うめ屋


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こんな夜は月を抱いて サンプル

 青と金色より





「やれやれ……面倒なことだな」

 軍帽をベッドの上にぽんと放り投げ、続くもはや癖になった動作で髪を崩そうとすれば。

「大佐、いけません」

 副官の厳しい声に引き留められ、ぴたりと手は停止した。とっさの反射的行動とは言え、上官としては忸怩たるものがある。これでは躾られた彼女の愛犬と同じではないか……いや、まさか。小さい黒犬に対して、ちょっと大きな黒い犬とでも認識されてやしないか 私。 

「……分かってる。ちょっとした休憩だ、きゅーけい」

 落ち込みかけた気分を無理矢理に押し上げ軽い口調で反論するも、胡乱気な視線をくれる彼女。私の言葉を一ミリも信じておりません、って顔だ。

 そこまで信用がないとは思わず私は何かしたか と訊ねてしまいそうになり、慌てて滑りかけた口に待ったをかけた。絶対に、胸に手を置いてよーく過去の所業を思い出してからその言葉もう一度言えますか と銃を突きつけられてジ・エンドの予感がした……やめておく。

 あ、彼女の愛犬と同じという自己評価は却下しよう。うん、それ以下じゃないか

「お気をつけ下さい。祝賀パーティーまでそれほど時間の余裕は無いのですよ」

 ふうっとため息を落とし、扉前に立っていた中尉が部屋へと踏み込んで来た。おやと思って動向を見守っていれば、彼女は投げ捨てられた軍帽を救い上げ、椅子の背もたれで同じ運命を辿っていた軍コートを手に取り、どちらも丁寧に背の高いポールハンガーへとかけてしまう。上官の、しかも男の部屋にわざわざ入って来たのは、だらしなさを捨て置けない彼女生来の生真面目さかららしい。

 ともすればこうるさい副官にうんざりする場面かもしれないが、私にとっては好意に属するものだ。惚れてる女に世話を焼かれて喜ばない男はいないだろう。

「分かってるよ」

 もう一度同じ台詞。しかし甘えが滲んでしまった。紅茶色の瞳に咎めるように睨みつけられる。

「分かっていらっしゃるのでしたら大人しく身体を休めて下さい、この先も長丁場なんですから。髪は崩されませんよう直すのが大変ですよ」

「ああ」

 忘れていたかった憂鬱さが思い出され思わず眉を寄せれば、副官は困った顔をする。

そんなお顔をなさっていたら、不敬だ、けしからんとすぐにお偉方に叩かれます」

「君の前でだけだ。パーティーの最中はちゃんと「切れ者の出世頭で生意気な東の田舎者マスタング大佐」としてふてぶてしくかつ慇懃無礼に笑っていてやるから」

「それはもっといけないでしょう!! ますます貴方に対する風当たりが強くなるじゃないですか」

「そうか では、雨の日の私より無能な老害たちに媚びへつらうマスタング大佐、の方が君はお好みかね」 

「私の好みの問題ではないでしょうに……」 

 挑発的な物言いをしてしまうのは彼女への甘えだと分かっていたが、許して欲しい。私もずいぶんと疲労困憊なんだ。

 なおざりにしてはいけないと肝に命じてはいるが、とかく形にこだわった儀式という物は肩の凝る代物だ。しかも受勲式典で最も年若いとなると、嫉視というちっともお得じゃないおまけもついてくる。聞こえよがしに囁かれる嫌みなど羽虫の羽音程度にも感じないが、お偉方の内容からっぽな長い祝辞を直立不動の体勢で延々聞かされるのは、もしかしてそういう忍耐力を試す訓練かと勘繰ってしまう。

 凝り固まった節々をほぐすように腕を持ち上げ、う~んと伸びをすればお茶を淹れますね、とねぎらいの声がかかった。茶器や湯が用意されているのは、軍系列のホテルにしては気が利いている。椅子に腰を落ち着けながらありがたく頼む、と言えば思ったより安心しきった声が出た。

 中尉の動作は機敏でありながら、どこか春に吹く風のように軽やかだった。ずっとムサい男どもに囲まれ、腐っていた心がひどく癒される。そのままなんとなく、彼女の後ろ姿を追っていた。 

 いつも通りの軍服、長い髪をバレッタでまとめた髪型。その無骨な青の下にまろやかで柔らかなラインが隠されているのを、私は知っている。

 式典の際まったく集中していなかった私の興味を奪っていたのは、実は彼女だった。私がいた場所からは少し離れた高所にて。狙撃兵として警護を担当していたそのきりりとした様は抜きん出て美しく、まるで一枚の絵画のように現実感を欠いていた。

 凛とした双眸、鷹のまなざし、緊張した白い面差しと、彼女を飾る金色。粗野な軍人野郎どもの目に晒しておくのはもったいなくも、あれは私のものだと自慢したくもあった。あの金糸の手触りを知っているのは私だけ……あの清廉を乱せるのは私だけ。

「ちょっ、大佐。何ですか」

 気づけば立ち上がり、迷うことなく距離を詰めていた。腕を伸ばしするりと細腰に巻き付けて、引き寄せる。淹れ立ての茶の香気よりも、うなじから匂い立つ女の芳香に魅せられていた。

「ん ティータイムよりも、まずはこっちを満腹にしたくてな」

 言いながらもう片方の手を回し、そっと茶器を置かせる。そのまま手を上昇させ細い顎を捉えた。指先で上向かせそのまま……

「むぷっ」

 ……しっとりとした唇を味わうはずが、妙な音を出してしまった。彼女と口元の間には白い手のひらが挟まれている。上目遣いでこちらに抗議の視線をくれる彼女は、誇張表現なしに遊びたがるハヤテ号も即座にハウスする、お怒り心頭の様子。

「……本日がどんな日かご存じですよね 大佐」

 思った通り天険の地ブリッグズのブリザード級の凍えた声が、発せられた。

「三時間耐久眠気我慢大会の後休憩を挟んで、マスタング大佐が中央のじじい共にいびられ謗られいたぶられる会が開催される日だな」

「違います 受勲式典と祝賀パーティーです。……中央高官とのコネクション作りのために出席なさると決めたのは貴方でしょう だからこそあんなにご無理なさってスケジュール調整をして、セントラルまでいらっしゃったのではないですか」

「むろんそうだ。だが、やるべきことをやることとそれを楽しめるかは別の話だろう。私はパーティーの後マダムの店に寄ってやる一杯と、君と最終列車に飛び乗ってイーストシティに戻る道中の方が楽しみだよ」 

「……そ、それは私だってそうですが」

 中尉の語気が弱くなったのを、好機と見て畳み掛けた。

「ほら、でもその前に 楽しみを前倒ししたいんだ」

「た、大佐……

 再び寄せようとした唇は、また手のひらでブロックされそうになる。今度はそれを見越して手首を掴んで阻止した。

「パ、パーティーまで時間が無いんですよ!?

 焦りを帯びた声は私を煽るだけ。まるで時間があれば許すという言い回しに、彼女の気持ちが透けて見えほくそ笑んだ。

「仕方ないだろう、式典中ずっとムラムラしてたんだ」

「む……っ、あ、貴方は大事な式典で何を考えて……

「聞きたい 教えようか。こういうこと」







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by netzeth | 2018-05-06 00:12 | Comments(0)