うめ屋
休日の過ごし方
※ 残念な感じですれ違う大佐と中尉のコメディです。
本日、雨天、無能日より。
雨が降ると精彩を欠く我が上司は、サボる気力もなくし大人しく席に座っているのが常だ。いつもよりペンを動かす手まで遅くなるのはもしかして、「雨の日は無能」のレッテル張りがお気に召さない彼の無言の抗議なのだろうか。
実は雨だろうと錬成自体は可能で(火が点かないだけで)、やろうと思えばいくらでも攻撃手段はある。つまり、「雨の日は無能」という噂の流布は、彼自身が敵を油断させるために流した、いわば、偽情報であるというのに。(まあ、まったくの嘘でもないけれど)
自分でアピールした癖に、自分でダメージを受けるなんて、どんな自爆芸だ。いちいちそんなことで拗ねないで下さいと苦言を呈せば、
「… …誰に貶められても気にするものか。だが君に言われると傷つくんだ」
と弱々しく反論をされた。
ああそれならば少し分かる。どうでも良い輩に何を言われた所で、痛くもかゆくもないけれど、側近に侮られては上官としての面子が立たないものね。大佐はゆくゆくは軍のトップ――つまりは国の頂点に立つ人だ。人心の掌握には長けていないとならない。
と、私は理解を示したのに、大佐はいや……微妙に方向性が違うんだが……となにやらぶつぶつ言っていた。どういう意味だろうか。
とまあそういう訳で、雨が降ると空気だけでなく、大佐の湿度も増し増しで(頭にキノコが生えそう)で、副官としては非常に気を使うのだけれど。
どうしたことだろう。今日の大佐はひと味違った。 朝から席に座っているのは、雨の日ならいつも通りのこと。だが、書類を滑るペンの動きはとてもリズミカルで。音符マークを振りまき、彼は絶好調に仕事をこなしている。
彼に何があったのか。もしかして、熱でもあるのだろうか?
思わずそんな心配をしてしまったが、そういう熱に浮かされたヤケクソ気味の動きでもない。何というか……うっきうきのそわそわ? そう、この単語が一番しっくり来る気がする。
私はこういう時の彼を良く知っている。これは快晴の風が気持ちのいい日、大佐が脱走する前の待機状態だ。何か楽しいことを思いついてそれを実行しようと、その無駄に良い頭で作戦を練り、虎視眈々と狙っている――そんな状態。
だから、私は朝からずっと警戒していた。 この雨の中どこに行く気なのかは知らないが、もしも逃げ出すそぶりを見せたら、即、止める。まず銃で足を止め、口で無能と罵り、心を折る。そんな脳内シュミレーションを繰り返していた、昼下がりのこと。
「なあ……中尉」
粗方仕事を片づけ終えた大佐が、懐から手帳を取り出しつつ声をかけてきた。やっぱりうきうきそわそわしていたのでサボりの自己申告でもするのかと身構えた私に(腰の銃に手をかけた)、彼は予想外の言葉を投げかけてきた。
「君、今度の休日の予定は……?」
「え……?」
意表を突かれて聞き返せば、
「……だから。その…今度の休日に何か予定はあるかと聞いているんだ」
今度は少し緊張した面もちで大佐は言う。
心の準備が出来ていなかったた め、すぐには質問の意図が読めない。だって、私は大佐に「雨の日は無能なんですから大人しくしてて下さい」って言う気満々だったのだから。
だから、内容を吟味もせず、正直に休日の予定を答えてしまった。
「あります。ハヤテ号を抱っこして寝る予定です」
「いや、そんなにはっきりきっぱり誇らしげに即答されても、困る内容なんだが……」
そうだろうか。立派な予定ではないか。
「忙しくて、ずっと構ってあげられませんでしから。たっぷり甘やかそうと思いまして、グレてしまっては大変でしょう?」
「愛犬を可愛がる君の姿勢は、うん、素晴らしいとは思うがね……まさか一日中寝ている訳にも行くまい。そんなの君らしくもない。それにハヤテ号だって、運動させた方が良いだ ろう?」
「確かにそうですね」
ハヤテ号はまだ小さな子犬。体を動かした方が丈夫な子に育つに決まっている。それにお散歩は大好きだから、一日中部屋に閉じこめておくのは可愛そうだ。
「そう! そうだよ!」
納得して頷くと、何故か大佐は勢い込んで身を乗り出してきた。……そんなにハヤテの発育にご興味がおありなのかしら? 訝る私にこくんっと唾を飲み下して、彼は意を決した表情で言う。
「そこでだ、今度の休日私とベアルクローゼに行かないかね?」
「ベアルクローゼ……?」
突然飛び出してきたその街の名に戸惑いながらも、私は瞬時にベアルクローゼの情報を思い浮かべた。
古都ベアルクローゼ。それはセントラルシティの北東、ここイーストシティからはほぼ真北に位置する。はるか昔に首都が置かれていたことから、様々な文化遺産建築が存在し、年間を通じて多くの観光客で賑わうアメストリス随一の観光都市。
そんな所に一体何をしに行くのかしら? 話の流れからして、ハヤテも一緒に連れて来いということだろうが……。
そういえば、最近、新聞の紙面にその古都の情報が乗っていたような……そう。ニューオプティンでテロ活動を行った過激派が、ベアルクローゼに潜伏しているのではないかという、内容だった。あくまでも、記者の独断と偏見のような記事だったけれど。
その瞬間、私はピンと来た。
おそらく大佐は、何か確定的な情報を掴んだに違いない。そして、近々軍を動かし、ベアルクローゼにおいて大々的な掃討作戦 を行うつもりなのだ。つまり、そのための下見に行くのですね? 大佐。休日を使ってまで。
なんて……なんて立派なのだろう!!
