うめ屋


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by netzeth
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幻想マスカレイド~サンプル~

その女性を一目見た瞬間、ロイの視線は釘付けになった。
理由は自分でも良く分からない。その女性が美しかったと言われればそうなのかもしれない。緩く結い上げられた長い茶色の髪。白い項と首筋が艶めかしい。プリンセスラインのドレスから露出している背中が男を誘う色気を醸し出している。そして、紅色のルージュを引いた蠱惑的な唇。他の女性達の様に微笑むでもなく終始固く引き結ばれているそれは、愛想は無いが逆に意志の強さを感じさせる。ピンと背筋を伸ばして立つ姿がそれにまた拍車をかけていた。
凛と立つその姿に魅せられたと言えばそれもそうなのかもしれない。
しかし、肝心のその顔はほとんど白い無機質な仮面に覆い隠されているのだ。見えるのは口元だけ。そんな状態で何故彼女に目を奪われたのか――彼女でなければならなかったのか。……今のロイにはその理由がどうしても分からなかった。



華やかな衣装を纏った淑女達と、瀟洒なスーツを身につけた紳士達。彼らは豪華絢爛なシャンデリアが吊されたホールに集い、手には黄金色に輝くシャンパンのつがれたグラスを持っている。
アルコールの匂いに混ざるのは噎せ返る様な濃厚な香水の香り。それらを振り撒きながら、ある者はダンスをし、ある者は歓談に興じる。その顔は全て仮面に隠されていた。羽根飾りが付いた仮面、パピヨンを象った仮面。様々な形の仮面を付けて、互いの正体も知らない男女が妖しく囁き合う。……ここはそんな、現世とはかけ離れた幻想的な空間だった。
仮面舞踏会。
派手な遊びを厭うロイ・マスタング青年が、このマスカレイドに参加したのにはいくつか理由があった。
彼がこの年の国家錬金術師試験に合格したのは、ほんの二ヶ月前の事だ。士官学校を卒業したばかりのヒヨッコ士官が最難関と謳われる国家資格を手にした事は、中央でもちょっとした話題となった。ロイの合格は史上最年少記録であり、しかも士官学校出の純粋な軍人としての合格者は非常に珍しいらしい。
大抵は皆研究者としての立場で受験するか、国家資格を取ってから軍人となるかのどちらかであり、その意味ではロイは文武両道を達成した人物と言えるだろう。
当然、世間はそんな彼を放っては置かなかった。真面目で地味な士官候補生として過ごして来たロイの日常は一変した。その日から、ロイにはあちこちからお誘いがかかるようになった。軍からのやれどこそこの祭典やら行事やらに出席するようにとの要請――半ば仕事の公式なものから、私的なパーティーの招待状まで。
見栄えのする容姿とその若さも相まって、正に大人気状態となってしまったのである。最初は戸惑っていたロイ・マスタング青年だが、徐々に慣れていき、これも国家資格について回る雑事だと諦め半分で受け入れるようになっていた。
元々素質があったのだろうか。
士官学校時代は唐変木の朴念仁と親友に揶揄されていた青年も、半ばヤケッパチでパーティーをこなすうちに洗練された物腰を身につけた紳士へと変貌していった。そう、先の揶揄された親友に「おまえ、成長したなあ~」と感心されるくらいには。
しかし。
肝心のロイはそんな風に誉められてもちっとも嬉しくなかった。ロイにとってパーティーなどと言う物は、ただの仕事上の付き合いであり、少しも楽しいものではなかったのだ。彼の心は――彼の関心はもっと別の所にあったのである。
リザ・ホークアイ。
それが今現在、ロイの心を占めている少女の名だ。
彼の錬金術の師匠の娘であり、ロイに国家資格をもたらした焔を与えてくれた人物。そして、ロイにとっては世界で一番大事な女の子だ。
資格を取るまでは…とロイは彼女としばらく連絡を絶っていた。もちろん父親が亡くなって一人になってしまった少女を案じる気持ちはあったのだが。国家資格はチャラついた気持ちで取れるほど甘くはない。ロイは心を鬼にして、自分にリザとの交流を許さなかった。国家錬金術師の資格を取ってこそ、焔の錬金術を託してくれたリザの気持ちに報いる事が出来るのだと自分に言い聞かせた。そして必死に受験勉強に励み、見事合格したのだ。
それなのに。
喜び勇んで合格の報告に訪れたホークアイ邸はもぬけの殻だった。扉には錠が下ろされて、裏の畑は綺麗に整理されていた。リザという少女の居た痕跡は綺麗さっぱりと消えていたのだ。
これにはロイは相当焦った。まさかリザが自分に何も言わずに居なくなってしまうなど想像もしていなかったのだ。ちゃんと連絡先も渡して置いたのだから、もしも家を出るのならば一言くらいあるものだと思っていた。プレゼントにと持ってきた手に一杯の花束と、甘いお菓子がとても虚しかった。
