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by netzeth
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大人の喧嘩

 報告書を提出しに来た少年がそのままソファーに落ち着いたのを見て、ロイはほう? と楽しげに笑った。いつもなら用が済めば長居は無用とすぐにでも出て行くというのに。はてさて、これは一体どいうい風の吹き回しだろうなと考えていると、なあ…っと彼、エドワードは口を開いた。
「あんた、中尉と喧嘩したことある?」
「中尉とはどの中尉かな。東方司令部に中尉官は両手の指で足りないほどいるが」
「混ぜっ返すなよ! 俺があんたに中尉と言ったら一人しかいねーだろうが!」
 こうまで素直な反応をされるとからかい甲斐があると言うものだ。何しろ、件の中尉殿をはじめ自分の部下たちは癖のある者ばかり、からかうどころがこちらがイジられ役になることがしばしばだ。
「すまんすまん、つい」
「何が、つい……だ。で、どうなんだよ?」
 どう、とはもちろん喧嘩うんぬんのことだろう。これ以上遊べば本格的にヘソを曲げてしまいそうだ。それは面白くないな、とロイは質問に答えてやった。
「もちろんあるとも」
「本当か!? じゃ、じゃあ……っ」
 とエドワードが前のめりになったところで、噂をすれば影。副官、リザ・ホークアイ中尉が現れた。彼女は平常通りにその美しい顔をきっちりとした生真面目さで覆っていた。
「いらっしゃい、エドワード君。ゆっくりしていってね」
 茶とささやかな菓子を少年にすすめてから、ロイに近づいてくる。ちらりとデスク上の書類に視線を投げかけた彼女は、静かにロイの分の茶も置いた。
「順調なようですね」
「ああ、この分なら夕刻には終わるだろう」
「そうですか。では前倒しで明日の分も出来そうですか?」
「そうだな、明日は予定が多いからやって置いた方がいいか」
「了解いたしました。頃合いを見計らってお持ちします」
 仕事上のやりとりを二三言交わして、リザは執務室を出て行く。その後ろ姿を扉が閉まるまで見送ってからロイはエドワードに視線を向けた。
「現在進行形で、今、喧嘩中だ」
 早速茶を飲んでいたエドワードが、瞬間、ごふっと噎せた。気管に入ったのか苦しそうにしばらく咳を繰り返して、肩で息をしながら叫ぶ。
「嘘だろ! だって今、普通に話してただろうが!」
「嘘じゃない。我々は大人だからな、仕事に影響させるわけないだろう」
 涼しい顔で言ってやれば、エドワードは信じんらんねえウィンリィは口もきいてくんねーのによ……と呆然と呟いている。
「ところで、君の喧嘩相手はそのお嬢さんなのかな? 確か、幼なじみのオートメイル技師だったかな?」
「……う、それは…」
 図星らしくエドワードが口ごもる。彼が何の理由もなしに、喧嘩の有無など聞いてくる訳がない。まして、相手をリザと指定したのだから……つまりはそういうことだろう。
「やれやれ、喧嘩の理由はなんだね?」
「……ま、まだ喧嘩したとは言ってねえぞ」
「なんだ? 私に女性との仲直りの仕方を聞きたいんじゃなかったのか?」
「……もっとマメに連絡よこせって」
「なるほど」
 観念したのか口を割ったエドワードはムクレた顔をしている。仲直りはしたいが、自分が悪かったと認めるのはまだ素直になれないと言ったところか。
「お嬢さんの言うことはもっともだと思うがね」
「俺が悪いって言うのか?……俺だっていろいろ忙しかったんだよ」
「まあ、それも分かるがね。逆に考えてみたまえよ」
「逆?」
「そう、逆の立場だったらどうだ。君の大切な幼なじみの女の子が危険な旅をしている。にも関わらず、滅多に連絡がない」
 エドワードは一瞬止まって、すぐに苦い顔をした。どうもその状況を想像したものらしい。
「う…っ、嫌だな……」
「だろう? 気をつけたまえよ、親しい間柄でも、いくら相手を分かったつもりになっても……心の奥までは見えないものさ」
 言葉を切って、ロイも我が身を振り返った。そしてすぐにエドワードとそっくりな苦い顔をする。ずっと同じ場所にいるとは限らない。再会は望まぬ場所かもしれない。
「……知らない間に変わってしまうことも…いや、何でもない」
 一瞬だけ遠い目をしたロイは、苦笑して首を振った。今更益体もないことを若者に言っても仕方がない。
「肝に命じとくよ。お年寄りの言うことは聞くもんだよな」
 神妙な顔で頷いた割には、ひどい言いようだ。誰がお年寄りだと抗議したが、俺よりはお年寄りじゃん、とケロリと言われて反論する気も失せた。悪びれない態度でエドワードは茶をすすって言う。
「……そういうあんたの喧嘩の理由は?」
「ああ、愛してるって言ったんだ」
 ぶーっと今度は耐えきれず、エドワードは茶を吹き出した。
「汚いな……ちゃんと拭いておきたまえよ」
「あ、あんた……な、な、な、何を…」
「聞いているか? 服も濡れてるぞ」
「そんなこたぁどうでもいい!」
 柳眉を逆立ててエドワードが怒鳴る。ふうっと肩をすくめてロイはため息をはいた。
「おろらくからかっていると思ったのだろうな、私は至って本気だったのに」
 そんなロイをエドワードがびしっと指さしてくる。
「あんた、女と歩いてるの見たぞ。それも一度や二度じゃない。いろんな噂も聞いてるぞ。それで信じろって方が無理だろ! あ~あ、中尉かわいそ……」
 心底同情したような顔をするエドワードは俺は絶対こういう悪い大人にはならねえと、ぶつぶつ誓っているようだ。
「ほう? で、いい子な君はどうやってお嬢さんと仲直りするのかな?」
「プレゼント……かな」
 ロイの話に呆れたエドワードは自分の喧嘩に思うところがあったのか、素直に仲直りする気らしい。
「彼女が何が欲しいのか……分かるのか?」
「あたり前だろ。あいつの欲しがるものなんて、オートメイル関係のものに決まってる。帰る前に何か見繕ってくよ」
「そうか……」
 幼なじみのお嬢さんはさぞ喜ぶだろうな、とロイは思った。すぐに仲直り出来るだろう。彼女の望みはきっとエドワードの無事な姿なのだろうから。





