りないくらいです」
 現に書類仕事に没頭していなければならない時間だと言うのに、こうやってリザに電話をかけているのだから。
 隙あらばサボろうとするロイに、リザはぴしゃりと言ってやる。すると分がないと悟ったのか、彼は早々に話題を変えるようだった。
「君は休みなのだから、軍部のことは気にかけなくていい。それよりも、家事だって? せっかくの休みだというのに、君は家事しかしていないのかね?」
「はい。休みの時にまとめて済ませておくのが効率的ですから。ですが家事だけでなく、ハヤテ号とも遊びましたよ」
「そうか。それは良かった……なら、その調子で残りの時間は君のしたいことをして過ごすこと。いいか、しなければならないことじゃない。したいこと、だ。いいね?」
「大佐……? あの、それはどういう…?」
「簡単なことだよ。君も休みの日くらい欲望に素直になって、自堕落になれと言っているのさ」
 自堕落、という言葉に戸惑いながらも、リザは反論する。
「……私は家事は嫌いではありませんよ。市場に買い物に行くのだって楽しみです」
「そうかね、では宿題だ。ちゃんとやりたいことをすること」
 しかし、ロイはリザの言葉など聞いてはいないようで。一方的に告げてくる。
「た、大佐……っ、ですから、それはどういう……」
「ああ、もう時間だ。では、な」
「あ、待ってくださ……」
 リザに皆まで言わせず、ロイは電話を切ってしまう。
「……んもう、結局何の用だったのかしら……」
 不可解な気分で受話器を見つめて、リザは小さくため息をついた。


 


