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by netzeth
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ロイの日SS

ハボックはこの上司と飲む時間は嫌いではない。高給取りだけあって必ずおごってくれるし、何より他の大多数の者と違い威張り散らしたりもてなしを強要したりしないから。むしろ気の置けない友人といっしょにいるような楽しい時間を過ごせるため、気に入っている。

しかし、主な話題が彼の最愛の女性となると話は変わってくる。出世を狙う怜悧な青年将校の顔も気安く話せる理解ある上官の顔も消え失せ、ただただ鬱陶しい絡み酒の酔っ払いが現れるのだ。

「どうして…どうしてなんだちゅーい……なあ? どうしてだと思う?」
「知りませんよ! あんたさっきから、それしか言ってないじゃないっスか」
「私はこんなにも愛してるって言うのに……君は……君はぁ!」

今日はハイペースで飲んでるから、もしやと思っていた。上司――ロイがこんな風になるのは彼女――リザ・ホークアイ中尉に関することのみだ。誘われた時の様子から何か相談ごとがあるんだろうと思っていたが。

「ほんとはわたしのことすきじゃないのか……?」

あれほど自信家の男も、こと恋人には形無しらしい。簡単に弱気な部分が顔を出す。ひたすらめんどくさいがハボックはこんな上司も嫌いではなかった。人間兵器や化物と呼ばれても彼も自分と同じ健康な成人男性、女のことで悩んで愚痴ったりするのだ。それがとても安心する。

「一体どうしたって言うんスか。うまくいってるんじゃないっスか?」

プライベートの悩みを打ち明けられる相手と選らばれたなら光栄だ。こういう時頼りになる彼の親友はセントラル、簡単に会ったりは出来ない。それについ最近出張で東方を訪れたその親友――ヒューズとロイは一悶着あった。

最愛の恋人の最愛の愛犬が、なんとロイよりヒューズに懐いたのだ。仔犬と仲良くなりたくて躍起になっていた彼は落ち込み、更に人徳だ、犬は人を見るんだとからかわれて、追い打ちをかけられた。男のナイーブな部分をえぐられたロイが、あいつとはしばらく口をきかん! と大人げなく宣言してから間もない。頼りになるのは自分だけだろうとハボックにはそれなりに自負があった。

「いっている。私たちはラブラブなんだぞ? この前もな……」
「あー! あー! いいっ、いいっスから! それは置いといて下さいよ!」

ノロケが始まる気配を敏感に察知して、慌てて制止する。それは耳タコで腹がいっぱいだし、何よりやっぱりめんどくさいのだ。なにせ彼女がかわいい、ということに同意すれば狙ってるのか! と即威嚇されるのだから。

ロイが副官にベタ惚れなのはよーく知っている。だからこそ、悩みが生まれるのだろう。

「で?今日は何を憂いてるんスか? 俺を付き合わせたのはその話をしたかったんでしょ?」
「う、うむ……」

指摘すればロイの瞳に正気の色が少しだけ戻った。

「ちゃんと聞いてあげますから、ほら話して下さいよ。俺なんかが力になれるか分かりませんけど」

上司部下、しかも穏やかではない野望を持ついわば共犯者ともなれば、おいそれと人に言えない悩みもあるに違いない。有益なアドバイスが出来るとは思えないが、吐き出すことで楽になることもあるだろう。どんなことでも受け止めよう……なんて考えていたが。

「実は中尉がロイって呼んでくれないんだ……」

想像の斜め上をいく下らなさだった。

「…………心底どうでもいいッスね」
「何だと!私は真剣に悩んでるんだぞ!?いくら頼んでも頼んでもそっけないし、もういっそ彼女の声でロ、イ、を続けて発音してくれればいいくらいの心境になって、ロイシンアミノペプチターゼと言ってみてくれって頼んでみたり!」
「…………なんスかそれ」

「たんぱく質を分解する酵素だ」

頭がいい人間のやることはよく分からない。

「それで満足したんスか?」
「するわけなかろう!」

……だよな、酵素だし。したらここで酒飲んで荒れてないだろう。

「しまいには夢の中にまでロイと呼んでくれる中尉が出てくる始末だ!」
「良かったじゃないですか、呼んで貰えて」
「良くない!目が覚めたら、冷静な声でまた大佐って呼ばれたんだぞ? 落差に落ち込むだろうが!」

叫びながらその時の悲しみを思い出したのか、ロイはまたがっくりと肩を落とした。

「なぜ……なぜ呼んでくれないんだ……公私のケジメを付けるべきと考えているなら、逆に呼び分けないとおかしいだろう?」
「それ、中尉に言ってみたらどうですか」
「それでケジメを付けるのは難しいからやっぱりこういう関係はよしましょう!って言われたらどうする! うわあぁぁぁぁ! ちゅーいー!」