「……ハヤテ号もぜひ連れて来るといい」
やはり、あの子を敵探知に役立てるおつもりですね? あの子はまだ幼い子犬だけれど、あの子の将来性を見込んでの抜擢。その先見の明お見事です。
もはや私に否やはなかった。
「そういうことでしたらば、是が非でもお供させていただきます」
「そうか!」
任務了解を告げると、大佐は驚くほどの満面の笑みを浮かべた。きっとこの下見に作戦の成功を賭けておられるのだろう。これは、私も気を引き締めてかからねばならない。
「では、細かいことですが、ご指示をお願いします。……やはり服装は軍服 は避けるべきですか?」
「当たり前だろう。軍服などもってのほかだ。……せっかくのベアルクローゼだというのに、君は何を考えているんだ」
「申し訳ありません。浅慮でした」
困惑した顔で軍服を否定され、私は己の浅はかさを恥じる。あくまでも下見は秘密行動だ。軍服でうろついては、相手に警戒してくれと喧伝するようなもの。威嚇行動は避けるべきなのだ。
「服はだな…すこしおしゃれして……あ、あちこち見て歩くから、靴は履き慣れたもので」
なるほど、民間人に扮して、カモフラージュと言う訳ですね? 下見なのだから、街の隅々まで見て歩くのだろう。特に敵の潜伏先として怪しい場所の目星をつけておくのだろうか。
「下水道や廃屋…場末のバーや違法カジノなんかで すね」
「げ、下水道……? 君はそんな所に興味があるのか…? これはルートの見直しを考えた方がいいか……」
「はい?」
「……いいや、何でもない」
「それでは、事前に準備しておくものなどはありますでしょうか」
下見と言えども、敵地への侵入。武装しておくに越したことはない。出来れば通信用の無線なんかも欲しいが、いかんせん、持ち込むには骨が折れそうだ。
「手回り品は必要最低限で、かまわんよ。私に任せたまえ、君はのんびり身一つでくればいい。……もちろん、退屈する暇なんてないからな?」
余計な装備は敵にあらぬ憶測を許す。武装は必要最低限でなければならない。大佐の考えに私は感服した。
楽しげにどこか含みにある笑みを浮かべる彼には、おそらく、絶対の自信があるのだ。火器の不足は己の技……錬金術で補えると。
「……了解いたしました。全て、大佐の思うとおりに」
「ああ追って時間を知らせる。……それから……」
「まだ、何か?」
「……楽しみにしている」
思いのほか感情が籠められた声に、驚く。私も何か言うべきか(任務成功に全力を尽くします!とか)と思ったが、結局何も言葉が出てこずこくりと頷くだけにとどめた。
ただ、大佐の言葉に私までふつふつと心が沸き立ってくる。
これは……大事な任務を前にして私も昂揚しているのだろうか。
……何か、違う気がしたけれど。
しかし、すぐにそんな疑念を私は忘れた。これから忙しくなるのだ。
さあ、今から気合いを入れて準備をしなければ。 ところで、目立たぬように、銃は何丁、弾薬は幾つまで持っていけるだろう?
