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うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth

貧乏リザちゃん物語(クリスマス編)後編

凍るような冷たい空気に満ちたホークアイ邸を、ロイは足音を忍ばせて歩いていた。時刻は0時を疾うに回った辺り。リザが完全に眠りに落ちている時間を見計らって、ロイは師匠に命じられたミッションを遂行していた。
頭には赤と白のサンタ帽。衣装も上半身だけ白いファーで縁取られたサンタの赤い服。鼻と口元にもじゃもじゃの白い髭を装備して、ロイは廊下をひたすらに静かに歩く。明かりも無いので自分の感覚だけが頼りだ。
ロイがホークアイに言いつけられたのはもちろん、リザの部屋に行って靴下にプレゼントを入れてくることだった。
「これを着ていけ。万が一姿を見られてはことだ」
と、ホークアイにサンタ衣装を渡された。ロイが今日もしもホークアイ邸を訪れなかったのなら、これを師匠が着ていたのかと思うとちょっと想像したくない。そもそも、父親である師匠がリザの部屋に行けばいいのに。と思わなくもなかったのだが、
「リザが幼い頃掛け布団をかけてやるのに部屋に入ったら、起きたリザに幽霊と間違えられて泣かれたからダメだ」
とのホークアイからの悲しい自己申告により、ロイがサンタ役をする事になったのだ。
女の子の部屋に深夜に忍び込む……というのは男としてかなりの心理的抵抗がある。まあ、プレゼントを置いてくる以外の余計な事をしたら消すぞとホークアイに脅されているので、何をする訳でもないのだが。
そしてロイはリザの部屋と可愛らしい看板がかかる扉の前に立った。音を立てぬように注意してゆっくりとドアを開ける。立て付けの悪い扉なので、ぎぃ…と鈍い音を立てて冷や冷やしたが、何とか開いた隙間にロイは体を滑り込ませる事に成功していた。
当然ながらリザの部屋の中にも明かりはなく、真っ暗だ。ただ、窓辺から唯一外の星明かりが差し込んでいる。ベッドは窓辺に寄せられているので、そちらに向かってロイは一歩を踏み出した。その時である。足が何かに引っかかったような感触がして、ロイはその場でたたらを踏んだ。転ばぬように何とか踏ん張ったが、代わりにリンリンリンという鈴のような涼やかな音が部屋の中に響きわたった。
何事か? と驚く間もなく。
「……サンタさん?」
ベッドの方から少女の誰何の声が聞こえてきてロイは非常に焦った。
(まずい、今の音でリザが目を覚ましてしまった…!?)
一瞬逃げようかとも思ったが、しかし、姿を見られたのならばそれも出来ない。せっかく来てくれたサンタが目の前で逃げたなど、子供にはトラウマものだろう。
「うおっほん。や、やあ…こんばんは」
ロイは出来うる限りの低いだみ声を出した。もじゃもじゃの髭のおかげか幸い声はくぐもって聞こえる。これならば何とか誤魔化せるだろうか。
「わあ、やっぱりサンタさんなんですね! トラップをしかけて置いて良かったです! ちゃんと起きられました!」
トラップってもしかして、さっきの鈴の音だろうか。……あれ、リザが仕掛けた罠だったのか。
驚きながらも、ロイは何とか平静を保った。
「……これはいい子のリザちゃんにプレゼントだよ」
とにかくプレゼントを渡してさっさと退散するに限る。今ならまだリザは起きたばかりで寝ぼけているし、ボロが出る前に逃げた方が良さそうだ。靴下を探す手間も惜しくて、ロイは手に持っていた紙袋を強引にリザに押しつけると、じゃ、っと踵を返そうとした。
しかし。
「待って下さい!」
むんずと袖口の辺りをリザに掴まれた。振り返ると、リザがロイに何かを差し出している。
「これは…?」
思わず素の声で尋ねてしまったが、幸いにもリザは気づいていないようだった。ただ、夢中な顔でロイサンタを見上げて。
「プレゼントです! サンタさんはプレゼントを皆にあげるばっかりで、ご自分が貰えないのは可哀想だと思って……だから、私からプレゼントです!」
……自分がもしも本物のサンタだったなら、今すぐプレゼント袋をひっくり返してリザに中身を丸ごと全部あげたい。
健気なリザにロイは感動していた。世界中の子供にプレゼントを配って歩くサンタに、逆にプレゼントをあげようなどと自分は考えた事も無かった。
「おれ…いや、ワシが貰っていいのかい?」
「はい。ご遠慮なさらず! 赤の毛糸を貰ったからマフラーを編んでみたんです。父やそのお弟子さんは男の人だから、赤は嫌でしょう? でも、サンタさんは赤いお洋服を着ているから、赤も大丈夫だと思って!」
赤なら女の子に似合う色だろう。自分用のマフラーを編めば良かったのに。とロイは思う。だが、自分は置いておいても他人の、しかもサンタのマフラーを編んでしまうところがこの少女の純真さなのだろう。
受け取った真っ赤なマフラーは所々がイビツで、ゆがんでいる。ぽこぽこと糸が飛び出したりしていて、ずいぶんと拙い造りだ。しかし、それ故に少女の気持ちが込められている気がした。
「ありがとう、リザちゃん…大事にするよ」
心からそう言って、ロイはリザの頭を撫でてやった。首にそのマフラーを巻く。そして、嬉しそうに笑うリザに見送られながらも、彼女に疑いを持たれないうちにとロイは早々に部屋を出て行ったのだった。