気持ちは分かる。好きな女相手には男って生き物はどこまでも情けなくカッコ悪くなるものだ。普段のロイを知っているだけに、人間臭い彼のこういうめんどくささを逆にカッコいいのではと思ってしまう。惚れた女を一途に思う色男……というのも悪くないだろう。

「なあ……どうして、ちゅーいは呼んでくれないんだろうな……」

しかし酔っ払いは話題をループする。本格的に鬱陶しくなってきて、ハボックは投げやりに言ってやった。

「そんなの中尉の中で大佐はいまだに上司のカテゴライズなんじゃないんスか? それか大佐の名前覚えてないとか?」

「貴様……! 私がもしかしてそうかなと思いつつ口にしなかったことを……! うわぁぁぁぁぁ!」

ダメだこりゃ。

そこでハボックは匙を投げた。上司の相手を真面目にするのを止め、自らもおごり酒をぐいっとあおった。







「すんません中尉、こんな夜中に……俺が連れて帰ろうとしたんスけど、中尉じゃないといっしょに帰らないって駄々をこねて……」
「いいのよ。それより大佐が迷惑かけちゃったみたいでごめんなさいね……ほら、大佐、帰りますよ」

深夜の突然の呼び出しにも嫌な顔を見せず、リザは淡々と告げる。それからロイの肩をゆすって声をかけた。さっきまでちゅーいといっしょに帰る! とさんざんごねていた男はすっかり酔い潰れて寝入っている。

「やっぱり俺が背負って帰りますよ」
「大丈夫、車で来たから。それにしても……今夜はずいぶんと飲んだみたいね」

あーとかうーとかうめき声を上げ一向に目を覚まさないロイに、呆れたように、しかしそれでも優しい眼差しでリザは言う。

「あー……それは中尉のせいですよ。大佐の名前呼んであげないから、不貞腐れちゃってんスよ」
「え……」
「呼んであげたらどうですか?」

リザにはリザの葛藤があるだろう。上官の、しかもこんな面倒な男の恋人をやっているのだから、他人には伺い知れない苦悩があるはずだ。少々出過ぎたことを言ったかな、とハボックが後悔した時。リザがそのポーカーフェイスをポッと赤らめたので、ハボックはぽかんと口を開けくわえていたタバコを落としてしまった。

「ダメよ。……だって恥ずかしいじゃない」
「へ? そんな理由なんスか?」

「……悪い?」
「や、悪くはないスけど……大佐、悩んでましたし」
「あの人が望んでるのは知ってるわ、でもそんなに急には無理よ……だから練習してるのだけど」
「れ、練習!?」
 流石恋人同士、この人も斜め上をいくなとハボックは思う。
「ええ。ハヤテ号相手にね…ほら、黒毛黒目でどことなくこの人に似てるでしょう? だから、練習になるんじゃないかと思って」
 いつもの無表情で子犬にロイと呼びかけるリザ……というのは、なかなか可愛らしい光景だ。そこで、ハボックはピンときた。
「もしかして、ハヤテ号がやたらとヒューズ中佐に懐いてたのって……」
「ええ。あの子、それも自分の名前だと勘違いしちゃったみたいで」
 確かに、ロイをロイ、と名前で呼ぶのは軍部ではヒューズぐらいなものだ。
「これ以上あの子を混乱させるのは可哀想でしょう? だから最近は寝ている大佐で練習しているのだけど」
 ……どうやらロイの夢は夢ではなかったようだ。
「や、それ起きてる時に言って下さいよ」
 そしたらロイは狂喜乱舞するだろうし、ハボックも面倒な悩み相談に乗らずにすむ。リザだって満更じゃないなら構わないだろう。しかし、彼女は赤く染まった頬を両手で覆って、ふるふると首を振った。
「無理よ……無理。恥ずかしいわ」
「じゃあ、今、ここで、寝ている大佐に、はい、どうぞ!」
「…………ロ……やっぱり無理! 人前でなんて絶対無理だわ!」
 相変わらず少女のような初々しさで、リザが叫ぶ。
 その姿を見ていると、だんだんバカらしくなってきた。
 ロイがいくら悩もうと、リザの気持ちはこうなわけで……結局ハボックは盛大に二人の痴話に巻き込まれただけだ。 
「ほら、大佐。しっかり歩いて下さい」
「う~ん……ちゅーいー……いい匂い……」 
 ロイに肩を貸してバーを出て行くリザを見送って、ハボックは思う。
 ――とりあえず、大佐にはぜひ狸寝入りをすすめてみよう……それで全て解決する気がする。
 そんなことを考えながら、新しいタバコに火をつけた。



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ロイの日なのに情けないロイさんですw
そういうとこも魅力的だなと思っています(^^)


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# by netzeth | 2017-06-02 01:01 | Comments(0)