本日、晴天、旅行日より。
観光シーズン真っ最中のベアルクローゼは、旅行鞄を携えた人でごった返していた。人々の楽しげなさざめきが耳に心地よい。晴れ渡った空は青。街にあふれるのはブーゲンビリアの赤。そして、建物の軒先を飾る市旗の黄色。鮮やかな色彩がいかにも瞳に楽しかった。
「こら、ハヤテ号。待ちなさい!」
駅舎を出てようやくケージから解放された子犬が、はしゃぐようにトコトコと駆けていく。リードを付ける暇もないすばしっこい動きに、中尉が翻弄されている。
「ほら、待て。……そう、いい子」
主人の呼びかけにハヤテ号は足を止めてなあに? と振り返る。やっと追いついた中尉は、優しく子犬を抱き止めリードを付ける。従順な子犬に、彼女はふんわりと優しく微笑んでいた。
「申し訳ありません、大佐。私の躾がなっていなくて……こんなことでは大佐のお役に立てませんね……」
到着して早々の粗相を、子犬に変わって主人が詫びる。私は笑って気にする必要はないと首を振ってやった。
「子犬は元気が良いのが一番さ」
それから心の中で、こいつは十分役に立っているよ、と付け加える。
何しろ、ハヤテのおかげで彼女のこんな顔を拝めるのだから。
愛犬のこととなると脇が甘くなる彼女は、緩んだ笑顔を振りまいている。これからの時間……楽しい旅行デートに期待が持てるというものだ。
「はい! そうで すね」
嬉しそうに頷くと、降ろされた金色の髪がさらりと揺れる。それがいかにも彼女がオフであることを表していて、私の心は浮つく。
そう、私は浮かれている。これ以上ないくらいに。
ずっと前から計画していたこのベアルクローゼ観光に、好きな女と来られたのだから、当たり前だろう。絶対に難色を示されると思っていた誘いは、思いの外あっさりと受け入れられた。
それどころか、当日の服装やら持ち物やら訊ねてきて、彼女もとても乗り気で。これで浮かれるなという方が無理だ。
子犬のリードを握って歩く中尉の姿を、こっそりと眺める。つばの広い白い帽子、胸元が開いたカットソーの上に薄手のジャケットを羽織っている。下は長めのフレアスカート。歩く度にふわふわと軽やかに裾が揺れる。彼女のリゾートスタイルを拝めて、本当に心が浮ついて仕方がない。
が。
視線を後ろに流した瞬間、目に飛び込んできたものに、私は若干我に返った。
……何故、こんな華やかな装いをしているのに、これを?
彼女が背負う巨大なリュックが嫌でも目に入って来て、すっきりしない気分を常に忘れさせてくれない。
「なあ…そのリュック…一体何が入っているんだ? 重くないか?」
今日会ってからずっと言えずにいたその疑問を、思い切ってぶつけてみる。すると、彼女はさっと顔を赤らめるという世にも珍しい反応を見せた。
「こ、これは……お恥ずかしい限りです。大佐から、身一つで来いと言われていましたのに……、その…どうしても荷物をまとめ きれなくて……こんな量に……」
「ああ、なるほど」
女性は男に比べて持ち物が多い。その辺りを詮索しようなどと、私も野暮だった。これだけの大荷物だ、もしかして小腹が空いた頃に彼女の手作り弁当やクッキーなんて物も登場したりしてな。
考えるだけで、心が躍る。
「それなら、私が持とう」
「い、いいえ! とんでもありません。見かけよりも軽いですし、扱いを慎重にしないといけないものも入っております。お気になさらず」
「そうか?」
壊れ物が入っている……ということは、手作りがいよいよ真実味帯びてくる。
私はほくそ笑むと、さあ、と中尉を促した。
「行くか」
「はい」
そうして、まずは賑わう駅前のストリートに足を運んだ。
「まずはどの辺りから回ろうか」
ストリートを抜けると、円形の広場に出た。そこから道が放射状に伸びている。懐からベアルクローゼの観光ガイドとマップを取り出しながら、中尉に水を向けると、彼女もごそごそとリュックから何やら引っ張り出していた。
「はい。私も僭越ながら、地図を持参してきたのですが……」
「そうか。どれどれ……」
手元をのぞき込んで、私は言葉を失った。彼女が持ってきた地図は、私が手にしている観光マップとは明らかに異なる、より精度が高いものだった。一般的な観光マップでは省略されているような、小道や建築物が詳細に載っている……いや、詳細すぎる。おまけに座標を特定するためのマス目まで入って……て、これ、軍用地図じゃないか?
「う 、うん…詳細な良い地図だな……」
「恐れ入ります」
よーくその地図を見てみると、あちこちに赤でチェックが入っている。ああ、ここに行きたいのかな、と思いその赤を目で追えば。
空き地、廃屋、下水道入り口、裏路地……と赤丸がついており、ならず者のたまり場と書かれた違法カジノには二重花丸。
こんな所に本気で行きたいのか……? せっかく観光地にきたのに、そんな通好みのスポット巡りをしたいのか!?
額を汗が滑り落ちていく。どうしたものか…と彼女を伺えば、何故か満足げに地図を眺めている。
「で、でも! だ。せっかく下調べして来て貰ったところ、悪いが……今日は私のプランで回るのではダメか? 自信があるんだ!」
女性が喜びそうな場所を入念に チェックしてある。美しい場所、ロマンチックな場所、そういうごく普通の観光スポットを私は巡りたいんだ、彼女と!
