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うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth

ハロウィン・パーティー

一体何故こんな事になってしまったんだ……。
見下ろした両手にはプニプニとした、ピンク色の物体――いわゆる肉球がついていた。そして、十月も終わりだというのに、汗はダラダラと私の額を滴り落ちてくる。それを拭おうとして、無意識に腕を上げて、すぐにそれが無駄だと悟る。何故なら……今現在、私はモフモフの着ぐるみを着た狼さんだからなのだ。
「わーい! ワンちゃんだー」
「違う! これはれっきとした由緒正しい狼……ぐぼっ」
「はーい、良い子のみんな、ワンちゃん困ってるからねー、お腹に突撃しちゃダメよー? 叩くのも、蹴るのもダメよー? 優しくしてあげてね?」
「はーい!!」
ブラックフォーマルのスーツにこれまた黒いマントを羽織った綺麗なお姉さんに諭されて、私に群がっていたガキ…いやお子さん達は、元気よくお返事をする。やはり子供といえど、麗しい女性には弱いものなんだな。その口から生えたキバもセクシーな金色の髪をした吸血鬼がにっこり笑うと、子供達は聞き分けよく私の前に順番に並んだ。暴力を振るわれなくなったのは良いが、その代わりモフモフと触りまくられる。もみくしゃである。
「……大人気ですね」
「……誰のせいだと思ってるんだ……」
セクシー吸血鬼に恨めしい視線を送って、私は再びため息をついた。
おかしい…こんなはずでは無かったのだ。
賑わう会場ではあちこちで、オレンジ色の大きなカボチャが笑っている。その笑う三角目を睨みつけて、私はどうしてこんな事になっているのか、改めて思いを馳せた――ちょっと現実逃避したい気分だったのかもしれない。


ハロウィンとは万聖節の前夜祭の事である。
一般的なハロウィンとは子供が仮装して家を練り歩いて菓子を貰ったり、カボチャのランタン――ジャック・オー・ランタンを作って飾ったり、カボチャのお菓子を作ってパーティを行ったり…まあ、大体こんなような催しだ。
毎年イーストシティでもハロウィンにあやかって、この時期はハロウィンカラーに彩られ、ジャック・オー・ランタンが街のあちこちでみられたりする。
まあ、イベントを楽しむ事ができるという事は平和の証拠だ。それ自体は歓迎すべき事である。
問題はここからだった。
そこで、我々東方司令部でもせめて民間人も出入りする受付周辺くらいはハロウィン色を取り入れてはどうだろうかという意見が出た。ただでさえ市民に嫌われがちな軍のイメージアップ作戦としてどうかという訳だ。些細な事かもしれないが、こういう細かい心遣いというか遊び心が市民との円滑な関係を築くのに一役買うものなのである――という訳で東方司令部においてもハロウィンの飾り付けがなされる事となった。といってもそんなおおげさものではなく、ジャック・オー・ランタンを二~三個置いておくとかそんな程度のものである。
カボチャの製作はお祭り好きな連中に任せて、とにかく私はというとハロウィン用のカボチャの買い付けの申請書にサインしてやった。そう…その日は朝から書類の決裁に追われていて、正直そんなどうでも良い申請書など目を通している暇もなく、私はその申請書を斜め読みどころか、最初の一行を読んだだけであった。
そもそもハロウィン用のカボチャの買い付けの申請書なんて私のところに回してくる方がおかしいんだ。
――今思えばそれが間違いだったのだ。

「どーするんだ、こんなに!? 我々に明日から八百屋でもやれと言うのか!!」
「や、すんません。なんか弾薬の発注書と一緒に書いてたら数を逆に書いちまったみたいで」
「そんなもんと一緒に書くな!!」
「最終的に書類にサインしたのは大佐じゃないっスか」
「私のせいだって言うのか?」
「いえ、すんません……」
オレンジ色のカボチャの山を前にして、私とガタイのイイバカとで言い争う姿はさぞ滑稽だった事だろう。
司令部の中庭にはハロウィン用のオレンジカボチャが溢れんばかりに積まれていた。
……どこかのバカが数を間違えて発注してしまったのだ。
一つや二つの間違いではない。それこそ何十…いや下手したら何百とあるのではないだろうか。いまや東方司令部はイーストシティを統括する軍拠点のはずが、なんかカボチャの国みたいになってしまっている。
「破棄するしかあるまい……」
私はカボチャの山を見渡して苦々しく言った。
「けれど、軍の予算を使って買ったものですよ。それを無駄にしたとあっては何を言われるか……」
傍らに立っていた中尉が心配気に口を開いた。その表情は私の身を案じてか憂いたものだ。
それは私も判ってはいるが、部下の失敗は上司の責任である。今回の事は私にも責任が無いこともない。また上からねちねち嫌味を言われるだろうが、致し方無い事だ。私一人が我慢すればすむ。
大丈夫だと笑う私に、中尉は顔を曇らせハボックもさすがに神妙な顔をしていた。
ところが、そこに口を挟んできた者がいた。
「大佐。俺に良い案があるんですけどね」
「なんだと?」
カボチャにも負けないでっぷりとした腹が今は頼もしく見えた。見かけによらず策略家のこの男――ブレダはにやりと笑って私にこう進言したのだった。
「カボチャを無駄にせず、市民からの株も上がる一石二鳥の作戦です。……俺に任せて下さいや」


