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うめ屋


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by netzeth

たとえばこんなプロポーズ

それを目の前に差し出された瞬間、私はどうやってこれを引っ込めさせようかそればかり考えていた。
シルバーに輝くリング。

一目で特別な意味を持つものだと分かる。事実リングが収められたケースを持つ彼の手は少しだけ震えていたし、表情は極度の緊張からか強張っていた。こんな顔を見るのは久しぶりで、緊迫した場面だと言うのに愉快な気分になってしまい困る。気を弛めたら、彼の思うつぼだ。
「…………閣下」
「待て。言いたいことは分かるが待て、言うな」
こちらの意志を分からせるための殊更深いため息混じりの呼びかけは、ぶっきらぼうに遮られた。命令口調で言われてしまえば、反射的に言葉は続かなくなる。だがすぐにこれは命令ではなく、懇願だと気づいた。何より彼の表情がそう語っていた。
「とにかく黙って受け取ってくれよ」
  懇願なら拒否も可能だろう。けれど、彼の必死な顔が私をとどめていた。このまま突っ返すのはあまりにも無情だし、第一それに足る理由もまだ用意していない。納得のいく理由がなければ彼は引き下がらないだろう、また、同じことを繰り返すだけだ。
  これ以上、私の心を揺さぶるようなことは止めて貰いたかった。どれだけ気持ちを押し込めて貴方の補佐を勤めてきたと、また勤めて続けていく覚悟を決めていると思ってるんですか。
思わず恨み言を呟いてしまいそうだったが、こんな彼を見てしまえばそんな気も失せてしまって。
仕方なく開かれていたケースから指輪を抜き出した。受け取って貰えたと彼はホッと安堵したようだが、私はこれを簡単に指にはめる気はなかった。
何かないか。慎重にリングを検分する。何か……彼につけ込める隙が。
指輪の材質でもいい。こんなのは相応しくないもっと勉強して出直せとか、または指輪に彫られた文字でもいい。綴りは間違えていないか。
ほとんど意地悪な難癖レベルだが、それでいい。彼には最高権力者として担った重責を思い出して貰いたかった。それが補佐官としての私の義務だ。
この地位についてもまだまだすべきことは沢山ある。ここはゴールではなくスタートだ。
こんな……何の旨みもない女に執着するより、立派な家柄の女性を妻にすべきた。
だが、リングの輝きはどこまでも私を誘惑してきた。本当は喜んで受け取って彼のものになりたい……また彼を自分だけのものにしたい。
ダメ、と首を振る。己の職責を忘れてはいけない。その瞬間、ふとあることに気づいた。確かめるために、指輪を左手の薬指に持っていった。
ごくりと彼の喉がなったのが聞こえた。緊迫感を持って私を見つめている。私は一連の動作をスムーズに終えようとし、それが叶わないこと悟った。やはり。
「…………閣下」
指輪は小さすぎて、途中でつっかえて薬指には入らなかった。よりによって、他の女とサイズを間違えるなど、なんて最低なプロポーズ。いや、元々この指輪自体他の女へのプレゼントの使い回しか。

見つけた、彼の隙。それは指輪を突き返すに足る絶好の理由。
しかし…………喜ばなければいけなかったのに、私の心は一瞬悲しみに包まれた。それこそ、私の想いの表れ。
湧き出た気持ちを驚きながら押し殺し、感情を含めぬ声で続けた。
「渡す相手をお間違えでは?」
冷たく突き放すように、締め付けるような胸の痛みに耐えながら、私は言った。
「別のヒトへのリングを渡すなんて、最低ですね」
これはきっと私の本音。
「これはお持ちかえり下さい。そして2度と馬鹿な気は起こさぬように」
強い口調で告げたが、予想に反して彼は動揺を見せない。それどころか、じっと優しく暖かな瞳で私を見つめてきた。
やめて、そんな目で見ないで。
「間違えてないよ。……いや、別の女への、というのはある意味正解かもしれないが」
彼の両手が伸びて私の手を掴む。指輪が入らなかった指をいとおしげに包み込んだ。手付きに狼狽えてしまう。
「そうか、君の手はこんなにも成長したんだね」
「な、何を……」
「綺麗な手だ」
「戯れ言を……ゴツくて、女らしさの欠片もない手です」
「それは君の努力の証だ。この手で私をずっと守ってくれた……だから、指輪は入らなくなったんだね」
「……閣下?」
私の手から指輪を取り、彼はそのサイズを確かめるように眼前に持っていき、瞳を細めそれを見た。
「これはね、君に……昔、君に渡そうと思って用意したものなんだよ。私が国家錬金術師になるための勉強をしていたくらい、かな」
息が止まった。目を見開いて、彼を凝視する。そんな私に照れたように笑って。
「試験に受かったら渡そうと思っていたんだ。事前に君の指のサイズもちゃんとリサーチしてね、はりきって給料はたいて用意した」
結局。と言葉を1度切って。切なげに続けた。
「君も知っての通り、渡せなかったけどな」
  ずるい、と思った。今、それを出してくるなんて、なんてずるい男。
「……サイズが変わっているかもしれないと、思い至らなかった訳じゃなかったんだが、うん、やっぱり初志貫徹というか……これを渡したかったんだよ」
だから。
「改めて言う。あれから今までの私の想い、受け取ってくれないか」
……ああ、もうなんて…なんてずるい!!
貴方は本当に狡猾で私を驚かせるのが上手くて……だから私はこんな風に無様にまた、涙を流してしまうんです。
「君の素直な涙は何度見ても、良いものだな」
「黙って下さい……!」
距離を詰められて、抱きよせられても、その暖かい腕に背中を覆われて、子供にするように撫でられても、もう私は抵抗しなかった。
「…………指輪」
「うん?」
「ちゃんとサイズ合うように、して下さいね」
「ああ」
「私、これがいいです。別のは受けとりませんから」
「分かったよ。責任持って錬成する。今の私の腕なら……容易いことだ」


……結局彼が私にくれたものを、私が拒めたことはないのだ。彼の体温を身に感じながら、それならこれも貰ってもいいよね。と私は人生で一番のわがままを自分に許した。



by netzeth | 2017-11-12 13:10