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うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth

約束 4

scene.5 指輪

ロイはその日、とあるアパートの部屋の前に立っていた。
こんなに長年一緒にいるのに来たのは初めてだ――リザのアパートである。
柄にも無く緊張している。何度目かの深呼吸をしてドアをノックしようと手を振り上げ――結局その手は宙に浮いてしまった。
「少将?」
リザがノックの前に顔を出したからである。
「・・・よく分かったな」
「ええ、人が来るとこの子が反応しますから」
リザは足元の黒と白のムクムクした塊を指し示す。
はち切れんばかりに尻尾を振っているブラックハヤテ号は遊んでとでも言う様に、ロイに飛び付いてきた。
「ははは・・・歓迎してくれるのか」
「この子がこんなに嬉しそうにしているので・・・少将だって直ぐに分かったんです」
ダメよハヤテ号と優しく撫でて、ハヤテ号を落ち着かせたリザはロイを見上げて。
「それで・・・少将。こんな時間に何用ですか?・・・その今日は・・・」
リザはそっと顔を伏せて表情を隠す。
「ああ・・・ジェファーソン氏と会ってきたよ。・・・君にもどうしても言っておかなければならない事があってね」
「そうですか・・・」
暗い表情を隠しきれていないリザはどうぞとロイを中へと招いた。
部屋の中はきれいに整頓されていて、部屋主の性格を表したようにシンプルで機能性重視の家具が必要最低限に置かれている。
その中で唯一柔らかい色調の二人掛けのソファーと、そこに置かれた女性らしいデザインのクッションだけが部屋から浮いている様に見えた。
そのソファーにロイは腰を降ろした。
持っていた荷物を目の前のテーブルの上に置く。
ハヤテ号にハウスを命じたリザはお茶を淹れてきますと、ロイに背を向ける。その腕を後ろから掴んで。
「お茶はいい。話が先だ。君も座りたまえ」
「でも・・・」
「いいから」
「・・・はい」
ロイの強い口調にリザは仕方なく頷いて、別の椅子を持ってきてロイと向かい合う様に座ろうとした。が、ロイが腕を引っ張り無理矢理己の隣りに座らせた。常にない近い距離に戸惑った様にリザが抗議する。
「少将っ」
そんなリザを見つめてロイは視線で黙らせた。何かを感じとったのかリザは視線を宙に彷徨わせる。彼女らしくなく緊張して見えた。
その緊張が伝染したかの様にロイも己の鼓動が早くなるのを感じた。やがて意を決するとスッとリザの方を向き直り、
「大尉・・君に聞きたい事がある」
「・・はい」
「私の家からとある物がなくなった・・君が家に来た後にだ」
「!」
「何が言いたいか分かるな・・・?」
「・・・」
「・・・白状したまえ。君がそれを持っていった理由を。指輪泥棒君」
リザは一瞬だけ目を瞑ると黙って立ち上がった。
小さな引き出しから何かを取り出すと戻ってきて再びロイの隣りに座る。差し出された手のひらの上には銀色に光る指輪が乗っていた――。