 途中エドワードに時間を取られたものの、仕事は順調に進み予定通り夕刻頃には片づいてしまった。ロイは夕焼けに染まる赤い空を窓越しに眺めていた。
 自分は彼の言うとおりの悪い大人だ。だから、一つ嘘をついた。実は、正確には自分と彼女は喧嘩などしていない。喧嘩とは双方相手側に怒りを持つことだ。だが、少なくともロイはリザに怒ってなどいない。
 愛していると言ったら、彼女は怒り出した。
「どうして……どうして、今、言うのですか!」
 と。自分たちの立場は何一つ整っていない、まして、自分は……と彼女は口ごもった。リザが何を言いたかったのか、ロイには手に取るように分かった。
 リザはロイが道を踏み外したら、撃たねばならない。そのために背中を任せている。そんな自分に、いつか撃たねばならないかもしれない自分に愛を告げるのか、ときっと彼女はロイをなじりたかったのだ。
 そんなリザにロイは冷然と告げた。
「君の事情なんか、知るか。それは君自身が処理しろ。君が出来る選択は二つだけだ。受け入れるか……愛してないと拒絶するか。どちらにしろ……嘘だけはつくなよ」
「……貴方は本当にひどくて…最低です」
 ずるくて卑劣な選択迫った自覚はあった。何故ならロイは知っていた。リザはロイを愛してないと拒絶は出来ない。嘘だから。愛しているが、拒絶する。それがおそらく今のリザの意志だ。その選択肢を許さなかった。
 全てを知った上で彼女の逃げ道を封じて、彼女が今はダメだと、必要としない愛を告げた。本当にひどい男だ。 
「どっちが子供で……どっちが大人なんだろうな」
 幼なじみの欲しいものを差し出せる子供と、彼女の欲しいもの差し出せない大人。
 自嘲気味に笑いロイはリザが来るのを待ちながら、さて、どうしたら彼女が怒りを解いてくれるのか、この愛を受け入れてくれるのか、を思案するのだった。



END
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# by netzeth | 2017-08-20 15:13 | Comments(0)