思いを込めて中尉に訴えれば、彼女は驚いたように目を見開いて。それから、尊敬のまなざしで私を見つめてくる。
「……さすがです、大佐。既にめぼしい場所を把握しておられるのですね? 貴方にお任せいたします」
説得出来て、本当に良かった……。あまりの安堵に力が抜けた。正直中尉チョイスの場所で、口説く自信がない。
「なら、あちらの方から行こう」
中尉を伴って、歩き出す。
了解いたしました大佐と返事をよこす彼女をちらり、と見て。
「……それから、さっきから気になっていたんだが、ここでは階級はやめないか?」
さりげなく指摘する 。彼女のことだから断られると思ったが、あっさりと了承された。
「確かにその通りですね、失念しておりました。申し訳ございません」
同意し、しばし彼女は考え込むように沈黙して。
「では、私は……エリザベスと呼ばれるのが適当でしょうか」
リザと呼びたかったのが本音だ。もちろん、虫のいい願いだと分かっていた。だが、今日くらい恋人気分を味わってみたかったんだ。いきなりファーストネームは恥ずかしいということだろう、と無理矢理自分を納得させる。
「分かった。では私のことは……」
「そうですね、貴方の場合はロイ子でいかがでしょう?」
ロイ……コ?
いかがでしょうって。いいわけないだろ。コはいらん。
謎のコ。という音に戸惑いな がら、(中尉の中ではコは重要な何からしい。……外国語か何かか?)ロイと呼んでくれ、という言葉を飲み込んで。私は釈然としない気分で答えた。
「かえって不自然だろう。……マスタングさんでいい」
私の指摘に確かに、そのまんま過ぎでしたか……我ながら素敵な愛称だと思ったのですが……と残念そうな中尉。悪いが、そこは譲れない。呼ばれる度に脱力してしまう。だってそうだろう? 良い雰囲気になった時に、ロイコなんて呼ばれてみろ、台無しだ。
ごほんっと、咳払いを一つ。
「では行こうか、エリザベス」
まだロイコに名残惜しそうにしている中尉を(もしかして会心のネーミングだったのだろうか)呼ばう。こんな風に呼ぶと、まるで任務中みたいで、妙な気分だ ったが。
「はい、マスタングさん」
応じた彼女の声が思いの外楽しげだったので、それで満足してしまった。単純なものだ。
荘厳な石造りのカテドラルは、ずいぶんと古い建築様式だ。青空を突き上げるように高い尖塔が中央にそびえ立っている。螺旋階段を上って、尖塔の上へと登る。
「素晴らしい眺めだな……」
大きな窓からは美しい街並みが一望出来る。窓枠に切り取られたそれはまるで、一枚の名画を眺めているようだった。
「はい。駅舎、市庁舎、憲兵の詰め所……ここから全て視認出来るでしょうか」
もしかして、退屈なのか?
あまり景観に感じ入っている様子でないのが気になって視線をやれば、彼女は片目を閉じ、腕を水平に伸ばして親指を立て ている。
格好はいいね! なのに、その顔は真剣そのもので、とてもいいね! という雰囲気ではなかった。その近寄り難さに、周囲の観光客が私たちを遠巻きにしている。
「……エリザベス?」
何をしているのだろうと声をかければ、彼女は一仕事終えたいい顔をしている。それから満足げに頷いた。
「目視ですが、ここから駅舎までの距離はおよそ1300といった所でしょうか……ギリギリですが、撃てますよ!」
待て、何を撃つ気だ。
彼女の視線を追いかければ、駅舎と駅前の広場が見える。整えられた植え込みとその周りで餌をつつく、白い鳩……まさかあれを撃つ気じゃないだろうな。今晩のおかずにする気か。
私の危惧をよそに、中尉は感激したように手を合わせた。
「さすがです、マスタングさん。このように良い場所を既にマークしておられたなんて!」
「ああ……うん」
「有事の際はまずここを拠点にして……一人ずつ潰していくのがベストでしょうか」
慌てて興奮気味に語る中尉の腕を引っ張り、人気の無い場所へと連れて行く。周囲の視線が背中に突き刺さって痛かった。
「エリザベス、ここでさっきのような話は……」
ようやく落ち着く場所へと来ると、声を落として話しかける。
真面目な彼女がつい仕事の話を持ち出してしまうのはいたしかたないことだ。だが、今日はせっかくの旅行デートなのだ。日頃の血なまぐさい話は忘れたかった。
「私……申し訳ありません。つい、大佐…いえ、マスタングさんの深慮遠謀に感服してしまいまして ……確かにあのような衆人環視の中でする話ではありませんでしたね。短慮でした。……どこの誰とも知れぬ輩が聞いているやもしれませんのに……」
……まあ、観光客にはどん引かれてたな。
しゅんっと反省する中尉というのも物珍しくも可愛らしい。足下では、主人を心配してか、同じくしゅんとした様子でハヤテ号がお座りしている。そっくりな主人と愛犬に苦笑しながら、私はぽんぽんとその肩を叩いた。
「いいさ。それよりも、次に行こうか。まだまだ行きたい場所が沢山あるんだ」
「はい」
中尉の返答に、きゃうっというハヤテ号の鳴き声がかぶる。それに顔を見合わせて。私たちはくすりと笑い合った。
それからの観光は順調で、名所旧跡を一通り巡った私と中尉とハヤテ号は、街の中央広場に戻って来た。既に時刻は昼を回った。そろそろ、腹が減ってきた頃合いだ。
「エリザベス、お昼にしようか。どこか美味い店は……」
何か名物でもないかとガイドブックを開いた私に、中尉が言い添えてくる。
「あの、見たところどこのお店も混んでいるようですしハヤテも一緒となるとお店を探すのも大変です。よろしければ、その辺りのベンチで食べませんか? 僭越ながら、私、持参して参りました」
キターー!!
