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うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth

彼と彼の関係

「それでは行ってきます。……いい子にしているのよ」
どちらの黒犬に言っているのかよく分からぬ言葉を残して、リザは己の部屋を出ていった。残されたのは、ロイと最近リザの家族となった子犬。
「……という訳だ。仲良くやろうじゃないか」
足下にちょこんと座っていた子犬――ハヤテ号に声をかけ挨拶代わりにその小さな身体を撫でてやろうとした瞬間。
「あ、おいっ」
子犬はロイの手をかいくぐり、まるで一目散に逃げる様にぴゅーっと走って行ってしまった。視線でその姿を追うと彼はリビングのソファーの影に身を隠し、怯えた様に顔だけ出してこちらの様子を伺っている。
「流石にそういう反応をされると傷つくんだが……」
苦笑しながらロイは行き場を失った手を引っ込めると、さてどうしたものかと思いを巡らせた。



自分の部屋よりも集中出来るから家主の居ない部屋で本を読んで寛ぎたい――などと主張すれば、普段なら恋人に嫌な顔をされるのものなのだが。本日の自分の非番日。朝っぱらからロイが本を持参して彼女の部屋を訪ねた所、いつもとは様子が違っていた。
「大佐が居て下さるならば、助かります」
いつもならば、勝手にタンスを開けるな(自分好みの下着を紛れ込ませておいた前科あり)、本を散らかすな、錬成陣を床に描くな、と部屋に居座られる事に対して渋い顔をする恋人――リザは、彼の顔を見るなりあからさまにホッとした顔をした。おや、と不思議に思ったロイだが、その理由はすぐに知れる。
「この子を一人にしておくのがいつも心配だったんです。……まだ小さいですし……」
つい最近リザの部屋の住人となった黒の子犬。その子守役として、ロイは期待されているらしい。
「何だ、遠慮せずに司令部に連れて来てもいいんだぞ?」
「ですが……躾も完璧ではないですし、もう少し大きくなってからお言葉に甘えようと思いまして」
この子の事をよろしくお願いします。そう可愛い恋人に頼まれれば、否とは言えない。ロイは一人と一匹で本日リザの部屋でお留守番をする事になった訳である。
しかし。その前途は多難であった。
ハヤテ号は、何故かびくびくした様子でロイに近寄ろうともしない。こちらから近づこうとすると、またぴゅーっと逃げてしまう。そのくせ、自分のテリトリー内に居るリザ以外の人間が気になるのか、ロイと距離を取りつつもチラチラとこちらを気にしている。
「おまえ、いっちょ前に人見知りか?」
ロイも子犬に構うのは早々に諦めて、ソファーの上を陣取って読書に励む事にした。ロイの役目は子犬と遊ぶ事でなく、彼が重大な事故を起こさぬように見ていてやる事だ。見たところ、部屋の中には危ない箇所は見あたらないし、同じ部屋内に居てやれば役目は果たせるだろう。
「……私は日曜日の父親か」
それでも、恋人が可愛がっているペットに嫌われているというのは少々彼のプライドを傷つけていた。仕事仕事で幼い子供に構ってやる事が出来ず、いざ休日に遊ぼうとすると知らないおじさん扱いで遠巻きにされた――という、所帯を持つ部下の何とももの悲しい話が脳裏に蘇る。今日の自分はまさにそれだ。妻に懐いていない子供の面倒を託されて困り果てる父親役である。ハヤテ号とロイはまだそれほど交流がある訳ではないから、彼がロイに慣れていないのは仕方がない話かもしれないが。
「しょうがないな。おまえ、危ない事はするなよ。中尉が悲しむからな」
声をかければ、ぴっと耳と尻尾を立てて怯えたような様子を見せるハヤテ号にロイは記憶中枢を刺激される。
「何だか昔を思い出すな……」
まだ自分が少年の頃。錬金術の修行に訪れていた師匠の家で、似たような事があった。その家の娘はたいそう人見知りをする女の子で、ロイが来たばかりの頃はよく恥ずかしそうに師匠の後ろに隠れていた。そのくせ、父親のお弟子さんの男の子が気になるのか、チラチラとロイを遠くから物陰に隠れて眺めていたものだ。声をかけると、いつもびっくりした顔をして逃げて行ってしまったっけ。
「やはり、飼い主と飼い犬は似るのかもな……」
蘇ってきた懐かしい記憶に口元を緩ませながら、ロイはゴロンとソファーの上に横になる。ハヤテ号の事は気になるがもう放っておくしかあるまい。こういう関係は時を経なければ解決しないものなのだ。そう結論を出すと、ロイは早速持ち込んだ錬金術書を読み込む作業を始めたのだった。



