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うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth

風邪にいちばん効く薬

自宅のドアを開け、中に入ったところでリザは力尽きた様に膝をついた。
―――朝から悪かった体調が悪化したのは昼過ぎの事だ。よりにもよって上司、ロイ・マスタング大佐の目の前で倒れてしまったのは不覚だった。直ぐに立ち上がって大丈夫だと主張したが、聞き入れられる訳もなく、即刻の早退を命ぜられた。
アパートの前まで送ってくれたハボックが部屋まで付き添うと言うのを断り、何とか部屋までたどり着いたはいいがそれがリザの限界だった。
身体が重い。手足が自分のものではない様にいう事をきかず動かない。何もかもヒドく億劫でリザはそのまま俯せになった。
「ク~ン」
愛犬の声が聞こえ、頬にペロペロと舌の感触がしたが、リザはもう腕を持ち上げてその頭を撫でてやる事もできなかった。
「だい……じょうぶよ……ハヤテ号……少し休めば……良く、なるから……」
そして、リザはそのまま目を閉じて、意識を手放した。


寒い。寒くて仕方がない。とても寒いの。そう言うと、急にふわりとぬくもりを感じた。
何だろうこれは? とても不思議だったが、あんまり気持ちが良かったので、リザはもっとそのぬくもりに触れたくて、手を伸ばした。するとまた、ふわりと今度は体中がその優しいぬくもりに包まれた。
嬉しくて、もっと触れたくて、ギュッと寄り添うと、こら、放しなさい。と声が聞こえた。
いやいやと首を振る。
参ったな……。
その呟きはどこかで聞いた声だと思ったけれど。今のリザには遠いことで。幸せなぬくもりの中、リザは再び眠りに落ちた。


リザがうっすらと目を開けると、変わった枕が目に入った。
――変ね……うちの枕、こんな色だったかしら。それに何だかゴツゴツしてる……。
上を向くと顎が見えた。しっかりとした男の顎。さらにその上を辿って行くと見慣れた顔があった。
「大佐!?」
間違なく、自分の上官ロイ・マスタング大佐だ。
どうしてここに? いやむしろ問題なのは今のこの状態だ。
リザはロイの膝の上に横抱きにされて抱き締められていた。太くて意外にたくましい腕がリザの腰に回されている。リザはロイに凭れかかる様に眠っていたのだった。
「やあ、起きたか。具合はどうだね?」
低い声を耳の間近で流し込まれて、リザは思わず悲鳴を上げた。
「!……た、大佐! とにかく離して下さい!」
リザが膝の上で暴れると、
「こらっ動くな。病人は大人しくしていろ。だいたい……離してくれなかったのは君なのだがね」
ヨッと掛け声をかけてロイはそのままリザを抱き上げ、座っていた椅子から立ち上がった。
「君を寝かせようとベッドまで運んだんだがね、君が離してくれないから、こうして椅子に座っていたんだ」
ロイはそっとリザをベッドに降ろす。
「さっきまではあんなに甘えん坊だったのに、ずいぶん冷たいじゃないか」
「そ、そんな事覚えてません! だいたいどうやって入ってきたんですか!」
「どうって……」
私を誰だと思ってるんだね? とロイは胸を張る。
「錬金術でドアを開けたんですね……」
「仕方ないだろう。ノックしても返事はないし、ハヤテ号の吠える声が聞こえたんだ。緊急事態だと思ってね。案の定、君は床に倒れているし……だから無理するなと言ったんだ」
あまり心配させないでくれ。
そう言ったロイの表情はとても優しくて、リザは頬に熱を感じた。
「まだ熱いな……」
そんなリザを知ってか知らずか、ロイはリザの額に手を当ててくる。
「寝ていたまえ。今、何か作るから。何も食べていないのだろ?」
そう言うとロイはキッチンに向かった。
その後ろ姿を見送ってから、リザははあ~と息をついた。
何て事だ。ロイに抱き上げられて、挙句に自分から離れたくないとしがみついた……らしい。
ずいぶん恥ずかしい態度をとってしまった。熱で頭がぼーっとしていたせいでもあるが、それにしたって恥ずかし過ぎる。風邪のせいだけではない熱が再び顔に昇ってきて。リザは思わずをシーツで顔を隠してしまった。