誰か彼女の行方を知っていないかと近所に聞き回ったりもしてみたが、結局リザがどこに行ってしまったのか知っている者は居なかった。
親族も居ないと言っていたから、他に彼女が行きそうな場所などロイには心当たりが無い。ロイは打ちのめされた気がしていた。このように黙って居なくなってしまったリザに対しての憤りだけではない。あんなにも心を砕いて愛していた少女の事を実は自分は何も知らなかった――その心の内も、少女自身の事も――その事実が情けなく惨めだったのだ。
それからのロイは昼は仕事に打ち込み、夜は誘われるままパーティーに出席するようになっていた。幸い、誘いの手は後を絶たなかった。何かに夢中になっていれば嫌な事を忘れられたし、自らの傷心も慰められる気がしたのだ。
しかし。
それは幻想に過ぎなかった……とロイは後々悟る事になる。
いついかなる時も、あの少女の事が…リザの事が、脳裏を離れなかったのだ。特にパーティーに出て、彼女と同じ歳くらいのお嬢さんを見る度に、リザを思い出した。
今は何をしているのだろうか。暮らしに困ってはいないだろうか。ホークアイ家は貧しい家だったから、蓄えなど無かったに違いない。女一人で厳しい世間をどうやって生きているのだろうか。まさか、夜の商売に身を落としているのではないか。
――そんな悪い想像ばかりがロイを苛んでいた。
それを見かねたのだろう。士官学校からの親友であるマース・ヒューズがある招待状を携えてロイの元にやって来たのは、そんな折りの事であった。
「仮面舞踏会?」
「そ、マスカレイド。面白い趣向だろう?」
そう言って手渡されたのは、見慣れたパーティー用の招待状。しかし、今までと少し違うのは白では無く黒い紙で、しかも白い仮面の様な物が印刷されている所だろう。
「まー、暇な金持ち連中の道楽だけどさ。若い奴らが中心になって企画したらしい。どこそこ商会の二世とか、新聞社の若社長とか、中央上層部の将軍の孫とか。顔を売っておくと良い連中ばっかりだぜ?……あ、仮面をしてたら顔は売れないか」 
そう言ってヒューズがにひひひと笑う。
「俺、頼まれたのよ。今、中央の社交界の話題をかっさらってるお前にどうしても出席して貰いたいらしくてさー、その方が女の子の食いつきがいいんだと」
つまり、自分を客寄せにしようと言うわけか。とロイは納得する。
「……なんだ。女目当てのパーティーか」
「何だとは何だ。若い健康な男子が女目当てで何が悪い!」
そして、ふんと胸を張っておどけた調子で言ったヒューズの顔がふっと弛む。
「……お前もさ。リザちゃん? だっけ。居なくなった師匠の娘さん。ずっとその子の事、気に病んでるみたいだからさ。たまにはそういうの忘れて、楽しむのも悪くないと思うぜ?」
柄にも無く真面目な顔で親友が言うのをロイは聞いて、しばし物思いに耽る。確かに自分はリザの事を気にし過ぎているのかもしれない。親友が心配してこんな招待状を持って来るのがいい証拠だ。ヒューズは一見調子の良いおちゃらけた男に見えるが、その実は優しい友達思いの男である。そんな彼がこんな妖しいパーティーの出席を進めてくるほど、自分は悩んで見えたらしい。その気持ちは嬉しいものだし、ロイはヒューズの心配も最もだと思った。
国家錬金術師となって自分はこれから、もっと厳しい世界に身を置くようになる。それなのに、今からこれでは先が思いやられるというものだ。彼の言う通り一度くらいお遊び的なパーティーに参加して、息抜きをするのも良いかもしれない。
「……そうだな。ヒューズ。お前の言う通りかもしれん」
かくして。
ロイはヒューズに手渡された仮面舞踏会の招待状を受け取った訳である。
(だがなヒューズ。……これは、お遊びが過ぎるんじゃないのか?)
あの最年少国家錬金術師ロイ・マスタング少佐も出席する、仮面舞踏会! と、大々的に社交界で宣伝されて催されたパーティーは大盛況だったようで。色とりどりの仮面を付けた多くの男女が会場に集まっていた。仮面に顔が隠されているためどこの誰とも分からないが、中央社交界の令息令嬢がこぞって参加しているらしい。
それはいい。 
だが、カーテンの陰やらバルコニーやらですっかり出来上がってしまっている男女が仲良く睦み合っている――いろいろ際どい事をしているのは、ちょっと羽目を外し過ぎではないか。
先ほどからロイはそんな男女を何組も目撃していた。それどころか、意気投合したと思われる男女がそそくさとパーティー会場を抜け出すのを何度も見かけているのだ。訝しげなロイに主催者の男性がこっそりと囁いて来たのは、
「このパーティー会場のお屋敷には、休憩用の部屋が何室も用意されているのですよ」
という事だった。
(こんなのただの乱交パーティーじゃないかっ、ヒューズめ!)