 アパルトマンを一歩出ただけで照りつける太陽光の鋭さに、目を細める。朝晩はようやく涼しくなった晩夏。しかし、昼下がりの暑さは相変わらずだ。つばの広い帽子を被り、ノースリーブのワンピースにサンダルという軽やかな格好で、リザは市場へと向かった。
「ハヤテ号がお昼寝しているうちに出て来て良かったわ……」
 熱くなった石畳の上を子犬に歩かせる訳には行かない。しかし、起きていたのならばリザについて来たがっただろう。次の休みがいつとれるかも分からないため、生活必需品の買いだめは必須事項だ。故に、両手が塞がっては子犬を抱き上げてやることも出来ない。 
「夕方までには帰りたいわね」
(重いものは配達して貰うとして……出来るだけ持ち帰れるものは持ち帰ろう。野菜や果物お肉は後回しでよくて、最初は石鹸と…それから……)
 市場をどのように回れば一番効率的に買い物が出来るか、脳内でシュミレーションしながら急ぎ歩を進める。そうして市場に到着すると雑多な人混みを颯爽とかき分けて、手際よく店を回り、リザは必要なものを購入していった。
 そして、気がつけば夕刻が迫る時間。
 両手いっぱいに荷物をつり下げて、リザはある種の満足感に浸っていた。これでも女だから、買い物は嫌いではない。それなりに楽しい時間だ。しかし、これもこの先仕事に集中するためのルーティーンワークにすぎないのではないか? とそんな考えが脳裏をよぎる。 
 どうしても思い出されるのは、先ほどのロイの言葉だ。
 ――しなくてはならないことではなく、したいことをすること。
 改めてそんなことを言われても、困ってしまう。
 リザの一番は仕事だ。彼女が規則正しい生活を送ろうとするのも、仕事に支障をきたさないようにするため。では自分のやりたいこととはなんだろう? ロイは何を言いたかったのだろうか。
 そんな風に思いをはせていた時、背後からかかった声にリザは仰天した。
「お嬢さん、荷物持ちはいりませんか?」
 光の速度で振り返ると、思った通りの人物が立っていた。黒のスーツに黒頭の上司。
「た、大佐……!?」
「ほら、持とう」
 驚きに固まっているリザから、さっさと荷物を取り上げると彼はひょいと肩越しに担いでしまう。それからにっこりと笑った。
「美味いケーキ屋を知ってる。今の時期は白桃のタルトなんて、おすすめだぞ。少しお茶をしていかないかね?」
「な、な、な……貴方はこんな所で何をしているんですか!!」
 白昼の往来だということも忘れて思わず叫んでしまう。
「仕事はどうなさったんですか!? あああ、あれほど、ハボック少尉に脱走させないでって頼んでおいたのにっ! ちゃんと取り扱い説明書を渡して来たのに!」
「だから、人を家電扱いするのはやめたまえよ……」
 睨みつけるリザにロイは情けない顔をする。
「仕事はちゃんと終わらせて来た。君の指示通りのところまでね」
「本当ですか?」
「疑い深いな。君に嘘はつかん」
「では、一体こんな所で何をしているんです?」 
「君が市場に行くと行っていたから、会えるだろうかと思ってね。そうした、ビンゴだ。やれやれ、運命的だと思わないか?」
 もう一度同じ質問をすれば、頭が痛くなるような答えをくれて。リザは思いっきり男を睨みつけてやった。
 ――変な電話をよこしたと思ったら、今度は直接やってきた。一体何がしたいのだろう、この人は。
「で。白桃のタルト食べに行かないのか?」
「……ハヤテが家で待っていますから」
 正直心惹かれるものを感じてはいたが、可愛い家族を置いて自分だけ良い思いをすることは出来ないと断る。だがロイは引き下がらなかった。
「ではテイクアウトしよう。ここからすぐだ。時間はかからない。君の部屋で食べようじゃないか。……紅茶を淹れてくれ」
 テイクアウトに意義はない。持って帰れるというのなら、願ったり叶ったりだ。問題は。
「どうして貴方が私の部屋に来る前提で話が進んでいるのですか。お食べになりたいのなら、ご自宅で食べればいいでしょう」
「……何が悲しくて男一人でケーキをぱくつかねばならんのだ。それに」
「それに?」
「……君が食べてるの見るの好きなんだ」
 悪びれずさらりと恥ずかしいせりふを言ってのけると、唖然とするリザに、ロイは片目をつむってみせた。
 羞恥は後からゆるゆるとやってくる。頬が熱くなるのを感じ取りながら、精一杯呆れた調子で言ってやる。それがリザのせめてもの抵抗だった。――何しろ、リザはロイが部屋に来るのが嫌ではなく、むしろ嬉しかったので。
「……本当にもう。やりたい放題ですね、大佐」
 退屈だったぽっかり穴の空いた時間が、急速に埋まっていく感覚。足りないものが充足していく、満ち足りた気分。
 ……ああそうか。
 リザは気づいた。自分の一番は仕事ではなく――。
「何、君の真面目を崩してやろうと思って、お手本を見せに来たのさ。言ったろう? 休みの日くらいやりたいことをしろって」
 自分のしたいこと、それは。
「仕方ありませんね……ハヤテと遊んで下さるなら、ご夕食も一緒していいですよ」
「本当か!?」
「ええ」  
「よしっ、では早速行こうじゃないかっ! まずはタルトだな!」
 歓喜を爆発させるロイに頷いてやれば、彼は小躍りするかのように歩き出した。くすくす笑いながらリザはその後ろをついていく。すると、彼はぽつりと呟くように言った。 
「……結局、ウェルデンの花祭りには行かなかったんだな」
「……? ええ、一人で行くのははばかられたものですから。お祭りは今週いっぱいまでと聞いていますから、今日は今年最後のチャンスでしたね。残念ですが」
「一緒に行く相手はいなかった?」
「え?……ええ」
「本当に?」
 念押しするように言われて、もしかして、という予感がした。
 ……もしかして、彼はずっとそれを気にしていたのだろうか? 
 思い至ると無性におかしくなった。したいことをして休日を過ごせと物わかりの良い上司のふりをして命じておきながら、結局のところロイはリザの行動が気になって仕方がなかったのだろう。
 だから、リザは己の心に素直に。そしてロイが望んでいるであろう言葉を告げてやることにした。
「……貴方がお休みでないのに、私が行ける訳ないでしょう?」
「それは申し訳なかった。……なら、予約していいか? 来年は私と一緒に行ってくれ」
「……いいですよ」
 了承を告げると、ロイの手が伸びてきてリザの手をそっと握りしめる。暑いですよと苦言を呈しながらも、リザはそれをふりほどこうとはしなかった。
 それから脳内で忙しく考え始める。
 さて今夜の夕食は何にしようか。大きな黒犬の分も作らねばならないから大変だ。せっかくの休日だというのに、最後にこんな大仕事が待っていようとは。
 けれど。
 心はうきうきと躍り、自然とリザの足取りも弾んだ。
 だいぶ予定とは違ってしまったが、こんな休日も悪くない。
 暮れる前の夏の日はまだまだ鋭く照りつけ、繋がった手は軽く汗ばんでいる。しかしべたつくその感触が何故か嬉しく、リザは一緒にいる幸せをかみしめた。

 
 楽しい休日の過ごし方。好きな人と一緒に――結局それがリザの一番したいことだった。




END
************************
遅刻してしまいましたが…リザの日おめでとうございます(^^)
ひっそりこっそり参加させていただきます。
素敵な企画をありがとうございました!


 


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by netzeth | 2016-09-02 00:30 | Comments(0)