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by netzeth
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パロディー

 お題「パロディー」

 


 今夜十二時、輝くヴィーナスをいただきに参ります。怪盗 ロイ・マスタング


 
 白地に紅色の文字。象られた意匠は焔。
 イーストシティ警察所属、リザ・ホークアイ刑事は美しい指でその予告状を握りつぶした。
「いい加減にしなさい、ロイ・マスタング! 今夜こそ絶対に捕まえてみせる。せいぜい残り少ないシンデレラ・リバティを楽しむといいわ」
「落ち着いて下さいよ、ホークアイ刑事。あの男のこととなると、我を忘れるんですね……ほら、指、紙の端で切れて血が出てますよ」
 言いながらハボックがハンカチでそこを拭ってくれる。
「ありがとう……ごめんなさい、新しいの買って返すわ」
 謝ってそのハンカチを受け取り、ポケットにしまった。人の血のついたハンカチなどもう使う気になれないだろう。
「いえいえ、お気遣いなく。つっても、輝くヴィーナスって何でしょうね? 指定がなければ警備も出来ないッスよ」
 後輩刑事のハボックが煙草をくゆらせながら、つっこむ。リザはそうね、と頷いて、自信ありげに頷いた。
「もちろん分かってる。彼は宝石専門の泥棒よ。狙っているのは、グラマン氏のダイヤモンドに違いないわ」
「あー通称、アメストリスの星」
「そうよ、その美しさからしばしば明けの明星に例えられている」 
「なるほど。ちょうど展覧会に貸し出してるって話でしたね」
「展示場の警備はうちの担当ではなかったけれど……ロイ・マスタングが絡んでいるなら、話は別。早速行くわよ!」
 愛銃のブローニングを装備し、リザは展示会場へと急ぐ。
 思い浮かべるのは、あの憎らしい黒髪の男の顔。学校出のエリート刑事として赴任した最初の事件で、リザはロイと出会った。華麗な焔の錬金術を操り、数々の盗みを働いてきた男。許せない卑劣漢。なのに心は裏腹に甘い疼きを覚えていた。
 最初の事件。それは実は保険金目的に宝石をわざと盗ませようとする所有者の策略だった。ロイ・マスタングの予告状を偽造し、真相に気づき糾弾したリザを殺そうとした。あわやという所を助けてくれたのは……怪盗ロイ・マスタングその人だった。
 悪党と思えぬ優しい瞳をしていた。刑事としてのプライドが邪魔をして
素直に礼も言えなかった。ただ、何故宝石を盗むのか、問いかけたリザに彼は言った。


「私は美しいものが好きなのです、お嬢さんのような気高く美しい宝石が」

 
 それ以来優しい微笑みと、その言葉がずっと頭から離れない。
「あの男……本当に許さないわ」
 私に一体何をしたの……?
「何です?」
「いいえ、何でもないの」
 ハンドルを握るハボックに首を振れば、彼はそういえばと言葉を継ぐ。
「今回のターゲットおかしいと思いません?」
「……私もそれを考えていたわ。彼は宝石専門の泥棒、けれど……盗む相手は悪人という主義を持っている。グラマン氏は…うちのおじいさまは大変人望の厚い方よ…慈善事業にも積極的に取り組んでらっしゃるし……」
「そうなんですよね……何か思いつきません?」
「分からないわ……」
 ロイ・マスタングの盗みの理由など知らないが、そこは明確に区別されている。彼は絶対に普通の市民や善人からは盗まない。
(……何か理由があるのというの?)
 考えている間に車は展示会場へと到着していた。


 

 
 グラマンから警備の一切を任せて貰い要所に警官を配置した。万を辞して怪盗を待ち受ける。予告時間は十二時。怪盗は時刻に正確だ。一分たりとも遅れない。
「気をつけて、時刻になるわ」
 ダイヤモンドのガラスケース前に立って、リザが声を上げたその時だった。会場の明かりが一斉に落ちた。だが想定内だ。暗闇が降りた空間でも誰も慌てない。落ち着いて予備電源を作動させ明かりを確保するように命じたその瞬間、異変は起こった。
 轟音とともに会場内に煙が満ちる。同時に、周囲の警官たちがばたばたと倒れていった。
(これは……催眠ガス?)
 耳障りなガラスが割れる音が立て続けに二つ、一つは会場の天窓。もう一つは……ダイヤモンドのガラスケース。
「!!!」
 銃を構えて振り返る、天井から黒い人影が舞い降りたように見えたが、引き金は引けなかった。
(どうして……!)
 自分自身理由は分からなかった。非常を告げるベルが鳴り響く。宝石が持ち去られた証にセンサーが反応したのだ。
(く……!)
 気休めにもならないかもしれないがポケットからハンカチを取り出して、口に当てた。不思議と甘い匂いがして、はっとなる。そのまま鋭い視線で人影を追えば、それは再び天へと登っていった。
「空から逃げるつもり!?」
 通信機をひっつかみ、会場周囲の警戒にあたっている警官たちに呼びかける。熱気球を使った空からの逃亡はマスタングの得意技だ。
「ごほごほっ、ホークアイ刑事、無事ッスか?」
「ハボック刑事、追うわよ!」
 意識があるらしい後輩を伴って、リザも夜の街へと飛び出していった。