微睡む時と言うのは一瞬の様でいて、結構時が経っているものだ。何だか腹の上がポカポカするな、と不思議に思いながらふっと目を開けると、既に時刻は夕刻だった。薄暗い部屋の中を、窓から差し込む日没前の最後の光が照らしている。本を読みながら眠ってしまったらしい。しまったこれでは子守役失格だと飛び起きようとした所で、ロイは寸でで思いとどまった。
「ハヤテ号……?」
腹の上に乗っている小さな体躯に気がついたからだ。ポカポカと暖かい毛むくじゃらの塊が、ロイの身体の上ですぴすぴと鼻を鳴らして眠っている。くったりと身をロイに預けているハヤテ号の腹はゆっくりと膨らんだり萎んだりしていた。安らかな寝息はその場所を安心しきっている証だ。
ごく自然な動作で手を動かして、ロイは起こさぬように注意しながらハヤテ号に触れた。ゆるゆると背中を優しく撫でてやる。
「何だ、本当にお前は飼い主そっくりだな……」
かつて人見知りだった少女も。懐かしいホークアイ邸の居間にて、昼寝していたロイの傍らでいつの間にか一緒に眠っていた事があった。ずっと彼女に嫌われていると思いこんでいたロイは当時、驚いたものだ。
あの頃も今も。稚く、可愛らしい存在に懐かれるのは、なかなかに悪くない気分である。
いつまでも中途半端な体勢では辛いので、ロイはハヤテ号を抱き上げると身体を起こした。子犬は目を覚ましてしまった様だが、暴れたりもせず大人しくロイの腕の中に収まっている。どうやら、すっかりロイに対する警戒心を解いてくれたようだ。
「……私の事も家族と認めてくれたか……?」
指で子犬の喉の辺りを擽るように撫でてやると、ハヤテ号はきゅうきゅう鼻を鳴らして喜んだ。それが可愛らしかったので、調子に乗って全身を撫でてやろうとした所で。
「きゃん!」
それまで大人しくしていた子犬が急に吠えた。同時に尻尾が尋常では無い速度で振られ始めて、ロイは驚く。
「どうした、急に。何があった……」
問いかけの言葉を遮るように聞こえてきたのは、ドアの施錠を解除する音である。そこでハヤテ号に遅れてようやく、ロイは家主の帰宅を知った。
「ハヤテ号! いい子にしてた?」
現れた大好きなご主人様の姿に興奮した子犬はロイの腕を飛び出すと、一直線にリザの元に駆けていった。リザはその体をすくい上げるように抱き上げる。きゅんきゅんと鼻を鳴らして、千切れんばかりに尻尾を振りながら子犬は全力で主人に甘えた。
「やれやれ……お前、それは態度が違いすぎるってもんじゃないのか?」
ハヤテ号の現金な変わり身に苦笑を深めながらも、ロイもリザに近寄っていく。
「お帰り、中尉。早かったな」
「ただいま戻りました、大佐。……今日はありがとうございました。この子の面倒を見て貰って……」
恐縮した様に言う様は、まるで母親のようだ。
「なあに。私は何もしちゃいないさ。……おまえはいい子だったしな、ハヤテ号?」
「きゃん!」
ハヤテ号の頭に手を乗せると、そうだとばかりに彼は同意の声を上げた。
「あら……ずいぶんと、仲良しになったんですね」
「そうだな」
子犬の慣れた様子にリザが目を丸くしている。まだ付き合いが浅い男同士が、ここまで仲を深めているとは思わなかったのだろう。
「……なあ、中尉。私は今日、心に決めた事があるんだが」
「何ですか、急に」
改まった顔をして言うロイの顔を、リザは訝しげに見つめる。
「将来私は育児に参加する父親になろうと思う」
子供に懐かれない父親の気持ちなんて、二度と味わいたくはない。そう思いを込めて告げれば、
「…………気が早すぎます」
自分たちの事だと皆まで言わずともポッと顔を赤らめているリザに、ロイは愛おしげにキスを落としたのだった。




END
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by netzeth | 2014-07-01 23:45