ついに、その巨大なリュックの中身を披露して貰えるらしい。私は心中でサンバを踊りながら回転ガッツポーズを決めていた。
「もちろん、いいとも。わざわざすまんな」
「いいえ。現地の食べ物ですと、万が一にも毒を盛られ る可能性がありますから。念のためです。貴方のお好きな物を用意してきましたよ」
ひたすら不穏な前半部分が気になり過ぎるが。中尉の手作り!! に浮かれていた私は聞き流すことにした。
早速二人でベンチに仲良く並んで座る。周囲には私たちと似たような状況のカップルやら家族連れやらが居て、とてもにぎやかだ。特にカップルはあーんと食べさせ合いっこをしたりして、食事中だと言うのにベタベタいちゃいちゃくっついている。お熱い限りで、羨ましい。
もしや、私たちもあんなことに……?
期待に胸をワクドキさせて、私はリュックを広げる中尉を見守った。のだが。
「では、マスタングさん。こちらと……あ、あとこちらもどうぞ。はい、ハヤテ号はこっちよ」
「…………え、あ、うん」
リュックから出てきたのは、缶詰と干し肉、シリアルバーにクラッカーといった、軍用の……レーションだった。あ、確かに、これ私の好きなの……。
どうしよう。どんな顔をしていいか、分からん。傍らでがっつがつと犬用のご飯をがっつく子犬を羨ましく眺めながら。巨大な期待が青菜に塩を振ったように、萎れていった。
「なあ、エリザベス。……何で、携帯用軍隊食なんだい?」
「はい。万が一を想定いたしまして。日持ちもいたしますし、これがベストかと」
「そうか……」
ため息を吐きそうになるのを、何とかこらえた。せっかく中尉が用意してくれたものだ。たとえどんなものだろうとご馳走だ。と自分に言い聞かせる。
「うん、美味い。食べ慣れたものでも 、場所を変えると違うものだな」
「そうですね。それに、貴方と二人で食べているからでしょうか、とても美味しく感じます」
言ってる内容はとても嬉しかったが、いかんせんレーションではあまりテンションが上がらない。おまけにぼそぼそしていて、喉に引っかかる。楽しい旅行デートがいまいち不完全燃焼で、そのもやもやが上手く飲み下せていないように。
「……何か、飲み物が欲しいな」
「あ、そうですね、申し訳ありません。失念しておりました」
「ああいいよ。何か買ってくる、待っていてくれ」
立ち上がり、少し先の露店が立ち並ぶ界隈へと足を向ける。搾りたてフルーツジュースというのぼりを発見し、そこに行こうと歩みを進めた所で。目に飛び込んできた品物に、 立ち止まった。
銀色のペアリング。露店に置いてあるものだがら高級品には見えないが、どこか手作りの味が感じられるそれ。
手に取ろうとしゃがみこむと、すかさず声をかけられる。
「お兄さん、安くしとくよ。旅の記念にどうだい?」
……心が惹かれた。まだ一緒に旅行しただけの仲の分際で(しかも日帰り)こんなもの渡せる訳がない。と思う一方で、旅行の浮かれた空気の中でなら、ノリでプレゼント出来るかもしれないという期待。
迷う私を後押しするように、商売上手な店主が手を揉む。
「今ならサービスで好きな文字を刻印するよ!」
「……それを貰おうか」
気が付けば、財布を出していた。
上着のポケットに揃いのリングを忍ばせて。安価品故ケースが付く訳でもなく無造作に袋に入れられたそれは、ちゃりちゃりと歩く度に金属音がする。それは耳障りではなく、どこか心の柔らかい部分をくすぐる音だ。
渡す勇気は今の所、皆無。だが、これを買ったという記憶だけで十分だという気がする。
しかし、幸福感に包まれ軽い足取りで戻った私が見たのは、ガッデムな光景だった。
「ねえ~いいじゃん、行こうよー」
「おねーさん、ほんと、美人だから、おごっちゃうよ?」
いかにもチャラ付いた男たちが中尉に声をかけていた。彼女は特に困っている様子もなく、淡々と結構ですからと返事をしていたが。彼らは引き下がらず、しつこくしつこく絡んでいた。
足下ではうーっと低いうなり声を上げるハヤテ。よく躾ているため噛みつくことはなかったが、子犬はナイトよろしく男たちを威嚇し、敵意をむきだしにしていた。
私も迷わず両手の飲み物を放り投げ、戦闘態勢に入る。素早く懐から発火布を取り出して、装着。大股で彼女に歩み寄った。
