人気ブログランキング | 話題のタグを見る

うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth

わざと見せ付ける

 視線は時に形を得て肌に突き刺さる。舐めるように、値踏みするように、屈服させるように。エリザベスという女にはそんな男たちの漏れ出した欲望が注がれる。
 それを避けることなくむしろわざと、リザは大きく開いた胸元の下に腕を入れぐっと持ち上げ強調した。深く切れ上がったスリットの隙間からも惜しげもなく脚を晒せば、隣に座る男の鼻下がおもしろいように伸びる。
 その瞬間、一際鋭く刺さる視線に灼かれ肌がチリチリと痛んだ。
 強烈な眼差しをくれるその人物をリザは知っている。
 男はカウンター席に座り、グラスを傾けながらじっとこちらを観察していた。
(まったく。来ないで下さいと言ったのに……)
 リザが上官――ロイから潜入捜査を命じられたのは、とある夜の店。ターゲットに近づき情報を落とさせること――そのためにエリザベスという名で働いている。
 任務は順調に進んでいた。運良くターゲットはエリザベスを気に入り、贔屓にしている。甘い言葉ですり寄れば容易くぽろぽろ埃を出してくれた。ほどなく無事に仕事を終えられるだろうと思っていた矢先に、ロイの訪問。正直やりにくいことこの上ない。
 なにせリザの一挙手一投足を余すことなく見てくるのだから。落ち着かないし、はっきり言って邪魔だ。
(大方、ちゃんとやってるかどうか心配で来たのでしょうけど……)
 舐めないでほしい、と内心苛ついていた。
 自分はちゃんとやれている、情報収集の一つも完遂出来ない不甲斐ない部下だと思われているなら心外だった。
「ミスター? わたしのこと好き?」
「もちろんだよ、エリザベス~」
 ほら、その証拠に。
 リザは客の男に身体を寄せた。腕を抱え込み胸に手を置いて、吐息を耳穴に吹きかける。
「本当?」
「ああ。君のいうことなら何でも聞いちゃうよ?」
 デレデレする男は既にリザ――エリザベスという女の手のひらの上だ。
(見てますか? 大佐。貴方の部下は貴方が思うよりも優秀です。ちゃんと任務遂行しておりますよ?)
 リザはわざと見せつけるように、甘えて来る男の頭をことさら丁寧に撫でてやった。  
 ――視線の圧がとんでもないことになったのは、客の相手に気を取られて気づくことはなかった。






「成果は?」
「上々です」
 件の店を出て、少し歩いた場所の路地裏。煉瓦作りの壁を背に、男女が並んで立っていた。女――リザは懐から小さなメモ書きを取り出し、隣の男に差し出す。赤く染められた形の良い爪が美しい指に挟まれたそれは、ほどなくして男――ロイの手に渡った。
「ふむ……これは…」
 紙切れにざっと目を通しロイが感心したように唸るのを、リザは誇らしい気持ちで聞いていた。
「すごいな、ここまで情報を引き出すとは……よくやった」
「……恐れ入ります」
 歓喜が体を駆け抜けて、リザは心地よい疲れに身を浸していた。どんなに骨を折った任務でも、ロイのこの一言を聞けると思えばなんと言うことはない。
「昼の仕事もあったのに、君には苦労をかけたな」
「いいえ。たいしたことではございません」
「ずいぶんと……君は、この任務に熱心だったね。まるで本物の夜の女のようだったよ」
 ねぎらいの言葉が身に染みて嬉しさをかみ殺して返答するも、剣呑に響いたロイの声に戸惑った。探るように隣を見上げれば、既にロイもこちらを見つめていた。月を背負って、逆光となり表情がよく見えない。けれど不穏な何かをリザは感じ取っていた。
「最初は慣れませんでしたが。同僚の方にいろいろ指導していただけたので……」
「ふうん……だから、あれほど男にベタベタくっついていたのか?」
「なっ……」
 あれは演技だ。だが、仕事をサボっていないと示すためにいつもより過剰にやったことが、どうも気に入らないらしい。 
「やり過ぎだろう」
「……むしろ足りないくらいだと思います」
 元々はこの男が見に来たから、あんなことをしたのだ。責められるように言われて少しだけむきになって、言い返してしまった。
「足りない?」
「ええ、まだまだ未熟です」
「……そうか、ではレッスンだ」
「……っ」
 瞬間、ひゅっと吐き出した息を全て飲み込まれた。思わず後ずさろうとしたが、壁に背を押しつけられままならなかった。
「……っん」
 両肩を大きな手のひらで抱え込まれ、固定される。顎を上げさせられて、唇は自然と開いてしまった。舌が差し込まれて、脳内が熱く沸騰してどうしようもない。
 ――その時だった。路地の出口、通りに面したその場所に見覚えのある人影を見た。店に居たエリザベスの客だ。
「――んんっ」
 見られている。ダメっ、とロイを押し返そうとするが、思ったより力が入らず胸を叩いただけで終わってしまった。
(ダメ……っ、ダメ……)
 男の影はその場に縫い止められたように動かない。見られているという背徳感がリザを追いつめ、余計に身体に痺れを走らせた。
 絡み合う舌が、鼓膜を震わせる互いの息づかいと卑猥な水音が、全てが刺激となって、襲いかかってきた。
 やがて男の影が去りリザの身体に力が入らなくなった頃、ようやく解放される。
「………はっ、何を、なさるんです……見られて…」
 肩で呼吸をしながら抗議すれば。ロイは動じず当然といった風に言い放った。
「当たり前だろう。わざと……見せつけたんだ」
「な、何を……考えて、こんなこと……っ」
「今の君はエリザベスだ、問題ない。それに」
 悪びれることなく言い放ち、ロイはまた見せつけるように、親指で唇を拭った。 
 ――その仕草に一瞬目を奪われたのが、悔しい。
「きっとあの男もこれで、諦めがついたろう。エリザベスには恋人がいるのだと、ね。……って! いたっいたたたたたたた! 痛い、痛い! 中尉、痛い!」
「今はエリザベスなんでしょう!?」
 あまりにも憎らしかったので、リザはそのほっぺたを掴んで引っ張ってやったのだった。




********************************
 


by netzeth | 2018-09-17 16:38