うめ屋


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by netzeth
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彼女はそれを我慢できない~冒頭本文サンプル~

若い女性達の笑いさざめく声がロッカールーム内に満ちていた。夕刻の女子ロッカールームはいつも通り、日勤を終えた後方勤務の女の子達のお喋りで大変賑やかである。まるで小鳥が集まってさえずっているようだ……などと埒も無い事を考えながら、リザは己のロッカーを開けた。そして、手早く私服を取り出して着替える。
デスクワークが嫌いな上官殿が、今日に限って見事なまでの鮮やかさで仕事を片づけてくれたおかげで、こんな時刻に帰宅する事が可能となったのだ。しかし、無論あの男が無条件にそんな大盤振る舞いをしてくれる訳はない。
彼が仕事を定時までに終わらせた理由――それはリザの部屋への訪問の約束を彼女に取り付けたからである。
渋るリザをいつもの口八丁で丸め込み、了承の言葉を引き出した彼は、それはもう素晴らしい事務処理能力を発揮してくれた。思わずそれまでのダラケきった無能ぶりはなんなんだ、と小一時間くらい問いつめてやりたくなったリザである。
しかしそんな事を口に出せばあの男の事だ、きっと「君との甘い一夜が私をやる気にさせるって事はつまりだね、それはひとえに君への深い愛故だよ? それを喜ぶのならばともかく、咎められる覚えはないと思うのだがね。なあ、リザ?」とでもそれこそリザを赤面させる気障な台詞を吐くに違いないのだ。
容易に想像出来てしまった恋人の姿をリザは、ふるふると首を振って打ち消した。
まあ、自分だって多少、ご褒美を餌に彼のやる気を引き出したのは認めるが。
――鼻先にぶら下がる人参が無ければやる気を出さないなんて、その名の通り野生馬と一緒じゃないの。
はあっとため息を吐いてから、リザは急ぎ止まっていた着替える手を再開させた。その間にも夕食のメニューをなんにしようかしら…? などと、思わず考えてしまうのは、結局のところ今夜の約束をリザも楽しみにしているという事実に他ならない。
――彼女自身自覚も無く、指摘されようが絶対に頷かないだろうけども。
そしてリザが着替えを終えて、己のロッカーの扉を閉めた時の事だった。
「うっそーっ! 彼ともう別れたの!?」
一際大きな声がロッカールームに響き渡る。 
反射的に振り向くと、事務の女性の中でも噂好きの女の子のグループが、目を丸くして何事かを同僚に話しかけている。
「あんなイケメンと!? やだ、もったいない!」
「そうよそうよ! だったら、あたしに紹介してよ。彼、お金持ちだし、背だって高いし、優しそうだし……言う事無いってあんたも自慢してたじゃないの」 
まだ一ヶ月も経ってないわよ! と女子達がまくし立てている。それに反論するように声を上げたのは、彼と別れた――と告げた女性だ。彼女は皆から詰め寄られて、少し不本意そうに口を尖らせている。
「んもー! みんなあたしの話も聞いてよ。確かに彼、イケメンだし、優しいし、お金も持ってるけど……」
「けど?」
「……エッチがいまいちなのよ」
「えっ」
「やだっ…そうなの!?」
彼氏と別れたという女性の言い分を聞いて、取り巻いていた女の子達は一斉に顔を見合わせた。その顔には皆、ちょっぴりの恥じらいと、多分な隠しきれない好奇心を浮かべている。
「それって…短小だとか?」
「それとも、超早いとか?」
「前戯が超絶下手くそ…とか?」
興味津々といった態度を隠そうともせずに、彼女達は次々と質問を浴びせかける。その会話を不躾とは思いつつもリザは耳をそばだてて聞いていた。
……なんとなく、女として聞き逃せない内容だったのだ。
「う~ん、なんて言うか…いまいち気が利かないのよねー。痒い所に手が届かないって言うの? そこじゃないっていうかあ……」
「あ――! 分かるっ。向こうはこっちが感じてると思ってしつこくしてくるけど、全然明後日っていう奴?」
「あるある、あるわー。で、全然感じなくて、イッたふりしたりとかさ――」
「まあ、エッチにも相性があるしねー。なかなか最高の相手に巡り会うのは難しいわよね」
「でも一度で良いからそういう相手としてみたいわよねー! それが恋人なら最高なんだろうけどさ」
「それこそ難しいわよ。この子みたいに相手がイケメンだからってエッチも最高とは限らない訳だし?」
「あ……実は私…こんなもの持っているんだけど……」
そう言って女性達の一人が小さな紙片を取り出した。離れた場所に居たリザにはそれが何かまでは見えなかったのだが。
「やだ! あんたこれ、女性向け売春宿の名刺じゃないのっ。どうしたのよこれ。まさか…行ったの?」
「ち、違うわよ。友達に貰ったの。私も今の彼氏とのエッチがいまいちでさ。それを愚痴ったら一度試してみない?って。……夢のような体験が出来るらしいわよ」
「嘘っ、本当?」
「何回もイッて、最後には意識を飛ばしちゃったりとか?」
「口だけでイカせられたり?」
「いろんなプレイを経験したり?」
「し、知らないわよっ。あたしが行った訳じゃないし…それに、行ったら浮気じゃない?」
「それはそうかもしれないけど。なあに? あんたエッチがいまいちだって割には彼氏の事大事にしてんじゃないの! このこのっ」
「あーあー、あたしも早く新しい彼氏見つけよう~」