「やあ……待たせたね? エリザエス」
ぐいっと肩を抱き寄せて、見せつけるように親密さをアピールする。同時にぎろりと男たちをねめつけた。
……この焔の錬金術師の女に手を出そうなどと、百万年早い。……と心の中だけで思って。
「……たい…いえ、マスタングさん!」
強引な行為に中尉が驚いたように声を上げる。手に装着された発火布を見やって、状況が把握出来ないのだろう。瞳をぱちぱちとさせていた。
「……なんだ、ツレがいるんじゃん」
「いこうぜ……っ」
私の迫力に恐れをなしたのか、ナンパ男共は捨てぜりふを吐いて去っていく。ふんっと、鼻を鳴らしてその忌々しい姿を睨みつけていると。
「一体、どうしたのですか? 急に……それに、手袋までつけて……」
不審そうな中尉の声に、私ははっと我に返った。そそくさと肩を抱いていた腕を外して、ごほんっと咳払いする。
「何でもない。ただ、不埒な輩を追い払っただけだ。……何かされなかったか?」
「いいえ? 何も。彼らは普通の観光客のようでした」
なるほど。観光地で浮かれて羽目を外そうという輩か。女を引っかけて、一夜のアバンチュールでも楽しむ気だっと見える。よりにもよって中尉に目を付けるとは、命知らずめ。と、とりあえず自分を棚上 げしつつ悪態を付く。
「最初は地元の方だと思って、話を聞いてみようと思ったのですけど…あまり参考になることは聞けませんでした。何を聞いても、いーじゃん、遊ぼうぜ、おねーさん胸でかいね、とかで」
……燃やしてやれば良かった。
中尉にいやらしい目を向けるとは、万死に値する。それは私だけの特権だ!
「……ところで、どうして、発火布を付けているのですか? 飲み物は買ってきて頂けました?」
小首を傾げつつ訊ねられ慌てて振り返ると、地面に落ちたフルーツジュースをハヤテがペロペロと舐めている所だった。
「落としてしまったんですか?」
「ああ…すまん、その、つい手が滑ってだな」
「ずいぶんと豪快に滑りましたね。仕方がありません、あれはハヤテ号にあげたことにしましょう。で、マスタングさん? それよりも」
呆れ顔の中尉は強い口調で言葉を切り、それから声を潜める。
「はやく、発火布外して下さい。見られては大変ですよ」
「あ、ああ……」
大変というのは、私が焔の錬金術師ロイ・マスタングだと知られると女性たちに囲まれてしまって、たーいへん! ってことかな……?
なんて都合良く解釈しながら、手袋を外してポケットにつっこむ。すると、指先に先ほど購入した指輪の袋がふれた。
……思ったよりも早く渡すきっかけが出来たじゃないか。
そのままその一対の片割れを取り出す。
「……これを、付けたまえ」
「え?」
中尉は手の中の銀色を戸惑うように見つめる。ぐいっと強引に手渡した。
「 あの……?」
「虫除けだ」
「虫除け……? でも、まだこの季節では虫はあまり……」
明後日にとんちんかんなことを言い出す中尉。天に翳したりして、不思議そうに指輪をいじっている。ああ、やっぱり自分の魅力とその危険性を彼女は理解していない。ついでに、指輪の意味も全然伝わってない。
「いいから」
「ですが、指輪をしていては、銃の扱いに支障がでます」
何をそんなに渋るのかと思ったら、それか。
「銃? 今日は必要ないだろう。第一携帯しているのか?」
中尉の下から上まで眺める。どこにもそんな物を持つ余裕は無い服装だ。もしや……巨大リュックの中に入っているのか? と思った瞬間。
「はい。もちろんです」
力強い答えと共に、目の前にパラダイ スが広がった。
一瞬、何が起こったのか理解が追いつかない。
ふんわりと巻き上がるフレアースカート。白い脚が半ば以上丸見えになる。彼女の両太ももには、黒いガンベルトが巻かれていて……銃が二丁…いや、もっとか? それからおびただしい量のナイフ。
魅惑の太ももと凶器のコントラストに、脳味噌がチカチカした。滑らかな輪郭が目に焼き付いて離れない。
「このように、いつでも撃てますので。ご安心下さい」
「あ、ああ…頼もしいよ……」
何で楽しい旅行にそんな物騒なのを沢山持って来ているんだ? という疑問は、眼福過ぎる事態に綺麗に消え去ってしまった。現金なものだ。