「最初はほんの弾みでした。棚の上のほこりを払おうとして・・・あの箱を床に落としてしまったんです。直ぐに元に戻そうとして・・・」
見つけてしまったのだ、愛するリザへと書かれた箱に添えられたカードを。
「ケースの中を見る誘惑を押さえきれませんでした・・・。指輪を見つけて私はそれをもっとよく見たくて・・・窓辺で光にかざして・・・」
そこにロイが来た。慌てたリザは指輪をそのままポケットに入れてしまった。
「直ぐに返そうと思っていました・・・。でも、なかなかタイミングが掴めなくて」
そして、あのパーティーの日。
「あの日、貴方に縁談が持ち上がったと聞いて。それが貴方のためにも、イシュヴァールのためにもなるというのなら・・・私は受けるべきだと申し上げました。そう思っていたはずなんです・・・でも、貴方が結婚するならもう、この指輪を受け取る事はないのだと思うと・・・!」
自分の心に嘘はつけなかったのだ。
指輪を返そうという気持ちは無くなっていました・・・涙の浮かんだ目でリザは告白する。
「せめて貴方の愛をこの指輪に託して残しておきたかったのかもしれません・・・」
大切な宝物を見る様に指輪に視線を落とすとリザはロイに指輪を渡した。
「申し訳ありませんでした・・・罰はどのような事でも受けます・・・今、私が申し上げた戯言はお忘れ下さい・・・貴方は心置きなく縁談を・・・」
「罰?何を言ってるんだ。それは元々君に渡すはずだった物だ。つまり君の物も同じだ。それを君が持っていった所で何の罪もない」
「ですが!」
「良いんだ」
それに。とロイは続ける。
「縁談は断わったよ」
リザは驚きに目を見張る。
「少将・・・!それではっ」
「おっと、待ってくれ。・・・イシュヴァールへの資金提供の約束はもちろん取り付けたよ。ジェファーソン氏を説得してね。私の事を抜きにしても、氏はイシュバールの将来性には強い関心を寄せていてね・・・先見の明のあるお方だよ。・・・君は私が縁談を受けると思っていたようだな」
「はい・・・」
「たとえイシュヴァールのためでも、そんな事は出来ない・・・少なくとも女性2人を不幸にしてしまう。愛のない結婚を強いられるジェファーソン氏の娘と・・・そして、君だ」
「私・・・?」
頷くとロイはリザの手を取る。
先程リザから返された銀色に光る指輪を再びリザの手に握らせた。
「昔・・・君に渡そうと思っていたものだ。ずいぶんと時間が経ってしまったな・・・私にこれを渡す資格があるのか、ずいぶん迷った・・・」
血塗られたこの手に愛する者を抱く資格があるのか、幸せを享受しても良いのか。だが今のロイにはもう、迷いはなかった。
「本当ならこれと共に君に伝えなければならない言葉がある。しかし、今の私には言う事は出来ない。だが、いつかきっと君に伝えられる日が来る。来るようにする。それでも構わないなら、どうか・・受け取ってくれないだろうか」
リザは震える手で手のひらの上の指輪にそっと触れる。愛しそうにその銀色を指がなぞった。
「今はこれをはめる事は出来ません。でも、いつか、この指にはめる事が出来るなら・・・そんな未来がくるのなら。・・・そう思えるだけでそれだけで、私はもう・・・十分です・・・」
最後はもう、声にならなかった。
リザの頬に手を添えて、彼女のあふれる涙をぬぐう。
指だけではぬぐいきれなくて、ロイは唇を寄せた。
何度か唇で頬をぬぐうとびっくりしたのか目を見開いたリザと目が合う。どちらともなく微笑むと。
二人はそっと目を閉じて口づけを交わした。

ジェファーソンからの資金が投入されたイシュヴァールは復興へと向けて更なる発展を見せていた。近々途絶えていたシンへの鉄道建設計画も本格的に始まる事が決まった。
その全ての責任者であるロイは目の回る様な忙しさの中、日々を過ごしている。
あの日、リザに指輪を渡し、晴れて恋人同士様な仲になったはずだったが、2人の関係はあまり変わっていない。たまに2人きりで会う様になったくらいだろうか。
あの後、リザにウィンリィからのブーケを手渡すとリザは驚きながらも、受け取ってくれた。若者達の気遣いが嬉しかったのか、ブーケを手に本当に幸せそうに笑うリザを見て、一日も早くリザの手にリザ自身のブーケを持たせたいと思うロイである。
今日も変わらず、ロイはリザに尻をたたかれながら、日々己に課せられた仕事に励んでいる。
「少将。今日のスケジュールですが」
「ああ・・」
職務中2人でいる時、何気なくリザを眺めていると、ふとリザが胸元に手を置く事がある。それは新たにリザの癖になった仕草だった。
そこにはロイの贈った指輪がチェーンに通されて、首飾りとしてリザの胸元に吊されていた。
それはリザとロイだけが知る秘密であり、2人だけの約束の証――2人交わした約束は果たされるその時まで、リザの胸の上でひっそりと輝いている。




END
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by netzeth | 2010-07-02 21:27