息抜きを進めてくれた親友への感謝の念などすっかり消し飛んで、ロイは毒づいた。いくら何でもこんなパーティーに長居はしたくなかった。こんな事なら、自室で錬金術の論文でも読んでいる方がよっぽど気晴らしになるというものだ。
そんな事を考えつつ寄ってくる女性達を適当にあしらい、どれくらい居れば主催者の顔を潰さずに済むだろうか……などとロイが考えていた時の事だった。ロイがその女性を目にしたのは。


~~~~~中略~~~~~



「ダメだ」
「何故ですか?」
簡潔なロイの言葉に、リザもまた簡潔に言葉を返して来た。ロイの机を挟んで向かい合う二人。己の椅子に座るロイに机の前に立つリザの視線が降り注ぐ。じっと見つめてくるその目力は正に鷹の目の如し。じーっとじーっとひたすらに見つめられて、ついに根負けしてロイは視線を逸らした。
「あー……、ダメなものはダメだ」
そんな説明にもなっていない台詞で、納得してくれるような相手ではない。
「それでは納得が出来ません。どうか、きちんとしたそのダメな理由をお聞かせ下さい」
語気は荒くないが、少しだけ眉が顰められているので彼女がお怒り気味なのが分かる。この真面目で優秀な副官を怒らせると後が怖い事は重々承知していたが。しかし、ロイにも譲れないものがあるのだ。
そうして、ロイは己の目の前に置かれた紙片にチラリと視線を走らせた。
それはとあるパーティーの招待状だった。
現在ロイ達は密かに軍の高官の何者かが関わっているとされる収賄事件を捜査している。最初は噂にしか過ぎなかったその話が真実味を帯びてきたのは、ロイ得意の諜報活動から得た情報からであった。その高官に賄賂を渡していると思われる人物が分かったのだ。その線から更に情報を洗ってみた所、かなり黒に近いグレーではないかという結論が出た。
実を言うと軍部内の犯罪についてはロイには捜査権限はない。それを担当するのは別の部署であり、あくまでもロイがするのはそのサポートや告発という形になる。しかし、上の席が一つでも空くというのはロイにとっては僥倖であり、実際に収賄罪を告発出来れば出世の有利点となり得る。
上のうるさい連中からは点数稼ぎなどと蔑まれたりはするが、そんな物は飛び回る蠅よりも他愛も無い。収賄を受けている軍人の中には麻薬シンジケートの便宜を図り、重犯罪に荷担している者もいるのだ。人々の安全な暮らしのために治安の乱れを防ぐ事こそ、真の軍人の努めである。
そのためには、もっと大きな確証を得る必要があった。せめて賄賂を受けている軍高官が誰か、特定しなければならない。
そこでロイ達マスタング組が苦労の末手に入れたのが今、ロイの前にあるパーティーの招待状であった。そのパーティーに件の賄賂を渡している人物が出席するらしいのだ。そこで彼に近づいて情報を引き出せないか――というのがロイ達の狙いであった。
「ターゲットは男性です。諜報は女性である方が絶対的に有利なはず。何故私が同行してはいけないのですか?」
「そ、それは……」
ロイは口籠もった。
リザが強硬にロイに主張しているのは、パーティーの同伴者として自分を連れていけ――と言う事だった。当然ながらパーティーは基本的に男女一組での参加を推奨している。もちろん一人での参加も可能だが、大抵の場合はパートナーを伴ってくる。
リザを連れていくのは何の問題もない…はずだった。
むしろ、その方が不自然無くパーティーにとけ込めるだろう。そして情報を引き出す相手は男だ。しかも、まだ未婚の男。リザの様に美しい女が近づいた方が口が軽くなる可能性が高い。
にもかかわらず、ロイはリザの申し出を渋っていた。理由は簡単である。
「ターゲットのヘンドリクスは女癖が悪い事で有名なんだぞ……」
「だから何です?」
ロイもリザの言い分の方が利があるのは認めている。理性は認めている。しかし、彼の感情が納得しないのだ。
大事な大事な女性をそんな飢えた狼の前に出すなんて、想像しただけでロイのはらわたは煮えくり返る。しかも、滅多に見せない…いや、今まで見たことも無いドレス姿でだ。どうして自分だって拝んだことのない彼女の着飾った姿をそんな男に見せてやり、鼻の下を伸ばしてやらねばならないんだ。目の保養をするのは自分だけで良いんだ。
そんな自分勝手な男心が、リザのパーティー出席を拒んでいるのだ。
「その方が相手も油断するはず。むしろ好都合でしょう」
しかし肝心のリザはこの調子で、絶対的に女としての危機感が足りていないのは明らかだ。自分の美しさを、男の欲望を煽る自分自身を自覚していない。そんな無防備な子鹿ちゃんの様な彼女を、パーティーに同伴するのはロイにはやはり危険に思われる。
「そうだ。だからこそ、君には異性を魅了する様なドレスを着て貰う事になる」
思いあぐねたロイはとうとう切り札を出す事にした。出来ればこれは言わずにおきたかった事だが、仕方がない。
「……それは、当然ですね」
控えめにリザが同意してくる。そんな彼女を見つめながら、ロイは一息に言った。
「そのために用意してあるドレスがある。しかし…君にはそのドレスは着られない。……分かるだろう? 露出のあるドレスだ」



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by netzeth | 2014-02-25 23:42