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うめ屋


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by netzeth

リザの日SS

 リザの日おめでとうございます!
 ※孫娘設定等あり



 花を愛でる人ではなかった。事実、庭で摘んだ生花を毎朝部屋に飾っても、特に何も感想を貰ったことはない。だから喜ぶことはないだろうと分かっていても、手ぶらで来ることは出来なかった。
 控えめな花弁の白い花を墓前に供え、リザはお久しぶりですお父さんといつも通りの挨拶をした。来る途中急いで購入した名も知らぬ花だった。
「しばらく来れなくて、ごめんなさい」
 定期的に来ていた足が途絶えたのは、再び中央へ移ったことが理由だった。東に居たときは激務であっても距離の近さで何とかなったものが、どうにもならなくなった。忘れていた訳ではない、常に心に置いていたのだと何故か言い訳しなければいけない気になる。
「とても忙しくしていたの。あの人が……マスタングさんもずいぶん偉くなって、私も……」
 途切れがちだが、不思議と言葉は後から後から湧いて出た。
「元気にしています。飼い犬に……子供が生まれたの、とてもかわいくて……お爺さまがお世話を手伝って下さっているんですよ」
 祖父の名を出した辺りでなんとなく眉をしかめる父の顔が脳裏に浮かび、ふとリザは笑いたくなった。父が生きていた頃よりも、こうして会うときの方がよほど自分たち親子は会話している。
「毎日にぎやかで大変で……だから、ごめんなさい。また次に来るのもきっと遅くなると思います」
 父の名が刻まれた墓石を見つめる。
「でも寂しくないですよね、お母さんもいるんですから」
 同じように白い花が添えられた隣の墓石へと視線を移し、リザはもう一度ごめんなさい、と告げた。
「本当はお花、自分で育てられたら良かったのだけど。お母さんみたいに綺麗なお花を」
 リザは父の前でずっと母のまねごとをしていた。家事も庭の手入れも花を飾ることもーー何から何まで。そうすることで、母が居た頃と同じようになれると信じて。けれど結局、いっときでも父の心を慰められたことはなかったのだろうと思う。だから花も一度だって喜んで貰ったことはなかったのだ。思い出は切なく、だが今となってはおかしささえある。
「ダメな娘ですね……」
「そんなことはない」
 不意に割って入った声に驚く。が、ここで鉢合わせしたことは一度や二度ではないため、リザは極力平静に振り返った。
「閣下」
「君はダメな娘なんかじゃないさ」
 隣に並んだ男ーーロイはリザと同じように、花束を持っていた。
「ただ、父親の方が少し偏屈で、素直じゃないロマンチストだっただけさ」
「ロマンチスト……ですか」
 およそ父とは似つかわしくない言葉に、思わず疑問符が出た。そうともとロイは力強く頷く。
「師匠は君の花をそれはそれは慈しんでいたよ、一度私が花瓶を倒してしまったときはそれはもうひどく叱られたものだ」
 花瓶ではなく床に落ちた花を師匠はとても心配していたんだ、と告げるロイの言葉はリザにはにわかに信じがたい。
「本当に、父が……ですか? 私は一度もそんなところを見たことはありませんけど」
「見せないようにしていたのだと思うよ。小さな君がね、庭いじりをするのを大変だろうと心配していたから。自分が喜べば君は止めようとしないだろう?」
 こんなに何年も時を経てから意外なことを知らされ、瞬きを繰り返す。リザの中での父の情景はいつだって厳しい顔で机に向かう背中だけだ。戸惑う様子のリザにロイは悪戯っぽい表情を見せる。
「では、師匠の最たるロマンチストな言葉を教えようか。これは毎日花を生けていた奥方に本当に言ったらしいのだが「君が花のようなものだから、大丈夫だよ」と」
 さすがに将軍の娘と情熱的な恋に落ちて駆け落ちするだけはあるね、とのロイは片目をつむった。父のイメージとはかけ離れたそれに呆然とし、同時にリザは疑問を覚える。
「よく……父がそんな話をしましたね」
 母についてはホークアイ家では一種タブーのように扱われていた。当時幼かったリザは悲しかったが、今なら父の心が理解出来る。愛する妻を失ってそれだけ辛かったのだろう。弟子とはいえ、そんな父がよくという思いを禁じ得ない。
「なに、君が庭で花を育て毎日持ってくるのをさして言っておられたのだよ。「妻にも言ったが……あれ自身が花のようなものだから、大丈夫なのだがな」って」
「まあ……」
 妻と娘を花に例えるとは、それはなかなかだ。知られざる父の愛に少しだけ触れ、リザはしんみりとした気分になる。父に関しては本当にこうして居なくなってから知る機会が多い。瞳を伏せ、ではとリザは言葉を継いだ。
「父は喜んでくれているでしょうか。こんな私の花を……」
「もちろんだとも。なんなら手ぶらで大歓迎さ、なんせ君自身が花だからね」
 そうおどけたように肩をすくめるロイの手には大きな花束がある。あまり墓前にはそぐわないかわいらしいピンク色の花だ。リザはふと、気づいたことがあった。
「……そういえば、閣下。今日は花をお持ちなんですね」
「ん?」
「いつもはお持ちにならないのに」
 もちろんロイを不作法だと責めているわけではない。リザはロイが父の墓前に花を持って来ない理由を既に聞いている。曰く、「男に花を貰っても喜ばないだろう」と。彼らしいといえば彼らしい理由だと納得していたが、根は真面目で律儀な彼らしくもないとも思っていた。
「これは墓前にではないよ。なにせ、師匠にはこうも言われたことがあるからね、「男が花を送るのは、好きな女に求愛するときだけでいい」だから私にはいらんぞ、と。不肖の弟子はこの言いつけを守っているのさ」
「まあ……父は閣下にそんなことを……?」
 師匠が亡くなり何年も過ぎても、律儀な弟子は律儀にその言葉に従っていたらしい。男同士の師弟の打ち解けたやりとりは、リザには微笑ましくも少しだけ羨ましく、そして泣きたいほどに喜びを覚える。知らなかった父の一面を彼が伝えてくれるのはとても嬉しいことなのだ。それはきっと家族の話だから。
「では、そのお花は?」
 リザは視線を下げ、ロイが持つ花束を見やった。不案内でやはり花の名を知らないが、鮮やかなピンク色の花弁が印象的だった。
「少し待ってくれ。師匠と話をする」
 話とはなんだと疑問を口にする間もなく、ロイは墓石に向かってよく響く低い声で語りかけ始める。その面もちが緊張しているのがとても不思議で、何故か自分も知らず胸の鼓動が早くなった。
「……師匠、お嬢さんに花を送ることをお許しいただきたい」 
 呼吸が止まる、リザはすごい早さで隣の男の顔を見てしまった。その顔を見下ろしてロイは、照れくさそうに微笑んだ。
「不肖の弟子はさ、師匠の言いつけを守るんだよ」
「……やめて下さい」
「受け取ってくれないのかい?」
「ここでは、ダメ、です」
「了解した。ではそろそろ行こうか、ここは冷える」
「……はい」
 さていつこの花束は渡されてしまうのだろうか。変なことを弟子に教えないで欲しいという恨めしさと面はゆさが、ごちゃごちゃになっている。ああもしかしたら、今度ここに来るときには何か違う報告が出来るのかもしれない。  
 ーーその時は、また聞いて下さいね。
 心でそう呟いて、リザはロイと共に踵を返したのだった。
 



# by netzeth | 2019-09-01 16:52