「……で、これか」
「はい」
『東方司令部大ハロウィン仮装パーティー』と銘打たれたそのチラシに私は目を落とした。
ハロウィンらしいカボチャに吸血鬼や魔女、コウモリといったおどろおどろしいモンスターのイラストが目に眩しい。
「すでに各部隊に通達。チラシは街にて配布済みです。ラジオ局を通じて大々的な告知も行っています。出店や屋台は民間の業者と半分は軍の方で手が空いている者が行う予定です」
「グラマン将軍には……?」
「僭越ながら私の方からさりげなく耳に入れておきました。……で、わしは何の仮装をすれば良いかな~リザちゃん? だそうです」
「……そうか」
あのお方が言いそうな事だ。
「大佐~仮装コンテスト用の舞台用の照明ですが、市民劇団で使っているものを貸し出してくれるそうです。で、その許可証にサイン下さいや」
「大佐~子供達に配るキャンディやチョコなんですけど、今後軍御用達にする代わりに無料で提供してくれるっていう業者がいるんですけど。あ、これ契約書です。サイン下さい」
「大佐~舞台の設営はうちの部隊の若いのにやらせてるんスけど、どーせならミスコンもやりません?」
「大佐、ちょうどセントラルからいらしていたアームストロング少佐にジャック・オー・ランタンの製作協力を要請しました。少佐は快く引き受けて下さいました」
……本当にうちの部下達は仕事が出来すぎる。特にこういう事は。生来のお祭り好きばかりなのか東方司令部は。
ハボックのバカが間違えて大量発注したカボチャを使って、市民を招待した軍部ハロウィンパーティーを開く……それがブレダの立てた作戦だった。慰労と民間との交流を兼ねた催しのため……という大義名分があれば、この大量のカボチャ発注も許されるというものだ。しかも、屋台やら何やらで副収入も期待できるだろう。
私はと言うと、この天から降ってきたお祭り騒ぎのせいで、仕事が激増している。パーティーの準備に割かれる部下達の仕事の時間。そのしわ寄せがすべて私に来ているからだ。
だがこれも上官たる私の勤めなのだろう。私がカバーできる事ならすべてやってやろうじゃないか。祭りの準備に忙しく駆け回る部下達を見やって私はそんな事を考えていた。
「あ、大佐。言い忘れていました。パーティー当日は東方司令部所属の職員は佐官、尉官、一般兵を問わず、全員仮装する事。これはグラマン将軍からの最高司令官命令だそうです」
ホークアイ中尉のその言葉にその場に居合わせた私達は顔を見合わせて笑った。
我々のボスは話の判るお方だ。さあ、面白くなってきた。私は立ち上がると、
「だ、そうだ。決裁の必要な者はどんどん私に回せ! いくらでもサインしてやるぞ。いいか、東方司令部は何事においてもパーフェクトな仕事をするのだと市民に判らせる良いチャンスだ。パーティーは必ず成功させろ!」
「イエッサー!!」
この一体感がたまらない。なるほど、私もお祭り好きの一人だと言うことだ。
そして、高揚する気分を持て余しながらも、日々は過ぎて、私が仕事に追われている間にもパーティーの準備は着々と進み……ハロウィン当日を迎える事になったのである。


「これはなんだ?」
「仮装用の衣装です」
「それは判っている」
「そうですか」
「だから……なんで私が狼男なんだ!!」
通常業務に加えて、部下達の仕事のフォローにも回っていた私に仮装用の衣装を準備する暇など当然なく、仕方なくホークアイ中尉に、「私に一番似合う衣装を」と言いおいて用意して貰ったのが、この目の前に置かれているモフモフした着ぐるみなのである。とんがった耳と、大きく開いた口から覗くキバで、それが狼だとは判ったが、手には肉球に、ふさふさしたしっぽというキュートなそれはとてもこの東方司令部司令官の威厳に釣り合う代物ではない。
「大佐に一番お似合いのものをと選んだのですが。ご不満ですか」
「ご不満ですとも!!」
むしろこれを私に似合うと迷う事なくチョイスしてしまう君のセンスに私は泣きたくなる。君は私をそういう目で見てたんだな……。
「普通私に似合うと言ったら、吸血鬼だろう! で、君はミニスカ魔女だろう!?」
「なんでミニスカ限定なんですか……」
「それが…私は狼男で、どうして君が吸血鬼なんだ! いや、似合っているが! むしろすごくせくしーだが!」
「誉めるのか、怒るのかどっちかにしてください」
むうっとした顔に覗く吸血鬼のキバが可愛い。
本来なら私こそがふさわしいはずの吸血鬼の衣装を、中尉は華麗に着こなしていた。黒のベストスーツにピカピカのエナメルの靴。赤い裏地の真っ黒マントに、長い髪を今日は後ろで一くくりにしている。男装の麗人という言葉がぴったりのその姿は禁欲的で彼女をよりセクシーに見せていた。
「それより、早く着替えて下さい。パーティー始まっちゃいますよ。これ以外に衣装は無いんですから。着ないと命令違反ですよ?」
そんな可愛い格好で、さあと、中尉は私に狼の着ぐるみを強要する。
……顔が見えないだけマシかもしれない。こんな衣装を着ているのがあのイーストシティきってのプレイボーイ、焔の錬金術師ロイ・マスタングだと知られたら、いい笑いものだ。パーティーに参加しているご婦人方だって涙するに違いない。
じっと中尉が見守る中、私は渡された狼の頭をかぶったのだった。