「ですので、指輪は困るのですが」
「なら、こっちの手のこの指にすればいい」
「マスタングさん!」
中尉の手から指輪を取り上げると、彼女の左手を手にとる。それからしれっと薬指にはめてやった。
「左を使わせる事態には、私がさせないから。……それに、それは私たちにとって重要なものだ」
不満そうな彼女だったが、私の一言に、何故か突然はっとした顔をする。それからじっと指輪を見つめて。
「了解いたしました。そういうことなのですね、流石です」
……何故突然態度を翻したのかいまいち分からなかったが。今は彼女が指輪をしてくれたことだけでよしとしよう。
出来れば自分の分もこの場ではめたかったが、それは流石に気恥ずかしくて、止めておいた。
あちこち巡り歩いて数時間後、街は夕暮れに沈む。街中に明かりが灯り、建物がライトアップされ、幻想的な空気が漂う。
もう少しだけ街にとどまりたかったが、日帰りである以上汽車の都合がある。そろそろ駅に向かわねば、イーストシティ行きの最終を逃してしまうだろう。
本当は、ゆっくり泊まりで来たかったな……。
なんて、考えてそこで私は思考をストップさせた。
いやいやいやいや、そんな、泊まりだなんて。何を考えているんだ、私は。彼女をやましい目でなんて、ほんと、これっっぽっちも見ていな……その瞬間、昼間の白い太ももが脳裏にフラッシュバックしてきて、私は懊悩した。
「うぉぉ……」
「あの、マスタングさん。どうされました?」
いかん、煩悩を振り払おうとしてつい顔と行動に出してしまったらしい。苦悩に顔を歪め頭を抱えた私を、中尉がびっくり顔で見ている。腕には歩き疲れてうつらうつらしている、子犬を抱いていた。
「……何でもない」
「? そうですか?」
君に欲情してました、なんて告げる訳にも行かず曖昧に誤魔化す。いまいち納得していない顔だったが、そういえば、と中尉は話題を変えてくれた。
「本日の成果はいかがでしたでしょうか? 大佐のお調べになった場所をあちこち巡って歩いた訳ですが、私が見たところ、特に問題無かったと思うのですが」
成果――と言われれば、成果はあったかもしれない。それなりに中尉と楽しい時間を過ごせた。私にはそれだけで十分だ。指輪も、本来の意味にはほど遠いがはめて貰えたことだし……上々だったのではないだろうか。
「……ああ、私はとても満足したよ」
だから、これは私の本心だった。そして続けて思う。出来れば彼女も私と同じように、私と一緒で楽しかったと思ってくれればいいのだが。
「そうでしたか。それは、良かったです。私も、お供した甲斐がありました」
腕の中で眠るハヤテを優しく撫でながら、中尉が微笑む。その美しい笑み。思わず吸い寄せられように、顔を寄せた。肩を掴んで桃色の唇に己のそれを寄せ……ようとしたその時だった。
ドーンッ!!
という爆発音がとどろいた。それは空気を震わせ、街中に響き渡る。
「たい、さ!」
マスタングと呼ぶことも忘れて、彼女が私を引き倒した。
「おわ!?」
見事な足払いにひっくり返ると、中尉が上からハヤテごとのし掛かって くる。ボリューム満点の胸とハヤテに私はむぎゅっと押しつぶされた。
何だ、何だ、何が起こった!?
「敵の襲撃かもしれません! 伏せて下さい……!!」
「むぐぐぐ……」
敵? 何の??
疑問は数え切れなかったが、とにかく苦しくて息が出来ない。
「あれほどの爆発音……相当な火薬量ね…こちらも、用意して来て良かったわ」
音が収まった判断して、ようやく中尉が私の上からどいてくれる。それから素早く背中の巨大リュックを降ろして、ガサコソと中身を探っている。
「ちゅ、ちゅーい……?」
「大佐、ご安心下さい。奴らに対抗すべく、私もこちらを持って参りました」
「何?」
「自らの手で火薬を調合した……特製の手作り爆弾です!」
……とうとう出てきた、手作り!!……爆弾。
私はもうロマンチックは諦めた。今日は。
ごつい代物を手に誇らしげにしている中尉に、もう突っ込む気も起きなかった。ふっと遠い目で空を見上げる。夕暮れの赤から、夜の黒へと染まっていく過程の藍色が、美しい。そしてそれを彩る光の花……ん、花火?
