うめ屋


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by netzeth
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リリィ

頼む……もう、寝かせてくれ……リリィ……」
その言葉が男の口から滑り出した途端、部屋の空気は凍り付いた。
昼下がりの東方司令部執務室。特に大きな事件も起きず、ごく平和だったこの時間。転た寝していたロイ・マスタング大佐を副官であるリザ・ホークアイ中尉が起こそうとした瞬間にそれは起こった。
比較的忙しくはないため、いつもなら銃の一発や二発お見舞いして起こすリザも、今日のところは優しくロイを起こしてやっていたのだが、そのセリフを聞いた瞬間愛銃を抜き出していた。
よりによって中尉の前であんな寝言を言うとは……他の部下達は同情しつつも心の中で合掌する。
ガウンっ!
かくしてロイの眠りは鉛弾の音で破られたのだった。
「なっ何だ!?」
飛び起きたロイが目にしたのは、銃を構えた冷え冷えとした表情の己れの副官だった。
「お目覚めですか、大佐」
相変わらず、冷たい視線でロイを見てリザが何の抑揚もない声で淡々と言う。
「ち、中尉……」
確かに職務中に居眠りしたのは悪かったが、何もこんな手荒く起こす事はないだろうと、抗議すると、
「手荒くて申し訳ありません。でしたらリリィさんにでも、優しく起こしていただけば良かったですね?」
大佐の寝不足の原因でらっしゃる様ですし? リザの言葉に凍り付いていた部屋の空気が更に絶対零度まで降下する。リザを除く他の部下達は息を飲んで二人を見守っていた。
「リリィか……ああ……まったくとんだ目にあった。とにかく寝かせてくれないんだ。疲れればおとなしく眠ってくれるかと思ったが……何であんなに元気なんだ? でも、すり寄ってくると可愛いくて無下にも出来なくてな……つい相手をしてしまうんだ。おかげで寝不足……」
ゴウンっ。
「おわっ」
ロイが言い終わるより先に、本日二発目の銃弾がまっすぐロイの頬のすぐ横を通過する。
「戯言はそこまでにしていただけますか、大佐? ここは神聖なる職場です。その様な話を聞く場所ではありません」
リザの迫力にようやく彼女の尋常でない様子に気がついたロイだが、何故そんなに怒っているのか分からない。
助けを求めて周囲を見渡すが他の部下達は既に部屋の隅に避難している。
「待て! 落ち着け中尉。何か誤解があるようだが……」
「……もう、結構です。私はこれから射撃訓練の予定がありますので失礼いたします。……残っている書類は全て処理をお願いします」
少しだけ悲しそうな顔すると、リザは銃を納めて、では、とさっさと部屋を出て行ってしまった。


「大佐!まずいですよ~」
「中尉、相当怒ってましたね……」
「ああ、あの書類今週中で良いって言ってたのに、今日中に全部やれだもんな」
「無理もないぜ……居眠りした挙句に女の名前を呼んでしかも……」
リザが出て行った途端、寄ってきて口々に文句を言う部下達の言葉をロイは聞き咎めた。
「待て。女の名前? 何の事だ?」
「だから、寝ぼけて呼んでたじゃないですか。しかも中尉にのろけて……」
「のろけ? だから何の事だ」
「だから……リリィさんですよ!」
部下たちの言葉にようやくロイは事態を飲み込んだ。そして、ふるふると震えると、そのまま力一杯叫ぶ。
「……リリィは猫だ!!」
唖然とした部下達を見回して、
「まさか……女性だと思っていたのか!?」
ロイはプルプルと拳を震わせた。
「そのまさかです」
「中尉もそう思ってましたよ」
無情にも全員頷いた。
リリィが女性であるとの前提で自分のセリフを反芻して、くらりと眩暈がしたロイだった。
「あんな事言うわけないだろ!」
「でも、大佐の事だしなあ……」
「有り得ない事じゃないよなあ」
己の信用の無さにロイは内心がっくりしながら、疲れた様に肩を落とす。
「お前らなあ……いいか。リリィは猫だ。三日前に家の前で鳴いていてだな……」
「俺らじゃなくて、中尉に言った方が良いと思いますよ。それ……」

後日、東方司令部では小さな子猫を連れたマスタング大佐がホークアイ中尉に必死に言い訳する姿が見られたという――。




END
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おまけ
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# by netzeth | 2010-04-24 23:46 | Comments(0)