「マスタングさん! マスタングさん!」
夜更かしによる寝不足で、ぼーっとしながらロイがリビングに降りていくと、待ってましたとばかりにリザが走り寄ってきた。白い頬はバラ色に紅潮し、彼女の興奮が伝わってくるようだった。
「サンタさん来ました! 今年はうちに来てくれました!!」
「そうか、良かったね」
はしゃぐリザが勢い込んで報告してくる。その微笑ましい様子に寝不足になった甲斐があったな…なんてロイは考える。
「はい! それで、サンタさん、何をくれたと思います?」
「お肉…ではないの?」
トボケてそんな事を言ってみる。するとリザちょっとしょんぼりしてからぶんぶんと首を振った。
「肉ではありませんでした。だから、肉・大パーティは中止です。マスタングさんには期待させてしまって申し訳ありません……」
いや、期待はしてなかったけど。
という言葉は飲み込んでロイは曖昧に笑った。
「そうか。肉が貰えなくて残念だったね。せっかく一番欲しい物だったのにな」
やっぱり、リザにとっては肉が一番欲しかったプレゼントだったのだろう。リザががっかりしているのをロイも少しだけがっかりする。しかし、リザはとんでもないとまたぶんぶんと首を振った。
「いいえ! 私、残念じゃありません! だって、サンタさんは本当に私の一番欲しいものをくれたんですもの!!」
満面の笑みを見せて、リザはそう言い切った。はて、肉じゃあ無かったのか? とロイは内心首を傾げた。
「だって、ほら見て下さい!」
そう言ってリザは後ろ手に持っていたピンク色のそれをロイに見せてくれた。ロイにはもちろん見覚えがある。何故なら昨日、自分が購入したものだからだ。
「こんなに素敵なマフラーを頂いたんです! 私、実はサンタさんにマフラーを編んでプレゼントしたんです。そしたら、自分の分のマフラーを編むには毛糸が足りなくなってしまって…お父さんの腹巻きでも編もうかなって思っていたんです。でも、サンタさんはそんな事とっくにご存じだったんです! だから、マフラーを贈ってくれたんです!! 等価交換ですよね!」 
太陽よりも明るい笑顔をリザは見せる。
ロイは今、自分のプレゼントチョイスが間違っていなかった事を実感していた。
「そうか。……良かったな、リザ」
「はい! さあ、これを身に付けて私、早速出かけてきますね!」
見ればリザは出かける支度をしている。しっかりと首にふわふわのマフラーを巻けばもう、臨戦態勢だ。
「え…どこに出かけるの…リザ?」
「南の池です! 水鳥の捕獲のために罠をしかけておいたんですっ、肉・大パーティーは無理でしたけど、目指せ、肉・小パーティーです!」
「え…リザ……罠とか君のハンタースキルはどんだけなの…?」
どこまでも逞しい少女に計り知れないものを感じながらも、ロイはリザに少し待つようにお願いして、自身も慌てて身支度を整える事にした。一人で水鳥捕獲なんて危ないから付いて行ってやらなければなるまい。
そうして着替えに自室に戻ると、着替えのために自身のトランクを開けた。すると、着替えの服に紛れて置かれていた昨夜少女から貰った赤いマフラーが目に入る。それを認めてロイは思わず呟いた。
「……これ、は流石につけられないか……」
苦笑しながら、ロイはそれを少女に決して見られないようにと、大事に大事に己のトランクのの奥へ奥へと仕舞い込んだのだった。