 
 空を行く気球を見上げて、走る。車は全てパンクさせられており、使えなかった。その辺りで市民から徴収しようにも深夜ゆえ、捕まらない。そうして息が上がってどちらからともなく足を止めたのは、狭い路地裏だ。
 リザはガンフォルダーから静かに銃を抜いた。それを金髪の後頭部に押しつける。
「……茶番はここまでにしましょうか」
「何の真似ッスか? ホークアイ刑事」
「とぼけないで。怪盗ロイ・マスタング。一体いつから入れ替わっていたの?」
 冷たい声音を突きつけた瞬間、後輩であった者が纏っていた空気ががらりと変わった。いつもの飄々とした雰囲気が消え、華麗なる怪盗へと目の前の男は変貌を遂げた。手を上げつつゆっくりと振り返ると、そこにはもう黒髪の男が不適な笑みを浮かべ、立っていた。
「よく気づいたね、慧眼恐れ入ったよ。どうして分かったんだい?」
「……長年染み着いた煙草の香りはね一朝一夕では抜けないのよ。どんなものにも染み着く。そう、ハンカチにも」
「なるほど。それは盲点だった。服や髪は気をつけていたんだがね……」
「それに…あのハンカチ、何か特殊な薬を染み込ませているのではない? だから、私には催眠ガスが効かなかった……」
「ご名答。流石、私のリザ、だ」
「ふざけないで!!」
 リザは唇を噛んだ。この男の意図がまったく読めない。それが腹立たしい。名門に産まれエリート街道を歩んできた自分が、常に冷静沈着頭脳明晰と謳われる自分が、このような男に翻弄されるのが、悔しくてたまらない。
「答えなさい。何故こんな手の込んだまねをしたの? ダイヤを盗むなら、私だけ無事にしておく理由がないわ……何か他に魂胆があるのでしょう?」
「そうだな、ダイヤは囮だ」
「囮?」
「そうだ……本命はな、君」
 同時に銃身掴まれた。引き金を引かなくては、と思ったがまた、固まってしまったように指が動かなくなる。そのまま男の接近を許してしまった。夜空よりも深い黒がリザを見つめる。出会った時からずっとリザを捕らえて離さぬその色。
「君を……盗みにきた」
「何ですって?」
 思わぬことに呆然としたリザを、魅力的な笑みを浮かべロイは見つめている。
「グラマン氏から聞いてね、お見合いの話があるそうじゃないか」
「……おじいさまと知己だと言うの? 貴方が?」
「その辺はおいおい話そう。……それより、私に盗まれてくれるのかい?」
「ふざけないで!」
「ふざけてなんかないさ。君の見合い話を聞いて、どれだけ私が慌てたか……うっかり君を盗む予告状を出してしまったくらいだ」
「待って、輝きのヴィーナスって……」
「そ、君。君は私のヴィーナスだからね」
 気障なウィンクを決めたその顔を殴ってやりたい衝動に駆られた。
 そう、全て分かっているぞとでも言いたげなその顔! 
 これまで何度追って追われてを繰り返してきたか、最初の事件だけではない。時にはピンチを助けて貰ったり、こちらが彼に仮を返す形で助けたこともあった。そうやって、よき好敵手的な関係を築いてきた……そこに生まれた甘い感情をよもや悟られているとは!
「じょ、冗談は止めてちょうだい! 私は刑事よ! 貴方を逮捕します」
「いいよ。君になら手錠をはめられても。でも、君だって盗みの罪を犯しているんだ、その責任を取ってからにしてくれ」
「私が盗み……? そんなことはしていないわ」
「いいやしている。君は……怪盗であるこの私から私のハートを盗んだ、とんでもない女性だ」
 もう、距離が近い。吐息が触れ合うほどに。近づいた顔が頬をかすめて耳元にささやきを落としていく。その甘い声を。
「……君はその責任を取って私に盗まれること。そうしたら、私は君に……一生捕まるよ」 
 彼はやっぱり悪党だと、リザは思った。
 自分に刑事としての義務も責任も全て放り出させたい気にさせるのだから。
 本当は、出会った時からずっと……心を盗まれていたのは……。
「あ、貴方の罪は……いつか必ず私が償わせますから……!」
「そうか、うん。君がそうしろと言うなら、従うよ」
 その言葉を了承と受け取ったのか、ロイはリザは抱きしめてくる。抱擁は強く温もりはひどく暖かくて、リザから抵抗を奪い去っていく。

 
 その夜、怪盗ロイ・マスタングはいつも通り予告のものを盗んでいった。
 

 彼のパートナーとなったリザが、怪盗ロイ・マスタングの真実を知るのはまた別のお話である。

                     


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# by netzeth | 2017-08-11 23:28 | Comments(0)