と、いう訳で。
もふもふ狼さんになった私は子供達に大人気となった。中尉と一緒に「トリック・オア・トリート?」と嬉しそうに口にする子供達にお菓子をあげるという大任を果たしながら、私たちはパーティー会場を巡回していた。
途中、ミイラ男ファルマンや、フランケンシュタインハボック、魔法使いフュリー(メガネの魔法使いは今巷で流行っている小説に登場するらしくこれまた子供達に大人気だった)、そしてメタボお化けブレダに会い、私だとばれないか冷や冷やしたが、幸いにも彼らは私には気づかないようだった。
コルク銃の的当て(当然ながら中尉がやった。景品を総取りする前に優しい私は中尉を止めてやった。彼女は不満そうだったが)や、綿菓子なんか買いつつ、私と中尉は会場をまわるが、私の心配は杞憂だったらしく、誰一人皆私がロイ・マスタングだと気づいていないようで、内心ホッとした。そして、本来私がロイ・マスタングだと知られてしまっていたなら、こんな風に中尉とパーティーを楽しむなんて事はできなかったろうなと私はふと思った。
今、私達は人混みの中はぐれない様に手を繋いでいる。そんな事すら上官と副官という間柄の私達にとってはスキャンダラスな事柄なのだから。
そう考えるとこの狼の着ぐるみは今の私達にとっては最適な衣装ではないかと思える。私の正体を知られずに中尉とパーティーを過ごすという点で。
ん……待てよ?
「あら、良いわね、リザ」
「レベッカ」
「よく小説とかだと吸血鬼の下僕になってるものね~狼男って。うふふ、ちょうど良いの捕まえたじゃない」
後ろから黒猫耳と黒いドレスのカタリナ少尉がニコニコしながら、声をかけてきた。彼女は普段から良い男を捕まえて寿退職すると公言してはばからない女性である。今も片手に酒瓶、腕には若い士官の首根っこを抱え込んでいた。
「あんたの下僕って訳ね?」
「レ、レベッカ…! そんなんじゃないわ」
「ふ~ん?」
「ほ、ほら! あっちに素敵な男性がいたわよ」
「え? ほんと?」
どこか慌てた様子の中尉はカタリナ少尉の注意を逸らすと、彼女が男に気を取られている隙にさっさと私を引っ張っていく。そして、会場の外れの人気の無い場所までやってきた。
……好都合だ。
辺りに人がいないのを確認すると、私はぎゅっと中尉を腕の中に閉じこめた。
「なっ、大佐。何をするんですか!」
「……何をする――は私のセリフだよ。中尉。まったく君にはやられたよ。ブレダも真っ青の策略家だな」
「……なんの事です?」
「とぼける気か?……この衣装…私に合うと思って用意したんだろう? 私とパーティーを一緒に過ごすために」
私のモフモフの腕に包まれた彼女は途端に身を堅くした。俯いた顔は見えずとも、耳が赤い。
「狼男は吸血鬼の下僕か……なるほど。それなら、吸血鬼の君と私は一緒にいてもさほど不自然ではないだろうな」
彼女がこの衣装――私に狼の着ぐるみと自分に吸血鬼の衣装を選んだ理由。それは、上司部下という制約のある私達が共にこのパーティーを楽しむために必要不可欠な衣装だったという訳だ。
そのために彼女は私にこの奇抜なモフモフ衣装を着せたのだとしたら。
可愛い……。可愛すぎるぞ中尉。
一言も返事がないのは肯定の証だ。
私は彼女をますます強く抱きしめた。
「っちょ…大佐…」
「さて、ご主人様。私は貴方の下僕です。なんなりとご命令をどうぞ。あ、離せというのは聞けませんから」
赤くなった耳元に囁くように告げると、彼女が顔を上げた。その顔はイタズラっぽく笑っている。
「そんな事言いませんよ。……その…もう少しこのままで」
「了解しました。ご主人様。お望みとあらばいつまでも」
相変わらず、モフモフ狼さんという決まらない格好だったけども。私は彼女の柔らかな身体を抱きしめてその温もりを確かめ続けたのだった。

そんな私達を見ていたのは……笑うジャック・オー・ランタンだけだったという。




END
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by netzeth | 2011-10-31 22:59