がやがやと賑やかな一群の声はやがて遠ざかり。彼女達はロッカールームを出ていった様である。特に何と言う事もない妙齢の女性達のお喋りであったはずなのだが。
思わずリザは同じ女性として己の身を省みていた。
その次の瞬間。
「ふ、ふ、ふ~~。あら~? リザさん。気になってしまう感じですかあ?」
突然後ろから声をかけられて。ぎょっとしたリザが振り返ると見慣れた親友――レベッカ・カタリナの顔があった。何時の間にやって来たのだろうか。と驚いたリザはその疑問をそのまま口にする。それに答えて、
「リザがあの子達の会話に夢中になっている時に、よ」
レベッカはまるで童話に出てくる猫の様に、にやあといやらしく笑った。
「べ、別に、夢中になんかなっていないわ」
「そう? その割にはずいぶんと真剣な顔で聞き入っていたじゃないの」
「……何時から見てたの?」
人が悪いわ。と固い声を出せばレベッカはニヤニヤ笑いを更に深めていく。
「いやーそれにしても、あんたもああいう下世話な会話に興味があるのねー。リザも大人になったもんよねー」
お姉さんは嬉しいわ。と同い年の癖に年上ぶるレベッカをリザはねめつけた。この親友は自分の生真面目な性格を、度々からかう悪癖がある。
「茶化さないで。それに興味があるわけじゃ……」
「まーたまた。誤魔化さなくても良いじゃない。リザも年相応になって、おぼこ娘から卒業したって事でしょ。めでたい、めでたい。で……」
一端言葉を切ったレベッカは、ここが肝心とばかりに声に力を込めてくる。
「御仁はどうなの?」
「何の話?」
「またまた~、分かっている癖に。もちろん、御仁のあっちの腕の話よ。……上手いの?」
語尾は内緒話をするように声を潜めている。ロッカールームにはもう他に人影は見えないが、それでも公には出来ないリザの交際相手に配慮してのことだろう。
「……知らないわ」
親友の視線から逃れる様にリザは顔を背けた。それでも、耳まで赤くなってしまっているので恥じらっている…という態度は丸分かりだったが。
「何よ。数年来の親友にもちょっとくらい教えてくれたって良いじゃないのよう。……興味あるのよねーあの色男のエッチの腕。まさか、自分で試す訳にもいかないしねえ?」
「あ、あたり前よ!」
慌てたように声を上げ、リザは怒りを滲ませる。その反応にもレベッカはニヤニヤ笑うばかり。
「冗談よ、冗談。リザちゃんは冗談にも嫉妬するんですね――」
あー熱い熱いと揶揄されて、リザはますます顔を赤くする。そんなリザの肩に手を回してきたレベッカは、ぐっとリザの顔に自分の顔を寄せると。
「で、マジな話どうなの? 上手いの? 下手なの?」
……どうしても彼女にとって、そこは気になって仕方がない事らしい。
「……分からないわ。だって、私、他は知らないし……」
比べる相手が居ないのだから、リザの中でその答えは出ようも無い。
仕方なく答えたリザに、レベッカは途端につまらなそうな顔をする。彼女としては参考になる意見が聞けなくてがっかりしたのだろう。
「なーんだ。残念。せっかく東方一のプレイボーイの腕を知る良いチャンスだと思ったのになあ……」
――果たして、彼女は一体その(どーでもいい)情報を得てどうしようと言うのか。それが気になるリザである。
「ね、リザ。あんた他も試して見たら?」
そしてレベッカは更にとんでもない事を言い出す。よほど、ロイ・マスタングのエッチのテクニックの程が気になるらしい。
「な、何を言うのよ…! レベッカ!!」
思わず声を荒げたリザに、レベッカは悪びれた様子もなく続ける。
「ほら、さっきの子達が話してた……女性向けの売春宿とか行ってさ――。あんたって御仁一筋で、今までエッチはおろか他の男とキスもしたことないんじゃないの? たまには他で遊んで経験を積んでみるのもありかもよ?」
おそらく冗談で言っているのだろうが、レベッカは新しい世界が開けたりして、などと結構本気ともつかない言葉を口にする。
「ほら、これ。さっきあの子達が言ってた売春宿の名刺」
「ちょ…貴方までこんなもの持ってるの……!?」
レベッカがズボンのポケットから取り出したそれに、リザは目を剥いた。
……今時の若い女性というのはこんなにも奔放なのだろうか。もしかして、自分の考え方が古くさいのか。
そんな埒もない自問をしつつも、リザはレベッカに言葉を返す。
「い、要らないわ…。私には必要無いもの」
「まーまー、そんな事言わずに。持っておけば意外な時に役に立つかもしれないわよ?」
「例えばどんな時?」
「……御仁が浮気した時の腹いせ用とか」
不吉な事を言う親友に、リザは呆れ果てた表情を向ける。
「止めてちょうだい。本当に浮気されたってそんなもののお世話にはなりません。ただ別れるだけです」
きっぱりと言い放つリザに、レベッカはおー怖い怖いと肩を竦めた。これでは御仁も苦労するわね、なんてリザに聞こえないように呟く。
「とにかく。要らないわ。……レベッカもそんなもの持っていると次の彼氏が出来ないわよ?」
「……っちょ、そこでその話題振る!?」
つい最近恋人と別れたばかりの親友の傷口に、今日ばかりは遠慮なく塩を塗りながら。リザはさっさとロッカールームを後にする事にする。
――思わぬ時間を食ってしまった。家には腹を空かせた新しい家族…黒の子犬と、そして。わがままな黒の大型犬が待っているというのに。



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by netzeth | 2013-04-15 22:52