「ちゅうい。落ち着きたまえ、……さっきの音は花火だ」
爆発音の正体があっさり知れて、脱力しながら彼女に教えてやる。きょとんとした顔をした中尉は、次の瞬間やだっ、と顔を赤らめた。
「申し訳ありません! とんだ早とちりを……!」
「うん。いいんだけどね……」
ひたすら恐縮する彼女。
まあ、前向きに考えれば、地図もレーションも武装も爆弾も、全部私の身の安全を思ってのことだろうし。きっと彼女はプライベートでも副官兼護衛気分が抜けないのだろう。
それは、私をどこまでも上司としてしか見ていないということであるけれども。
その切なさを振り払って、私は中尉に気にするなと笑ってやる。
「ほら、見てごらん。綺麗だろう? ベアルクローゼの花火は特に美しいと言われていてね。光が真円を描くように火薬が調整されているんだ。それだけ長い歴史のある催しなんだよ」
「はい…綺麗ですね……」
私につられたように、空を見上げた彼女が感嘆の声を漏らす。
「一つの花火が打ち上がって光を散らすまでの間に、願いごとを三回唱えれられれば、願いごとが叶う……なんて噂もあるくらいだ。……流れ星のようだね」
「まあ……それは本当ですか?」
話している間に、また一つ花火が打ち上がった。導火線のような細い光が空に向かって伸びて、そして一気に花開く。円状に広がる光は一瞬だけ一際美しく輝くと次の瞬間にはキラキラと儚く消えていった。
私は一心に花火の光に視線を注ぐ中尉を見やった。
「何か、願ったのかね?」
「……はい」
「聞いても?」
「……貴方の望みが叶うように、と」
「そうか」
自分のことを願わないところが、実に彼女らしい。
中尉といい感じになれますように、などと、欲望にまみれた願いをした私は、少し反省する。
中尉が私を思い、守ってくれるだけで、私は幸せ者だ。
「……さあ、汽車がなくなる。そろそろ帰ろうか」
だが、ちょっぴり欲張り精神が顔を出して。
私は中尉の手を握りしめて、引いた。
手を繋ぐ――今日初めてした、本当の恋人らしい行為だった。
「大佐……あの、ちょっと…」
「さ、行くぞ。ほらハヤテも。眠くないか? 自分で歩けるか?」
「キャン!」
「あの、恥ずかしいのですがっ」
「気にするな。虫除けだよ」
「……指輪が虫除けなのでは?」
「いいから」
「あの、手……や、本当に、なんだか変。顔が熱くてっ…! 私、変なのですが……!」
中尉の抗議を今ばかりは、聞き流して。
二人と一匹で歩き出す。上がり続ける花火の光が映し出す影は、仲良く手を繋いでいた。
帰りの汽車の中は、しごく静かだった。すっかり眠ってしまったハヤテ号のケージを足下に置いて、ぼーっとした様子で、彼女は窓の外 を見つめている。
中尉も流石にくたびれたのだろうか。無理もないだろう。あんな巨大なリュックを背負ったりあれだけの武装を身につけていたのではな。
そっとしておいてやろう、と私も特に話しかけることもしなかったのだが。
「あの、大佐」
沈黙を破って彼女が声を上げた。
「ん?」
「ずっと考えていたのですが……大佐。私、とても、聞きたいことが」
「なんだね?」
腑に落ちない顔で、中尉が言う。
「今日は……なんだったんですか? これ」
「旅行デートだが……逆に聞く。何だと思ってたんだ…?」
沈黙五秒。みるみるうちに彼女の顔が赤く染まっていく。
……今日一番の可愛い顔だ。
「そ、そんな! 掃討作戦の下見ではなかったのですか!?」
「 違う!」
私は反射的に叫んだ。
……全ての不可解さが氷解していく気がしていた。
「でしたら……この…指輪…は?」
「それは……」
私の気持ちだ、と告白するのは流石に早計かと言いよどむと、更に彼女は仰天することを告げてくる。
「R to R……このRは…リスク…リターン…危険を察知したらすぐに帰投せよとの暗号なのではないんですか?」
「違う! ロイとリザのRだ!」
他に何があるというんだ。まさか、あんなにあっさり指輪を付けることを快諾したのは、暗号のやりとりだと思ってたのか?
「じゃ、じゃあ…一緒に名所を巡ったり、お昼食べたり、名前を呼び合ったり手を繋いだり……それにはいかなる意図があったんですか?」
え、その説明いるのか!?
仕方なく、羞恥プレイの心持ちで白状する。
「全部、君と、したいから、した。それだけだ」
「そ、それならそうと、早く言って下さい!!……もう、私、馬鹿みたい……」
言った……つもりだったが。
どうも、相互理解に齟齬が発生していたよう だ。
両手で頬を包み込んで、中尉は恥ずかしげに顔を伏せている。
……もしも作戦の下見でなかったら、彼女は旅行に同行してはくれなかったのだろうか。
不安が首をもたげてくる。全部、任務のためだったのだろうか。
しかし、次の瞬間。顔を上げた彼女はきっぱりと叫ぶように言ってくれた。
「私、ちゃ、ちゃんとやり直しますから!」
だから、その……とごにょごにょと言葉を濁す。
「なんだ?」
「その……また、誘って下さい。今度は勘違いしないように」
私の心に光がさした。嬉しさに胸がいっぱいになる。
「手作りのお弁当やクッキーを作ってくれるか?」
「はい」
「あーんって食べさせてくれるか?」
「……はい」
「手も繋いで……ペアの指輪も付けてくれる?」
「……いいですよ」
「休日はハヤテ号だけじゃなく、私も抱っこして寝てみない?」
「…………バカですか」
そう言ってはにかむ中尉は、とても美しくて。
休日の終わり、我々を乗せ進む汽車の上で。私は我慢出来ず、身を乗り出すと腕の中に彼女を閉じこめたのだった。
END
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お読み下さりありがとうございました。
ロイアイの未来が幸せでありますように!