   
 ***



「やあ、メリークリスマス。リザ」
「……遅かったですね、大佐」
にっこりとおどけて言ってみたものの、恋人の反応はいつも通りの淡泊さであった。それに苦笑しながら、ロイは早速持参してきたプレゼントを彼女に渡してやる。それで少しは彼女の表情筋を緩められればと思ったのだ。
「まあ! いつもありがとうございます」
案の定、彼女はそれを見ると嬉しげに笑みを浮かべた。そう、こんがりと焼かれたローストチキンをだ。
「今年のは立派ですね……」
声に滲むうっとりしたトーンは昔から変わっていない。肉食系女子(文字通り)を地でいく女……それがリザ・ホークアイである。肉を贈るのはクリスマスの恒例行事であるが、いい加減恋人へのプレゼントが肉だけというのも味気ない話ではある。
「……なあ、いい加減に肉じゃなくて、もっと色っぽいプレゼントを贈らせてくれよ?……ネックレスとか指輪とか」
ゆっくりと女の腰に手を回して囁きかける。手に持ったチキンはこの際無視した。
「ダメです。そんな高価な物は頂けません。貴方にお返しをする私の身になって下さい。いいですか? プレゼントは等価交換…ですよ?」
高価なアクセサリーはお返しのプレゼントが大変だから、ノー。そう言ってリザはいつも肉以外のクリスマスプレゼントを受け取ってはくれない。恋人としては少々寂しい話だ。なら、君自身をお返しのプレゼントにしてくれればいい……と言うのはお約束の話だが、リザが宝飾品と等価だと言われると絶対にそんな事はなく。比べられるはずもないので、それはそれで等価交換の原則に反してしまう。
悩ましいな……とぼやくとくすくすと笑う気配がした。
「私は肉で十分嬉しいんですよ? 何せ、サンタさんでも私に肉は下さいませんでしたから」
悪戯っぽく笑うリザに、ロイは不意を突かれて驚いていた。まさか、彼女の方からあの時の話題を口にしてくるとは思わなかったのだ。
「あの時の我が家は貧乏でしたから……父は肉なんて用意出来なかったんでしょうね」
だから、肉で十分なんです。
澄まして言うリザは可愛くも憎らしい。そんな事を言われてはロイはますます肉以外を贈れなくなってしまう。恋人にもっと可愛らしいプレゼントを贈る機会を与えてもくれないとは、男にとっては何ともひどい話だ。
……だから、ロイはリザに意趣返ししてやる事にした。
ロイの手から肉を受け取って、踵を返して部屋に戻っていくリザ。その背中をロイは追いかける。彼女の足下には黒い犬。頭の上には小さなサンタ帽子が乗せられていて、何とも可愛らしい。リザの浮かれ具合が密かに露見しているようで、たまらなく可笑しかった。
(――ほら、見ろ。君だってクリスマスが楽しみで楽しみで仕方が無いんじゃないか。こんなにも自分だけ楽しむだなんてずるいじゃないか。私も混ぜろ)
ロイはこの部屋を訪れるのが遅くなってしまった元凶を、懐から取り出した。そして無言でそれを首に巻く。貰ってからずいぶんと時が経ってしまったが、大切に保管していたので幸い劣化してはいない。ただ、探すのにずいぶんと苦労したのだが。
それはあの時貰った赤いマフラー。
まさかサンタにあげたものをロイが身に付ける訳にもいかず、ずっと仕舞い込んでいた。次の年にまたサンタとしてリザの元に行った時に身に付けようかとロイは密かに思っていたのだが、結局その機会は巡っては来なかった。
早々にサンタなどいないと友達から聞かされ、リザの夢は破れてしまったのだ。次のクリスマスにはもう、リザはサンタの話題などこれっぽっちも出す事は無かった。そのまま彼女も思春期な年頃となり、結局ロイサンタはあれっきりとなった。
リザがあの時の事をどう思っていたのか今まで直接聞いた事は無かったが、やはりあのサンタは父親だったと思っていたらしい。
「リザ」
ロイはその名を呼んだ。彼女が振り返る。そして、装いを変えた男に最初訝しげな顔を見せて…次の瞬間には驚きに目を見開いていた。珍しい恋人の表情にロイは満足する。
――サプライズは成功したようだ。
「……っ、ど、どうして……貴方がそれを……」
視線を赤いマフラーに固定して、リザが言葉を紡ぐ。
「……そんなの答えは一つだと思わないかい?」
「だって、それは……あの時……」
「うん。だから、恋人はサンタクロースだったんだよ」
片目を瞑ると素早く彼女に顔を寄せて、キス。ちゅっと甘く食んで離れた。吐息がかかるほどの至近距離で見つめ合う。
「え……じゃ、じゃあ……あの時のサンタは……」
「そう、私」
そう言って、再びキス。今度は額と頬に。
「……君は、プレゼントは等価交換と言ったな……? ならば、私はその法則に反し続けている事になるんだ。早急に対処しなければならない」
「どういう意味ですっ…ふ、か……」
言葉の途中で唇を奪ってやると、ぎっと睨まれた。そんな赤い顔で可愛いくちゃあちっとも迫力はない。
「君がこのマフラーと共にサンタにくれた精一杯の気持ちを、私は未だに君に返し切れていないという事さ」
「あっ、それなら…っ、あの時、私だってマフラーをもらっ……んっ」
今度は少し長めに唇を押しつけて。息を奪う。
「あんなものじゃあ、足りないだろう? 何せ、相手はサンタだ。子供達と違ってプレゼントを貰う資格の無い存在さ。そんな者に贈ったプレゼントが普通のそれと等価である訳がない」
「んぁ、ふっ……またっ、そんな屁理屈を……!」
「いいさ。屁理屈でも」
ロイは彼女の顎を捕まえると、その瞳をのぞき込んだ。
「……今日こそは君にこのマフラー分のプレゼントを返すよ」
「肉で、ですか?」
「いや、私自身でさ」
「……不埒なサンタですね」
それならばあの時貰った精一杯の気持ちと等価足り得るかもしれない。
だといいなと思いながら、ロイは抗議の声を上げるリザを抱き抱えると、上機嫌にベッドルームに向かうのだった。





END
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ちょっとあとがき。
ロイアイ…というより愉快な師匠と弟子みたいになってしまったw
by netzeth | 2013-12-14 02:37