「待たせたな」
しばらくして、ロイが盆に皿とコップをのせて戻ってきた。
「簡単なものだが……」
彼が持ってきたのは、野菜が入ったスープだ。ほかほかと湯気が昇る出来立てである。
「これを大佐が……?」
リザはおそるおそるその液体を覗き込む。野菜は所々不格好に切られており、これをロイが切っているところを想像すると何だかおかしかった。真剣な顔して包丁を握る姿が目に浮かぶ様だ。
「まあ、私の料理だからな。味は推して知るべしだ」
「そんな事……いただきます」
確かに味はロイの作る料理らしくて、特別美味という訳ではなかったが、リザには十分美味しく感じられた。
食べ終わると、薬を差し出される。
「飲んで、寝る事。明日は休みにしておいた。ハヤテ号のご飯も私がやっておいた。だから、君は十分休養するように」
本当に何から何まで世話になりっ放しで、これではいつもと逆だわ、と何だかおかしくてリザはくすりと笑う。
「ありがとうございます。大佐……」
「礼なんかいいから。……早く治してくれ」
照れているのか、ロイは横を向いて少しぶっきらぼうに言う。
「私は君が薬を飲んだら帰るから」
「では……あの大佐。そこの鞄を取っていただけませんか……」
玄関先で倒れた時に放り出したままだった鞄は、おそらくロイが拾ってくれたのだろう、サイドテーブルの上に置いてあった。リザが中から取り出したのは、シンプルなキーホルダーがついた銀色の鍵。
「これで施錠してお帰り下さい」
また錬金術を使わせる訳にもいかない、とリザはロイに鍵を渡す。
「受け取っていいのかね?」
「はい。……もちろん後で返していただきますが」
「なんだ。せっかく中尉が私に部屋の合鍵を渡してくれたと思ったのに」
「そんな訳ないでしょう! 調子に乗らないで下さいっ。もうっ、用がお済みならお帰り下さい。だいたいお仕事は全部終わったのですか?」
「う、あー、……戻ったら終わらせるよ。……君の事が心配で、手につかなかったんだ……」
まったく……そんな事を言われたら怒るに怒れないではないか。自分は病人なのだ。あんまり心臓に悪い事を言わないで貰いたい。ロイが来てから、熱が更に上がる様な事ばかりだ。
さっさと寝てしまおうとリザは薬を飲んで横になる。
「……大佐? いつまでいらっしゃるんです?」
いつまでたっても、ロイがベッドサイドのイスに腰掛けたまま動こうとしないのを見て、リザは頭痛がする思いだった。
「まあまあ、君が眠るまでだ」
「……もう」
本当に今日は調子が狂う事ばかりだわ……そんなことを思いながらも、リザは次第にぼんやりと重くなる瞼を閉じた。


薬が効いたのかリザは直ぐに眠りに落ちた様だった。スースーという静かな寝息が聞こえたのを見計らって、ロイは椅子から腰を上げる。
「ん?」
何かが服の裾に引っ掛かって、立ち上がるのを阻んでいる。視線の先には―――。
「……まったく、寝ている時の方が、君は素直なんだな」
いつの間に掴んだのか、ベッドから伸びたリザの手がしっかりとロイの服の裾を掴んでいた。
まるで幼い子供の様なリザの行為に驚きつつ、ロイは再び椅子に腰を降ろした。
そして本当に子供の様なあどけないリザの寝顔を眺める。リザが目を覚ましたらさて、何と言われる事やら……と想像しながら。




END

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リザさんの風邪には増田の愛情がよく効きます。
by netzeth | 2010-01-15 22:13